夏休み~001

 糞暑い日が続いて、ちょっとバテ気味だが、今日から夏休みだ。

 よって多少のだらけは許される。と思う。

 なのでロードワークから帰ってから二度寝などをした訳だが、腹が減って目覚めた。

 時計を見ると、12時ちょい過ぎ。昼飯の時間だって事だ。

 これ食ったら教習所に行かなきゃなぁ…夏休みと同時に受講できるように申し込んじゃったからな。

 冷蔵庫に置かれている昼のおかずを温めながら思い出す。

 佐伯をぶち砕いた後の事を。

 あの後、生駒は河内に案内されて隣町に向ったそうだ。的場に詫びを入れる為に。

 的場はその謝罪を受け入れて、楠木さんの謝罪待ちに同意した。だが、違えたら連合全部で潰すとも脅したらしい。

 そして佐伯だが、木村にたっぷり尋問を受けた後、漸く解放されて病院に行った。入院コースだそうだ。

 入院コースなのに尋問した木村も大概だが、そこまで追い込んだ俺の方が大概だと逆に言われた。その通りだと思ったから反論はしなかったけど。

 尋問したのは三週間前に現れた薬売買を持ちかけた女の事と、制覇を目指した理由。

 なんでもそう言うサイトで知り合った女で、薬売買は単純に自分の懐を潤す為だと。女相手だからちょっと脅せば融通も通るだろうと、舐めきって白浜に呼んだそうだ。

 しかし、向こうは佐伯の予想以上の女で、一人で来いと言ったにも拘らず『その手の連中』と一緒に来たらしい。なので佐伯は結局手が出せずに終わったと。

 薬売買に関しては、女の方が『縄張りが確定しているから手を引く』と言って、早々に撤収したそうだ。何の縄張りかは聞かなかったので解らないと。

 制覇を目指した理由だが、生駒の存在が大きいようだ。人殺しまでした奴だから相当なモンだと勝手に仲間にする事にしたらしい。

 だが、生駒は佐伯如きの仲間になる事は無く、逆に殴られて追い払われる始末。途方に暮れていたその時、覚えのないアドレスからメールがきた。


 楠木美咲は薬をやっている


 間違いだと思って放置していたが、その楠木さんの彼氏が生駒だと知って、脅しのネタに使ったと。

 このメールが楠木さん狙いなのか、生駒狙いなのか、はたまた他に狙いがあるのか結局は解らずじまい。だが、キナ臭いと木村も言っていた。俺もバリバリそう思う。何かの意図が絶対にある。

 一応そのアドレスは控えさせてもらった。当然遥香にも渡した。あとは遥香が何とかしてくれるだろう。

 そして当然ながら、佐伯一派は西高、黒潮の連中に連日狙われて、殆どが退学して白浜から姿を消したそうだ。

 佐伯は入院中だからまだ居るが、こっちは東工が連日追い込みをかけている。入院しているのに傷が増えて、いつ退院できるか解らん状態になっているそうだ。

 そして遥香だが、あの時見せた、麻美への敵意と疑念を見せる事も無く、普通に友達として麻美と仲良くやっている。

 些か拍子抜けしたが、安心した。遥香と麻美の殺伐は見たくないからな。

 隣町の薬の件も、的場を筆頭に連合が潰しまくっているから、本当の出所までは辿り着かないが、少なくとも目立った流通はないと。

 取り敢えずだが、俺は平穏に過ごせる程度になったようで、こっちも安心した。


 チン


 考え事をしている間に、おかずが温まった。これ食べて教習所に行かなきゃな…

 なので早々に食べ終わって食器を洗う。

 繰り返しの時の夏休みは勉強、ジムだったが、今回はデートと教習所も追加された訳だ。

 故に微妙に忙しい。だが、嫌じゃない。寧ろ心地良い。

 今日も朝から遥香に呼び出しを喰らって西白浜駅に向かっている最中。目的地は図書館だ。

 そういや、夏休みの時、朋美がヒロと里中さんを巻き込んで猿芝居をかましてくれたな。

 あの時は意味が全く解らなかったが、里中さんと知り合えたのは僥倖だったと言える。

 兎も角、駅に着いたので降りる。ここからは徒歩だ。つってもそんなに歩かないが。

 あの味が普通のファミレスを通り過ぎ、炎天下の中てくてくと歩く。

 帰りは此処で晩飯かなぁ、とか思いながらも進むと、待ち合わせ場所たる図書館に着いた。

 既に遥香は中で涼みながら勉強しているんだろうか?とか思いながらも、取り敢えず入った。

 入館してすぐに遥香の姿を捜すも、居ない。俺の方が先に着いたのか。つうか家に寄ってから一緒に来た方が良かったんじゃねーか?

 いや、家に来たら其の儘雑談に興じてしまうから、図書館待ち合わせになったんだったか。

 んじゃあ俺の方が待つか。と、適当な席に座って参考書を開く。

 と、席がいっぱい空いている状況なのに、なぜか俺の対面に座る一人の男子。

 眼鏡を掛けて頭が良さそうな印象だが、スポーツは得意じゃなさそうな線の細さ。

 観察していると、目が合った。男子が笑いながら辞儀をするので辞儀で返す。

「こんな所で会うとは思わなかったよ緒方君」

 ぎくりとした。なんで俺の名前を知っている?いや、俺は狂犬、糞をぶっ叩いてきた有名人。だから知っている事は不思議じゃないが…

 何故その『狂犬緒方』にこんなに嬉しそうに笑い掛けるんだ?警戒に値するだろ、これ…

 俺の警戒を察知したか、男子はいやいやと首を振る。

「僕の親戚がお世話になったようだからね。緒方君が警戒する事はないよ」

「え?えっと…それは、俺がどこかで糞をぶち砕いた時に、助けた事になるから?だったらそれは偶然と言うか…」

 その答えにもいやいやと首を振って否定。

「寧ろ逆だ。君が勝ってくれたおかげで気が楽になったと言うか…」

 ???全く解らん。俺がぶち砕いたから更生したとか?

 男子は笑いながらネタばらしをした。

「僕の親戚は隣町の黒潮だ。的場って知っているよね?勿論、君が頑張って倒してくれたあいつの事だよ」

 めっさ吃驚して大声を張りそうになった。この人が的場の親戚!?真逆もいいとこじゃねーか!!

「君の事をとっても褒めていたよ。あんなすげえ奴は見た事が無いってね」

「い、いや…えっと…あの、親戚の方の鼻を骨折させちゃって…」

 なんか知らないが、恐縮して謝罪してしまった。

「いやいや、いいんだよ。あいつ、勝ち続ける事が苦痛で苦痛で仕方なかったみたいだし」

 そう言われても…何と返していいのやら…

「あいつ、今三年で、卒業だから、あまり関われないし、隣の町だからそんなに会える訳じゃないから、僕に君の力になってやれと言われたから、困った事があったら遠慮なく言って。そうは言っても、出来る事は限られているけどさ」

 ははは、と笑いながらそんな事を言った。だが、いくら的場の親戚でも、見ず知らずの人に頼るのはめっさ抵抗があるが。

 それに、的場がそこまで俺に感謝していたとは思いもよらなかったから、面食らっているし。

 困っている顔をしていたのだろう。その彼は思い出したように言う。

「不信感を抱いているみたいだね。そりゃそうか、自己紹介もまだだったから」

 なんか一人で納得して頷き捲っているが…そう言う問題じゃないんだけど。

「僕は海浜の2年、入谷って言うんだ。実はあいつが君と関わる前から知っていたんだよ」

 なんか照れ笑いして結構な爆弾発言をした。的場と絡む前から俺を知っていた?

「入学初日、土下座で告白したとか、間もなくの頃、上級生と喧嘩したとか」

「な、なんで知っているんですか?」

「僕の彼女が白浜だからだよ。だから君の武勇伝はだいたい知っているんだよ」

 な、成程、それで…

「あ、あの、聞いても良いもんか解らないんですが、その彼女さんの名前は?」

 興味を持ったと言えばそうだ。だが、この振りは単なる会話の糸口のようなものだった。

 だが、聞いてよかったと本気で思う事になる。

「里中美緒って言うんだ。Aクラスだったかな?」

 里中さんの彼氏がこの人か!!!

 繰り返しの時、かなり世話になった女子の彼氏…

 だが、そうか。里中さんの彼氏さんが妙に俺に協力的だったのは、そう言う理由か。

 要するに、前回も的場に頼まれていたからか。

 話を聞く限りじゃ、的場は本当に楽になりたかったんだろう。勝ち続ける自分がきつかったんだろう。

 それを俺が倒した。そして俺は『その手の連中』と仲良くなる事も無い。

 なので的場は安心したのだろう。俺が『調子こく奴』じゃないと知ったのだから。

 的場に勝って、それを笠に暴れたりする訳じゃない。自分が負けても後の憂いが全く無い相手だと言う事に。

 よって前回も俺の想像以上に感謝した。入谷さんに力になってやれと言う程に感謝した。

 入谷さんも的場が苦しいんでいたのは知っていたから、快く応じてくれたんだと思う。

 世話になったのは俺の方だったって事だ。的場とは確かに縁で繋がっていたんだ。俺が知らなかっただけで。

「あ、ちょっと話し込んじゃったね。此処は勉強しに来るところだもの。君の勉強を邪魔した事になるね」

 頭を下げて謝罪の意思を見せる入谷さんに、俺はいやいやと慌てながら頭を上げて貰う。

「いや、世話になったのは俺の方ですから、俺が逆に感謝しなくちゃいけないです」

「僕と君は初対面なんだけど…」

 困惑するのも解るが、前回かなり世話になったのも事実だから。だから寧ろお礼がしたい。

 此処で会ったのも縁だ。その縁を大事に続けて行きたいのも本心だ。

 丁度その時、遥香が入館してきた。頭が良さ気な入谷さんと話している事に若干驚きながらも寄ってくる。

「お待たせ…隆君、こっちの人は?」

 マジ何事?と言った感じで訊ねて来る。

「ああ、うん。こっちの人は的場の親戚で、Aクラスの里中さんの彼氏さん、入谷さんって言うんだ。偶然会って、ちょっと話をしていたんだよ」

 一瞬驚いたような顔をするが、直ぐに戻る。

「へえ?的場さんって、隣町の人だよね?里中さんって人は解らないけど」

 流石は遥香。瞬時に『設定』を組んできやがった。

 繰り返しの話は全部教えたので、当然里中さんの事も教えている。地域サイトで噂を流された事も知っている。

 その時里中さんの彼氏が協力してくれた事も、当然知っている。

 だが、遥香は現時点で里中さんと接点は無い。『自分が知らない人の彼氏』が偶然俺と話しているという設定を作ったのだ。

「初めまして。槙原遥香と言います」

 はにかんでの御挨拶。入谷さんが微妙に赤くなった。

「緒方君の恋人かい?可愛い人だね」

「可愛いだなんてそんな…ねえダーリン、入谷さんって良い人っぽいよ」

 こっちも頬を染めての返しだった。お前神尾にもそんな事言っていたよな?つまり全く本心じゃねーのかよ?

「えっと、入谷さんでしたっけ?お一人なんですか?」

 わざとらしく、きょろきょろと見回す。

「うん。お昼に駅で待ち合わせしているけどね。美緒は図書館にめったに来ないから」

「そうなんですかぁ。私達、これからお昼食べようとしていたんですが、御一緒させていただいてもいいですか?」

 まさかの同行の申し出。流石に面喰った様子の入谷さん。

 そんな遥香の袖を引っ張って小声で言う。

「何考えているんだ?彼女と待ち合わせなのに、一緒に昼飯食う訳ねーだろ?」

 寧ろ邪魔だろ、と。

「里中さんとも早く縁を持った方がいいと思って。これを逃がすと、夏休み明けになるよ?」

 いや、別に夏休み明けでもいいだろ?急ぐ必要はない。

「え、えっと、僕はいいけど、美緒がなんて言うか。聞いてみるから待ちょっと待ってて」

 そう言って移動した入谷さん。そこまでしてくれんのか?

「入谷さんも隆君と話したいみたいだね。的場さんの件かな?」

 やっぱヒソヒソと話す。図書館だからな。大声厳禁だ。

「つってもさっき話したばっかなんだぞ?これ以上何を話すって言うんだ?」

「そうなの?じゃあ単純に友達になっておこうとか、連絡先交換しようとか。そうじゃ無ければ、話し掛けて来ないよ」

 そりゃそうかも…前回のように陰で助けるつもりなら、俺に話し掛ける必要も無い。

 だけど、友達!?狂犬緒方と!?海浜の入谷さんが!?

 あり得ないような気もするが、国枝君と友達な俺だ。俺自身は抵抗が無いけど、向こうがなぁ…

 電話を追終えた入谷さんが、笑いながらこっちを向いた。

「あの緒方君と、その彼女とご飯を食べるなんてって興奮していたよ」

 つう事は里中さん、応じたのか…いや、里中さんのキャラならあるだろうが、入谷さんが何となく不憫だ…

「でも、いいのかい?そっちもデートなんだろ?」

「いいんですよぉ~。寧ろご一緒したかったと言うか…あはは~」

「?そうかい?」

 入谷さん、笑ってはいるが、疑問に思ったじゃねーか。なにが寧ろなんだよ。

「じゃあ、ちょっと早いけど出ようか?美緒が首を長くして待っているから」

 そう言ってカバンを担ぐ。俺もそれに倣う。遥香なんかカバンを置いてすらいなかった。

 折角来たし、また駅に戻る面倒臭さもあるが、それよりも入谷さんや里中さんと飯食いに行く方がなんか嬉しかったり。

「ねえ入谷先輩、里中さんとはどうやって知り合ったんですか?」

 素晴らしい程の馴れ馴れしさであった。ついさっき知り合った人にぐいぐい質問していくとか。

「美緒とは同じ中学で同じ部活だったんだ。そこでだよ」

「へ~。何部ですか?」

「天文部。だけど、活動は夏休みのみ。星を観察する為に望遠鏡を覗いて、はい終わり」

 ははは、と笑う。部活として成り立っていないんじゃねーのそれ?笑い事じゃないような気もするけど…

 そんな事を話している間に(俺は相槌を打っていただけだったが)駅に着く。

 入谷さんが里中さんの姿を捜すも…

「……おかしいな…居ない…」

 確かに姿が見えない。トイレにでも行ったんじゃねーか?

 と思ったが、一応駅裏まで捜す事に。此処は西高生御用達の駅だから、面倒事に巻き込まれているかもしれん。

 しかし、やっぱりいない。

「入谷さん、電話してみた方がいいんじゃないですか?」

 なんか胸騒ぎ…はしない。なんでだろう?

 だが、一応進言してみた。

「うん…そうしてみるよ…」

 そしてコールする入谷さん、簡単に繋がった里中さん。

 んで、なんかゴチャゴチャ言い合っているが、やがて諦めたように電話を切った。

 そして、すんごく言い難そうに俺達の方を見て――

「…美緒、お腹へり過ぎたから、先に店に行ってるって……」

 ……ああ、うん…里中さんは彼氏を冷遇していたよな、確か。

 こういう所がそれを確信させるなぁ…だけど、友達にはそんな真似しなかったんだけどなぁ…

「…君達と一緒なの忘れたようで…そこまでお腹減っていたのかな…ははは……」

 ああ、忘れていたのか。仕方ねーなそれは。俺達は気にしないから、その渇いた笑いをやめてくださいよ…

 こっちまで悲しくなっちゃうから…

 だ、だけど、里中さんって結構フリーダムだったからな…

「あはは~。お昼にはちょっと早いですけど、朝ご飯食べていないかもですね」

 遥香は特に不快じゃない様子。逆に愉快そうに笑っている。

「はは…ごめんね。じゃあ悪いけどついて来て…」

 めっさ肩を落としながら、悲壮な顔で笑いながら促さられた。

 当然後に続く俺達。例のファミレスをまたまた通り過ぎて結構歩く。

「あの、何処に向っているんですか?」

 なんか駅から遠ざかっていている様なので聞いてみた。

「ちょっと外れた所にパスタ屋さんがあるんだ。イタリアンと呼べる程本格的じゃないんだけど、安くてお美味しいんだよ」

 ほ~。此処には結構来ているが、パスタ屋があるとは知らなかったな。

「ですけど、ファミレスあったじゃないですか?あそこにもあるんじゃないんですか?」

 味は普通だが、目の保養に良いファミレスだ。お値段もリーズナブルだぞ?

「あそこは女子を連れて入れないから…はは…」

 つう事は入った事があるんだな。俺は何回も入ったけど。累計で。

「バジルですか?パスタとハニトーが美味しいお店?」

 遥香は知っていたのか。つうか、お前のお姉さんのお店もこの近くだよな。もうちょっと住宅街に入らなきゃいけないけれど。

「そうそう。と、言うか、パスタとハニトーしかないんだ」

 だからイタリアンとは呼べないって事か。だが、美味しいんだろう。里中さんは料理を調べるのが趣味だった筈だから。

 程無く歩いた場所にその店はあった。

 なんつうか、こぢんまりとした、小さい店。だけど結構お客がいる。席が空くのを待っている人もチラホラ。

「ああ、里中さんは先に入店して、席を確保してくれたって事なんですね」

 納得したと頷く遥香だが、それって割り込みになんねーのか?

「好意的に解釈したらそうなのかもね。はは…」

 いやいや、そうでしょ多分。そう思おうよ入谷さん!!

 兎も角入口に立って店内を見る入谷さん。一瞬明るくなって手を上げた。

「やっぱり美緒が席を取ってくれていたみたいだ。飲み物しか頼んでいないから」

「割り込みになんないんですかって事なんですが…」

「大丈夫だよ。予約扱いにしたようだから。予約席のプレートが掛かっているし」

 予約できんのここ?だったら最初から予約しようよ!!

「二人増えたから席確保したかったようだね。ここって四人席三席しかないから」

 …それは…うん…好意だな。俺が悪かった!!

「先ずは入ろうか。美緒の手招きが激しくなってきたから」

 苦笑して入店する入谷さん。その後の俺達も続く。

 すると、店のど真んに里中さんが立ち上がりながら、やはり激しく手招きをしていた姿が目に入った。

 あれは恥ずかしい。俺なら駆け寄るのに躊躇する。 

 だが、流石彼氏の入谷さん。笑顔全開で手を振って近寄って行く。

「私達も行こうよ隆君」

 俺の手を取って歩く遥香。

 まあ、俺達もバカップルとか言われているから、里中さん、つうか入谷さんの事は言えん。

 ともあれ、店のど真ん中、漸く里中さんと合流出来た。

 その里中さんは俺を見るなり、プククと堪えながら噴き出した。

「ちょ、美緒、初対面で失礼だろ?」

「い、いや…うん。その通り。ごめんね。土下座告白のインパクト強すぎて…その他に大沢から話は色々聞いているから、ギャップ萌えと言うか…」

 謝罪しながらもプククはやめず。まあいいんだけども。

「そうなのか。だけどヒロの方が沢山伝説を持っているぞ?なあ遥香」

「うん。波崎に告った時のヤツ、見せてあげたかった」

 言いながら握手を求める遥香。

「三つ指姫!!」

「そそ、王子と姫」

 笑いながらの握手を交わす。特に不快感は見せていない。と言うか遥香的にポイント高かったんだよな、王子と姫って。

「ま、まあ、先ずは座ろう。緒方君と槙原さんも座って」

 入谷さんの若干引き攣りながらの進言だった。そりゃそうか、今はちょっとした見世物になっているから。

 なのでお言葉に従って着席する。里中さんの隣には当然入谷さん。その正面に俺。遥香は里中さんの対面になる。

 そして里中さんが咳払い。

「改めまして、自己紹介。里中美緒です。A組です」

 今更ながらのお辞儀であった。遅すぎる礼儀作法だった。

 まあ、俺も名乗ろうか。

「緒方た「槙原遥香です。ダーリン共々宜しくね」」

 ……俺の自己紹介に被せて来るとは…しかし、里中さんにも彼女アピールとか、必要ないだろ。こっちも今更だ。

「うん、よろしく。大沢とは前から友達だったから話はよく聞いているよ。ラブラブで羨ましい」

 隣に彼氏さんが居るのに羨ましいとか言うなよ。入谷さん、可哀想なくらい項垂れちゃったじゃねーか。

「あはは~。うん、ラブラブ。だけどウチのダーリン無茶ばっかりするから心配なのよねえ…」

 ほう、と解かりやすい程の演技臭の溜息。

「あー!西高の一年生トップに貢献したりとか、隣町の暴走族のリーダーを倒しちゃったとか?最近じゃ東工の二年を殺しそうになったとか?」

「詳しいな…それもヒロが?」

 頷く里中さん。

「さえき?だっけ?その時呼んで欲しかったって言ってたよ。緒方君無茶するからって」

 だからさっき遥香も無茶するっつっただろうに。その無茶を止めてくれるのもヒロなんだけど。

 それにしても、結構話していたんだな。前回はそんな素振り見せていなかったのに。

「ははは。まあ、話は注文した後に改めてしようよ」

 入谷さんがそう言って俺達の前にメニューを滑らせた。

 その通りだと思うので、俺達はメニューに集中する。

「へえ?意外とメニュー豊富なんだね」

 感心する遥香。知っていたようだが、食べに来たことは無いようだ。

「ハニトーも結構種類あるぞ。此処、春日さんに教えた方がいいんじゃねーか?」

 春日さん好みの甘々ハニトーが沢山ある。

 小倉ホイップとか、練乳ダブルとか。カスタード生クリームもあった。

「国枝君が災難でしょ。だけどいいかも。春日ちゃん好きそうだもんね」

 笑いながら同意した遥香。国枝君は頑張るだろうさ。俺も前回、結構頑張ったんだぞ。

「んで、隆君は何にしちゃう訳?」

「あーっと…本当はペペロンチーノ食いたいんだが、ニンニクだからな。シェアするだろ?」

「うん。勿論」

 めっさはにかんだ遥香。かわええなあ。

「んじゃ、俺は、えっと、無難にボロネーゼにしとくか」

「じゃ私はカルボナーラ」

 遥香も無難なヤツにしたか。まあ、この店はお初だから、先ずは無難な方がいい。

 決まったって事で、入谷さんが店員さんを呼んでオーダーする。

「えっと、なすとトマトたっぷりのボロネーゼと、きのことベーコンのベシャメルソース」

 入谷さんは俺が頼んだヤツにトッピングを追加したような物か。里中さんのベシャメルに興味があるな。現物が来て、マジ旨そうだったら、この次注文してみよう。

「ところで、ミートソースとボロネーゼの違い、知ってる?」

 身を乗り出して質問してきた里中さん。なんか表情が嬉々としているけど。

 俺は実際知らないから知らないと言った。

「確かボロネーゼって結局ミートソースだったような気がするけど…どうだろ?」

 遥香が言ったと同時に目を見張った里中さん。そして遥香の両手をがしっと両手で包む。いや、掴む。

「え?なになになに?」

 いきなりだったので怯んだ遥香。

「よく知っているね!!その通り!!ボロネーゼってイタリア語でミートソースなんだよ!!だけどトマトの量とか、お肉が微妙に違うんだよね!!日本のミートソースはアメリカ経由で伝わってきたからそうなったんだけどさ!!」

「そ、そう…」

 引き攣りながらも笑顔で応えた。

「ソースの量も違うんだよね!!ミートソースはそれこそソースをじゃぶじゃぶ使うんだけど、ボロネーゼはその半分!!理由はトマトの量が半分だからなんだよ!!」

「そ、そう…」

 やはり笑顔で応える遥香。引き攣ってはいるが。

 ともあれ、注文の品が届くまで、里中さんのボロネーゼうんちくが続いた。遥香はやっぱり引き攣りながらも笑顔で応えていた。

「来たよ美緒。話しながら食べよう。冷める前に」

 それには同感なようで、頷いて早速パスタにフォークを刺した。

 つかベシャメルソース旨そうだな。次来た時に食べてみよう。

「はいダーリン、カルボナーラ、あ~ん」

 遥香はパスタをフォークで巻いて、俺を促した。

 里中さんと入谷さんが見ているが、つか、このテーブルど真ん中で目立つから、結局晒し者になるんだろうが、俺はあーんで迎え撃つ!!

「おお~……」

 小声で里中さんが感嘆を漏らす。見ていないで、入谷さんにもやってあげて!!

「どう?」

 感想を訊ねる遥香。なので普通に述べた。

「美味い。ちょっとソース濃いかもしれないが、美味い」

 今度は俺がボロネーゼを巻いてあーんと。

 遥香は全く躊躇なくパクンと。「おお~」と、また里中さんが感嘆を漏らす。だから見ていないで入谷さんにやって!!羨ましそうにこっちを見ているから!!

「あ、美味し。だけどソース、ちょっと濃いかな?」

 ボロネーゼも濃いのか。基本濃口なのかもな。美味いからいいけれど。

 少なくとも、味はあのファミレスより全然上だ。

 今度は自分達がオーダーしたパスタを食う。

「うん。遥香が言った通り、ちょっと濃いが、美味いな」

「隆君の言う通りだね。濃いけどおいし」

 なんか白米食いたくなるな。流石にご飯は無いから試せないけど。

「はは。此処のハニトーも甘々だからね。濃い味付けなんだろうね」

 言いながら、寂しそうにナスをぶっ刺した。そのナスあ~んってやって。そんで、ちゃんと受けてあげて!!

「確かに濃い味付けだけど、美味しいでしょ?」

 あーんもやらずに一人むしゃむしゃと。ちょっとは気にかけてくれよ入谷さんを。

「緒方君のお薦めのお店ってある?」

 唐突に訊ねて来た里中さん。会話の突破口を探る為なのか?

「えーっと、西白浜なら『おたふく』かな?天むすが絶品だ」

「おたふくってお好み焼きだよね?でも天むすが絶品なんだ…」

 そうなんだぞ。俺はその天むすしか頼んだ事が無いんだぞ!!自分でじゅうじゅう言わせたことが無いんだ。お好み焼き屋なのに!!

「じゃあ白浜は?緒方君の地元なんでしょ?」

「白浜ならやっぱり大山食堂だな。大盛り基準で安くてうまい。ちょっと店ボロいけど。俺の友達がバイトしているんだ」

「ああ~。大沢から聞いた事あるよ。今度行こうかな。他には?」

「あーっと、そうだな、東白浜に『麺や鬼斬』ってラーメン屋があるんだけど、売りがおにぎりなんだ」

「ラーメン屋さんなのに売りがおにぎり!?どうしよう!!全く意味が解んない!!」

 なあ?俺もそう思う。ラーメンは普通に旨かったけどさ。おにぎりインスープは超旨かったけどさ。ギョーザは普通だったけど。

「んじゃ槙原さんのお勧めは?」

 振られて待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す遥香。

「この近くだと、カフェがあるよ。親戚のお姉ちゃんが経営しているんだけど、オムライスで2500円取るぼったくり店」

「2500円も!?お客さん来るのそれ!?」

 来るんだよ。実際夕方から席が埋まっていったし。高校生は行けないお店なのには違いないけど。

「街外れにべいはんバーガーって、米粉バンズのハンバーガー屋さんがあるよ。おじさんが経営しているんだけど、こっちは良心的でハンバーガーセット650円」

「まあ…普通…よりちょい高め…でもないか…」

 微妙な金額設定に首を捻る里中さん。安くは無いが普通だし。モス食っていると思えば。旨いしな、実際。

「白浜じゃあ、やっぱり喫茶店かな?お父さんの知り合いが経営しているから、ちょっと融通利くしね」

「駅に曲がる所にある喫茶店?あそこ槙原さんの知り合いだったの!?」

 つうか、遥香の知り合いの飲食店結構あるぞ。あのコスプレファミレスも親父さんの知り合いだし、カラオケもそうだったし。

 あの財布にどんだけクーポンやチケットが入っていると思ってんだ。

「あ、そうだダーリン。お父さんが居酒屋に連れて行きたいから近い内に来いって」

「居酒屋!?未成年は駄目なんじゃないの!?」

 俺もそう思うが、近ごろは普通に家族と食事に来るお客がいるからな。

「うん。バイクの免許取ったら、顔出そうと思っていたから」

「家族公認のお付き合い!?どれだけ進んでいるの!?」

 驚愕を隠せない里中さんだが、ちょっと待って欲しい。

「え?普通は挨拶するもんじゃないの?」

「しないよ!!いや、する人も居るだろうけど、私達はしてないよ!!」

 そうなのか?そういやヒロはどうしているんだろうな、そこの所。

 今度聞いてみよう。木村にも。

 はあ~、と溜息を付く入谷さん。

「意外とちゃんとしているんだね。僕達はそう言ったことしていないからなぁ…」

「そうなんですか?だけど遥香は、初めて家に来た時、普通に挨拶していましたけど…」

「僕達はお互いの家に行き来してないからね……」

 なんか遠くを見つめながら言った。部屋に呼んでもらえてなかったのか…結構古い付き合いなんだろうに、なんか悲しい…

「緒方君、バイクの免許取るの?」

 そっちを拾ったか里中さん。だけど別に隠している訳じゃないしな。

「うん。国枝君と木村がうるせーんだ。免許取れ、400乗れって」

「国枝君も免許持っていたんだ…」

「さとちゃん、入谷さんに取って貰えばいいじゃない?」

「さとちゃん!?」

 いきなりフレンドリーになった遥香に目を剥く。戸惑いがパねえようだ。

「海浜は免許を取っちゃいけないからね。こればかりはしょうがないかな」

 苦笑いでやんわりとお断るとは。だけど校則がそうならしょうがない。

 俺も白浜がバイク禁止なら、取ろうとも思わなかっただろうし。

 食事を終えて入谷さん達と別れた。向こうはデート、これ以上邪魔するのも忍びない。

 しかし、俺のスマホに新たに連絡先が二つ追加された事は思わぬ収穫だったな。このアドレスが埋まっていく感覚の至福な事よ。

「けっこう時間使っちゃったね。どうする?」

 遥香が訊ねて来るも、どうするも何もだ。

「図書館行って勉強する」

「あはは~。そうだったそうだった。元々そのつもりだった」

 ぺしぺしと自分の頭を叩いての反省。

「じゃあ行こっか。ところで、免許はいつ頃取れそう?」

「あーっと、8月の中頃かな?だからバイクで遠出は今年の夏は無理だな」

 慣れるまでは遠出は危ないとの判断だ。秋にバーベキューとかしてみたいが、それはバイク関係ないし。

「そうかー。だけどもうちょっとなんだよね。バイクは決まったの?」

「いや、まだ。バイク資金の方は目途が付いたけど、流石に新車は無理だしな」

 親父が半分出してくれるとの事だったが、何とお袋も半分出すと言ってくれたのだ。

 なんでも友達が沢山増えたのだから、遊びに行くにも足は必要だろうと。

 親父がバイク乗りだったから、ある程度は理解を示してくれるのだろうと思っていたが、まさかそこまでとはな。

 そんな事を話していると、図書館に到着。

「さって、やりますか。遥香は宿題全部できてんだろ?」

「勿論。写させろって言われたら、吝かじゃないけど?」

 言いたいが言うか。俺も一応学力アップに努める高校生なんだ。宿題くらい、自分でやる。

 そう返事をすると、だよね~。と言って先に入館する。だけど解らない問題は聞くからな?それはセーフだよな?

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