東工~005
その木村が通る声で言う。
「此処にいる東工生を全員ぶっ潰せ!!」
雪崩れ込んでくる西高生。東工生はパニックになって逃げ惑う。
糞が糞を潰そうと言う、実にありふれた光景だった。俺は関係ないけれど。
木村が俺達の方に歩いて来て、遥香に目を向けた。
「……槙原、お前を襲った奴がこいつ等か?」
凄まれてビクッと固まる対馬と矢代。
「そいつ等は俺に協力してくれた奴等だ。遥香のガードもしてくれた」
「…そいつはすまなかったな。先走った」
二人に頭を下げる木村。吃驚してまた固まった対馬と矢代。西高トップが自分達に頭を下げるとは、思いもよらなかったんだろう。
「木村君、この人が佐伯さん。私に乱暴しようとして、隆君にボロボロにされて、更に河内君に追い打ちを掛けられた人」
ついっと佐伯に手を向ける。佐伯の震えが更に尋常じゃなくなった。
「……お前、良かったな。河内が居てくれて。居なかったら…本当に死んでいたぜ…」
言いながら腹に蹴り。佐伯は簡単に蹲った。
「河内、こいつの怪我の具合は?」
「緒方に左腕と鼻を折られた筈だな。もうちょっと痛めつけてもいいと思うぜ?」
言いながら顔面に蹴り。やはり鼻は避けたが、佐伯が絶叫した。
これからは、こんな感じでいたぶられる。西高、黒潮に。そして今まで大人しくしていた東工生に。
「あの倒れている奴は?」
木村が目を向けた先は、いまだ気絶している生駒。
「あれが生駒だ。こいつの切り札だってよ」
またまた言いながら顔面に蹴り。佐伯はガチで泣き出した。そう言えばさっきも泣いたな?俺に殺されかけた時に。
「あれは緒方が?」
頷く。
「こいつ、マジ強かった。俺達レベルだった。今度やるとなったら、どう転ぶか解らない」
「ふーん…だけどもうやらねえんだろ?」
俺の前に河内が言う。
「やる、やらねえはまだ解らないな。こいつの女に薬の事を聞かなきゃならないから」
いきなり佐伯が話しに加わって来た。しかも這い蹲って、懇願するように。
「そ、そうだ!!その情報をやる!!だから俺をぎゃああああああああ!!!」
黙らせる為に鼻っ柱を蹴った。つま先で。
「お前は何も言うな!!言ったら殺す!!喋るな!!動くな!!つか、今ここで死ねよ糞が!!!」
振り翳す拳。それを河内と木村が押さえた。
「お前はもうやるな。本当に殺しちまう」
「そうだぜ。あんな思い、もうこりごりだぜ…」
河内がげんなりしながら言った。いや、マジで世話になったし。此処は…引こうか。仕方がない。
親友に否と言われちゃ仕方がない、遥香も殺すなと言ったし。
「まあ、解った。つう事は、お前等はその生駒待ちって事だよな。話を聞くっつう事はよ。だったら東工生は任せろ。きっちりシメとくし、追い込みもかけておくからよ」
言いながら佐伯を引っ張る木村。佐伯は病院に行かせてくれとか、全部言うから見逃してくれとか騒いでいた。
だけど木村がそんな事を聞く筈も無く、適度にぶん殴って口を開かないようにして、倉庫を出た。
他の東工生も、西高生が程よく痛めつけて連れて行った。
よってこの倉庫には俺を含んで6人。気を失っている生駒には悪いが、ここで対馬と矢代からも話を聞く事にする。
初めに口を開いたのは河内だ。
「生駒は、その、薬関係、えっと、売人やったりしてんのか?」
「いや、聞いた事はねえな。つうか東工で売買している奴は居ないと思うぜ?」
「噂にすらなっていないよな。俺も多分ないと思う」
対馬と矢代が否定する。これは俺達も予想はしていた事だ。楠木さんは生駒を使って売買していないと。
そもそも今現在、知る限りでは楠木さんに薬は流れていない。的場が悪鬼羅網を叩いて殲滅させたから。佐更木も河内にやられたし。よって最低でも売りはない。売るものが無いんだから。
「じゃあ生駒の女は?」
敢えての確認。俺の仮説を裏を取ろうっつう事だ。ナイスだ河内。
「さあ?あの女嫌われてっから。佐伯の仲間だっつって」
「だけど佐伯さんの方は話もした事無いんだよ?憶測でそこまで嫌うの?」
遥香が別口から乗っかって来た。
「大体佐伯と話した事が無いっつっても、俺達は知らねえもの」
「そうだな。生駒の女だから、佐伯の仲間認定だからだ。それだけ佐伯が嫌われているって事だ。直接関係ない生駒の女を嫌う程に」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって奴か。遥香も頷いているし、自分のリサーチ通りだったからだろう。
「ん?ちょっと待て、さっき休み場で話していた時、東工に、つうか佐伯に薬売買を持ちかけてきた来た女がいる。そいつは白浜だって言ったよな?でも楠木さんじゃ無いと?」
頷く矢代。
「さっき写メを見せて貰ったけど、そいつじゃねえ。生駒の女だってのには気づいたけども」
「三週間程前だっけ?」
「ああ。佐伯は前々から連絡を取っているのか解らねえけど、いきなりだったよな」
振られて頷く対馬。
「白浜だって思ったのは、そいつが白浜の制服を着ていたからだ。だけど多分地元じゃねえ。恐らく県外の女だな。そうなると、白浜の制服を用意した意味が解らねえけど」
「どう言う事だ?」
「単に売買したいんなら、制服じゃなくてもいいだろうって事だ。私服で事足りるだろ?」
言われてみればその通り。なんでわざわざそんな真似をした?
「…木村は佐伯の口を割らせている最中なんだよな?その事を聞けって頼んでみるか」
頷く俺。今はどんな情報でも欲しい。
「私のスマホ。壊れた、と言うか壊されたから、写メの確認は出来ないけど、その子京都弁だった?」
遥香の問いに心臓が高鳴った。
それは朋美の事か…?
「京都、つうか関西系じゃねえ事は確かだな」
「何か方言の特徴無い?」
「あーっと…ごくまれに、語尾に「ちゃ」って出ていたような気がするな。東北かも」
東北なら関係ないかと、滅茶苦茶ホッとした俺がいた。
「…そっか、そうなら関係ないか…」
遥香も安堵したような表情になる。やっぱ朋美が絡んでいると思ったのだろう。
「だけどまだ解らないかな…もうちょっと…」
ブツブツ言い出す。また無茶な事をしないように釘を刺す。
「お前、また無茶な事しようとすんなよ?もしするんだったら、俺にちゃんと言ってくれ」
「あはは~。うん。勿論」
かるーく了承した。絶対無茶するつもりだ。俺に内緒で。
その時生駒が顔を顰めた。覚醒したのだ。
明らかに警戒して身構える対馬と矢代。その前に俺が立ち、一応庇う形を作る。
そして上体を起こして頭を振った。
「……負けたか…」
「ああ。俺が勝った」
「……俺はどうなってもいい。だけど美咲の事は………」
続く言葉を止めて、俺の方が先に喋った。
「言わないから安心しろ。いいよな河内?」
振られて何のこっちゃか解らんと首を捻って応えられた。そりゃそうか、俺にしか解らないか。麻美からの情報だし、スマホで話しただけだし。
なので河内に耳打ちをする。
「楠木さんの薬の事を警察に話すな」
ああ、と頷いて勝手に喋る。
「それは安心してもいい。俺も警察嫌いだし」
何をやったんだ?嫌う理由を述べて貰おうか?だけど、これで問題無い筈だ。
「そう言う訳だ。その代わり、俺達の質問に答えて貰う」
「ああ。約束してくれるのならそれはいいが……」
対馬と矢代に目を向ける生駒。東工生にバレたくないって事なんだろう。
「対馬、矢代、悪いけど、他の東工の生徒に言ってくれねーか?佐伯は完璧に終わったって」
「あ、そうだよな。西高と黒潮に狙われるんだよな。俺達も狙っていいんだろ?今までの仕返しで」
頷く。そして追記した。
「あ、生駒は見逃してやってくれ。こいつ、今から俺達に協力するから、怪我でもされちゃ困るから」
「生駒は俺達の手に負えないから、そんな心配は無いんだが、解った。じゃあ俺達はさっきの休み場に戻って、先輩達にさっきの喧嘩の事を報告するよ。いいだろ?」
「いいぜ。ああ、お前等の電話番号教えてくれよ、この先も協力して貰うかもしれねえから。構わないな緒方?」
それも頷いて了承する。ついでに俺も対馬と矢代の連絡先をゲットした。
連絡先が増えて行く快感は今回も同じで、ちょっとテンションが上がった。
対馬と矢代が姿を消して少しした時。
「…知っている範囲でならなんでも答える」
逃げも隠れもしないと言った体で、胡坐をかいて座る生駒。
「先ずは、佐伯と接触した女の事を知っているか?薬売買を持ちかけた女だ」
河内が先陣切って質問する。
「三週間くらい前にいきなり現れた女の事だな?悪いが全く知らない。話した事も無い。顔を見たら殴りそうになるかもしれないと思って避けていたし」
売人相手ならそうなってもおかしくは無いと。
「じゃあ、楠木さんと知り合った経緯を教えてくれるか?」
そんな事を聞いてどうするんだとか言いながら、一応ながら話してくれる。
「GWが始まる前頃に、東白浜駅辺りのバイトを探していた時に偶然知り合った。チンピラに絡まられている所を助けてからだ」
「楠木さんは白浜で、家は西白浜の方だが、なんで東白浜に居るんだ?」
「その時は隣町に遊びに行った帰りだって言っていたが、後で知ったんだが、薬を買いに黒潮に行った帰りみたいだ。絡んでいたのは、安くしたから身体で還元しろと迫ったチンピラ。確か黒潮の外れの方のチンピラとか言っていたか…」
頷く河内。悪鬼羅網の三年だと確信したのだろう。俺もそう思ったんだから河内は当然のように思うだろう。
「楠木さんが薬を始めた切っ掛けは知っているか?」
「最初は好奇心。今は金の為。転売すれば結構な金になるらしい。自分でも使っているが、殆どは転売していると思う」
以前は両親の帰りが遅いから、寂しくてつい、だった筈だぞ。あの時も微妙に騙していたあのかよ!!
だが、遥香は逆に感心したように何度も頷いていた。
「どうした?何か解ったのか?」
「いや、そこまで喋っているんだと思って。生駒君、楠木さんに結構好かれているんだねぇ……」
言われてみれば…更生した後も嘘、偽りを発していたのに。生駒に正直に言っているって事だよな…
それだけ信頼しているんだなぁ…
「楠木は俺のダチに薬の売買を持ちかけた。そして薬を融通して貰う為に糞に股を開いた。お前はそんな女をなんで庇う?」
アホな質問するなよ河内。そんなモン決まっているだろ。
なので代わりに俺が答えた。
「好きだからに決まってんだろ。いつかまともになってくれると信じて、頑張って耐えているんだよ」
「…………」
生駒は俯いて黙った。その通りで、そうなんだろう。
「河内、お前のダチには楠木さんから詫びを入れさせる。それで楠木さんの件を手打ちにしてくれ」
全員目を丸くして俺を見る。しかし遥香だけは直ぐに砕けた。
「あはは~。ダーリンならそう言うよね。ちょっと甘いと思うけど、河内君はどう?」
有り難い援護。流石愛する彼女さんだ。
「……俺はそれでもいいけど、連合の連中がなんて言うか…薬に絡んでいたのは確実なんだし…」
河内の中では、連合イコール的場だろうから、軽率な返事は出来ないって事か。気持ちは何となく解るかもしれない。
「だけど謝罪は必要だよね。謝って、それでもダメならその時考えるって言うのはどう?」
遥香の提案。一旦棚に置くって事だ。
「俺なら今はそれでもいいけど、連合が駄目っつったら、緒方、お前はどうするつもりなんだ?」
河内がおっかなびっくり、俺を見ながら訊ねた。
「どうするって別に…俺も糞は許すつもりはないから、微妙に気持ちは解るし。だけど、糞じゃない、糞じゃなくなった人が、糞から責められたらキレるかもしれないけど」
状況次第って事だな。つか、俺よりもだ。
「その話は生駒にしたら?」
そりゃそうだと生駒に視線を向ける。
「……謝罪なら俺も一緒に行って…」
「受け入れないなら、その場でやるって事か?」
「………」
なんか知らんが河内と生駒がめっさ睨み合っている。
「まあまあ二人と持ちついて。取り敢えず楠木さんの薬抜きが終わってから、ね?」
遥香が間に割って入ってどうにか収まった。女子に仲裁されたんじゃ、否とは言えんだろう。
「…その薬が抜けるってのはいつ頃だ?大体でいい。的場さんに報告しなくちゃいけねえし、『その頃侘びに来る』って言わなきゃいけねえからな」
詫びに来させるのは確定で、これは曲げないって言っている。もしも違えたら連合が潰しに来るぞと脅している。
俺なら知ったこっちゃねーし、来たら迎え撃つのみだが、生駒はどうなんだろうか?
「………」
黙る生駒。薬が抜ける時間なんて知らないのだから無理はない。
代わりに遥香が言う。
「多分夏休み明けには。薬が回って来ない状況なんでしょ?現状薬断ちしているからね」
楠木さんのルートが佐更木と悪鬼羅網だけならそうだ。
それに、夏休み明けには改心して登校してきていた。
「俺も多分夏休み明け頃だと思う」
「……緒方がそう言うのなら解った。それでいいな生駒?」
「……俺も…緒方がそう言うのならそうする」
なんで俺が間に入っている状況なんだ?俺関係なくしてお前等で取り決めてくれよ。
「あはは~流石私のダーリン。カリスマ性があるねえ」
なんか知らんが頭を撫でられた。河内と生駒が見ているからやめてほしい。
「あ、ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ、生駒君が脅されていた理由を知っていたみたいなんだけど、どうやって知ったの?」
「どうやってって…麻美から聞いたんだけど」
一瞬空気が緊張した。
「……へえ…麻美さんが……どうやって知ったのかな…私だって色々色々、かなぁり頑張って、それでも憶測の域から出ていなかったのに………」
…なんだ?遥香…顔は笑っているが、目が全く笑っていない…
敵意?疑念?その種の念が遥香から発せられていた……
「お、おい遥香…」
あまりの迫力にビビって、おっかなびっくり声をかけた。
「ん?なにダーリン?」
俺の方に顔を向けた遥香は、全くいつも通りの笑顔。さっきの迫力が一気に消え失せたような…
「あ、うん。生駒に何か聞きたい事はあるか?」
俺の頭じゃ限界だが、遥香はまだまだ引き出しがある。咄嗟にチェンジしたが、これで正解だろう。
「んじゃ、えーっと、楠木さんは今、生駒君の家に居候しているんだよね?」
「ああ。居候とは言わないと思うけど、そうだ」
「じゃあ、家に帰るように言っておいて。捜索願を出されたら嫌でしょ?」
「それは…言っておくが…その、狙われないのか?」
河内に目を向けて訊ねた。
「連合には言っておくんだろ?侘びは夏休み明けだって?」
「……連合と黒潮は狙わない。約束する」
「……西高と白浜は?」
「木村は楠木さんの件はそんなに深く関わっていないし、白浜は普通高校だから、そんなに殺伐としていないし」
殺伐しているのは俺だけだと言うね。これでもかなりマシにはなったと思うけども。
「んじゃダーリン、生駒君の連絡先聞いておいてよ?」
俺が?いや、いいけどさ。お前は聞かないの?
「私のスマホ、壊されたからさ。あとで隆君から聞いて連絡してもいい?」
ああ、そういや佐伯にぶっ壊されたんだよな。一応生駒にも確認しとくか。
「いいだろ生駒?色々聞きたい事もあるんだろうから」
「それは構わない」
そんな訳で生駒と連絡先の交換。新たなアドレスゲットだぜ!!
「俺にも教えてくれ」
「約束の事もあるからな…」
河内と生駒も仲良く、って訳じゃないが、交換した。
「つうか緒方、ラインやれよ。あれタダだぞ?」
「やんねーから。煩わしくなりたくない」
タダほど高いものは無い。やりたきゃ生駒とやれよ。
さて取り敢えずは…
「これで一旦終わりだな。河内、悪いけど、シャツ借りて行くから」
「おう、俺は此の儘黒潮に帰る。的場さんにも報告しなきゃいけねえし」
そして生駒の方を向く。
「またな生駒。今度は普通に遊ぼうぜ」
生駒は此処で漸く柔らかい顔になった。
「ああ、じゃあな緒方」
生駒と河内に手を振って、俺と遥香は第三倉庫から出た。このまま駅に向かってもいいが、遥香の服は河内のシャツ。何処か店によって服を買ってから帰ろうか。
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