夏休み~005

 そして約束の日の早朝。待ち合わせ場所は白浜駅。俺が一番早く到着して、他を待った。

 次に現れたのは木村。若干眠いのか、欠伸を噛み殺しての挨拶だった。

「おう緒方、はええな。地元民だからか?」

 南大洋に行くのだから、本当は西白浜駅で待ち合わせの方がいいんだろうが、これには訳がある。

 ヒロが俺も行くから乗せて行け、と駄々をこねたからだ。俺は二人乗りは怖いから、他の人が後ろに乗せるんならいいよ、と、暗に断った。

 元々電車で来るような事を言っていたのはヒロの方だし、二人乗りはマジ怖いし。

「僕で良ければ」

 国枝君が名乗りを上げたので、良いのか?と訊ねた所…

「大沢君も心配してくれているんだから、後ろに乗る程度、問題無いよ。寧ろ有り難いしね」

 ヒロは仲間外れにされた感が嫌だから付いてくると言ったんだが、そこは言わないでおいた。

 友情は美しい物だと誤解させておいた方がいいから。

 まあ、それは兎も角、俺も挨拶を返す。

「お前も早いじゃねーかよ。俺はホラ、日ごろから朝練つうか、ロードワークやっているから、毎日早いんだ」

「そっか。お前ボクシングやってんだったな」

 共に自販機でコーヒーを買い、他の人達が来るのを待つ。

 次に来たのは生駒だった。アメリカンタイプのバイクだった。

「悪い、待たせたか?」

「いや、待ち合わせ時間前じゃねーか。俺達が早く来ただけだよ」

「そうだな。つうかお前の単車、少し弄っているのか?」

「マフラーは社外のだって聞いた覚えがあるな」

 生駒もようわからんって事だ。俺と同じく移動手段に適当に選んだだけって事だな。

 少しして、喧しい排気音。早朝だってのに糞がいるのかとそっちの方向を見ると、見た事があるバイクがこっちに向かっていた。

 そのバイクが俺達の前で止まり、乗っていた奴が颯爽と降りて近寄って来た。

「あれ?河内?何でお前が此処に来た?」

 俺もそうだが、木村も生駒もびっくりしていた。誰だ?こいつを呼んだ奴?

「いや、解んねえけど、お前の女からメールが来てさ。暇なら一緒に南大洋に行ってくれって。んで、帰りにお前ん家に集まってくれって」

「遥香が?そして帰りに俺ん家に集まれって?」

 頷く河内。

「生駒にも話したい事があるって。おう生駒、あの時ぶりだな。どうだ?女の様子は?」

 いきなり挨拶され、戸惑いながらも返す生駒。

「あ、ああ。あの時以来だな。美咲はだいぶ良くなってきているよ。8月末にちゃんと詫びに行ける。あいつもそれを望んでいる」

「そうか。じゃあ、まあ、今日の所は保留って事で良いな?おう木村」

「…槙原がお前と生駒に話しがあるって言ったのか?何の話だ?」

「いや、解んねえけど、緒方を親友だと思うんなら、巻き込んでもいいか?って聞くから、いいよって答えたら、そう言ってた」

「……あ、俺にもそんな事をメールで言って来たな。いずれ美咲にも話す事になるから先に聞くけど、緒方を友達だって言えるか?って」

 生駒にもそんな意味不明な事を聞いてんの?

「…お前はうんって言ったんだな?」

 木村の問いに頷く生駒。

「緒方には沢山借りが出来たから、返したい。それをダチって言うか解らないけど、力になれるなら、なりたいって返した」

「生駒、そのメールはいつ来た?」

「一昨日の夜、だったか」

「…そうか。緒方、槙原は本当にお前を手放したくねえんだな」

 木村一人が理解したように頷いた。俺も生駒も河内もポカンだが、何の用があるって言うんだろうな?

「遅くなったかな?あれ?河内君?」

 国枝君到着。河内が来た事が不思議なようだった。

「おう国枝。なんか緒方の女に一緒に行ってくれって頼まれてさあ」

 頭を掻いての照れ笑い。何故照れるのかは不明だ。

「え?どう言う事だい?」

 訊ねて来たので、遥香に南大洋に行くと伝えたらこうなったと話した。

「槙原さん、よく着いてくるって言わなかったね?」

「多分本題が緒方の家に集まってからだろうからな。春日も何か言っていなかったか?」

 木村が春日さんを呼び捨てにした事に驚いた。繰り返し中はだんまりメガネとか言っていたのに。

「ああ、なんか夜に用事が出来たとか言っていたよ、そう言えば」

「やっぱりか。つう事は綾子も来るんだろうな…送らなきゃなんねえじゃねえかよ。面倒くせぇなぁ…」

 そのくらいやってやれよ。つか、俺ん家に全員集合なの?なんで?

「ふ~ん…何となく解ったよ。じゃあ集まるのは7時過ぎだね」

 春日さんも来ると言うのならそうだろう。バイト終わるの7時頃だし。

 つか、俺ん家に集まるのはいいんだが、せめて俺にも言ってくんないかな?家主なのに蚊帳の外感がパねえじゃねーか。

 そして漸くヒロが到着した。待ち合わせ時間から遅れる事13分だった。

「ワリィワリィ、寝過ごしちまってロードワークの時間喰い込んじゃった」

「お前ワリィじゃねーよ。お前待ちだったんだよ。みんなよー」

「だからワリィって。ところで、波崎がお前んちに8時過ぎに行くから、それまでみんな帰ってくるようにだってさ。つか河内?なんで?」

 ヒロの吃驚は兎も角、波崎さんも来るのか?

「おう大沢「まあいいや。遅れた侘びにコーヒーでも奢るよ。お前等何がいい?」ええええええ~……」

 ヒロの良いところは細かい事に拘らない所だ。悪い所は大雑把すぎるところだな。

 まあ、ゴチしてくれるっつうんだからゴチになるか。

 つうか俺の要望聞かないで、勝手にブラック押しているがな。

「おいヒロ、勝手に決めるなよ」

「だってお前、こればっかだろ?それとも違うの欲しいのか?」

「いや、これがいい」

「面倒くせえなお前……」

 一応お約束って事で。

 つうか、俺以外にはちゃんと要望聞いているじゃねーか。河内はスプライトで、生駒はいろはすみかんか。意外なチョイスだな、いろはす。うまいけど。

 ヒロからゴチになったジュースを飲んで出発した。

 そのヒロは何故か河内の後ろに乗った。河内は迷惑そうだったけど、俺じゃねーから何でもいいや。

 暫く走って休憩だと、山郷の馬鹿共と出会ったコンビニに寄る。

「…ここで山郷農業の連中と出会って、それを知ったんだよな?」

 神妙な顔で訪ねて来る木村。休憩だってのに煙草は吸っていない。こいつも気を遣ってんだろう。

「俺のバイクに跨ろうとした馬鹿共な。お前と河内の名前を出して、俺を脅して来たよ」

「緒方にそんな脅しは無意味なんだが、それよりもそうだよ。お前、的場さんからドゥカティ5万で買ってんじゃねぇよ」

「5万!?緒方、そのバイク5万なのか!?やっぱ探せばその金額でも買えるのか…」

「緒方君だから買えたらしいよ」

 バイクの話題になり、一人輪に入れないヒロは、いじけながらコーラを飲んでいた。

 それに気付いた国枝君。気を利かせて話題を振る。

「大沢君は買うバイクを決めたのかい?」

「え?いや、まだ先がなげえし…」

 そりゃそうだ。誕生日の12月は冬だし、最低雪が溶けるまでは取らない方がいいだろう。そしてバイクを買うとなれば、その後になる。

「お前は確かヤマハが好きなんだよな」

 木村の言葉に目を剥くヒロ。

「いやいや、好きなんて一言も言ってねえだろ?あのバイクがいいっていっただけじゃねえか?」

「ヤマハ?そりゃいいよな。なに?」

 河内の質問に否と言おうとした所、国枝君に遮られる。

「ドラッグスターだよ。生駒君のバイクと同じ、アメリカンだね」

 またまた目を剥いたヒロ。既に買うバイクも決められた感がするのだろう。ビックリしていた。

「俺と同じタイプ?これって人気あったのか?じゃあこれ買って正解なのか……」

 生駒が良かったと頷いた。乗れればいいと言うスタイルだが、マイナー車種なら中古部品が乏しいらしいし。

「いや、あれは適当に……」

「ドラッグスターか。的場さんに予約入れておいてやろうか?少しは安くして貰えると思うぜ?」

「隆には5万で売ったのに、俺は値引き程度!?いやいや、来年の話しだから!!今からバイクの予約とか!!」

 既に買う所も決められてしまったようだ。

 あんまり可哀想なので、強引に話題を変えてやる優しい俺。

「そろそろ行くか。朝飯もまだ食ってねーから腹減ったしな。向こうでなんか食うんだろ?」

 全員頷いで同意した。ヒロは何か言いたげだったが、多分このコンビニでなんか食おうと提案したかったのだろうが、自分は移動手段を他人に依存している身。我儘なんて言える筈が無かった。

 どうにかこうにか南大洋に到着。そして今更ながらに聞いてみる。

「なあ生駒、お前って糞をぶち殺して転校したんだろ?地元に帰って来ても良かったのか?」

「別に?俺は逃げるつもりは全く無かったし。お前も言った通り、バカがくだらねえ事をして報復されて、結果死んだだけだ。俺が転校したのは、親に出て行けって言われたからだよ」

 木村が一応ながら言いあぐね、だが、訊ねた。

「お前の親って…いわゆる世間体を考慮したってのか?」

「まあな。大体死んだバカは殺されても仕方が無い事ばっかりやっていたしな。向こうの親が逆にお礼を言ってきたくらいだ。他からの供述で俺もかなり庇われたし。だから俺は年少に行かずに済んだ。道場は破門されたけどな」

 相当な糞だったって事だな。親御さんが御礼を言うくらいなんだし、家庭内暴力もあったんだろう。

「報復は無かったのか?」

 河内の質問である。興味津々なのが窺えた。若干身を乗り出しているし。

「報復云々よりも、捕まったしな」

 報復したくても、警察に捕まっているのならできないって事だな。

 国枝君が心配そうに訊ねた。

「じゃあ、その人の友達が君を発見したら、今度こそ報復されるんじゃないか…?」

「来たら迎え撃つだけだよ。お前はそっち方面が苦手そうだから、もしそうなったら逃げてくれよな」

 じゃあ俺達は巻き込まれて乱闘に加わるのか?勿論そうするつもりだけど。

「どうでも良いから飯行こう。腹減った」

 やはり一人平和なヒロは、食事の心配をしていた。もし荒事になったら、此処って完全アウェイなんだが。ヒロも全く心配いらないか。

 生駒に連れられて行った先は、何処にでもある安さが売りのファミレス。勿論コスプレは無い。

 兎も角席に着き、メニューを開く。

「俺ミックスグリル」

 ヒロがもう決まったようで、続いて国枝君もチーズハンバーグをチョイスする。

「じゃあ俺は…カツカレー」

「お前どこに行ってもそれだな」

 呆れ顔のヒロ。だが、カレーと聞いた木村と生駒。同じくカレーを注文した。木村はエビフライカレーで生駒はハンバーグカレーだ。

 曰く、カレーなら失敗は無いだろ、らしい。カレーがマズイってあんま聞いた事が無いからそうだろう。

「成程、お前等の言った通りだな…」

 感心する河内。だが、チョイスしたのはチキンソテーだった。

「なんなんだお前は…」

「いや、これ好きだから」

 だったらカレーの件で感心すんなよ。

 そして店員さんを呼んでオーダー。ついでにドリンクも頼んだ。

 それぞれ好みのドリンクを取りに行く。俺はやはりアイスコーヒーだった。

「お前どこに行ってもそれだな」

 やはり呆れ顔のヒロ。いいじゃねーかよ。コーヒー好きなの、知っているだろ?

 遅い朝飯を食いながら生駒に訊ねた。

「今から会うって昔馴染みはどんな奴?」

「どんな奴って、普通だよ。だけど疎遠になったな。俺はホラ、色々あるから」

 まともな奴は人殺しと一緒にいないか。つうかあれは事故だろうに。

「何人来るんだ?」

「さあ?声を掛けたのは一人だけど、そいつが連れを呼ぶかは知らない。俺はお前等と一緒に行くって言ったから、何人かは呼ぶかもしれないな」

 なんで呼ぶのか?こっちの知り合いが多いから、居心地が悪いからって事か?それなら何となく気持ちは解る。

「そいつってどこの奴だ?」

 訊ねたのは木村。生駒は普通に答える。

「南海高校だったか?俺も地元に居たなら、そこに通っていたと思う。東工よりも若干レベルが上程度の高校だよ」

「南海か…」

 ちょっと口元が緩んだ木村。なんで?と訊ねた。

「南海にはそこそこやれる奴が大勢いるらしいからな。何かあった時に伝手があった方がいいだろ?」

「何かってなんだよ?」

「……勘だが、今回のネタ、薬の時と同じく後ろが居る」

 勘か…勘でそこまで動こうとしてんのか。俺的にはどうでも良い事なんだけど、こいつにとっては違うんだろう。なんだかんだで黒潮を味方に付けた事は大きいらしいし。

「そうは言っても、俺の連れはお前みたいな奴じゃねえぞ?普通の、国枝みたいな奴だ。後ろがいるとして、それと喧嘩になるとしても役に立てないし、巻き込みたくない」

「いいんだよ、それでも。南海の情報が入ればな」

 あとは自分でどうにかするか。

「ん?じゃあ、えっと、南海?ヤベェ奴もいるのか?」

 河内の弁である。ヤベェ奴とは、生駒とか狭川みたいな奴の事だろう。あと俺とか。

「さあ?興味無いから知らないな。そもそも南海と喧嘩する訳じゃないんだろ?」

 喧嘩する訳じゃないからヤベェ奴がいようがどうでも良いと。

 つか、喧嘩になったら普通にぶち砕く狂犬さんが此方に居られるから。俺の事だけど。

「そういや、南大洋って、オッチャンの知り合いがいるんだったな。確かジムを立ち上げたとか何とか」

 ヒロの言葉に心臓が大きく脈打った。

 あれは一年の秋、文化祭の頃か。ジムの対抗戦みたいな形で、隣町の新設ジムと練習試合する話…

 佐伯が朋美に間接的に殺された事件があったな……

 その佐伯を殺そうとしたけど。

「そうか、お前と緒方は同じジムに通っているんだったな」

「おう、生駒、お前もやれよ。んで月謝払ってジムを潤してくれ」

「え?俺は空手があるから……それにバイトあるし……」

 困った感じでの回答であった。大丈夫、ヒロのは冗談だから。会長が知ったら無理やり引っ張られるかもしれないけれど。

 そういや時間はどうなってんだ?

「待ち合わせの時間は?」

「午後一、場所は南海の近くの公園」

 じゃあまだ時間はあるな。他に行くにはちょっと微妙な時間だが。

「じゃあゆっくり食えるな」

 河内の言う通り、別に移動しなくても、ここで時間を潰せばいいか。

 それからドリンクで粘って、そこそこの時間が経過して、待ち合わせ場所の公園とやらに向った。

 そこは結構な広さの公園。東工の奴等と待ち合わせした公園よりも少し小さいくらいだが、海が近くにあって、実に景色がいい。

「おお、ここいいな!!波崎を連れてくれば、ばっちりフラグが立つぜ!」

「電車でくんのか?」

 木村の突っ込みに少し元気がなくなるヒロ。どう頑張っても来年以降の話になるのだ。諦めて来年に向けて精進しろ。色々と。

「生駒君の知り合いは来ているのかな?」

 当事者の国枝君がそわそわして周りを見る。それらしい奴は居ないな。

「まだ時間じゃないから、来ていないんじゃないかな?」

「そ、そうか。そうだよね」

 つっても約束の時間まで20分って所だ。もうちょっとの辛抱だぞ。

 約束の時間…ベンチでダベっていた俺達を囲む影。

 国枝君以外はイケイケのメンバーなので、当然のように睨み付ける。

 うん。睨み付けるってのは、その手の連中だったからだ。

 一応小声で訊ねてみる。

「生駒、この中の昔馴染みって奴いるか?」

「…あの後ろでニヤニヤしている奴だ」

 一昔前のチーマーみたいな連中の後ろ、同じような恰好の奴だ。

「歓迎している風じゃねーよな?」

「そうだな。一応聞いてみるか」

 立ち上がる生駒。後ろの馬鹿に向かって声を掛ける。

「久し振りだな、一之瀬。少し変わったか?」

 一之瀬と呼ばれたそいつは、やはり前に出て来る事無く、ニヤニヤしながら答えた。

「変わったかな?お前の方はどうだよ?」

「俺はちょっと解らないな…で、こいつ等は連れか?」

「連れだよ。お前が来るって言ったらさ、みんな歓迎したいって。お前、賞金首だからさ。とっ捕まえれば幹部になれんだよ」

 ゲラゲラと下品な笑い声が響いた。つうか、賞金首?

「俺が賞金首?なんでだ?」

「お前、内海さんを殺しただろ?仇でぶっ殺したいって連れが居てもおかしくないんじゃね?」

 ふん、糞の仇討ちで狙っていたってか。それに組みしたってか。生駒には悪いが、連れにいい縁がないようだな。

 ざっと見て10人。俺一人でも楽勝だが、その前に木村が動いた。

 奇襲に近い木村のパンチ。呆気に取られた糞共は対応しきれずに、バタバタと倒れて行く。

 つっても三人ほど倒した所、我に返ったのか、糞の一人が叫んだ。

「何やってんだ!!殺せえええええええ!!」

 糞共全員が動いた。俺達も動こうとしたが、木村がそれを止める。

「いらねえよ。大人しく観とけ」

 あ、そう。と、実に物分りが良い俺達は、一歩引いて観戦に回った。

「お、緒方君、流石に7人はきついんじゃないか?」

 国枝君だけは常識人っぽい事を言って心配していたが。

「大丈夫だよ。あいつもそこそこ狂っているから」

「狂犬緒方に言われちゃ、木村もオシマイだろ」

 そう言ってヒロが右に大きく移動。

「どうしたんだよヒロ?」

「逃げようって奴も出て来るだろ。そいつ等を押さえる。話聞きに来た事には変わらねえんだし」

 全員に逃げられたら話も聞けないって事か。納得だ。

「それもそうだな」

 納得した河内が左に大きく移動。

「そんな訳で、益々心配いらないよ国枝君」

「僕が言っているのはそう言う事じゃないんだけど……」

 解っているけど、ここは素直に騙されといてよ。腑に落ちなさすぎるだろうけど、そう言うもんなんだって。

「く、くそっ!!」

 木村にやられてまずいと思ったか、生駒を避けて、俺達に突進して来た糞二人。

 俺か国枝君を人質にって事なんだろうが、周りからは「あ~あ…」と、諦めた溜息が。隣の国枝君ですらも。

 しかし、来たらぶち砕くのが俺のスタイルな訳で。

 先ずは最初に間合いに入った糞に右ストレート。

「がっは!!!」

 膝から崩れた糞。丁度いい位置に引いた拳があったので、かち上げる右アッパー。

「が!!!!!」

 受け身も取れないで仰向けにぶっ倒れて、白目をむいて気絶した。

「え!?ち、ちょ!?」

 もう一人の糞…つうか、こいつ待ち合わせの約束した奴じゃねーか。確か一之瀬とか言ったか。そいつがめっさ腰を引いて下がって行く。

「…そいつは緒方って言って、俺に勝った奴だ。お前等が喧嘩できる相手じゃないよ」

 一之瀬のすぐ後ろに居た生駒が忠告を発した。一之瀬はびくんと硬直したが、やがて「え?」と生駒の方を向いた。

「…緒方、悪いけど、こいつ押さえてくれ。俺は木村に加勢する」

「いらねーだろ加勢なんて。見たら解るだろうに?」

「…いや、個人的にイライラして仕方がないんだよ。憂さ晴らしみたいなもんかな」

 イライラか。そうだろうな。昔馴染みがこんな様になっちまったんだ。腹が立つのも頷ける。

 なので止めずに加勢に向かわせた。

 木村と生駒のコンビに雑魚が相手になる筈も無く。

 逃げようとしても、ヒロと河内がそれを押さえて。

 遂に糞共が全員正座で俺達の前に座る羽目になった。

 実に見慣れた光景なので、何も感じない俺が居る。ホントはそんな事じゃ駄目なんだが。高等霊候補だったんだし。

「……聞きたい事に答えて貰うぞ一之瀬…」

 痺れを切らせたか、生駒が先陣を切った。

 身を乗り出して訊ねようとした国枝君を、木村が止める。

 全員何故?って顔を拵えたが、木村が目で黙っていろと訴えたので従う。

 そして木村から質問が発せられた。

「今日ここに俺達が来た理由は知っているな?」

「あ、ああ…何か聞きたい事があるからって…」

 生駒にアイコンタクトで確認を取る木村。生駒が頷いてその通りだと。

 あからさまに安堵した木村は、別なる質問を繰り出す。

「じゃあ質問だ。南海で生駒を狙う指示を出している奴がいる。そうだな?」

 頷く糞共。

「誰だ?」

「……二年の牧野先輩だ…内海先輩の親友だった人だよ…」

「生駒をやれば幹部になれるっつったな?その牧野が南海を仕切ってんのか?」

 一体木村は何を聞きたいんだ?南海を誰が仕切ろうが知ったこっちゃないだろうに?

 黙っていたので、糞の一人に蹴りを入れる木村。慌てて他の糞が喋った。

「牧野先輩は二大派閥の頭だ。だから南海を仕切っているかと言われたら違う」

 その牧野って奴と争っている奴がいるのか。別に知ったこっちゃねーけど。

「誰だ?」

 俺は全く興味がないが、木村は違うようで、しつこく訪ねている。

「…三年の猪原だ。だけど牧野さんよりも強いって訳じゃなくて…」

「ああ、数が多いのか」

「…数も牧野さんの方が持っているけど、物スゲェ強い奴がそっちについていて…」

「誰だ?」

 若干木村の瞳に力が籠ったような気がするが…

「大雅って奴だ…」

 此処で生駒に目を向ける木村。

「そいつ知っているか?」

「いや…ああ、いや、同じ奴かは知らないけど、大雅正輝たいがまさきって奴なら、中学剣道で地区大会上位の奴がいたが…」

 視線を糞共に戻して答えを促す。

「……そいつだよ…」

「…大雅って、お前等みたいな奴とは真逆だろ。なんでお前等みたいな連中のゴタゴタに付き合っている?」

 ひどく冷たい視線をぶつけて訊ねた生駒。ホント、こいつもこう言う奴等を嫌いなんだな。

「……猪原が大雅の兄貴に世話になったらしくて…怪我して剣道を辞めて、ちょっと荒れていた頃、兄貴の義理とかで、猪原が身体を張って助けてくれたとか何とか……」

 此処で大きく頷いた木村。満足した回答だったようだ。

「解った。もう帰れ。お前等への用事は終わった」

 そう言って踵を返す。俺達に視線を向けて、同調するように促して。

 一応さっきの糞共とかち合わないように大きく移動して、着いた先は海水浴客が大勢いる砂浜だった。

 と、言っても、俺達はシートなんか持ってきている訳ではない。なのでそこら辺の階段に座って休んだ。

「…木村君、なんで関係ない事を聞いたんだい?」

 当事者の国枝君が若干非難した口調になって訊ねた。

「生駒を袋にして幹部になろうって奴等だ。下手に情報を与えたくねえ。この先どうなるか解んねえからな」

 それは、噂の事を聞いたら、それを逆手に取られるかもって事か。

 あり得るな。ああいう糞だからあり得る。

「…そうか…でも、生駒君はその話を聞きたいって言ったんだよね?」

「いや、込み入った話があるから、来てくれないかってだけ言ったんだ。理由を言う前に、時間と場所を指定されて切られた」

 踏み込んだ話は全くしていないと、カモがネギ背負ってやってきたと浮かれたんだろう。

 馬鹿な糞で良かったぜ。不幸中の幸いだ。

「じゃあ南海の内部事情を聞いたのは?」

「噂の情報は欲しいだろ。だが、あいつ等は駄目だ。逆に嫌がらせに使われる可能性がある。だから、別の奴に頼もうって思ってよ」

 そこで河内が成程とばかりに手のひらに拳をぶつける。

「奴等に敵対している奴に頼もうと?」

 頷いて続ける木村。

「それに、話じゃ敵対している猪原って奴は、出来た奴そうじゃねえか。世話になった先輩の弟を身体を張って助けたっつうんだからな」

 そこそこ信用は出来ると。成程、流石木村だ、切れ者は伊達じゃない。

「つってもその猪原って奴をどうやって捜す?夏休みだぞ今?」

 ヒロの疑問はごもっともだ。木村もそれは承知のようで。

「生駒、もう一人の奴を知っている風だったな?大雅だっけか?」

「知っていると言っても、ただ知っているだけだぞ?」

 言うなれば生駒を知っている奴が勿論いるが、生駒がそいつを知っているかは別の話しだ。

「いい。そいつの情報をなんでもいい。話してくれ。そこから追えるかもしれねえ。例えば出身中学」

 出身中学が解れば学区も解る!!流石木村!!切れ物は伊達じゃない!!

「中学は、確か南大洋第四中学だったかな…」

「そこの学区、解るか?」

「ああ。だけど、解るのはそこまでだぞ?」

 流石に親しい訳じゃないからそうだろう。顔も解るのか?どうだろうな。俺なら解らん自信があるが。

「ち、ちょっと待ってくれないいかい?そっちから情報を貰う理由は解かったし、そっちの方がいいのも理解するけど、一刻も早く春日さんの噂を…」

 国枝君が珍しく狼狽して訴えた。必死なんだな。解るよ。

 しかし木村は平然として。

「俺達は大洋の知り合いは居ねえし、頼りの生駒の連れはあんな様だ。だから先ずは大洋に味方を作った方がいい。それに、お前、舐め過ぎだ」

「舐め過ぎって…誰をさ?」

「緒方の女とお前の女をだ」

 言い切った木村は若干笑っていた。何故遥香が此処で出て来るか、俺にはさっぱりだが、木村には何か確信があったようだった。

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