東工~004
「やめとけって緒方!!」
河内が俺を後ろから羽交い絞めにする。
「間に合わないと思ったけど…良かった……」
遥香も息も絶え絶えで近寄ってくる。
周りを見ると、ぶっ倒れている糞が半分以上。残りは茫然としている。いや、震えている?
「こ、これが、河内が懸念していた事かよ…」
「マジぶっ殺しそうだったしな…取り敢えずとはいえ、味方で良かったぜ……」
遥香を守っていた対馬と矢代も合流した。つか遥香、この二人を振り切ったのかよ。
♪♪♪~♪♪~~♪~♪♪~~
「ん?その音…麻美さんじゃない?」
「あ、ああ…うん……」
遥香に促される。佐伯は俺に任せとけと、河内が有り難くもしゃしゃり出てくれたおかげで電話に出る事が出来た。
「も、もしもし?」
『あー、やっと出た!!何やってんのよ隆の癖に!!』
隆の癖にって…俺も用事があったら出られないだろうが。おかげで……助かったけどさ………
「な、なんか用事か?」
『うん。大した事じゃないけどね。生駒君って、佐伯に脅されて協力しているんだけどさ、その脅しのネタが………』
………そうか…そう言う事なのか…
『解ったのはこのくらいだけど、また何か解ったら教えてあげるね。ケーキ一個で』
「おい、それはちょっと」
…文句を言う前に切られた。一つ情報渡す代わりにケーキ一個貰うつもりかよ。
…まあ…助かったからいいけどさ……
それはそうと、と遥香に目を向ける。
「遥香、酷い事されていないか?何ならまた…」
慌てて首を振っての否定。
「されたけど大丈夫だから。ダーリンが来てくれたから未遂で終わったしね」
未遂…それは…
「レイプされそうになったんだよ。言っただろ。佐伯は先輩の小学生の妹を人質にしたって」
俺より先に対馬が答えた。だが、そう言う事だったら、その小学生の妹さんは…!!
「お前の女みたいに服を切り裂いた程度で済ませた筈だけどな。流石に小学生だし。だけど、佐伯は強姦もする。だから皆に嫌われている。実際佐伯に襲われて退学した女子もいるしな」
矢代の言葉にまた怒りが込みあげて来た。麻美に感謝しているのは本当だが、こうなったらやっぱり殺しておいた方がいいんじゃねーのか?
と、思ったら佐伯の呻き声。河内が腹を蹴ったのだ。
「緒方、お前の気持ちは解る。だが、これ以上お前にやらせる訳にはいかない。代わりに俺がやってやるから、それで我慢しろ」
…いや、有り難い。俺に殺させない様にしてくれているんだ。本当に有り難い。
「ところで、生駒君が佐伯さんに良い様に使われている理由だけどね……」
遥香がそこまで言った途端、後ろの糞共からざわめきが発せられた。
やはりそちらを向く。当然佐伯も。
「…は…ははははは!!緒方ぁ!!まだ勝負は着いちゃいねえようだぜ!!!」
血塗れながらも笑う佐伯。つか、この期に及んでも尚やろうと言うのか?たかが助っ人がひとり来たくらいで。
「緒方…あいつ…どこかで見たことねえか?」
河内の言う通り、確かにどこかで会ったような…しかもつい最近…
まあいいや、取り敢えずあいつ誰だ?
「対馬、矢代、あいつ誰だ?」
「……あいつが生駒だ…バイト終わりは4時過ぎな筈だが…なんでこんなに早い?」
引き攣りながら後退りする二人。そうか、あいつが生駒志郎。佐伯の切り札か。
つうか味方な筈の糞共も、生駒から距離を取っている様な…怖がっているように見える。
その生駒が俺から数歩離れた所に止まる。軽い溜息をついて。
「生駒ぁ!!こいつが緒方だ!!殺しちまえ!!」
歓喜する佐伯。ムカついてぶん殴ろうとしたが、河内に先を越される。ボディに蹴りを入れたのだ。
「ぐはあああっ!!!」
簡単に蹲る佐伯。その様子に生駒は何の感情も表していない。
「……興味無さそうだな?」
「…そうだな。アンタが佐伯さんを殺してくれていたなら、逆に喜んでいたんだろうけど」
マジ興味無しってな感じで腕を組んだ生駒。その姿を見てハタと思い出す。
「河内、あいつラーメン屋のバイトじゃねーか?」
「……あ!そうだ!!あのおにぎりが売りのラーメン屋のバイトだ!!」
そうか、あいつが生駒だったのか…どおりであの拳に目が向いた訳だ。
「…客で来た事があるのか?ああ、そうだ。今日はご飯が切れちまったから、早上がりさせて貰えたんだよ」
良く聞くスープが無くなったからじゃなく、ご飯が無くなったから!?どんだけおにぎりを売りにしてんだよ!!素直に弁当屋にでもなっとけよ!!そしたら普通におにぎりも売れるだろ!!
その時糞の一人がおっかなびっくり生駒に近寄った。
「い、生駒…佐伯を助けなきゃ……な?」
生駒は大袈裟に溜息を付く。
「おい、お前等に話し掛けられる程、仲良く無かった筈だけどな?」
言ったと同時に生駒から離れた糞。生駒は本当に嫌悪の目で糞を見ていた。
「お前、その糞共の仲間って訳じゃねーのか?」
「仲間?要らないよこんな連中。逆に殺したいくらいだ」
本気で軽蔑している様な…だが、関係ないのなら、このゴタゴタにも関係ない筈だ。
「じゃあ帰れ。無理して俺とやり合う必要も無いだろ。大体発端は佐伯の糞野郎が俺の彼女さんを拉致って強姦しようとしたからだ。こうなるのは自業自得で、これで終わらせるつもりも更々ない」
「そんな事、改めて言われなくても知っているよ。佐伯さんが悪いんだって事もな。言っただろ?殺してくれていたら喜んでいたって」
そこまで言って佐伯を睨む生駒。
「佐伯さん、アンタまた女子に乱暴しようとしたのかよ?言った筈だけどな、こんな真似したら、今度は俺が殺すからって……」
「強姦するつもりなんかねえよ!!緒方に対しての人質の意味合いで拉致っただけだ!!そ、そんな事より、早く緒方をぶっ殺せ!!あの事をバラされたくねえのならな!!」
またまたでっかい溜息を付く生駒。そしてイヤイヤながら構えた。空手の構え。情報通りか。もうちょっと聞いてみようか。ボロが出るかもしれんし。
「バラすって、人殺しの事かよ?」
「別に?俺は全然後悔してないからな。弱い者イジメして、その報いで勝手に死んだだけだ」
「へえ?羨ましいな、俺も殺したかったぜ。尤も、俺には止めてくれる人がいたから人殺しは免れたが。お前はそんな人いなかったんだよな。助けた高橋は、お前が居なくなった後にまた虐められて結局転校したしな」
此処で表情が若干険しくなった。
「……アンタ、何処まで知っているんだ?」
高橋の名前とその後を出したおかげで揺らいだか。答えないで別の事を言ってみようか。
「俺の出身中学は白浜第三。因みに現在通っている高校は白浜高校。Cクラスの楠木さんから告られた事もあるぜ?」
「………」
無言で俺を見ている生駒。知っているか否か、見極めようとしているのか?だったらもうちょっとヒントを出してやろう。
「そうだそうだ。この河内な。こいつ、黒潮なんだけどさ、なんで白浜に来たと思う?」
「……さあ?興味がないからな」
「実はな、黒潮で薬の売人が出たんだよ。こいつの先輩がそれでさ。まあ、その糞は河内がタイマンでぶっ倒したからいいんだけど、それは兎も角、そいつって白浜に顧客がいたらしいじゃねーか?顧客っつっても、勝手に売買しようとした女だったんだけどさ。そいつを追って白浜に来たんだよ。お前、なんか心当足りねーか?」
バリバリ知っているぞと含み笑いを持たせて言った。一種の挑発だ。
「……そうか。じゃあお前とその、えっと、その、河内っての?を倒せばいいのか」
やる気が無かった構えに力が籠ったのが解った。しかし、すげーなこいつ。俺と河内相手に『口封じ』を狙うとは。
ならば、と追記してみる。
「西高の木村って知っているか?あいつも河内に協力してんだよな。黒潮と西高は五分の協定を結んだから」
暗に西高とも事を構えるんだぞと脅した。だが、生駒は涼しい顔だった。
「問題無い。アンタの噂は聞いている。俺と同じだって思ったよ。だけど、『その手の奴等』とつるんでいるんだ。俺的には全く迷いはない」
逆に鼻で笑ってやった。
「『その手の奴』に良い様に使われているお前が言う台詞かよ。安心しろ、河内まで回さないから。お前は俺が此処でぶち砕く。お前の為にも、楠木さんの為にもな…」
佐伯と完璧に手を切らせてやるさ。楠木さんの薬絶ちと一緒にな。
「緒方…無理してやらなくてもいいんじゃねえか?話せば解りそうだぞ…?」
河内の言葉に首を振って否定する。
「佐伯に付いている事で俺の敵確定なんだ。遥香の仇も中途半端だしな。佐伯に関わった奴は全員後悔させてやる」
「…そう言われちゃ、返す言葉も無いけど…俺はあいつを守らなきゃいけないんだよ…万が一にでも警察に連れて行かれたくないんだ。お前には恨みは無いし、恋人の事は気持ちも解る。だが、さっきも言った通り、その手の連中の仲間のお前には迷いはない」
そうかよ。手加減なしで来るってか?上等だ、糞をぶっ殺したパンチ、見せてみろ!!
「河内、佐伯を見張っておいてくれよ。対馬、矢代、遥香を頼んだぞ」
言ってダッシュした俺。虚を突いたつもりじゃないが、面食らっただろ?
「!!速い!」
ほらな、面食らってやがる。だけど動揺はしていないな?場馴れしているのか?
…違うな、情報じゃ空手を一生懸命やっていたんだったか。場馴れと言うよりも、速い相手とも試合はしてきたんだろう。
まあいいや、そのまま懐を取ってリバーブローをぶちかます!!
と、思ったが出来なかった。回し蹴りが飛んできたからだ。なので俺は脚を止めた。
「…カウンターで行けるかと思ったんだが…」
「そんな遅い蹴りを喰らうかよ。俺はもっと鋭く速い蹴りを打つ相手と戦ってきたんだよ」
的場に比べると遅いしキレも無い。河内のハイにも劣る。
また飛び込もうと低く身構える。しかし、またまた蹴りによって阻まれる。今度は前蹴りだった。
追えるスピードだが、ちょっと鬱陶しいな。パンチの間合いよりも蹴りの間合いの方が先に届くのは必然だし。
仕方がない。一発は覚悟してやるか。喰らった後に顎でも砕けばチャラだろ。
「…俺の蹴りに耐えて潜り込もうってのか?目が座ったぜ?」
ばれちゃった。俺は直ぐに顔に出るらしいからなあ…
「耐えられると思うか?空手の蹴りの威力、知っているだろ?」
バットをへし折ったりするやつだろ?そんなモン、間合いがドンピシャじゃ無きゃダメージが完璧に通らねーだろ。
なので答えずにダッシュした。俺の土俵はインファイト。パンチの届く距離よりも更に踏み込んだところなのだから、多少の被弾はやむを得ない。
やはり来た蹴り。前蹴りだった。突進を止めようって事なんだろうが、遅えしキレも無い。
なので躊躇なく飛び込む。一応蹴りを腕で払って。
「!?」
驚いた表情をした生駒。あんなもんに驚かれちゃ困るんだが、温い相手としかやってないのか?
「舐め過ぎだろ!!」
ストレートの間合い。だが、俺は更に踏み込んだ。リバー狙いの左フック。
生駒の気の抜けたような蹴りとは対照的に、俺の左フックはキレもパワーも乗っかって、ボディに突き刺さった。
「!?」
今度は俺が驚いた。なんだこいつのボディ?硬い…硬すぎるぞ!?証拠に左フックを喰らっても若干顔を顰めたのみだったし!!
吃驚して後ろに飛んで間合いを取った。生駒は少し笑いながら言う。
「俺はボディじゃ倒れないよ」
俺のパンチでも倒れないってか?舐めやがって…とか思ったが、実際左フックを喰らっても平然…って訳じゃないが、あんまダメージが無さそうだし、その通りなのかもしれない。
だけど単発の場合だろ?連打ならどうだよ?それに、そもそもボディに拘っている訳じゃない。
だから俺はこう言ってやった。
「お互い、出だしの様子見は、驚いたって事でいいな」
「…俺の蹴りが様子見だって気付いたのか……」
当たり前だろ。あんなキレがない蹴り、誰だって気付くわ。鍛えていない糞なら、其の儘ぶっ倒れるかもしれないけどな。
「此処からは様子見も何もない。アンタを倒すのみだ」
構え直す生駒。目つきも尋常じゃない程に座った。改めて気を引き締めたんだな。何故ならば……
「俺のボディ、予想以上だったようだな?」
余裕で返してやった俺。だが、生駒は少しも動揺を見せずに言う。
「確かに予想以上だが、言っただろ?俺はボディじゃ倒れない」
そう言っていたな。自分の鍛えた腹筋に自信があるっつうこった。俺も鍛えた身体に頼って被弾覚悟で突っ込むから、気持ちは解る。若干ベクトルが違うような気がするが。
だからまた突っ込む、多少のダメージは覚悟の上だ。
「本当に馬鹿正直だなアンタ」
呆れながらの前蹴り。だが、さっきよりもスピードもキレもある。パワーも乗せている。
だからこそ、俺はさっきと同じく、その蹴りを腕で払った。
今度は突進が止まった。それ程までに重い蹴り。
「!?」
さっきと同じ表情をしているぞ生駒。自分の本気を蹴りを腕で止められて吃驚したのか?
残念だが、その蹴りは的場よりも劣るし、河内よりも遅い。俺なら止めて当然なんだよ。的場の蹴りを止めたんだ。簡単に飛ばされる訳にはいかねーからな!!
懐に飛び込んだ。リバー狙い。ボディじゃ倒れないと言われたが、敢えてのボディ!!
突き刺さる左フック、同時に俺の脳天に衝撃が走った。
肘を落としやがった!!だけど俺も言った筈だ、被弾覚悟だと。要するに耐えられる。
返す刀で右フック。またまたボディに突き刺さる。
「こいつ…!!」
今度は完璧に解った生駒の驚愕。効かない筈のボディが痛み出したか?
目の前に飛び込んで斬る膝。内腿を左フックで払い、さらに右フックでボディを叩く。
「く!!」
く、じゃねーよ。お前、糞をぶっ殺した事があるんだろ?遅いとは言わないが、鋭くないとは言わないが、『この程度じゃ人は死なない』ぜ!!
退いた生駒。拳を引いている。正拳ってやつか?だけどお前の攻撃は遅い。カウンターを楽勝で取れる……!!
と思ったが、そのパンチは俺の予想の上を行く速さ!!
咄嗟にガードを上げた。だが、そのパンチは俺のガードをぶっ壊して顔にぶち当たる!!
マジかこいつ!?半端ねえ破壊力!!ガードをぶっ壊したのもそうだが、勢いが殺されたにも拘らず、意識が飛びそうになった!!
ぶっ飛ばされながらも態勢を整えて踏ん張る俺。逆に生駒の方が驚愕を露わにしていた。
「体勢不十分の右正拳だけど、そこまで踏ん張れるとは思ってもみなかった…」
アレで体勢不十分だと!?どんな破壊力だよその右パンチは!!
破壊力もそうだが、スピードもかなりのもんだ…舐めていたのは俺の方か…
オーソドックススタイルに構えて問う。
「それが糞を殺したパンチか?」
答えない代わりに構える生駒。目は座ったまま。吃驚したけど、あれで仕留めようと思っていたけど、自分でも納得したのだろう。体勢不十分と言っていたからな。
向こうも修正したっつう事か。意外とボディが効いたようだな。
俺は構えた儘すり足で接近する。蹴りを警戒しつつ。
しかし、蹴りの間合いに入っても飛んでは来ない。
「お前、パンチの方に自信があるのか?俺はボクシングを習っているんだが」
暗にパンチじゃ勝てないよと言ってやった。
「いいんだよ。何発貰おうが、一発でひっくり返してやるから」
俺のパンチを耐えるっつう事かそれ?
「舐めてんのはやっぱお前の方だったなあ!!!」
ジャブの嵐。しかし、生駒は言った通りに耐えるのみ。ジャブじゃダメージは通らないって判断なんだろうが、ここからだ!!
ウェイトを乗せたジャブ。左ストレートに近くなる。しかし、生駒はやはり耐えるのみ。無論ガードはしているが。
そしてガードをしていると言う事は、攻撃に転じる隙を窺っていると言う事だ。
ならば誘いに乗ってやろうか。そう思い、右拳に力を込めた。
その刹那、俺の視界に拳!!
「うおっ!!?」
首、いや、身体を捻ってそれを躱す。
戻って行く右拳を安堵して見ながら言う。
「……俺のあの瞬間の溜めに隙を見出したのか?」
ストレートを放とうとしたあの時、右拳に力を込めたあの時。
その一瞬の隙を付いて放った右拳…!!!
なんつう洞察力だ!!そして何つうスピードだ!!
「俺の正拳は一撃必殺。二回も躱されて、意外とショックだ」
言いながら微塵も動揺を見せちゃいない。サービストークも持ってんのかよ。
「そんなに離れてもいいのか?」
ギョッとした。回し蹴りが飛んできたのだ。パンチの方に自信があるとはいえ、隙を見逃す程間抜けじゃねーか。実際呆けていたからなぁ…
躱して上体のみ前に出す。今度は見えた。右拳を引いたところが。
その拳は肩の捻りから肘の捻り、肘の捻りから拳に伝わって…え?
コークスクリューかあれ!?い、いや、空手の正拳突きってコークスクリューに似ているんだったか!!
だけど、見えたって事は、俺にもチャンスがある。
その右正拳にカウンターを当てて、逆にひっくり返してやる。
放った右ストレート。タイミング的にもドンピシャだ。俺の方が先に当たる!!
だが、生駒の右正拳が来ることは無かった。途中で引いたのだ、右拳を!!
代わりにやって来たのは左拳。やはりから肘、肘から拳の回転を伴って!!
カウンターをカウンターで返すだと!?出来んのかそんな事!?
吃驚しながらも顔を捻る。しかし、カウンター狙いの途中のストレート。たっぷりウェイトが乗っていたパンチへのカウンター。
しかも向こうは左のコークスクリュー!!
凄まじい衝撃が顔面を襲い、頭が真っ白になった。
遥香の絶叫が遠くから聞こえた。河内の絶叫も遠くから聞こえた。近くに居るのに遠くから。
そして全身に衝撃が走る。ダウンしたのだ。受け身が取れないダウンを。硬い地面故に全身に衝撃が来たのか。
「右正拳のフェイントに引っ掛かってくれて助かったよ。目がいいのも考え物だな」
上。遙か上から聞こえた生駒の声。あれフェイントだったのか…まんまと騙されたぜ………!!
そして、これが糞を殺したパンチか…右と左に宿っているコークスクリュー。それをカウンターで喰らわしたんだ。死ぬなこりゃ。
尤も、俺は簡単にくたばらないけどなあ!!
腕を突っ張り、上体を起こす俺。全身痛いが、根性で起き上がる!!
「立ち上がったのかよ…それはいいけど、フラフラじゃないか?その状態でどうするつもりだ?」
どうするもこうするも…やる事は一つだろうが?
「お前をぶち砕く…!!」
ファイティングポーズを取った俺。カウントも8くらいだ。続行だ!!
「……目が死んじゃいないのは流石だけど…死ぬぞ?実際俺は正拳で一人殺している」
その正拳を受けても俺はまだ生きている。まあいい。来ないならこっちから行くまでだ。
滅茶苦茶重くなった脚を引き摺りながら前に出る。
蹴りが飛んできた。ガードするも、そのガードが壊されて、俺はたたらを踏んだ。
「本当にしぶといな!!」
有り難い事に、生駒の方から来てくれた。俺の脚はほとんど動かないから。この野郎、アホみたいなダメージ負わせやがって…!!
腹に鈍い痛み。回し蹴りか?中段回し蹴りか?
顎が跳ね上がる。膝を付き上げられたんだ。遠くで河内が代われって叫んでいるなあ…
!!今度は本気で痛い!!脚にローキック、いや、下段回し蹴りか?これチョーいてーな!!
あんまり痛すぎて膝を付きそうになる。
「とどめだ」
そんな声が聞こえて、顔を上げると、あの右正拳が俺の顔面目掛けて向かって来ていた。
しかし、俺のコークスクリューは溜めが必要だってのに、こいつはポンポン放って来るな。コークスクリューじゃないんだろうな。厳密に言えば。
んじゃ破壊力は俺に分がありそうだな。
試したいが、その前にこの右正拳だ。
さっきはカウンター狙いのフェイクだったが、今回はどうだ?
ギリギリ引きつけて見極める。
左拳はそのまま。右は肘も伸びて来ている。フェイクじゃねーな。
ならば踏み込む。そして右拳を躱して、右ストレート。ライトクロスカウンターだ。
「がはっ!?」
右拳に確かな手ごたえ。そして倒れる生駒。
ダウンを奪ったんだ。しかも、ただのダウンじゃない。ライトクロスだ。ダメージは深刻だろ。
視界には地面に寝そべっている生駒の姿。それを見て笑いながら言った。
「これでイーブン。なんつったけ?正拳で人を殺しただっけか?確かにすげーパンチだったが、あれじゃくたばらねーよ。お前殺そうとしてねーもの」
口を切ったか、腕で血を拭い、上体を強引に起こす生駒。ダメージはやっぱ深刻そうだなオイ?
「お前の言う通り、そいつは結果死んだだけだな。仕方がない、教えてやるよ。殺気の籠ったパンチをなあ!!!」
常に殺す気で振るっていた俺の拳は、『スポーツマン』の拳と全く違うんだぜ!!
全く動かない脚を根性で前に動かす。生駒も根性で起き上がった!!
「ああぁあああああああ!!!ぁぁあああ!!」
飛び込んでの左ストレート。しかし狙いは顔じゃない、ボディだ。
「ぐふっ!!」
膝を付く生駒。またまた笑いながら言ってやった。
「ボディじゃ倒れないんじゃなかったのかよ?」
言い終えてからの右フック。それは生駒の頬を貫いた。
生駒は膝を付いた状態で真横に吹っ飛んだ。再びダウンを奪ったのだ。
「これで俺の方が優勢だな?尤も、これはボクシングでも空手でもない、喧嘩だ。何度ぶっ倒れようが、最後に立ってりゃいいけどな」
笑いながら言うも、生駒は動かない。あんな程度でくたばったのか
試しに腹に蹴りを入れてみる。苦しそうにくの字になった。まだ生きているのか。そうだよな。ボディじゃ倒れない程鍛えているんだから。
「どうする?俺の勝ちでいいか?安心しろ、佐伯は口が利けないくらいにぶち砕いてやるし、西高、黒潮、そして今まで黙っていた東工生が追い込むだろう。お前の懸念はない。それどころじゃなくなるし。俺は俺で、楠木さんに話はするけどな」
ピクリと身体を動かした生駒。そして上体だけ根性で起き上がった。
「……美咲に何を言うつもりだ?」
「へえ?一応付き合っているには付き合っているんだな」
「……俺と別れろと言うつもりか?」
「お前等の色恋沙汰には全く興味はないから、そんな事は100パーセント言わねーけど」
「……じゃあ何を言うつもりだ?」
「……やめろって言うつもりだよ。お前も言っているんだろうが、俺からも言わせて貰う。他にも色々聞きたい事はあるが、まあそれはお前には関係ないか」
繰り返しの時の大事な人の一人だ。このまま放っておけないだろ。今の楠木さんは関係ないとは言ったが、改心した後の楠木さんとは友達になりたいんだから。
生駒には思う所は無いし、佐伯を見捨てるっていうのなら、このまま退く。楠木さんの事も、まあ、河内には解って貰うさ。
俯いた生駒。迷っている。俺を信じていいのかどうか。だが、その迷いを払う言葉が佐伯から飛び出した。
「生駒あ!!何やってんだ!!口が軽くなっちまうだろうが!!」
俯いていた生駒が顔を上げる。そして根性で起き上がった。
「おい河内、佐伯は任せたっつっただろ。何なら代わるか?」
「馬鹿言うな。これからお仕置きすんだからよ」
そう言って顔面にミドルキック。一応鼻は避けたようだが、佐伯は悲鳴にならない悲鳴を上げて倒れた。
「佐伯はこの様だが、まだやるか?」
「……アンタを信用しない訳じゃない。だけど万が一があるからな…俺は美咲を守らなきゃならないんだよ…!!」
そう言って構える。そうかよ。そんなに惚れたのか。楠木さんは実際可愛いしな。気持ちは解る。
「仮にお前が俺に勝ったとしてだ、まだ河内が居るんだぞ?どうするつもりなんだ?」
「そいつも倒すさ……」
こいつも立派に覚悟を決めているのか。俺と同じだな。
ならば応えようか。拳で。
俺も構える。すると、遥香が通る声で言う。
「もういいんじゃない?多分木村君ももうすぐ来るよ?佐伯さん、今もボロボロだけど、これから更にボロボロになるんだよ?」
俺じゃない、生駒に言ったのか。だが、内容は違う。俺にこれ以上殴らせるなと言っている。
「…佐伯さんは殺されても文句が言えない人だ。だけど、俺は……」
「いい。もう言うな。完璧に負けちまえば、お前も言い訳が立つだろう」
さっきまで動かなかった脚に力を込める。ダメージはかなり残ってはいるが、これならイケる。懐を取れる!!
殆ど飛び込む様に懐に潜り込んだ。
生駒も迎え撃とうと蹴りを放ったが、向こうの方がダメージがデカい。その蹴りが当たる前に、易々と。
「くっ!!」
ボディをガードする生駒。敢えてのボディを何回か喰らわしたから警戒したのだろう。実際ダメージもあったんだろうし。
此処で生きて来るんだよ、敢えてのボディが。
俺はコンパクトに腕をたたんで、膝を伸ばす。身体の捻りも意識して。
アッパーだ。ボディに意識を向けていた生駒はモロに喰らった。
「がっ!!!」
仰け反る生駒。追いたいが、俺も足に来ている。しかしそれが幸いした。
生駒は後ろに脚をスライドさせて踏ん張る形を取った。そして左拳を引いた。左正拳狙い。アッパーを喰らったっつうのに、攻撃に転じるつもり満々だった。
ならば俺も長距離砲で応戦だ。
右拳を引き、肩から肘、肘から拳に回転を伝達して放つ、コークスクリューブロー!!
しかも追いたかったが追えなかった為に、充分に力を溜める時間が取れた。
放たれる俺の右。遅れて生駒の左正拳。俺の方が速い!!
そしてそれはその通りで、コークスクリューはカウンターで生駒の顔面に完璧に入った――!!
仰け反りながら倒れて行く生駒。
しかし、マジでタフだこいつ。完璧に入ったコークスクリューのカウンターなのに、拳に砕けた感触が無いとは。
咄嗟に顔を捻ったのか?だが、これで…
「俺の勝ち、だろ?」
倒れて微動だにしない生駒に言う。三回ダウンを取ったし、どう見ても俺のKO勝ちだろ。
「なあ、まだやるか?」
念の為に聞いてみるが、やはり答えない。完璧に気を失っている。
「緒方!!佐伯の仲間が逃げるぞ!!」
今まで空気だった(失礼)矢代が慌てる。生駒がやられたのを確認して逃げ出そうとしたのだ。
逃げたら追い込みをかけるっつったのに、本当に馬鹿だなこいつ等。
「河内、佐伯を見張ってくれ。俺はあいつ等を…」
追う、と言おうとしたが、糞共が後退りしながら倉庫に戻って来た。
なんだ?と思いつつ、見ていると――
「終わったのか。殺してねえだろうな緒方?」
木村が西高生を連れて倉庫にやって来た。だから後退りして戻って来たのか。
そして、西高生を見た佐伯が、あからさまに脅え出す。震えが尋常じゃなくなったのだ。100パーセントやられると思っているんだろう。
実際その通りだし。佐伯は西高ともやろうとしていたんだし、前倒しだと思って素直に死んどけ。
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