東工~001

 河内が白浜に来てから一週間。メールと電話ではあるが、あれからの事を聞かされた。

 悪鬼羅網の連中は連合に倒された。悪鬼羅網はイケイケの武闘派なのだが、やはり数には勝てなくて。

 今年入った新人を残して、全員ぶっ叩かれたそうだ。つう事は、狭川も当然無事だって事だ。

 そして、確かに薬売買には関わっていたが、楠木さんとの関わりは無い事が解った。つう事は、浦田ルートを潰された今、楠木さんに薬は回っていないって事になる。

 狭川も当然訊問されたようで、つっても力づくじゃない、ただの事情聴取みたいなもんだったようだが、的場自らが聞きに行ったようだし。

 狭川は薬の事に関しては知っている限りの事を話したらしいが、後ろに居る人物の事は頑として言わず。逆に的場に言ったらしい。お前が引退したら連合を狙うと。

 それに関しては的場も何も言わなかったようだ。引退した後にしゃしゃり出る様な真似はみっともないしな。狭川もそれを読んで言ったようなもんだろう。

 そんで、顔見せの時に俺に喧嘩を売った糞は、やはり的場に制裁を喰らったらしく、チームは何とか連合に残れたが、あの糞はチームを抜けてどこかに引っ越したとか。

 的場が怖くて逃げたんだろうが河内の弁だ。多分そうだろうなと俺も思う。

 そんで、その連合や黒潮が白浜に来る筈だったが、それっぽい奴は全く見なかったので訊ねたら、みんな俺と関わる事を敬遠して白浜には来たがらないとの事。

 木村も西高の連中は白浜に行かねえから困ったと零していたし。よって以前と変わった所が無い。代わりに楠木さんのマンションと東工には連合と黒潮、西高の連中がしょっちゅう出入りしているようだが。

 そんで、当のターゲットの楠木さんも、期末が終わってから学校に来ていない。家にも帰っていないようだ。いや、帰ってはいる、着替えを取りにとか。その都度誰かに見つかって追いかけられるが逃げられるそうだ。

 どこに潜伏しているのか。少なくとも俺には解らん。木村や河内、遥香なら見当が付いているんだろうけど。だけど俺には言わない。俺も聞かないしな。

 極力俺に関わらせないようにしているんだろう。俺も極力関わらない事にしているけどな。

 あの日から一週間、つう事は、今日は土曜日だって事だ。 

 そんな訳で授業は半ドン。俺は一人寂しく帰路についている最中。

 愛する彼女さんは、あれから色々調べ捲っているので、あんま構って貰えていない。ちょっと寂しいが、これも俺の為だから仕方がない。

 家に着くと、なんか見た事があるバイクが庭に停車していた。本日休日の親父と誰かが、そのバイクを挟んで会話している。

 つうか河内だアレ。なんで親父とフレンドリーに会話しているんだ?つか、なんでここに居る?

 不思議に思いながらも、ここは俺ん家。入らない訳にはいかない。当然河内と親父に見つかる。

「おう隆、帰ったか。お前の友達のバイク凄いな!!規制前のじゃないか!!」

 若干興奮している親父。国枝君もそんな事言っていたな。規制前ってそんなにすげえのか?

「おう緒方。遊びに来たぜ!!」

 バイクを褒めて貰ってご満悦な河内。尻尾があったら振っているであろうテンションで俺に寄ってくる。

「いやー!お前の父ちゃん理解があるな!普通バイクに乗るっつったら嫌な顔するぜ?お前の父ちゃんは逆に乗れっつってんだってな!!」

 一般家庭の事は知らんが、親父は昔バイク乗りだったようだからな。そうなんだろう。

「いいから部屋に入れ。親父も家でゴロゴロしてないで遊びに行って来いよ」

 面倒臭くなって先に部屋に向った。着替えもしたいし。

「ちょ!!客が来たつうのに冷たいな!!」

 慌てて河内も後を追って来る。

 取り敢えず着替えだ。多分面白くない話をしに来たんだろうから、出掛ける準備もしなくちゃだ。

 着替えが終わり、台所から麦茶をパクって部屋に行く。

「麦茶でいいだろ?」

「ああ、うん」

 その麦茶を一口飲んでテーブルに置く。

「…楠木の潜伏場所が解った。いや、掴んではいたが、確証が無かったから今まで報告していなかったんだが、確定した」

 それは真剣な顔つき。

「そう言えばお前、東工を張っているんだったな?つう事は潜伏先は東工生の家?佐伯か?」

「いや、佐伯って奴の家じゃない。東工の近くのアパートだ。そこに住んでいるのは生駒志郎。知っているだろ?」

 生駒の家に転がり込んでいたのか…

「ところで、その佐伯に関して面白い話を仕入れたんだよ」

「なんだよ面白い話って?」

 どうせ碌な話じゃねーんだろ。麦茶を飲んで喉を潤して聞こう。

「佐伯は東工で暴れているが、東工もそこそこのレベル。あの程度じゃ返り討ちにもある。だけど、そいつは後に大怪我を負う。最悪病院送りだ」

「知ってるぞ、それ」

 武蔵野から仕入れた情報に入っているから今更だ。

「その仕返ししている奴が生駒だとしても?」

「それもおよそ見当が付いていた」

 麻美と話して辿り着いた仮説の一つだ。確信した程度だな。目新しさは無い。

 河内は笑う。俺が想定していた事を想定していたと。

「じゃあなんで来たんだよ?」

 そもそもこんな話、メールか電話でいいだろうに。わざわざ隣町から出張って来なくてもいいだろうに。

「そりゃ東工に一緒に行こうと誘いに来たんだよ」

「……東工に?行ってもいいが、今は部活の人くらいしかいないだろ?土曜日だぜ?」

 それとも佐伯や生駒が部活をやっているとでも言いたいのか?

「東工と言ってもまんま学校じゃない。東工生のたまり場って言うのかな。そこ」

 麦茶を飲みながら涼しげそうに。つうか、いやいや、ちょっと待て。

「東工が薬に絡んでいるのか?それで東工生のたまり場に行こうと?」

「いや、東工生から情報を集める時に、お前のダチだって言ったんだよ」

「なんでそんな事を!?」

 俺を東工に関わらせようって気か?木村と遥香の真逆の事をしやがるのか!?

「いや、佐伯と敵対している連中に接触したんだけど、やっぱ向こうも気が荒い連中だから喧嘩になりそうになって。俺も穏便に済ませたかったからさ」

「俺の友達と言って穏便に済ませるのか!?」

 逆じゃねーの!?俺結構東工生もぶち砕いて来ているんだけど!!

「いや、ほら、お前って佐伯を大嫌いなんだろ?機会があったら殺したいくらい。それに西高の一年生トップともダチだし、取り入りたいとはちょっと違うけど、貸しを作りたいんだよ、要するに」

「お前が勝手に言った事が俺の借りになっちゃう訳!?」

 こりゃ吃驚だ!!河内じゃ無かったら殴っていたくらい吃驚だ!!

「そりゃ、向こうが勝手に貸しを作ったと考えようが知ったこっちゃねえしな。俺はお前とダチとしか言ってねぇし」

 やはり麦茶を飲みながら、涼しげそうに。

「でも、やっぱ信用してねえ連中もいるんだよ。お前が緒方とダチな訳がないって。都合よく俺達を利用しようとしているだけだって」

 そりゃそう思われても仕方がないような…

「だから、その通りだって言ってやったよ。だけど緒方とダチなのは嘘じゃねえと」

「正直すぎるだろ!!何言ってんだお前!?」

 こういうのは宥めたり、更にハッタリかましたりするもんじゃねーの!?

「いや、俺は嘘つけない性分たちだから。だから本当の事しか言わないし。んで、喧嘩になりそうだったけど、向こうにも冷静な奴がいて、ホントにダチだったら自分達がヤベェんじゃねえかって。お前は本当に有名で頼もしいよな!!」

 俺の肩を叩いて愉快そうに。頼もしいって、それじゃ駄目なんだぞ本当は。

「んで、じゃあ証明すりゃ納得して協力するよな?と聞いたら頷いて。じゃあお前等の指定する所に緒方と一緒に行くからと」

「その指定された場所に東工生がアホみたいに居たらどうするつもりなんだよ!?」

「え?喧嘩になったら全員ぶっ倒せばいいだけだろ?」

 逆に何言ってんの?と返された。

 そういや、こいつは佐更木の時も、一人でやっちまおうって考えた奴だったよな…

 キャラで騙されるだろうが、こいつ俺やヒロ、木村と同じレベルなんだよな。じゃなきゃ、いくら可愛がっているとは言え、的場も跡を継がせようとか思わないし。

 東工生が何人出て来ようが、こいつにとってもあんま関係ない事なんだよな…仮に黒潮に攻めて来ようが、黒潮の頭だし、数でも楽勝で押し切れる。

 だからあんま不安は無いんだろうが、俺を危ないと評したが、こいつもなかなかだぞ。喧嘩にならなくて良かったな、東工生は。

「…東工が薬に絡んでいる可能性は?」

 項垂れながらも質問をする。少しでもやる気を出す為だ。

「多分ない。さっき話した奴等も、薬の事は知らなかった」

「…楠木さんの仲介人が何か関与している?」

「解らねえからそれを調べるんだろ」

「…狭川の後ろに居るって奴が何を企んでいるんだ?」

「だから、解らねえからそれを調べに行くんだろ。つう事は東工生の協力も必要だって事だろ。だから信用を得なきゃいけねえんだろうがよ?」

 それ故に俺を引っ張り出すのか…自分は嘘は言っていないと。だから信用しろと。

 少なくともそいつ等は薬に絡んでいないんだろう。だからそいつ等に協力を仰ごうと。

 だから俺にも協力しろと。つまりはそう言う事か…

 仕方ない、あんま関わりたくなかったが…

 重い腰を上げると、河内が嬉しそうに立ち上がった。

「それでこそ緒方だ!!狂犬危険の緒方だ!!」

「それ褒め言葉じゃねーぞ…」

 若干ヒロと被る所があるな…この頭悪そうな発言とか。意外と癒しキャラになれそうだが。

 河内のバイクの後ろに乗って向かった先は、東工最寄りの駅。俺の最寄駅から7つ先の駅だ。

「そういや俺昼飯食ってねーな…」

 さっきから腹が減って仕方がない。

「そうだな。んじゃラーメンでも食ってくか?」

 そうは言っても土地勘がない訳で、何処に何があるか解らん。基本的に遊びに出るのは西高方面だし。

「つっても駅前だからラーメン屋くらい近くにあるだろ」

 お高そうな飯屋じゃ無きゃなんでもいい。河内も異議を唱えずに再びバイクを走らせる。

 雑居ビルの中に一つのラーメン屋を発見。ここでいいやと河内がバイクを駐車する。

 中に入ると、若干飯時が過ぎているにも拘らず、結構な賑わいだった。

「客いっぱいいるな。待たなきゃいけないんじゃ?」

「俺は別に待ってもいいけど、お前東工生と約束したんだろ?時間大丈夫か?」

 言うとスマホを出して時間を確認。

「大丈夫っぽい」

「ぽいって何だよ…」

 若干疲労を感じた。その時、バイトなのか、俺達と変わらないような歳の店員が声をかけて来た。

「らっしゃいませ!おふたりですか!!」

 威勢の良い声だった。服で見え隠れしている体つきも、何かスポーツをやっている様な感じだし。一重まぶたで結構な鋭さを出していながら、ちゃんと笑って接客している所が好感が持てる。

 俺なんか睨んでいると思われるだけだし。なんか羨ましく思った。

「カウンター席なら直ぐに御案内できますが、どうしますか?」

 別にテーブルに拘っていないので頷くと、カウンター席に案内される。

 同時に出されるお冷。その時ギョッとした。

 コップを持つ手を何気なく見ていたのだが、その拳…俺と同じく凶器の拳…

 そして腕、すげえ鍛えてある。細身なれど、筋肉が盛り上がっている。たかがコップを持っただけで此処まで盛り上がるのか…!!

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください!!」

 やはり笑顔で去って行く。あんな鍛え方していてもちゃんと接客はするのか…

「どうした緒方?おかしな顔してよ?」

 不思議そうに訊ねて来る河内。お前は見ていなかったのかよ。普通見ないかそんなところは。

「何でもない。ところでメニューはどれだ?」

「目の前にあるだろ?」

 確かにあったからそれを見る。味噌、塩、しょうゆと、ごく普通のメニューが並んでいる。

「俺はネギ味噌とギョーザ」

「もう決まったの!?」

 ビックリだった。メニュー見て一分と経っていないのに。

「俺はだいたいネギ味噌食ってるから」

 ああ、ラーメンならこれ、って決まっている奴いるよな。俺はじっくり見させてもらうけどな。

 おたふくの二の轍は踏まないぜ。いつまで経ってもじゅうじゅう言わせられないとか、御免こうむる。

 つか、ラーメン屋はじゅうじゅう言わせられないけども。それは気分的な問題だ。

 他のお客のどんぶりを見る。白濁していないからトンコツや鳥白湯系じゃないな。あっさりしているのか?

 じゃあちょっと重い方がいいのかな。

「よし、俺は醤油チャーシュー。それとギョーザ」

「うわ、チャーシューメンとか、金持ちかよ」

「ネギ味噌と値段あんま変わらねーだろ!!」

 どんな嫌味だそれ。だが、そう言われれば、俺はバイクの免許の為に節約中だ。ならばチャーシューを諦めるか。

「やっぱ醤油の背油」

「背油チャッチャ系か。それも良さそうだな」

 背油も重いだろうし、丁度いいだろ。ネギじゃなく玉ねぎなのも興味をそそるし。

 そんな訳で呼び鈴を押すと、さっきのバイト(か、どうかは知らないが、便宜上)がやはり笑顔でやって来た。

「お決まりですか!!」

「えっと、ネギ味噌と醤油背油、それとギョーザ二つ」

「かしこまりましたあ!!」

 やっぱ威勢が良い返事だ。友達にコミュ症認定されている俺としては、見習わなきゃいけない所だろう。

 バイトが奥に引っ込んで行く。注文を伝えに言ったのだろう。

「ところでなんでラーメン屋は頭にタオルとかバンダナを巻いているんだろうな?しかも黒だし。シャツも黒だよな」

 河内の素朴な疑問に水を飲みながら返す俺。

「ユニフォームなんだろ。『麺や鬼斬』ってプリントしてあったし」

 つうかすげえ名前だな。鬼を斬るんだぞ?どんだけ武闘派なんだ?

 と、思ったら違った。改めてメニューを見ると、サイドメニューのおにぎりの品が充実していたからだ。

 おにぎりに自信ありなんだろう。つうか、サイドメニューを店の名前にすんなよと言いたい。

 それを河内に告げると、どれどれとメニューを覗き込む。

「ホントだ。定番の梅やシャケ、ツナマヨは勿論、ハンバーグなんてのもある…」

 豆ごはんやらわかめご飯やらの混ぜご飯系おにぎりも充実している。なんだこの店!?意味が解らんぞ!?

 驚愕している俺達。その前にあのバイトが、やはり威勢のいい声で注文の品を届けてくれる。

「お待たせしました!ネギ味噌、醤油背油!ギョーザ二枚です!!」

 俺達の前にそれぞれ置かれた注文したラーメン。それとギョーザ。それはいい。

 問題はなんでおにぎり一個ついて来ているかだ。いや、多分間違ったんだろう。

 なのでバイトに指摘する。

「あの、俺達おにぎり頼んでいないんだけど、間違いじゃない?」

「いえ!!これはスタンダードですから間違いじゃないんすよ!!」

 ニッコリ笑っての否定。どう言う事?と訊ねると…

「このおにぎりはただのご飯を握っているんです!塩も付いていません!」

 要するに半ライスを握ったって事?サービスで?

「えっと、ウチは米に自信があって、スープに自信があるんです!そのスープとご飯を最後まで堪能して貰おうと考案したのが、このおにぎりです!麺を食べ終わった後におにぎりをスープに入れて戴ければ、おいしい雑炊に早変わりって事です!!」

 ほー。成程、そう言う事か。米とスープに自信があるから、最後まで味あわせたいと。

 納得したが、もう一つ疑問がある。なんでわざわざ握ったかって事だ。普通に茶碗にくれても良さそうなのに。

「なんでおにぎりにするの?普通に茶碗にご飯じゃ駄目なの?」

 俺の質問に待ってましたとばかりに応えるバイト。

「実は店長はおにぎり屋さんをやりたかったらしいんす!だけどおにぎりだけじゃお客さんが来ないから、ラーメン屋にしたらしいっす!」

 …ま、まあ、おにぎり限定の店とか、需要が少ないと思うしな…英断だったんじゃねーか?知らんけど…

「そうなのか。サービスで握り飯は有り難いからな。食おうぜ緒方。伸びたら不味くなる」

 そう言って箸を割る河内。

「ごゆっくりどおぞお!!」

 それを確認したように厨房に帰って行くバイト。確かに河内の言う通りだ。有り難く戴こう。

 俺もスープを一口飲む。

「…うん、まあうまいな」

「ちょっとしょっぱいけどな。だから握り飯か…」

 確かに思ったよりも味が濃い。生玉ねぎがそれを緩和させているとはいえ、思ったよりも味が濃い。

 続いてギョーザを一個口に放る。

「…これは普通だな」

「だな。特に特筆する事が無い程普通だ」

 普通にうまい。単なるギョーザだ。

 その後は黙々とラーメンをすすった。普通に堪能できた。そしてメイン(?)のおにぎりを投入。実はけっこう楽しみだったりしていた。

 普通のラーメン屋でご飯をスープに入れるのはちょっと憚れる。別に咎める事はしないと思うのだが、抵抗があるからだが、この店は寧ろそれを推進している。

 スープが美味しいラーメン屋でこれをやりたいと思った事もあったから、渡りに船な部分も結構あるのだ。この店のスープは言う程旨くは無かったが、まあ、美味しい部類に入るとは思うし。

 早速レンゲでご飯をかっ込む。

「…うまい!!」

「マジでうまいなコレ!!」

 日本人は基本的にぶっかけご飯が大好きだ。当然ラーメンスープINご飯も大好きだ。俺だけかもしれないが。

 なので夢中でかっ込む。麺だけの時はちょっとしょっぱいと思ったが、こうやって雑炊にすると丁度いい塩梅だ。

 これって最初から雑炊狙いじゃねーの!?

「こうなると溶き卵で絡めたいな!!」

 河内の言うとおりだ。ガチ雑炊にしたい程の旨さ。あっという間に完食してしまった。

「旨かった…味噌スープに合いまくりだコレ…」

「醤油もなかなかだったぞ。背油にしたのがより一層良かったかもしれん…」

 二人で満足に腹を擦る。

「ところで、待ち合わせは大丈夫なんだよな?」

「駅近くの公園だからな。つってもちょっと遅れたが」

 遅れた?駄目だろそれ!!俺なら帰るぞ。あんな奴と約束した自分が愚かだったって!!

「ちょっと遅れるかもって言っといたから大丈夫だろ」

「そうは言っても待ち合わせ時間は守らなきゃ駄目だろ!!」

 慌てて伝票を持つ俺。そして会計を済ます。会計はあのバイトじゃなく、おばちゃんだったが、それはどうでもいいか。

「律儀だなお前。東工生なんて死ぬまで待たせとけばいいだろうに」

「俺なら確実に帰る。その後で文句言ってきたらぶち砕く。お前もわざわざ揉める様な真似はすんな」

 自分がやられて嫌な事はすんな。俺は思いっ切り咎める目を河内にぶつけた。

「……悪かった」

 俺が言いたい事が解ったんだろう、河内は素直に謝罪した。だけどだ…

「俺に謝ってどうすんだ」

 待ち合わせた東工生に謝れよ。筋が違うだろ。

「おう、奴等にも謝る。あ、ほら、ラーメン代」

 立て替えたラーメン代を俺に渡す。1100円は大金だからな。普通に頷いて受け取る。

「んじゃ約束の場所まで行くか。緒方、乗れよ」

「おう」

 促されてバイクの後ろに乗る。

 そんなに飛ばした訳ではないが、約束の公園には直ぐに着いた。ラーメン屋も駅前だからな。当然だ。

 それにしても、結構でっかい公園だな。東工生は勿論、普通の一般の人も散策しているし。

「どこで待ち合わせだ?」

「えーっと、池に休み場があるらしい。そこ」

 池か…つか、この池も結構広いが…

 まあ仕方がない。呼んだのはこっちだし、捜すのは仕方ないか。俺は付き合いなだけな筈だが。

 池に着いた。オッチャン達が釣りをしている姿がチラホラと目に入る。

 そして多分約束した休み場は此処だ。ガラが悪い高校生が5、6人こっちを見ている。いや、ガンをくれているから確定だろう。

 さっきは謝るとか言ったが、あんな連中を目の当たりにしちゃ、謝罪すんなと言いたくなるな。

 何はともあれ、約束したのはこっちだ。なので足早に休み場に向かう。

 東工の糞共が立ち上がって緊張を露わにしたのが解ったが、河内は構わずに謝罪した。

「ワリィ、ちょっと遅れた。ホントワリィ」

 軽い感じだが、それでも糞共に余裕が出来たのは間違いない。凄んで河内に寄って行ったのがその証拠だ。

「ワリィじゃねぇだろ!!どれだけ待たせるつもりだ!!」

「テメェが呼んだから来てやったんだろうが!!」

 もう、やいのやいのと。河内はその間もワリィと言い続けている。

 俺はホラ、基本糞が嫌いだから、そんな糞の行動を見ちゃったらイラッと来ちゃう訳で。

 なので簡単にキレて一人の糞の肩を力任せに握った。

「いだだだだだだだだ!!な、何すんだ!!お、緒方あ…」

 涙目で訴えて来る。おかげで糞共全員が俺に注目して静かになったが。

「俺の顔を知ってんのか?じゃあ話が早いな。いい加減やめるか、ここで全員ぶち砕かれるか、好きな方を選べ」

 俺の脅しは脅しじゃねーのも知っているようで、糞共は青い顔で微かに震えた。

「で、でもケジメってもんが…」

「河内は謝っただろうが?許さねーって事か?だったらいいや。俺としても、そっちの方が有り難い」

 許さないなら話しなんか聞かなくてもいい。精々ベッドの上で後悔しろと拳を振り上げた。

「ちょっと待て緒方、こいつ等を病院送りにするのはマズイ。折角話聞かせてくれるっつってんだから」

 河内が俺を宥める。友達に宥められちゃ、否とは言えん。なので簡単に拳を下ろした。

 あからさまに安堵する糞共。だが、糞特有の糞くだらないプライドがそれを許さないようで。

「緒方…俺達はお前と事は構える気はない。お前にはウチの奴等も散々やられたからな…だけど、そいつは別だ。最初に俺達の所に来た時も、やたらと喧嘩腰だったからな。大方お前とダチなのを鼻にかけて調子に乗ってんだろ。そんな奴に舐められてたまるかよ…!!」

 そうなの?と河内を見ると、テヘペロ宜しく舌を出して笑いやがった。お前が悪いのが確定したじゃんか。

 半ば呆れて糞共に言う。

「許さないとして、俺が手を出さないとして、どうすんだ?」

「どうするもこうするも…こいつの地元に行って追い込んでも…」

 それ俺の追い込み!!真似すんじゃねーよ!!

「こいつの地元、黒潮だけど、それでも行くのか?」

「黒潮?隣町の?的場の地元の?そういや黒潮の頭がつい最近変わったとか聞いたな…」

 ざわついた糞共を余所に河内に目を向ける。河内はまたまたテヘペロと下を出して笑った。

 可愛くねーんだよこの野郎!!言ってねーのかよ、自分が黒潮の頭だって!!

 言えばすんなり事は進んだだろうがよ!!こいつ等は基本的に自分より強い奴に逆らわねーんだから!!だから糞なんだし!!

「いや、それを自分から言っちゃうのはちょっと…」

 困ったように頭を掻きながら。

 まあ、気持ちは解らんでもない。なんか自慢している感があるからな。そうじゃなくても、河内は的場からの指名、比較的楽にトップに立ったんだと思われる可能性もある。

 仕方がない。んじゃ代わりに俺が言ってやろう。

「あのな、こいつはその黒潮の頭になった奴だ。お前等の言う通り、的場の地元のな」

 言ったと同時に目を剥いて河内に顔を向けた糞共。河内は「いや~」とか言って頭を掻いているが。

「大体こいつは元の頭で、お前等に話を聞きに来た発端の佐更木をタイマンで完封したんだぞ。的場が後継者に指名したのも、単純に黒潮で一番強いからだ。そんな奴の地元に行って追い込むのかお前等?」

 動揺が広がったのが解った。そんじゃ駄目押しもしてやろうか。

「こいつが黒潮の頭になったから、木村が西高と黒潮の五分の協定と友好関係を結んだんだぞ。お前等黒潮は愚か、西高まで敵に回すのか?」

 項垂れて言葉も出さなくなった糞共。河内は相変わらず「いや~」とか言って頭を掻いているが。

 なんかムカついたので俺だったらの話をしよう。

「俺なら関係なくぶち砕くからいいけど」

「お前にそうさせない為に木村が持ち出した話だろ!?」

 照れ笑いを辞めて立ち上がっての抗議。だけど言った筈だ。目に余るなら関係なくぶち砕くと。そうなったらお前等が責任取ると。

 …言ったよな?いまいち自信がないが、似たような事を約束した筈だ。多分。

「ま、まあ、それは兎も角、納得したか?俺とこいつが友達だって事は?そもそもそれが本当かを知る為に、呼び出しに応えたんだろ?」

 頷く糞共。究極に言って東工と黒潮の揉め事は、俺には関係ないからどうでもいいんだが、一応俺も絡んでいるからな。無駄な争いは避けなければならない。

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