東工~002
兎も角、納得したのなら早速話を聞こうじゃないか。
俺と河内は休み場に入った。邪魔くせー糞共が身体を寄せて席を空けたのだが、それでも狭い。
「…早速話を聞かせて貰うぞ。つっても質問に答えるだけでいい。東工は薬に絡んでいるか?」
河内の問いに首を横に振る糞共。
「そんなモンをやっているって言う話は聞かねえな。少なくとも俺達の間では」
「俺達、じゃない奴の間じゃ解らねえと?」
「ああ、佐伯のグループは解らねえ。多分やっていない、もしくはやめたと思うが」
出てきたか佐伯の名前が…だが、多分とは言え、やっていないとは?
俺の疑問を河内が代わりに訊ねた。
「やってねえ、もしくはやめたってのは?」
「え?えっと……」
此処で俺の顔を見た糞の一人。俺絡みで何かあるのか?
「俺に遠慮しないで話してくれ。白浜の生徒が絡んでいるのかもって言うのなら尚更だ」
そう言うと、やや躊躇しながらも話し出す。
「…佐伯の仲間に白浜の女子が居るんだが…その女、東工生に薬の売買を持ちかけたらしい。誰も誘いに乗らなかったけどな」
楠木さんの名前が出てきたか…!!評判が悪いと武蔵野が言っていたが、薬関係の事でか?
「なんで乗らなかった?」
「その女は佐伯の仲間つっただろ?佐伯の仲間なら、俺達も他の連中も乗らねえよ。佐伯はほぼ全員に嫌われて狙われているんだからな」
東工で嫌われている事はだいたいだが読んでいたが…思った以上だな。狙っている奴等もいるって事だ。相当なんだろう。
つまり、佐伯を嫌っているから、佐伯の仲間の楠木さんからは買わないって事だな。
「すると、楠木さんが売買に関わっている事は間違いない訳か…」
詰め寄る大義名分が出来た訳だ。しかし、東工の糞共が怪訝な表情を拵える。
「なんだ?どうかしたか?」
「…楠木って誰だ?」
河内と顔を合わせた。楠木さんじゃない?
焦りながらも楠木さんの写メ(遥香が盗撮したものだ)を糞に見せる。
「この女子じゃないのか?」
「…違うな…そういや名前も知らねえや。お前等知っているか?」
糞が振ると、糞仲間全員が首を横に振った。
「あ、でも、その女子ってあいつの彼女じゃねえ?生駒の女だ」
「ああ、佐伯の腰巾着のあいつか。言われてみればそうだな」
俺達を余所に、勝手に盛り上がる糞共。
「ち、ちょっと待て、この女子は東工で評判がよくないって聞いたんだけど…だからこの女子が薬を裁いていると思っていたんだけど、違うのか?」
「そりゃ、佐伯の腰巾着の女だ。東工生は関わりたくないだろ。余計な難癖付けて佐伯にやられる。そうじゃなくても、佐伯をやったら報復があるからな。その人殺しの生駒から」
生駒が人殺しだって事も知っているのか!?じゃあ佐伯が握った弱みって何だ!?
知れば知る程解らなくなってくる…!!
「…その生駒って奴が人殺しだって、なんで知っている?」
切り込んで行った河内。俺のキャパを超えた今、こいつに頼るしかない。
「えっと、佐伯が三年を叩いた時、当然返り討ちに遭ったんだよ。その仕返しをしたのが生駒だ。その時佐伯が言ったんだってよ。こいつは人ひとり殺しているんだから関わらねえほうがいいぜ。俺の可愛い後輩だしな…って」
佐伯が言った?じゃあやっぱり弱みは人殺しの件じゃない?
「へ、可愛い後輩ねえ…自分をやったらこいつが仕返しに行くぞって脅した訳か」
面白くなさそうな河内。それには同感だが、更に続きがあった。
「その通りで、それから佐伯が調子こいて三年は愚か、東工制覇に乗り出したんだが、やっぱ返り討ちや仕返しには遭うんだよ。その都度仕返しするのが生駒で、最悪病院送りにされるそうだ。不思議なのは、佐伯は可愛がっている様な事を言っているが、生駒の方はすげえ嫌そうな、うんざりしている様な、それを超えて嫌悪している様な感じなんだと。俺達は関わっちゃいねえから詳しくは知らねえけどな」
その弁が正しいとすると、生駒の方は佐伯を嫌っている?佐伯に握られた弱みによって仕方なく動いている?
「…その生駒って奴も気になるが、薬売買を持ちかけた女だ。そいつの写メか何か持ってるか?」
またしても河内の切り込み。そうだ、そうだよ。そっちも重要だよ。
「持ってない。その女が現れたのは、ほんの一瞬だったし。三週間くらい前か?それも3日程度だしな。佐伯の仲間って事で、誰も殆ど近寄らなかったし」
「なんで佐伯の仲間だって解った?」
「駅でその女と佐伯が親し気に話しているのを何度か見た事があるからだ。女の方は笑っていたから、仲間に間違いないだろ。佐伯グループと一緒に飯食っている所も見たしよ」
要するに、佐伯の仲間の女が薬に絡んでいる事は間違いない。白浜って事は制服を着ていたから解ったんだろう。
だが、その女の素性は誰にも解らない。名前すらも解らない。つう事はだ。
「佐伯をぶち砕いて口を割らせりゃいいって事か」
何の事は無い、至ってシンプルな回答だ。しかも、躊躇する必要が無い相手だし、精神的にも肉体的にも楽だ。
「本当にお前は短絡的だな。何の為に、東工生にご足労を願ったと思ってんだ」
気分良く立ち上がった俺(佐伯をぶち砕く大義名分を得た為)だが、すぐに河内に引っ張られて座り直させられた。
「その女の事、お前等だけじゃなく、他の連中にも聞けるか?別に事細かくじゃなくてもいい。お前等と別の情報持っていればそれでいい」
意外と冷静な河内に感心して驚いた。こいつ、情報集めを重視してやがる。
だがそうだ。佐伯をぶち砕いても、しらばっくれるかもしれないんだ。証言を元に肉体的苦痛を与え続けたら、もっと精度の良い情報を得られるかもしれない。
「聞く事は出来るけど、流石に今直ぐは無理だ。メールやラインで連絡を取っても確実に返事が来るとは限らねえし」
「それに、佐伯を嫌っているとは言え、あのやり方で、多分佐伯は東工の頭になる。だったら媚びりたいって奴もいるだろ?そいつ等にお前等の事がバレた方が厄介じゃねえ?」
東工生の分際でド正論を吐いたー!!!
いや、俺が考えなさすぎかもしれないが、確かにそうだ。糞に群がる奴も糞。大前提を忘れる所だったぜ。
「成程…お前等の言う通りだな…他の奴等から話を聞くにしても、慎重に行かなきゃいけねえか…」
河内が考え込みながら肯定する。こいつも話が解らん奴じゃないからな。解らんのは俺だけって言うね。
「…こっちには緒方が居る。佐伯に媚びたいっつっても、緒方と佐伯を天秤に掛ければ、どっちに着いた方がいいかは明白だろ?」
おおい、なんで俺がお前等の代表みたいになってんだよ。知らねーよ東工生なんて。
「その佐伯が一番嫌っているのが緒方だろ。逆にヤベェって思うんじゃね?」
まあ、中学時代に一番ぶち砕いたのが佐伯だからな。多分、こっちの緒方君の事だから、進学した佐伯も付け狙ったと思うし。それを東工生が知らない筈がないし。
「大体佐伯と西高、黒潮じゃあ勝負はついてんだろ。迷う必要ないだろ?」
「それは俺達がこうして話を聞いたからそう思うのであって、他の連中に言ってもフカシとか思われんだろ?」
「つうか、佐伯なんかどうでも良いんだよ。生駒だろヤベェのは」
「そりゃそうだな、いきなり表に出てきやがってよ…」
やいのやいの言い合っている東工生だが…
「生駒っていつ頃からそんな真似し始めた?」
俺の問いに暫し考える東工生。
「じゃあ…楠木さんと付き合ったのはいつ頃だ?」
「あー……どっちもちょっと解んねえけど、そうだな…西高に一年生トップが誕生しただろ?そのちょっと後くらいか?俺達が生駒って認識し出したのは」
GW過ぎたあたりか。その頃に楠木さんと付き合ったのか?
「なんで認識できた?今まで隠れていたようなモンなんだろ?」
河内の問い。
「佐伯が暴れ出したちょっと後の事だからだ。認識つうか、遡ればと言った方がいいか?」
つう事は、そのちょっと前から?なんにしても、GW前後って事か…
つか、GW前後に楠木さんと付き合ったのだとしたら、彼氏が居る状態の中で木村に告った事になるな。まあ、あの状態の楠木さんだから驚かないけど。
多分前回、と言うか、繰り返し中も、そんな感じだったんだろう。生駒の名前も顔を知らないから、木村に鞍替えされた時に、すんなり身を引いたって事かな?
ん?そうなると、彼氏が居る状態の中で俺に告って来たんだよな?しかも彼女持ちに。
……まあ、楠木さんだしなあ…それはまあ…うん…
東工生の一人が、やや緊張した顔を拵えて俺を見た。
「…お前、佐伯をやるのか?」
「ああ、うん、まだ解んねーな。本心は殺したいけど」
嘘、偽りない心で答えたら、東工生達の顔色がとても悪くなった。
「えっと、西高の一年生トップとダチってのも本当か?」
「木村だろ?友達だよ。普通の」
「絶対に普通じゃねえと思うけど…俺達がお前等に協力したら、何か見返りをくれるか?」
あー…そう言うよなあ…チャンスだからな、これは。
「言っておくけど、過度の期待はすんなよ。今だって河内がどうしても信用して貰わなきゃ困るって言うから来たんだから」
仲間になってくれとか、仲間にしてくれとか言うなよ。言ったらぶち砕いちゃうからな。
「お前相手にそこまで求められねえよ…昔、取り入ろうとして近寄ってきた奴等を全員病院送りにしたっつう話も聞いてんだし…」
「なに?お前そんな事までしてんの?だから友達居ねえんじゃね?狂犬過ぎて」
うるせーな。自覚はあるよ。だって糞が媚びて来るなんて、気持ち悪くて胸がムカムカするし。
「…なんでお前は緒方のダチになれた?」
此処で疑問をぶつけた東工生。俺としちゃ、あんま言わない方がいいと思うけどな…
「ああ…それこそ薬関係でだ。そこでちょっと共闘して、こうなった」
それでいい。的場の事はあんま言わない方がいい。顔を立てる以前に、的場も充分抑止力になるんだから、下手に黒星付いたなんて言わない方がいい。どうせ自ら触れ回るから、わざわざ言わなくてもいい。
「まあ、そんな話はどうでも良くて、見返りの話だろ?何が欲しい?俺の下に付けてやろうか?少なくとも緒方にやられる心配はなくなるぞ?」
河内の下の件で剣呑の雰囲気になったが、俺にやられなくなるの件で剣呑が一気に消え失せた。
「アホ言うなよ。お前の連れだろうと何だろうと、ふざけた真似すりゃぶち砕くっつったろうが。木村にも同じ事言った筈だぞ俺は?」
「つう訳だ。緒方の前でふざけた真似さえしなけりゃ、身の安全は保障するってよ」
安堵した糞共。俺にそれを言わせようと、わざとか?
「それを聞いて安心したぜ…緒方っていや、俺達みたいなのは、見たらぶん殴る奴だからな…」
いや、殴ってねーだろ今は。この話が終わったらどうなるか解らんが。
「お前もそれでいいよな緒方?」
頷いた。ふざけた真似さえしなけちゃ、なんでもいいや。俺は修羅道から抜け出したいのだから。
「…多分佐伯はどこかでお前とやると思うぜ。制覇は東工だけじゃない、この街全体の話だ。最終目標は西高。その前に白浜とぶつかる事になる」
「やるっつうなら今からやっても問題無いんだけどな、俺は」
西高まで行けると思っているのが目出度いよな。白浜には俺だけじゃない、ヒロもいるんだぜ?
「それだけ生駒に自信があるんだよ。生駒ならお前や大沢、西高の木村に勝てるって思っているんだよ」
どうでも良い。生駒が佐伯を守って、もしくは命令されて、俺の前に出て来ると言っても、俺のスタンスは変わらない。
向かって来たらぶち砕くのみだ。糞に加担する奴も糞。事情がありそうだが、佐伯の味方をすると言うのなら、その事情は俺にとっちゃ些細な問題ですらない。全く関係ない。
それから河内は糞共にあーでもない、こーでもないと情報を聞き出していた。
俺はと言うと、飽きて帰りたい気分マックスだった。何回欠伸をした事か。
「もうちょっと待て緒方。他の連中からの連絡待ちなんだからよ」
結局他の糞共に連絡された訳だ。まあ、ここまで付き合ったんだから、最後まで付き合うけどさ。
「ん?ちょっと待て、さっき、誰が佐伯側か解らんみたいな事言っていなかったか?」
そんな状況で探っている様な真似したら、簡単に見つかってしまうのでは?
「一応アンチの方に連絡を付けて貰っているから」
そのアンチの見極めが難しいのでは?別に探っているとバレても俺は問題無いけども。喧嘩売ってきたらぶち砕くだけだし。
だけど暇なのには変わらない。なので現時点で集まった情報を聞く。
「暇つぶしみたいであんま褒められたもんじゃねえけど…薬売買の話は、やっぱ謎の女が絡んでいる程度だな。素性も解らないと。だけど、多分地元の女じゃねえと」
「なんでそう思ったんだ?」
「言葉のイントネーションが若干違ったんだと」
下手すれば他県の可能性もあると言う事か。
「名前も連絡ついた奴から聞いたんだけど、『あい』だの『めい』だの『ゆい』だの、面白い程一致しなかった。よって偽名。そこまで用心するんだから、多分本名は言っていない。言った所で調べられねえと思うけどな」
慎重だな。他県で偽名とか。売人ってやっぱここまで慎重になんなきゃいけないんだろうな。
その労力を他に回せば
「佐伯が使っている生駒への脅しのネタだけど、こっちも人殺しをバラされたくないとか、そんなもんだ。みんな知っているから意味がない脅し。要するに、聞いた奴の勝手な見解だな」
そっちもそんなもんか。東工だしなあ…過度の期待はいかんと思うぞ?西高よりはマシだと思うけど。
「佐伯も何やらゴチャゴチャと調べているらしい。何を調べているか解らねえけど」
「大方俺の弱みでも探ってんじゃねーの?」
適当に答える。弱みも何も、中学時代麻美がいたから、人質に取ろうとした事も当然あったと思う。
当然未然に防いで返り討ちにしたんだろう。んで、超報復した筈だ。俺の事だから。
トラウマになってそんな真似できないんじゃね?
ん?でも、今は生駒が居るから態度デカいんだよな?そうなるとどうなる?
なんか胸騒ぎがして東工の糞に訊ねた。
「佐伯は喧嘩の時に人質を使ったりした事があるか?」
「えーっと、三年の強い先輩を襲った時、その先輩の妹を人質にとって一方的にいたぶったって噂は聞いた事があるかな?」
「でも、多分単なる噂だ。だってその先輩の妹って小学生だぜ?いくらなんでもそこまで堕ちちゃいねえだろ」
………いや、やる。あいつは人を殺してもなんとも思っていなかった奴だ。安田や神尾はそれなりに気にしていたのに、阿部曰く『佐伯は兎も角』だった。
胸騒ぎが酷くなり、スマホを取ってコールした。
『はいはーい。今日は遥香ちゃんと一緒じゃないの?』
軽い口調で電話に出た麻美。安堵した。心から。
「遥香はなんかゴチャゴチャやっているから構って貰えていないんだよ。そんな事より、お前の周りでおかしな事とか起こらなかったか?
『おかしな事?何それ?』
やはり軽い口調。東工生が拉致とかでウロウロしていないかって事なんだが、言わなきゃ解らないか。
なので今聞いた佐伯が人質を取った話を聞かせた。
『ああ、そう言えば中学時代にそんな事しようとして来た事あったよね。隆と大沢が7度目の病院送りにしてから無くなったけど』
未然に防いで病院送りか…予想通りだな、中学時代の俺。
『東工生も来てないよ。少なくとも南女には』
「登下校で後を付けられたとかは?」
『多分ない。拉致未遂も無い』
その自信は何処から出て来るのか解らんが、無いに越した事はない。
「そうか。気を付けろよ?なんか胸騒ぎがするから」
『私の事よりも遥香ちゃんでしょ、心配するのは。言っちゃなんだけど、私も危険人物指定されてんだから。狂犬の幼馴染って事でさ』
電話向こうで嘆いた様子が窺えた。声の質で見切ったのだ。
「そう言ったら遥香だってそうじゃねーのか?狂犬緒方の彼女さんだよ?」
『私は中学時代の実績が豊富だから。遥香ちゃんはそんな事無いんでしょ?遥香ちゃんは簡単に拉致れると思っているかもしれないよ?』
遥香の方が軽く見られている可能性があるって事か…麻美はなんだかんだで俺達と行動を共にする事が多かっただろうから…要注意人物指定は納得だ。
そうなると、波崎さんと黒木さんも危ないんじゃ…
その旨を伝えると、それは無いと断言された。
『優ちゃんは大沢の彼女さんだから、万が一、隆が行き着く所まで行ったら、止めてくれるのは大沢しかいないから。保険扱いで優ちゃんには手は出さないよ』
物凄く納得した。ヒロは糞共にも頼りにされていると言う事だ。俺を止められる奴として。
『綾子ちゃんは超有名な西高のトップの彼女さんだよ。組織としての西高と喧嘩したくないでしょ』
黒木さんにおかしな真似をすれば、西高が動く可能性がある。木村は一人でやっちゃうだろうが、糞共はそう見ないって事だな。
西高生は結構どこでもいるから、黒木さんにおかしな真似をした所を目撃する奴もいるだろうし、下手に手は出せないか。
『隆は殆ど単独でしょ?木村君みたいに組織を持っている訳じゃないし、大沢が暴れる所を止めるでもないし』
つう事はやっぱり遥香が一番危ないって事か…
「ちょっと遥香に電話してみる」
そう告げて電話を終えて、直ぐ様遥香にコールする。
『もしもしダーリン、どうしたのー?』
超安堵した。何も起こっていなかった。
だけど、これから起こる可能性がある。なので理由を告げる。
『あはは~。そうだね。多分私が一番危ないね~。だからこそってのもあるかな?』
また含みを持たせた言葉を…
「自ら囮になって情報を集めるとか思っていねーだろな?」
『ぎくっ』
「ぎくっとか言うな。自白だろそれ」
『あはは~。気を付けているから大丈夫だよ。おかげでちょーっと良い事解っちゃったんだよね~』
だから危ない真似すんなっつってんだろが。ちょーっと良い事はすげえ聞きたいけども。
『丁度いからちょっと聞いてよ。佐伯さんって、実は楠木さんの顔こそ知っているけど、話した事が無いんだよ』
生駒の彼女なのに?東工で佐伯の仲間認定をされているのに?
そんな事より、電話向こうが少し騒がしい。
「外に居るのか?」
『うん。あ、ちょっとうるさかった?駅前はどうしてもね~』
駅前に居るのか…
『お待たせ、じゃあ続きね』
移動したのか。少し静かになったし。
『なんで話した事が無いと思う?』
自分で言ってクイズ方式にすんな。だけどムサい東工生と話をするよりは、ずっと楽しいかもしれない。なので少し乗ってやろう。
「楠木さんと関わりたくない、とか?」
『なんで関わりたくないのかな?』
関わりたくないのは正解かのか?そうなると…う~ん…
ちょっと考えて簡単にギブアップする俺。俺は頭を使う事に不慣れだから。うん。
「解らん。教えてくれ」
『あはは~。生駒君が怖いからだよ』
その怖い生駒を脅して従わせているんだろ?どう言う事なの?俺の末期頭じゃ、許容範囲を超えるぞ。
その旨を当然伝える俺。
「怖い生駒を脅しているのかよ?どんなマジックを使ってんだ?」
『マジックって程じゃないけどさ、要するに、東工じゃ生駒君と佐伯さんしか知らなかった事なんだよね。生駒君はそれを隠したかった訳だから…』
つう事は、脅しのネタは楠木さんか?
「なんて脅してんだ?」
『あはは~。それか実に簡単な事でさ………え?何アンタ等?ちょ!!何すんのよ!!』
ざわり、と背筋が冷たくなった。
電話向こうで遥香が暴れている?そして聞こえる男の声…しかも複数…
「おい!!どうした遥香!!」
叫んだ俺に河内と糞東工生達が視線を向けるが、気にしている余裕がない。
「おい!!誰だそこに居るのは!!!」
興奮状態の俺の肩を掴んで、低い声で言う河内。
「…ちょっと黙れ。向こうの声を拾うんだ。集中して耳を傾けろ…」
怖いくらいの河内の表情。こいつもヤバい事態になった事を勘付いたのか。
だが、その通りだ。情報が次に繋がる。なので言う通りに集中する。
『緒方の女ってこいつ』『佐伯君もずりーよな、自分じゃ拉致』『第三倉庫だっけ?』『おい、スマホ壊せ』
そんな言葉が聞こえて来て、そして耳に届いた通話終了の音…
スマホを破壊したのか解らないが、最低でも電源が切られた。
そして当然俺もキレた。
佐伯……!!!!
俺は一番近くにいた糞の胸倉を、全く遠慮しないで掴んで、自分に寄せた。
「おい…第三倉庫ってのは何処にある?」
俺の迫力に押されたのか、糞は目を見開いて微かに震えるのみ。
イラッとしてぶん殴ろうとしたが、河内に止められる。
「八つ当たりすんじゃねえ。兎に角離れろ。俺が聞いとくから」
河内に従い、離れる。確かに八つ当たりだった。マジで反省したからだ。
「今のは佐伯の仲間だよな?」
河内に訊ねられて余裕を取り戻したのか、呼吸を正して頷く糞。
「多分な。佐伯が使っている倉庫が第三倉庫なんだ。あそこはホントに何もない、倉庫とは名ばかりの、ただの建物だ。何でも持っていた奴が破たんして夜逃げしたとか。それから誰も使っていない、放置された倉庫だ」
「そこで何をしているんだ?」
「ただの話だったり、酒飲んで騒いでいたり…袋にする奴を引っ張り込んだり…ホテル代わりに使ったり」
ホテル代わりの所で駆け出そうとした。だが、やはり河内に止められる。
「焦んなっつってんだろ。ところで槙原は何処から電話に出ていた?」
「……駅、と言っていたけど…どこの駅なのか……」
自分の御用達の駅か?それとも白浜駅?西白浜駅?心当たりと言うのなら、無数にある…
「……多分東白浜駅だ」
糞の一人が確信したように口に出す。当然身を乗り出す俺。
「なんで東白浜だ?」
「ひ、東白浜駅は東工生が単車を隠している駅なんだ。東工はバイク通学は勿論、免許も取っちゃいけねえから、隠れて持っている奴は、大半あそこに単車を置いてから電車に乗る」
東白浜駅なら、戻って三駅…だが、そこだと言う確証があるようだが?
「第三倉庫は東白浜駅の近く。そうじゃなくとも、女を拉致ったんだ。力付くで引っ張れる倉庫と言ったらそこしかない。だけど問題は、なんで緒方の女が東白浜駅に居たかって事だ」
それには東工の糞共も、河内も不思議なようで。
遥香は東白浜に来る用事は無い。友達もこの近くに居ない筈だ。少なくとも繰り返しの中では一度も使った事は無い。
それでも俺はそこに来た理由が解る。
調べていたんだ、佐伯の事を。楠木さん、生駒の事を。東工の事を。
遥香は無茶をするからな。自分の脚も使う時だってある。
「…その第三倉庫の場所を教えろ」
「…いいけど、確実にそこなのかは保証出来ねえぜ?」
おっかなびっくり逆に訊ねて来た。
「いい。多分間違いない」
「緒方、俺も行く。バイクなら早いだろ。お前等全員連絡先教えてくれ。何か解ったら俺に連絡をくれ」
そう言ってバイクを駐車している所まで駆ける河内。
そして糞の一人が意を決したように俺の前に出て来る。
「お前もあいつも土地勘がないだろ。解りやすい場所とは言え、迷ったら致命傷になるかもしれねえ。俺はバイクで此処に来た。だから俺が先導してやる」
致命傷とは…考えるだけでもおぞましい…
そして早く駆け付ける事を優先すれば、確かにその通りだ。だから俺はその糞に頭を下げた。
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