夏休み~002
8月中旬。ついに俺も免許を取った。
そして今からバイク選びをする訳だが、木村と国枝君の400押しがパねえ。なので400を探そうと思う。
と、言う訳で、今日から行動開始だ。と言ってもバイク屋さんを見て回るだけだが。
参考までに国枝君に電話で尋ねたら――
『大通りにあるホンダソウルがいいよ』
と、ホンダ車の良さをアピられて一時間を費やし、終わったから今度は木村に相談した所――
『西白浜の鈴木モータースがいいぜ。鈴木って苗字の親父が経営してっから、スズキ車に強い』
と、暗にスズキにしろと小一時間説得されて…
要するに、どっちの意見も参考にならん。と言う事で、バイク屋ならどこにでもあるだろと思い、取り敢えず駅に向かった。
白浜駅の近くにもバイク屋さんはあるのだ。近くならメンテナンスやるにしても協力してくれそうだし。
その道中、電話が入り、出てみる。
『おう緒方、今暇?あんま暇だから白浜まで出て来ちゃってよー』
…電話してきたのは、暇を持て余していた河内だった。
「出てきたってお前、黒潮にも友達居るだろ?わざわざ白浜まで出て来なくても…」
『あー…連れはみんな彼女持ちとかでさぁ…』
いや、俺も彼女持ちなんだが。つか、そんなに恋人が欲しいなら紹介して貰えばいいだろうに。
『紹介頼んで何回か会った事あるんだけどさー。なんか女の方から疎遠になってさー。なんでだろうな?』
…解らんが、お前に何らかの原因があるんじゃねーの?女受けしそうな顔しているんだから、本来ならモテる部類に入る筈なんだから…
『まあ何でもいいけどさ、家に行けばいいか?』
おい、俺が付き合う事は確定なのかよ。
「いや、俺は今日用事があるんだが…」
『マジ!?何用よ!?』
何用って、お前こそ何用だよ。俺の時間をいきなり奪おうとするんじゃねーよ。
「今日はバイクを見に行くんだよ。免許取れたからな」
『マジで!?じゃあ良いバイク屋紹介してやるよ!!今家か!?』
「いや、駅だけど、お前の地元隣町だろ。紹介って言われても、わざわざ黒潮に買いに行きたくねーんだけど……」
『いいからいいから!!駅なんだろ?ちょっと待ってて』
……一方的に決められたが…マジで黒潮でバイク買いたくねーぞ?故障したらわざわざ隣町まで行かなきゃいけねーんじゃねーの?
いや、修理なんてどこでもできると思うけど、買うのは別で修理は地元ってのが居心地が悪いっつーか…
まあ、買うかどうかはその時決めるか…つっても俺って拘っていないから、実は何でもいいんだけど。400であれば。
本当は400も必要ないんだが、木村と国枝君がなぁ…
兎も角、河内が来るまで駅で待つか…
缶コーヒーを買ってベンチに腰掛ける。
大きな買い物は実は不安だ。だが、結構ワクワクするもんだな。
程無く、河内が到着した。
俺は空き缶をゴミ箱に入れて文句を言う。
「お前おせーよ。コーヒー一本飲んじゃったじゃねーかよ」
「そんなに遅くねえだろが。コーヒーくらい、いくらでも飲ませてやるよ。バイク屋さんが」
ヘルメットを脱いで文句返しであった。
「お前じゃなくてバイク屋かよ。そりゃただの接客だろ?そう言えば、俺ってヘルメット持ってきていなかったんだけど」
「あん?別にノーヘルでいいじゃねえの?」
「馬鹿お前、コケたらどうすんだよ。それに嫌だよ、警察に捕まるのはよー」
「お前、東工生とやり合った時、ノーヘルで俺のケツに乗ったじゃねぇか……」
そうだったっけ?いや、そんな事は無い。筈だ。多分。
「兎に角、一回家に行ってくれ。ヘルメット取って来るから」
「えー?じゃあケツに乗れよ」
「いやだから、ノーヘルは嫌だっつってんだろうが。まあ、近いから仕方なく我慢して乗るけどさー」
「お前、それって単なる嫌な奴だぞ……」
俺もそう思うから文句は此処まで。今回は素直に河内の好意に甘えよう。買うかどうかは別問題だけど。
ともあれ、河内の後ろに乗ってわざわざ黒潮にやって来た。
途中バイク屋が結構あったが、何処にも立ち寄らず、黒潮直行とは…
つうか、なんか見た事がある景色だが…ここって佐更木をぶち倒した資材置き場じゃねーのか?
それからちょっと走って、漸くバイクが停まる。
「着いた着いた。緒方、ここだ」
「此処って…」
確かにバイク屋だ。ちゃんと新車も飾ってあるし。
問題は看板だ。
「……的場モーターズ?」
「おう。的場さんの家だ」
……いや、別にいいんだけど、顔見知りだから買わなきゃいけないって事はないんだから、いいんだけど…
俺の何となくの戸惑いを余所に、河内は店内に入っていく。
「的場さーん。客連れてきたぜー」
「まだ客になるって決めた訳じゃねーんだけど…」
ちょっとして、奥から作業服で出て来る的場。俺の顔を見たら流石に驚いた表情をしていた。
「緒方?お前が客?」
「いや、まあ、一回見せて貰おうかな、と…あと河内が強引に連れて来たから…」
なんか二人で戸惑いながらの会話だった。河内は能天気に自販機からスプライトを買っていたが。
「ま、まあ入れ。どんな単車がいいかも聞きたいしな…」
促されて設置してある椅子に座る俺。何故か河内が横に座る。
「お前、自分ばっかスプライト飲んでんじゃねーよ。俺の微妙な緊張感をどうにかしてくれよ」
「的場さんがお茶かコーヒー出してくれるから大丈夫だ。つか、お前がなんで緊張すんだよ?」
的場が接客するのにおかしな違和感があるんだよ。つうか的場がお茶出すのかよ?俺に?
「待たせたな。アイスコーヒだけどいいか?」
マジでコーヒー持って来たー!!いや、有り難く戴くけど!!
「ところで緒方、どんなバイクがいいんだ?欲しいマシンがあるのか?ウチに無いなら取り寄せもしてやるぞ」
「お前も普通に商売すんなよ!!」
吃驚した。商売って事で的場が素に戻りやがった。これで緊張してんのは俺だけじゃねーかよ!!
「いや、お前が単車が欲しいって言うんなら、大抵の事は叶えてやるぜ?あの時の礼だ」
「礼って、俺は自分の為にやったんだけど…」
緊張して喉がカラカラだったのでコーヒーを煽った。意外と淹れ方上手いじゃねーかよ。
「緒方、的場さんに任しとけば大丈夫だから、要望言えよ。あ、ちょっと電話来た」
お前が俺を此処に誘ったんだろうが。なんで自由に電話に出てんだよ!!俺の緊張感どうにかしろっつったよな!?
「……緒方、わりぃけど、帰るわ。ウチの連中、黒潮工業と揉めているらしいから」
知らねーよ!!お前の高校の揉め事なんか!!だから俺の緊張…って、おい!!
「マジで行きやがったあいつ!?俺どうやって帰るんだよ!?」
お前のバイクの後ろに乗って来たんだぞ!!放置すんなよ!!最低電車賃置いて行けよ!!
「はは、コウもちゃんと頭をやっているようだな」
感心すんじゃねーよ。俺がどうやって帰るのかが重要なんだよ!!
「まあいい。緒方、どんな単車がいいんだ?」
…まあ、元々見に来たんだし、要望を言ってみるか…
「…………」
「どうした?」
「…いや、どんなバイクがいいんだろうと思って…」
要望も何も、知らないから見に行こうと思ったんだったなそう言えば。
「えーっと、どんな形がいいんだ?ネイキットか?ツアラーか?」
「…………」
「解らねえのか…」
頷いた。マジで解らんからだ。
「えっと、400がいいと。ツーリングに行くんなら、なるべく大きなバイクがいいらしいから。あと、あんま高く無けりゃなんでもいいかな?」
「選択の幅が広すぎるな…」
だって要望が無いんだもの。400とお値段くらいだよ、気にしていたのは。
「要するに、ツーリングに行ける400で、高く無けりゃ何でもいいと?」
「…言い方が乱暴すぎるが、まあそうだな……」
的場が腕を組んでちょっと考えた後に立ち上がる。俺は「?」な表情で的場を見上げた。
「400で高くない単車…年式も拘っていないんなら、良いのがある。ちょっと奥に来てくれ」
言われて後に続く。奥は結構な広さのバイク置場。そして結構な数のバイク。表に出ていないバイクは此処に停めていたのか。
そこをスルーして、更に奥に進む。仕切りがあって、その向こうに連れて行かれると、一台のバイクがあった。
「このあいだ車検取ったばっかだ。1995年物だが、整備はばっちり。消耗品も全て変えた」
それは黒いバイクだった。なんつったっけ?ツアラー?レーサー?そんなタイプのカウル?だっけ?付いているヤツ。
「この単車なら5万でいい。車検代と交換したパーツ代程度だ。安くしたつもりだが、どうだ?」
5万!?それは俺にとっちゃ願っても無い話だが、待て待て待て待て!!
「5万じゃ安すぎるんじゃねーか?何か問題があるバイクとか…」
よく故障するとか、人を撥ねたとか……
「問題っちゃー問題だが、こいつはメンテナンスがちょっと面倒だ。そこはまあ、お前の連れに聞けば多分一緒にやってくれると思うし、俺も協力はする。そうだな、一年は俺が面倒見てもいい」
一年保証付きって事!?それじゃもっと安すぎるんじゃねーの!?
困惑の俺を余所に、的場が柔らかく笑う。
「お前にゃ借りがある。それを返したい。それに、この単車はお前に乗って貰いたい気持ちもあるからな」
「借りって…入谷さんに頼んでくれた事。もう知ってんだぞ?それだけでも充分有り難いんだ。これ以上は逆に心苦しいよ」
「そうか、もう知れたかよ。じゃあ、お前に乗って貰いたい。それがこの単車を進める理由だ」
いや、俺は乗れれば何でもいいって感じだけど、好意ばっか受け取れねーよ。せめてまともな値段なら…
「安すぎて気が引けるか?じゃあこうしよう。一年間、メンテナンスを面倒見る期間、消耗品はウチで仕入れるってのはどうだ?」
消耗品って、ゴム類とかタイヤとか?それでも俺はあんま乗らない(多分)から、破格過ぎるんだが…
「悩むくらいなら買っとけ。さっきも言ったが、一年は面倒見る。逆に言えば、一年間のお試し期間があるとも取れる」
そう……なのか?なんか言いくるめられている様な気がするが…
だけど、メンテナンスの面倒は正直言って有り難い。俺一人じゃ多分無理だし。
「……解った、買うよ。いや、是非譲ってくれ」
深々と頭を下げた。それを的場は慌てて止める。
「だから、お前に乗って貰いたいんだって。この単車は俺が中免取って、初めて乗った単車だからな」
「え?河内に譲ったバイクって、そうなんじゃ……?」
「コウに譲ったのはメインで乗っていた単車だ。これは本当に最初の方だけだ。ときどき走っていたくらいか」
的場はバイクを二台持っていたって事なのか?まあ、バイク屋さんだしなぁ……
「じゃあ…えっと、お金は家にあるから……」
「そうか。金は後でもいいが、納車はしたいだろ。今軽トラ持って来る」
え?今日納車してくれんの?マジで?早すぎる展開で頭が付いて行かないんだけど!!
ちょっとしたパニックに陥っている間に、的場はバイクを面に出して、軽トラにそれを積み込んだ。
「さて、隣に乗れよ。お前の家知らねえからな」
「お、おう…」
促されて軽トラの隣に乗る俺。やはり早過ぎる展開に流されるばかりだった。
黒潮は隣町。白浜までの道のりは結構長い。
なので気まずい雰囲気を打破するために話し掛ける。
「あのバイクって、本来は大体いくらくらいなの?」
「そうだな…出回っているのは40から50くらいか?もっと安いのもあるにはあるが」
40万から50万!?やっは5万は破格過ぎだろ!!
「そ、そう言えば、車の免許持っているのか?もう今更の質問なんだが…」
「6月に取ったから大丈夫だ。客を犯罪に巻き込む訳にはいかねえしな」
笑いながら答えられた。俺の考えている事が看破された証拠だった。
「だから単車は卒業…って訳じゃねえが、未練は残したくねえ。コウとお前に譲ったのもその理由だ」
「じゃあ今後は車になるのか?」
「そう言う訳じゃねえ。大型も取ったから400以上の単車にも乗るさ。だが、ああいうのはもう無しだ。お前に負けて、いろいろ気負わなくなったおかげだ。だから引退できる」
ああいうのとは、暴走族の事か…的場は負けたがっていたからな…
「そうだ。薬の件だが、情報にあった出所は全て潰したから、普通に生活している分には多分絡む事は無い」
「つうか、あの件も同級生が絡んでいたから、結果でしゃばる事になったんだが…」
そもそも俺の周りには楠木さん以外に薬に絡んでいる人はいない。なので究極的に言って、楠木さんを無視すれば、薬にはそもそも絡めなかったと言う事になる。
そんな雑談をしながらも、漸く到着した我が家。
軽トラからバイクを降ろすのを手伝って、全額下ろしておいた貯金(バイクの免許取得の為に下ろしておいたのだ)から5万を的場に渡した。
「金は後でも良かったんだが、まあいいか」
そう、笑って領収書を切る。
「な、なぁ的場、本当に5万でいいのか…?」
物凄い申し訳なさを感じて訊ねた。
「良いって言っただろ。その代わり、大事に乗ってくれ」
最後にまた笑い、的場は帰って行った。しかし、これで俺もバイク持ちか…
だけど、このバイクって実際どんくらいの価値があるのか?俺は走れればいいや的な感じなんだが、気になるモンは気になる。的場は40から50万とは言っていたけど。
それを確かめるためには…と、スマホを取りだし、コールした。
『はい、どうした緒方。女と遊びに出てんじゃねえのか?夏休みだぜ?』
からかうような口調で電話に出たのは、木村。国枝君に聞こうとしたが、確か今日、春日さんはバイトが休み。多分遊びに出ていると気を遣ったのだ。
木村も黒木さんとデートか?と思ったが、黒木さんは一応部活をやっているから、夜まではフリーと思い、電話したのだ。
「あ、ちょっと聞きたい事があって…バイクを買ったんだけど『単車買ったのか!?何を買った!?』」
質問途中に被せられた。つうか、そういや、このバイクの名前知らねーや。
「あーっと、実は何て名前のバイクか解らないんだ」
『何!?知らねえで買ったのかよ!!何考えてんだお前!?』
何を考えてんだと問われたら…お値段に引いていた事した思い浮かばない…
なので正直にそう言った。
『5万!?的場から!?そういや的場の家は単車屋だったな…的場ならおかしなモン掴ませねえと思うが…よし、ちょっと待ってろ、今から行くからよ』
来てくれるのは有り難いが、お前もなんかやってんじゃないの?夏休みだよ?
そう問おうとしたが、既に通話が終わっていた、切りやがったな、あいつ。
まあいいや、色々聞きたいし。確かメンテナンスが面倒とか言っていたし。
バイクを眺めたり、触ったり、乗って見たり(エンジンは掛けていない)を繰り返す事暫し、ブォン!!とバイクの排気音が聞こえた。
そしてそのバイクは俺ん家の前に停車する。木村の…えっと、カタナだっけ?それだった。
「緒方!!単車は!?」
若干興奮して向かって来る木村。なんか怖いんだが。
「お、おう。これ」
乗っていたバイクから降りて木村に見せる。
「………こりゃ…ドゥカティ400ssじゃねえか!!」
えっと、何か聞いたことがあるような?
「カウル、カーボン製かよ!!結構弄っているな…ホイールはF3の物だし…マフラーも定番の900のモンじゃねえ、作ったんだな。ステンレスで…」
真剣な顔でぶつぶつ言っている。なんか沢山改造しているっぽいな…
「……緒方、正直5万じゃ安すぎだ。部品全部中古だとしてもな…」
「だよなぁ…やっぱ返した方がいいよなあ……」
そう呟いたら、木村が慌てて止めた。
「待て待て待て。いいか緒方、大事にしている単車を託すって事はだな、お前にゃ関係ない話だろうが、継いで欲しいとか、次は任せるとか、そんな意味もあるんだ」
俺の両肩を掴んで、直視しながら言った。
だが、そりゃ木村の言った通り、俺には関係ない話で、暴走族を継ぐ気なんか更々ないし、任せて欲しいとか全く思っていないし。
「そんなお前の答えも的場は知っている筈だ。お前はそんな連中が大っ嫌いだと公言してきたんだからな。それでもお前に単車を渡した。継がなくてもいい。守らなくてもいい。だけど単車だけは譲りたいと。その心意気を無碍にすんじゃねえ」
……いや、言いたい事は解るけどさ、俺はただ的場を負かしただけなんだよ。俺の勝手な事情でさ。だからそんなに気に入られてもだが…
「だけど、言いたい事は解った。的場の顔を潰すなって事だよな?」
「その通りだ。お前はああいった連中は嫌いだろうが、的場は違うんだろ?だったら素直に好意に甘えとけ」
そう言って腕を放した。まあ、そりゃその通りだし、純粋に有り難いと思っている事も事実だし。
「解った、このバイクは大事に乗る事にする。だけど、的場が言うには、このバイクってメンテナンスがちょっと面倒らしいんだ。それはお前に聞けば何とかなるか?」
「あー、確か、エアクリーナボックスはバッテリーケースと一体になってっから、キャブをいじるのにバッテリーから何から外さなきゃならねえって聞いた事があるな。だけど、そこまでもメンテナンスはお前にゃ無理だ。素直に的場に頼っとけ」
キャブってなんだよ?知らねーよそんなもん。
「ベルトとオイルを注意しときゃ大丈夫だろ。多分。ベルトは2年で切れるような話があるが、流石に2年は大袈裟だろうし」
「多分かよ……」
不安しかないんだが…
だけど2年とか言ったけど、そうなりゃ多分車に乗るだろうし…木村の言う通り、あんま不安になる事も無いのかな…
「それにしても、お前がこの単車を選ぶとは思わなかったぜ」
そうだ。そういやこのバイク、ドゥ…何とかって言ったな…
「このバイクってそんなに面倒な代物なのか?」
「面倒って言うか、お前の家に置いてある雑誌に載っているヤツだろ。国枝にやめといた方がいいとか言われなかったか?」
国枝君に?いや、あれは赤いバイクで外車で………
「………これって曲がらないし遅いって言われたバイクか?」
「そうだが…まさか、今知ったとか言わねえだろうな?」
「……………」
「……マジかよ…」
今度こそ、心底呆れた顔を見せた木村。
いや、だって、雑誌のヤツ、赤かったし、これ黒いし…
「まあ、スピードはそんなに出さなきゃいいだけだが、問題は曲がれないって事だな。ハンドルがセパハン過ぎて」
「そ、それはどうにかならないのか?」
縋る勢いで木村に詰め寄った。つうか縋った。
「慣れろ」
その一言が全てかよ…まあ…曲がれないって言っても、実際販売しているんだから、想像よりもマシなんだろうが…
「納得した所で慣らしだ。少し走ってみようぜ」
慣らし運転とか言うヤツだな。俺にはその行動が良く解らんが、必要なんだろう。
ヘルメットを被ってバイクに跨り、エンジンを掛ける。
「じゃあ、俺の後について来い。あんま吹かすなよ。ゆっくりだ」
言われなくても、まだ怖いからスピードなんか出せないわ。
兎も角木村の後ろに続いて走る。
曲がりにくいとか言っていたが、今の所不自由は感じない。教習所のバイクに比べてなんか窮屈な感じだが、いずれ慣れるんだろう。
其の儘国道に出る。その時に強烈に思った。ハンドル切れねえ!!
ハンドルがタンクの辺りに直ぐに近付いて、切れない事この上ない!!
これが曲がりにくいって意味かよ!!国道に出るまでは緩やかなカーブしか無かったから、そんなに気にならなかったけど!!
焦りなからも、なんとかついて行く。暫くすると、ウインカーが右に点滅した。
その方向にはコンビニ。あそこに入るって事か…
俺もウインカーを点滅させて、コンビニに入る………ううううううううう!!!!?
「曲がり切れねええええええ!!!?」
木村はスゥ、と停車出来たが、俺は停車位置を外れて外に膨らんだ!!
ヤバいと思い、ブレーキを踏む。一旦停めて、降りてバイクを押しながら木村の傍に行った。
「想像以上に曲がらねえな……」
傍から見てもそう思うのか…運転している俺が一番そう思っているのだろうが……
「まだ慣れていない事を踏まえても、曲がらな過ぎだな…慣れたら別の話しになるんだろうが」
「ぜぇ、ぜぇ…べ、別の話しってなんだよ?」
この僅かな距離で緊張しまくって息が切れている。喉もカラカラだった。
「そんなところが良いと思えるってこった。だから慣れろ。それしかねえ」
そう思える日が来るのだろうか?だけど、それを信じなきゃな…
「今度は反対側に行くぞ。曲がらねえ事も踏まえて、大きく旋回する事を心掛けろ」
「お、おう…いや、その前に折角コンビニに来たんだから、なんか飲もう…喉カラカラだ……」
木村の賛成を待たずにコンビニに入る。こんなの教習所でも体験しなかった緊張だぞ……
それから一時間程慣らし運転とやらを行い、家に着いた時は、疲れ切って玄関に伏す程だった。
「だらしねえなあ…今後あの単車でやっていくんだぞ?スピードだって出さなきゃならねえ場面もある。ケツに女乗せる時もあるんだぞ?」
先が不安だと木村が嘯く。そんなの俺が一番そう思っているよ……
「ま、まあ入れ…コーヒーでいいよな?」
「おう。先に部屋に行ってるぞ」
頷いて電気ケトルに水を入れてスイッチオン。
お湯が沸くまでドリップの準備だ。
そしてコーヒーが入って部屋に行くと、木村が誰かとスマホで話している最中だった。
俺が来たとほぼ同時くらいに電話を終えた木村。
「誰と話してたんだ?」
コーヒーを木村の前に滑らせて訊ねる。
「国枝だ。お前が単車買った事を教えたんだよ」
フーフーして一口飲んで言った。つうか、わざわざ言う事か?
「国枝がえらく気にしていたからな。自分が言った事でお前が余計に迷うかもってな」
「それは400の事か?確かに国枝君とかお前に言われなきゃ、スクーターになっていたと思うけど」
実際購入した今でもスクーターで好かったんじゃね?と、思っているし。
あの曲がらんバイクだから、余計そう思うのだろうが。
「まあ、でも、400に拘った程度だから、逆に迷わなかったけどな。的場には選択の幅があり過ぎるとか言われたけど」
「だから安心してドゥカティを勧めたんだろうがな。お前に欲しい単車が無かったからだ」
そう言ってまた一口飲んだ。俺も戴こう。俺が淹れたコーヒーだけど。
「国枝君って、今春日さんとデート中だったんじゃねえの?邪魔すんじゃねーよ」
一応苦言を呈した。春日さんが面白くねーんじゃねーかと思って。
「そう思ったから用件だけ言って切ったんだよ」
「お前は黒木さんとどこかに行かねーのかよ?」
「あー……まあ……ぼちぼちな……」
なんか遠い目になっちゃった。此処でも束縛されてんのか。最初に警告した筈なんだがなぁ…
そして思い出したように、唐突に話を変える。
「そうだ緒方、ツーリング…とまではいかねえが、近場の海にでも行かねえか?時期がアレだから海には入れねえが」
もうクラゲが出ているからな。だけどプチ遠出か…
「いいけど、お前も知ってのとおり、俺のテクってあの様だぞ?ゆっくり走るって条件ならだ」
「それでいいぜ。本当は大沢も誘いたい所だが、あいつ免許持ってねえからな。残念ながら留守番だ」
表情は全く残念がっていなかった。電車で来るんなら呼んでもいいんじゃね?
「当然ながら、女は駄目だ。お前のケツは危ないからな。そうだろ?そう思うよな?」
なんか必死になって詰め寄って来る。そんなに黒木さんから逃れたいのか。
だが、それには同感だ。俺はまだまだテクが足りない。コケて怪我でもさせたら大変だし。
「それでいいけど、じゃあ内密に計画を進めなきゃ。バレる前に出発していない、みたいな」
「そりゃそうだ!!言っちゃならねえ!!絶対についてくるからな!!」
じゃあ、とスマホを滑らせて天気を確認する。
「此処一週間ほどは天気がいいみたいだけど、どの日に行く?」
「国枝と相談してからだな。あいつも誘わなきゃ拗ねるだろうし」
拗ねた国枝君か…見てみたい気もする。
「言っておくが、明日は駄目だからな。遥香の家に行かなきゃならないから」
「あー、親公認って、こういう時面倒だよな。免許取った事も報告しなきゃならねえし……」
げんなりする木村。それはもしかして…キャラじゃねーような気がするが、ひょっとして……
「なあ、お前も黒木さんの家に行ってたりすんの?」
「当たり前だろ。毎回外で会えるかよ。金ばっか掛かっちまう」
あー…言いたい事は解るし、その通りだと思うけど、俺が聞きたい事と、ちょーっと違うかな?
「あっと、えっとだな、向こうの親に挨拶したの?」
「そりゃ、成り行きでそうなるだろ。綾子の家に行ったっつう事は、そうなるっつう事だ」
まあそりゃそうだ。親御さんに会ったら挨拶も当然だし。
前回も思ったけど、ちゃんとお付き合いしてんだなぁ…
「じゃあ、お前も免許取った時にちゃんと話したの?」
「そりゃな。免許取ったから、移動が楽になったって話くらいはしたよ」
話のついでに言ったって事か…
「お前も親公認なんだっつう事だよな?」
「付き合っちまったんだから仕方ねえ、って感じだったがな。お前はまた違うんだろ?隠さなくても綾子から聞いてるぜ」
つまり遥香が喋っているっつう事だ。周り固めに余念がないなぁ。
あいつ、俺が浮気とかするって本気で思っているのだろうか?今度ちゃんと問い詰めなければならない。
「隠すつもりはないからいいんだけどさ。明日免許取ったって報告に行く事になっている。夜は多分居酒屋でごちそうになる」
「外食にも連れて行かれるのかよ?流石にそこまではな…」
やっぱおかしいよな?歓迎してくれることは有り難いんだけど、ちょっと行き過ぎなような気がしていたんだ。
俺の感じは正しかったって事だな。
「大沢はどうなんだ?お前等みたいな付き合いしてんのか?」
ヒロか。ヒロはなあ……
「えっと、多分まだ家に入れて貰えていない」
「お、おうそうか……」
聞いちゃいけない事を聞いたって感じで木村が目を伏せる。
「だ、だけど(仮)は取れた筈だ。的場とやり合った時に」
「そ、そうか。良かったじゃねえか」
良かったとか思っていないのが丸解りだった。ただ少し安心したって感じだった。
安心とは、聞いちゃいけない事を聞いてしまった負い目から、少し逃れたような。
「お、大沢は単車の免許取れないからな。今回は可愛そうだけど、次回はな。あ、いつか近い内にやるバーベキューには呼べるよな」
「お、おう。つうかバーベキューやる事は確定なのか……」
楽しそうだからいいんだけどさ。大人数なら尚更じゃね?
「河内とか麻美も呼んでもいいか?」
「構わねえだろ。バーベキューは人数が多い程おもしれえからな。地元だから酒とか呑めねえのがネックだが」
「じゃあ…生駒は?」
「東工の佐伯の切り札か…俺はいいけど、あいつが来るか?」
多分来る。楠木さんが更生したら。
楠木さんがまともな状態なら、俺達と友達になれるのなら、生駒は引っ張られて参加するだろう。
そんな他愛の無い話をして帰った木村。そのちょっと後に親父が帰宅。バイクを見て大騒ぎ。
「ドゥカティにしたのかぁ!!なんだかんだ言って、やっぱりイタリア車はいいなぁ!!!」
俺よりテンションが高くて引いた。値段を言ったら親父の方が引いていたけど。
「5万!?車検取ったばかり!?安すぎだろ!!」
流石に喧嘩して引退させたからとは言えず、友達の先輩だから好意に与ったと説明。親父は的場モータースにお礼の電話を入れた。
親父が的場と話していると言う、おかしな感覚だが、終始笑っていたので、まあ良かったのかな、と。
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