夏休み~003

 そして、日課のトレーニングが終わり、飯食って仕度して。

 向かった先は遥香の家だ。勿論バイクで向かったぜ。曲がらねーから、おっかねえの何の。

 結構緊張して呼び鈴を押すと「は~い」とドア越しから彼女さんの声が。

 ガチャリとドアが開き、俺の顔を見たのと同時に破顔した。

「いらっしゃいダーリン。バイク来たの?」

「おう、これだ」

 身体を避けてバイクを見せる。「ほほ~」と感嘆を上げる彼女さん。

「黒くてかっこいいね。だけど日本のバイクじゃないね」

 驚いた。俺なんか車種も木村から聞いて解ったと言うのに。イタリアのバイクだって初見で見切ったのかよ。

「ダーリンの家にあるバイク雑誌に載っていたでしょ。ドゥカティだっけ?」

 俺ん家にある雑誌から得た情報かよ。そりゃそうか。わざわざバイクまで研究する事も無いだろうしな。

「んじゃ、早速乗せてね。ちょっと待って。ヘルメット取って来るから」

 言いながら家に入ろうとする遥香。だから、ちょっと待て。

 俺は遥香の腕を取って、その動きを止める。

「なに?」

「いや、まだ全然慣れていないから、二人乗りは怖い」

「へ?責任取ってくれるんでしょ?傷物になったら」

 逆にキョトンとして返された。いや、そうなったら、勿論そうするけどさ、怪我させない事が一番なんじゃねーか。

「佐伯さんにナイフ突き付けられた時、そう言ってくれたでしょ?」

「あの糞が…今思い出してもムカムカするな…病院に行ってぶち砕いてこようか…」

「今は東工生がいっぱいお見舞いに行っているから邪魔になっちゃうでしょ。西高生も暇を見ては顔を出しに行っているみたいだし。人気者だねえ、佐伯さんは」

 素晴らしいと称賛したくなる程の嫌味だった。

「って言うかさ、お腹へっちゃったんだよね。朝ごはん食べていないからさ」

 乗せての真の理由は飯食いに行きたいって事か。だけどな。

「俺は朝飯食って来たから、腹が減っていないんだよ」

「ちょっと遠出すればこなれるでしょ。ちょっと遠出でも電車やバスじゃないよ?バイクでだよ??」

 ちっ、先手を打たれたか。つうか遥香がそうだっつったら、ほぼ確定なんだよなぁ…

 繰り返しの時のお泊りも、こんな感じで押し切られたし。

 俺は嘆息して頷いた。

「解った。だが、マジで二人乗りは怖いから、超ゆっくり走るからな?」

「うん。それでいいよ」

 ほんわ~と笑いながらの同意。かわええ。この笑顔も俺の物なんだぜ~。

「じゃ、ヘルメット取って来るね~」

 腕を取って動きを止める。

「なに?」

「スカートは駄目だぞ。他の男にパンツ見せたくない」

「あはは~。了解了解」

 敬礼して今度こそ家に引っ込んだ。

 そして待つ事暫し…

「おまたせ~」

 薄いブルーの半そでブラウスとショーパンか…こけたら絶対に怪我させるよな…

「大丈夫。転んだら責任取って貰うから」

「だから心を読むなと言うのに……」

 俺の心は丸裸かよ。ところで…

「そのリュックはなんだ?」

「これ?お財布入っていたり、スマホ入っていたり。カバンとかバッグの代わりですよ」

 そうか、バイクじゃカバンとか持てないからな。背負うリュックならその問題がクリアできると。

 つうか、どんだけ用意周到なんだ?俺の後ろに乗る為だけに買っただろ、そのリュック。

「じ、じゃあ…取り敢えず聞くけど、何が食べたいんだ?」

「う~ん…何がって事は無いかな?ちょっと遠出した先である物なら何でも」

 バイクメインかよ…やっぱ食事云々は口実なのかよ…さっき食事の為と思ったが、改めて訂正するわ。

「じゃあ…えっと、どっち方面?」

「う~ん…大洋方面」

 大洋!?隣町まで行けっての!?バイクだからそんな事を言うんだろうが、俺は言った筈だよな!?慣れていないから二人乗りは怖いって!!

「あ、夕方まで帰られるようにしてよ?お父さん、今日の居酒屋楽しみにしていたんだから」

「そもそも俺的にはお父さんにバイクの免許取ったって報告する為に来たんだが…」

「だから夕方報告すればいいでしょ?」

 まあ、そうだな…いやいや、いつもそうして押し切られているがな。

「どうしたの?早く出発しようよ?」

 シートをバンバン叩いての促し。やっぱそうなるのかよ…

 仕方がない、初タンデムは彼女とって、確かに思っていたしな。

 バイクに跨り、エンジンを掛ける。遥香がその後ろに座った。

 そんで、当然抱きついてくる訳で。

 おっぱいの感触がすげー!!!柔らけー!!!このおっぱいも俺のなんだぜ~!!!

「生乳を触ってもいいんだよ?」

「だから、心を読むな!!しっかり掴まってろよ!!」

 と、兎に角出発だ。このおっぱいの感触を長時間堪能するっつうのも、拷問に近いような気もするが。

 超!!恐る恐る走った。曲がらない恐怖に脅えながら。

 だが、背中のぷにょが恐怖を緩和させてくれた。ぷにょは偉大だ。

 何とか暫く走らせていると、腰に回していた遥香の腕が、俺の腹を叩く。

 疲れたから休憩したいって事なんだろう。木村が言うには、バイクは後ろの人の方が疲れやすいとか何とか。

 ともあれ丁度コンビニがあったので、そこで休憩を取ろう。

 駐車場にどうにか収まると、遥香が飛び降りてコンビニに一目散に掛けた。トイレだったか。

 トイレだけ借りるのもなんだから、缶コーヒーなどを買って遥香を待つ。

「ふぅ…お待たせ隆君」

「いや、ところで遥香は何か飲むか?」

「う~ん…お茶を…」

 んじゃ、とお茶を購入して駐車場に戻った。

 見るからに糞が俺のバイクを囲んでいた。跨ごうとしているバカもいた。

 俺は遥香にコーヒーを預かって貰い、その馬鹿に躊躇なく拳を叩きつけた。

「があああああああ!?」

 いきなりのパンチ。虚を付いたってもんじゃないだろう。馬鹿は簡単にアスファルトに倒れ込む。良かった、その拍子にバイクを倒さないで。

「何しやがるんだコラぁ!!!」

 自分の仲間が悪いのに、喧嘩まで売って来るとは救いようがない糞だ。

 場には3人。そのうち一人は既にひっくり返っている。たった二人なら瞬殺だろう。

 ワンパンチで全員沈めた。つまり3発。

 んで、全員その場に正座させる。

「遥香、こいつ等どこの奴か解るか?」

「制服じゃないからなぁ…素直に聞いてみたら?」

 そりゃそうだと一人の糞に訊ねる。

「おい、お前等どこの高校だ?」

「………」

 だんまりだったので鼻っ柱に蹴りを入れた。

 ぎゃっとか言ってひっくり返ったから、別の糞に訊ねた。

「お前は答えるよな?どこの高校だ?」

「………お、俺達にこんな真似しやがったら、木村君が仕返しに来るんだぞ!!」

 ああ、西高か。じゃあ、と遥香に促して木村にコールして貰う。俺が電話した隙に逃げると思っての行動だ。

「……出ないね。くろっきーと遊びに出ているのかも」

 そうかもしれないな。夏休みだし。

「でも、この人達、西高生じゃないよ多分。西高生なら全員隆君の事、知っていそうじゃない?」

 言われてみればそうだな。俺を見た糞のテンプレート「緒方だこいつ!!」が無い。

 まあいいや、何処の者だろうと何だろうと、喧嘩を売って来た事には違いないんだから。

 そんな訳で、仕返し云々と抜かした奴のボディを叩いた。

「げえええええええええ!!!」

 蹲る前に胸倉を持ち上げて俺に近付ける。

「木村と知り合いだ?嘘言ってんじゃねーよ。本当だとしても、お前みたいな糞を庇うかあいつが」

「……お、俺に手を出しやがったな…!!西高と黒潮の連合がテメェを付け狙うからな!!」

 ずいぶん強気なハッタリだな?まあいいやと横っ面に拳を入れる。

「ぎゃっ!!!」

 倒れる前に胸倉を掴んで引き寄せた。

「木村と河内が俺を狙うってか?そこまでハッタリをこくとか。随分と身の程知らずな糞だな?」

 それ聞いたら木村と河内に殺されるぞ。つうか今ここで俺に殺されると思うけど。

「ち、ちょっと待て…さっきから、その、木村君の事を知っているような言い方だが…お前誰だ?」

 最初にぶっ倒した糞が起き上がって、おっかなびっくり俺に訊ねて来た。

「この人、緒方隆君。西高の木村君と黒潮の河内君の親友」

 遥香がついっと俺に手を伸ばす。糞三人はみるみる真っ青になっていく。

「解ったら死ね。俺のバイクに勝手に跨ったばかりか、木村の名前を使おうって考えた糞は殺してもいいだろ」

 本心じゃなくて脅しだ。だが、その脅しが功を奏したようで。

 三人の糞は瞬時に土下座した。涙を溜めながら、震えながら。

「「「すいませんっした!!!」」」

 いや、許さんけども。木村の名前を使って逃れようとした糞共は。

 西高は評判が悪いから、今更悪評が立とうがどうでも良いが、木村がこんな糞くだらない事に加担していると噂が立ったら困るだろ。

「じゃあ答えて。アンタ達、何処の高校?」

 俺が殴ろうとする前に遥香が質問した。俺に殴らせない為なんだろう。

「……お、俺達は……山郷やまさと農林だ…」

 山郷農林?つう事は、境まで来たのか?

「山郷?白浜まで遊びに来たの?こんな真似をしにわざわざ?」

 遥香の嫌味が炸裂した。糞共は項垂れて目を伏せる。

 山郷農林高校は大洋の外れ、白浜との境に位置する。

 男女比率は半々くらいだが、科によってその比率が変動するとか。

 だけど山郷にも糞がいるとはなぁ…あそこって忙しい高校の筈だけど、こんな暇な奴もいるのか。

「だけどお前等、そんなハッタリをかましてだ、俺が西高の生徒だったらどうしていたんだよ?」

「…あ、アンタは真面目そうに見えたから…西高生じゃないと思って…」

 まあ、確かに俺は西高じゃないな。西高を避ける為に受験を頑張った筈だから。

「んで、白浜に何の用事?大洋の方が色々あるでしょ?」

 確かに白浜よりも大洋の方が都会だ。山郷は大洋側とは言え、白浜の方が近いから遊びに来たんだろうが。

「……ち、ちょっと様子を見に…ど、どんなもんかと思って…」

「様子?誰の?」

「「「……………」」」

 口を噤む糞共。なんか言い難そうだが、関係ない。言わないならぶち砕いて口を割らせるだけだ。

「!!ち、ちょっと前に噂が上がったんだよ!!内湾ないわんの方から白浜に引っ越してきたって女子の事が!!」

 俺の剣呑を察知してか、糞の一人が慌てて口を開いた。

「内湾?」

 今度は遥香が眉根を寄せて険しい表情。

 因みに、内湾は内湾女子高等学校の略称で、大洋高校の隣にある。

 ともあれ、その遥香の表情が気になって、耳打ちでこそっと訊ねた。

「内湾になにがある?」

「……内湾女子高の近くって、春日ちゃんの実家があるんだよね」

 身体が勝手に反応しても当然だった。

 俺は糞の胸倉を掴んで、自分に引き寄せたのだ。

「な、なななな、何だよ…?」

「………どんな噂だ………?」

「え?あ、ああ……なんでも…超可愛い女子が実の親父にやられて……」

 確定だったか……!!

「……その他には?」

 遥香が俺の腕にそっと触れて続きを促した。

 そこで俺は自分の腕に力が入っていたのを、初めて知った。

「え?あ、内湾女子もその噂で盛り上がって、実際家を探した奴もいたらしくて…」

「実際にあった訳か…それで噂の信ぴょう性が上がったと」

 頷く糞。因みに、と遥香が追撃した。

「その女子の名前、解る?」

「えっと…かすが?かすがきよこ?」

 少し違ったが、いずれにしても、名前まで割れているのかよ……!!春日さんの中学の同級生がその噂を知れば、一発だから難しくは無いのか…

「ふうん…他には?」

「いや、他って言われても…」

 困ったような糞。他にはないのか…

「ふうん……まあいいよ。じゃ、アンタ達、消えて」

 一気に興味が失せたように、手で追い払う仕草をする遥香。

 糞共はあからさまに安堵した表情になった。

 そんな糞共を放って、遥香が俺のバイクの後ろに跨った。

「隆君。内湾女子の方に行こう」

「おう。つっても俺、内湾女子の場所知らないんだけど……」

「大洋高校は知っているでしょ?取り敢えずそこ目指して」

 頷いてヘルメットを被る俺。

 未熟すぎる運転だが、なるべく急いで、事故らないようにと心掛けて…

 …意外と冷静だな、俺。春日さんの過去が広がろうとしているのに……

 すんごい頑張って、遥香に右だ左だと指示されて、着いた先は、とある一軒家。

「内湾女子に向っていたんじゃ無かったのか?」

「行ってもいいけど、大して情報集まらないよ。夏休みで、部活の人くらいしか学校に来ていないもの」

 言われてみればその通りだが、んじゃここ何処?

「じゃあこの家はなんだ?」

「春日ちゃんの実家。元実家と言った方がいいかな?」

 此処が春日さんの家か…いや……

「『元』?」

「うん。春日ちゃんの性的虐待が発覚してから、お母さんが春日ちゃんを引き取って離婚したから」

 そういやそうだったな…なんだっけ?旦那を寝取られたとどうしても思ってしまうから、春日さんを白浜に引っ越させて、自分は勤務先の病院近くに住んでいるんだったか。

「ん?じゃあなんでここに来たんだ?家に居るのは虐待親父なんだろ?」

 ぶち砕けとでも言うつもりか?もしそうなら、喜んでぶち砕かせて貰うけど。

「お父さんも居ないよ。流石に引っ越したよ。今この家は空き家」

「じゃあ、やっぱ何で来たんだよ?」

「此処に来るのは、さっきの馬鹿みたいな連中ばっかなのですよダーリン。だけど、春日ちゃんの実家って誰が知っているんだろうね?」

 …成程、そいつ等の案内している奴を捜す訳か。

 春日さんの中学時代の知り合いを……

 ん?だが、そいつをとっ捕まえてどうすると言うんだ?

 問答無用でぶち砕けとでも言うつもりか?馬鹿を案内するような奴は、喜んでぶち砕かせて貰うけど。

「情報源を探す。ひょっとして誰が流したか知っているかもしれないから」

「つー事は…犯人は春日さんの元同級生?」

 俺の問いに首を振って否定。

「春日ちゃんは誰にも話していないし、お母さんも当然話さないでしょ。お父さんなんかもっと話さないでしょ」

 だから誰も知らない筈だと。そう言われりゃそうだな。じゃあやっぱりなんで来たの?って話になる。

「無駄な事をしにわざわざ来たのかよ?」

 遥香の弁を辿ればそうだ。いない犯人を捜しに来たって事になるから。

「知りたいのは、誰も知らない事が事実だって事」

 ?全く解らんけど???

「中学の同級生が知らないのなら、流した人はどうやって知ったんだろうね?『あんな事』は身内は誰も話さないよ」

「そ、そうなるけど、繰り返し時にお前も知っていたし、朋美も調べて知ったようだったし………」

「確かに完全に隠す事は不可能かもしれないけれど、ちょっと引っかかるからね………」

 そう答えた遥香は、怖いくらいに真剣な表情だった。

 いや、怖いくらいじゃない。実際怖い…目つきが尋常じゃない、遠くにいる敵を見据える様な、そんな瞳だった…

 カタンと音がして、俺の意識が戻された。

 音がした方向は、今は空き家の春日さんの実家。

「あれ?誰が住んでる?」

 遥香が吃驚と言った感じで家に意識をビンビンに向けた。

「……確かに住んでいるようだな…おばちゃんだ」

 それは何処にでもいる、普通のおばちゃんだった。奥から自転車を引っ張り出して跨ろうとしている。

 ママチャリだから、あのおばちゃんの物だろうと容易に推測できた。

「空き家だし、引っ越してくる人は居るか…」

 言いながらおばちゃんにズンズン歩を進める遥香だが、待て待て待て待て。

「ちょ、どうするつもりなんだよ?」

「いや、話を聞こうと思って」

 当然のように返されたが、引っ越してきたおばちゃんに何の話を聞こうと言うのか?

 俺の疑問を余所に、遥香はおばちゃんにズンズン向かって行く。

 何をどうしたいのか解らないが、取り敢えず俺もその後を追った。

「あの~」

 遥香に話し掛けられたおばちゃん。ちょっと鬱陶しいそうな顔を拵えた。

「なに?またあの話?」

 うんざりした口調で返すおばちゃん。あの話とは一体?

「あの話ってなんですか?えーっと、私達は、この家に住んでいた春日響子さんの友達でして、彼女がこの家に忘れ物をしたらしくて、それを取りに来たんですが…」

 吃驚した、なんでこんな、咄嗟に話を作れるんだ!?

「忘れ物?あの子の?」

「え?ご存知なんですか?隣町に引っ越した私達の友達を?」

 ぐいぐい接近する遥香。おばちゃんちょっと引き気味で答えた。

「え?あの子って隣町に引っ越したの?意外と近かったわね……」

「え?知らなかったんですか?じゃあお知り合いって事じゃないんですね?」

「あ、うん。私達はつい最近ここに引っ越してきたからねぇ」

「じゃあなんで春日響子さんを御存じなんですか?」

「え?えーっと………」

 目が泳ぎっぱなしになった。なんかやましい事でもあるのか……?

「まあいいです。友達の忘れ物、知りませんか?」

「そ、そんなの知らないわよ…」

 相変わらず目は泳いでいる…つう事は、遥香のハッタリは効果があった?

 俺は何も出来ずに、ただ見守るばかり。しかし、このおばちゃんが噂の発端なのは、何となく理解できた。

「見つからなかったでいいんじゃない?私も知らないし、無いなら無いでしょうがないって諦めるわよ、きっと。さて、買い物行かなくっちゃね~」

 どうにか言葉を濁して帰らせようとするおばちゃんに、遥香のハッタリが炸裂した。

「仕方ないですね~。じゃあ親戚にお願いするしかないかな…」

 これは俺も知っているハッタリだ。あの時のハッタリが此処で出るのか?

「し、親戚って?」

「私の親戚、警察なんですよね。小っちゃい時から小さな事でも相談していたから、癖になっちゃったって」

 テヘぺロの体で返すと、おばちゃんが真っ青になる。

「うん?どうかしましたか?顔色が悪いですよ?」

 わざとらしくキョトンとした顔を拵えて、おばちゃんの顔を覗き込む。

「い、いえ…ねえ、その警察に何を相談するのかしら?」

「普通に実家に行ったけど無いって言われたって言いますけど?」

「そ、そうなったらどうなるのかしら?」

「春日ちゃん…あ、大親友なんで、春日さんを春日ちゃんって呼んでいるんですよ。まあ、彼女に紛失届を警察に出してからですかね」

「紛失届!!!?」

 目を剥いて仰け反ったおばちゃん。普通に考えたら、紛失届を出したからどうしたって話なんだが。

「それから親戚にお願いして~。探して貰いますよ」

 此処で一旦切る。そして溜めて溜めて…凄みを利かせて笑顔を作って…

「…どこから探す事になるんですかね?多分忘れ物なんだから…元実家かな?」

「あ!!思い出した!!あれかしら!!」

 おばちゃんは高速で家に戻った。相変わらず見事なハッタリだ。俺も多分押し負けるな。

 遥香はおばちゃんの姿が見えなくなったと同時に俺の方を向いてVサインを拵えた。

「…普通は信じないよな……」

「親戚、小さい時から小さな事でも相談、と言う事は、簡単に相談しているって事でしょ?小さい事で」

 そうだけど、そんな事で警察は動かない。それも遥香は知っているだろう。

「失敗していたらどうしていたんだ?」

「此処から電話する振りするよ。目の前でそんな真似されたら、やましい事があるのなら挙動不審になるでしょ?そこを交渉するよ。内緒にしてあげるからとか、告訴はしないとか大袈裟な事を言って」

 事が大袈裟なら大袈裟な程騙されやすいと。言われてみればその通りだ。

 俺も朋美に騙されていたからな。

 程なく、おばちゃんが戻って来た。DVDを持って。

「た、多分これの事かしら?」

「どうでしょう?中は確認されました?大丈夫です、見たなんて言いませんから。私達、デッキ持っていないんで」

 デッキが無いから確認できんから、お前観ただろ?言えよ。って事だな。

 おばちゃんかなり躊躇したが、やがて小さい声で話す。

「……この中に以前住んでいた、中学生くらいのお嬢ちゃんが、お父さんらしき人に乱暴されているのが映っていたのよ……」

 目を剥いて遥香を見た。遥香は流石で、いつも通りの表情で、落ち着いて頷いていた。

「……それ誰かに言いました?」

「い、言ってな」

「嘘だね」

 ぴしゃりと言い切った遥香に面食らうおばちゃん。

「……警察に行って事情聴取しましょうか?」

 いや、警察も動かんと思うが。言った言わないだけでは民事が精一杯なんじゃないのか?このDVDがあるから、そうでもないのかな?

「………最初はお隣にこの家に住んでいた家族の事を聞いて…」

 一気に項垂れて自白した。なんでだ?そんなにポリに来られたくないのか?俺もそうだけども。

「それでこの映像が本物だって気が付いた?」

「…中を見れば解るけど、お父さんが娘さんの名前を呼んでいたから…」

「それで触れ回ったと?」

「触れ回ったって、そんなつもりじゃ………」

 あー…『そんなつもりじゃ無かった』ってか?糞の言い訳の常套句だなあ…

 おばちゃんにも勿論糞がいる。流石にぶち砕きはしないけど、脅すくらいはいいだろ。

「遥香。時間が勿体ない。早く警察に電話しよう」

 言ったと同時におばちゃんが俺を真っ青な顔で見た。遥香も一瞬呆けたが、直ぐに声を殺して笑った。

 更に追撃宜しく続ける。

「それが春日さんの忘れ物か、確認しなきゃならないしな。あとは警察に任せて、弁護士を呼ぶかどうか相談をした方がいい。そのおばちゃんは言わないだろうから時間の無駄だ」

「ち、ちょっと待って!警察を呼ぶの?」

 おっかなビックリ訊ねて来るおばちゃん。俺に向けて伸ばしている腕がカタカタと震えている。

 そんなおばちゃんに、ただでさえキツイ目を、更にキツくして向けた。

「ひ!?」

 伸ばした腕を引っ込めて固まった。ちょっと傷付くが、この際いい。

「だってあんた、俺達みたいな高校生には本当の事は話してくれないだろ。だったら話してくれる環境に行ってもらうだけだ」

「い、言っているでしょ?ちゃんと!!」

 ちゃんとは言ってないが、確かに言っている。まあ、これは脅しだからな。『そんなつもりじゃ無かった』事への報復だ。

「まあまあダーリン、この人は訊ねた事を嘘偽りなく言うよ。だって後から発覚したら豚箱行になるんだから」

 絶対にならないと断言できるが、おばちゃん蒼白になって何度も頷く。

「あはは~。じゃあ聞きますけど、その事を高校生、もしくは中学生に聞きました?」

「……5軒隣の娘さんが…その子と同じ中学で…学年は違うんだけど、ご近所だから知っていて…確認の為に…聞きました…」

 何の確認だよ。話のネタにする確認か?

 ムカつきが酷くなるが、まだ我慢だ。折角自供してくれているんだし、台無しにしちゃいけない。

 ともあれ、それで広がったって訳か。春日さんの性的虐待の事が。

 俺達と最初に会った時、またあの話?と嫌そうな顔をしたのは、話を聞きに来た中高生だと勘違いしたからか。

 と、言う事は、結構中高生が話を聞きに来ている?

「その話って、訪ねて来た人達に話しましたよね?」

 力無く頷くおばちゃん。俺の仮説が真実になった瞬間だった。

「で、このDVDも見せたと?」

「それは見せていないわ!!流石に刺激が強すぎるから…」

 まあ、聞きに来た馬鹿共に、わざわざDVDを見せる事はしないか流石に。

「じゃあ他の誰かに見せました?」

「それは見せてない!!本当よ!!」

 それは悲痛な叫びのように聞こえた。流石にそこまで堕ちちゃいないと。

 遥香と顔を見せ合い、頷く。

「じゃあ良いです。これは春日ちゃんに返しますんで、良いですね?」

 返事を待たずに遥香は俺のバイクに跨った。帰ろうと言う事だ。

「ま、待って!!警察には…」

「言わないですよ。ですが、嘘をついていたと解った場合は、どうなるか解らないですが」

 最後にちょっと脅して俺に帰るように促す。

 俺としても異論は無かったし、これ以上おばちゃんの顔も見たくなかったので、バイクを走らせた。

 ちょっと走った所、国道に出た時に、目に付いたファミレスに突入した。

 曲がらないけど、何とか頑張って駐車して入店。適当に頼んで水を飲みながら言う。

「……春日さんの噂はおばちゃんが流した、でいいのかな?」

「半分はそう。だけどもう半分は違う」

 俺も引っ掛かっていたから素直に頷いたが、何が引っ掛かったから解らない。

 胸がモヤモヤしている。その直感に従っただけだった。

「最初に此処に来た理由は覚えているよね?」

 頷く。山郷農林の馬鹿共が自供してくれたからだ。

「その時彼等はこう言ったよね?どんなもんかと思って見に来たって」

「それがどうした?ゴシップを気にして、野次馬根性丸出してきたんだろ?糞らしいじゃねーか?」

「だってあのおばさん、春日ちゃんが白浜に来たのを知らなかったんだよ?春日ちゃんに確認取ってからじゃないと何とも言えないけど、多分春日ちゃん、引っ越し先の事誰にも言っていないよ?」

 ……それか…俺が感じたモヤモヤは…

 つまり、誰かが春日さんが白浜に来ているのを知っている…流石に性的虐待親父は除くとして、母親か?

 …それもないな…なにが悲しくて、母親が白浜に追いやったと言うのか。ひたすら隠したいに決まっている。自分の夫が自分の娘を犯し続けていた事なんて。

 誰が白浜に来たと調べたのか、逆に白浜の生徒がこの噂を聞きつけてリークしたのか。

 解っている事は、春日さんが危ないって事だ。

「国枝君に言った方がいいんじゃねーか?」

「そう思うけど、隆君がそう思ったのはどうして?」

 いや、春日さんにおかしな糞が群がって来るからだろ?

「多分隆君は、春日ちゃんが危ないから守ってやれって言いたいんだと思うけど、違うよ」

「え?な、なんで?」

 その通りなのだが、違うのだろうか?マジ解らんので素直に聞き返した。

「春日ちゃんと国枝君が恋中なのは、白浜の生徒なら知っている。隆君の友達なんだから、国枝君もちょっとした有名人でしょ?」

 言われてみればその通りだ。同時に春日さんが俺の友達だって事も知っているだろう。

「そんな春日ちゃんの周りを嗅ぎつけようとする生徒は、少なくとも白浜に居ない。隆君が知ったら確実に追い込まれるから」

 納得したにはしたが、それは白浜限定なんじゃ?

「同時に西高生も嗅ぎ回りに来ない。騒がしくしない。木村君にやられちゃうから。隆君と国枝君の友達なんだから」

 そ、そりゃそうだが、西高と白浜限定なんじゃ…

「東工の事件は白浜の学校の生徒はみんな知っている。他ならない東工生が触れ回っているからね。佐伯さんを完璧に潰す為に。影響力なんて少しでも持たせない為に。その事件の中心人物が隆君。じゃあ白浜の生徒はやっぱり嗅ぎ回らない。見たら殺すの狂犬緒方が付いている春日ちゃんの事は」

 ……なんか俺ってとんでもないんじゃねーか?俺と関われば殺されるかもみたいに思われてんの?それはそれで、ちょっと嫌だなぁ…

「まあ、それでも、好奇心が勝って付け狙う馬鹿は出て来るでしょ。その時見せしめにやっちゃえばいいよ」

 見せしめって…まあ、俺って結構そんなことしているからな…

「だがまあ、解った。表立って行動する馬鹿はいないって事だな?」

 頷く遥香。更に続ける。

「多分少しは騒がしくなると思う。だけど、単なる噂だって毅然としておけば、噂なんか勝手に消えるよ」

 まあ、それも同感だ。下手に否定すれは面白がって騒ぐ奴等が出て来るからな。無視が一番だ。

「私が国枝君に言った方がいいとの意味は、こんな噂が流れて騒がしくなるから心構えは持っておいてって事。知っていたのなら動揺もしないでしょ。それを春日ちゃんにも言っておいてと」

「しかし、国枝君は兎も角春日さんは動揺するんじゃねーかな…」

「春日ちゃんは強いよ。心構えが最初からあったのなら、平然としていられる。昔は一人だったけど、今は私達がいる。安心度も段違いだからね」

 そうだな…国枝君の他にも友達がこんなに居るんだ。実際あの秋のファミレスの時も、そんなに動揺はしていなかった。

 意外と肝が据わっているんだな。依存体質みたいなのはどうかと思うけど。

「で、今度は噂の出所なんだけど、こっちは私に任せておいて」

 なんか自信ありげな遥香だが…

「心当たりがあるのか?」

「心当たりと言うか…多分そうじゃないかなって、勘だけどね」

 その勘が外れたらどうするんだよ。

 だけど遥香がこういう問題の方に詳しそうだし、ここは頼るしかないか……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る