予感~003
俺のあらためての拒絶の姿勢に、河内が息を吐いて肩を下ろす。
「お前、本当に嫌いなんだな、暴走族が…」
「暴走族だけじゃねーよ。所謂不良と呼ばれている連中、全部嫌いだ」
これでも死んでから随分丸くなったんだぞ?高等霊候補だったんだから。証拠に喧嘩売って来た連中しかぶち砕いてねーだろ?
的場を本気にさせる為に人身御供を出したか。そこはまあまあ…って訳にはいかねーな、やっぱり。
「おい、スカーズだっけ?マジで仕返ししてもいいんだぞ?手は出さねーから」
「い、いや…いい……」
拒否する糞。マジで何もしねーのに。こいつ等も殴られ損だろうに。
まあいいや、言いたい事は言ったし、もう用事も無いだろ。
「河内、もういいだろ?帰っても?」
自分の家の方向に指を差す俺。河内はやや複雑な表情をしながらも頷いた。
その時、この糞共と同じ種類の奴がニヤニヤしながら寄ってくる。金髪だ。なんつったっけ?特攻服だっけ?それを着ているから直ぐに解った。
問題は、なんでこいつ等と一緒に来なかったって事と、バイクに乗っていないって事だ。
まだ気づいていない河内に聞く俺。
「河内、あいつ連合ってのじゃねーのか?」
「ん?」
振り向いた河内。そいつを見た瞬間、一気に形相が変わった。敵を見る鋭い目つきに。歯を食いしばって好戦的な気配を露わにして。
なんだと思って糞に訊ねようとしたが、そいつも、いや、連合に属している連中全部が、そいつに向ってガンをくれていた。
表情が完璧に解る距離で止まる。
笑っている。だが、それは親しみや嘲笑いの類じゃない。なんつうか……俺と同じ笑い…!!
雰囲気を察知して、女子の前に木村とヒロが立つ。国枝君も。国枝君はこっち側じゃないからそんなに頑張らなくてもいいんだが、それ程『ヤバい気配』だって事だ。
「アンタが緒方君だな。見てたよ~。取り敢えず味方な筈の銀翼をああも見事にぶっ壊すとか」
決して俺の味方じゃないのは確実な好戦的な気を纏いながら、やはり笑いながら寄ってくる。その間に河内が入った。拳を握り固めて。
「何しに来た?狭川ぁ…?」
そいつは河内を一瞥して押し退けようとするが、河内がそれを拒む。
「緒方を狙いに来たのか?それなら俺がやってやるぜ……!!」
「オメェは関係ねえな河内。俺が興味があるのは緒方君だけだ。折角黒潮の頭になったんだ。暫くは大人しくしとけ」
要するに、自分と喧嘩したら負けちゃうから。折角トップに立ったばっかなんだから、負けちゃ下の者に示しが付かんだろ、と。
つまり河内に喧嘩売っているっつう事だ。河内もそれが解ったようで掴み掛ろうとしたが、俺がそれを止める。
「俺に用事があるのかよ金髪?」
「ははは。俺は狭川っつうんだよ。悪鬼羅網の期待の新人だ。県境の千畳高校の一年だ。アンタと同じ歳だよ緒方君」
河内がそいつから目を離さず追記する。
「
イケイケ状態の河内とバチバチやり合っていたのか。つう事はこいつもやるな。かなり。つうか悪鬼羅網って、確か連合から外れている暴走族だな。バリバリの喧嘩チームだとか。
「んで、何の用事だ?喧嘩売りに来たんなら買うけど?」
好戦的な気配なれど、危ない笑い顔なれど、売りに来たと確定するまでは手を出さない。尤も、売りに来たのかは俺基準で決めるけども。
狭川がやはり、あの笑いを崩す事無く。
「まだ売れねえな。アンタにも連合にも。なんだかんだ言っても的場の影響力ってのがあるからさ。アンタは俺とやる前に消えるかもしれねえし」
的場が完璧に引退するまで連合とはやらない。それはいい。的場が完璧に引っ込んでから動いた方が勝てる可能性が上がるし。
そんな事よりも、聞き捨てならないことを口走ったな?
「お前とやる前に消えるってのは、どういう意味だ?」
「ははは~。それは追々だよ。それよりも、耳寄り情報があるんだが、聞くかい?」
肩を竦めて嘲笑う。そう、馬鹿にしたような笑い方。さっきの笑いとは別の種類。
「耳寄り情報なんてどうでもいい。喧嘩売りに来たんなら後悔して消えて貰うまでだ」
嘲笑うって事はそう言う事だろ?折角登場したのに、これでバイバイだ。
ノーモーションでの左ストレート。顔面狙い故に簡単に気付いてしまい、かなり頑張って拳を止めた。
俺の左拳は狭川の顔面すれすれで何とか止まった。
こいつ、歯を食いしばってやがった。喰らうのを想定して、耐える方を選びやがった…!!
「…なんで耐える方を選んだ?」
左拳を避けようともせずに答える狭川。あの鬱陶しい笑みは消えていたが…
「俺は喧嘩が上手くねえんだ。受けてその腕を取って乱戦に持ち込むのが俺のスタイル。それに、避けるより耐える方を選んだのは、アンタのパンチは避けられないって知っていたからな。ただ銀翼をボコッたのを見ていたんじゃねえぜ?」
あれを見ても俺のパンチを受ける方を取るのかよ。
「それよりなんで拳を止めた?一発は何とか受けられるが、それ以上はキツイってパンチだ。ぶっちゃけ、その一発で終わっていた可能性がデカいぜ?」
此処で漸く左拳を手で払う。マジな表情は初めて見たが、俺と同じような目つきだ。殺すってな目つきだ。
だから俺は言ってやった。
「糞に耐えられるパンチなら放たない方がマシだろ。確実に一発でぶち砕いてやるよ糞が……!!」
舐めやがって糞が…!!俺のパンチを耐えるだと!!
今まで以上に拳を握り固める俺。この糞に一発以上必要ない。くたばっても文句言うんじゃねーぞ!!
「ストップだ緒方。狭川、お前もやめとけ。言い方じゃ、的場さんが完璧に引退した時、つまり、二年に上がってから連合とやる、いや、取ろうって事だろ?お前は野心家だからな。目的は黒潮制覇か?」
河内が間に入って止める。俺以上の殺気を纏っていながらも。
そこで漸く砕けた狭川。あの笑い顔も復活した。
「黒潮だけじゃ済まねえよ、白浜も大洋も、全県制覇だ」
「白浜には行けねえぞ?俺がぶっ殺すからな。それに、二年になっても悪鬼羅網の頭にはなれねえだろ。もういっこ上がいるんだからな」
「だから、ここで耳寄り情報だ。俺の事情とお前等の事情、うまく噛み合うと思うぜ?」
そこで俺達から目を外して連合を見た。愉快そうに笑いながら。
「悪鬼羅網のメンバーは、今年入った連中を抜かして、全部薬に絡んでいる!!」
全員が全員、緊張した顔つきになった。こいつ、自分のチームの上の連中を、連合に潰して貰おうと!!
「…確かか?」
河内が訊ねると頷く。
「浦田と同じ、元締めの一人が悪鬼羅網の頭だ。当然俺達も売買を強要されたよ。断ったけどな。知っていたから、これからどうなるかも知っているからって言ってなあ!!ははは~!!!」
悪鬼羅網のメンバーが薬に絡んでいたのを知っていた?それなのに、そのチームに入ったのか?そしてそれなのに断るのか?
こいつの意図が掴めない…!!
遥香が俺の背中を突く。反応して振り向く俺。
「…あの人って、誰か後ろについているみたいだね。相当な事情通の人が」
そいつから情報を貰って動いているって事か?
「悪鬼羅網に入ってから知り合ったのか、入る前から知り合いなのか、ちょっと揺さぶってくれないかな?」
俺に情報を引き出せっつう事だな…
「おい糞、お前が何を考えているのかは知らねーがな、これだけは答えて貰うぞ。お前の後ろに誰がいる?」
言ったと同時に遥香が頭を抱えたのが解った。だって、さり気なくって言っても、どうすりゃいいか見当もつかねーし…
だが、その発言に目を剥いたのは、当の狭川。マジビックリって感じだ。
「……そうか…アンタにゃ、女がいたんだよな…そいつか…」
「お前遥香の事知ってんのか?狙うか遥香を?その瞬間ぶち殺すけどな。つうか今死んどくか糞が?」
遥香の事を知っているのは、別に驚きはしない。遥香と麻美、どっちかが狙われる。それは以前遥香が言った人質を取れば、優位に進むから得た答えだ。
だから俺とやろうとするのなら、調べる筈だ。遥香と麻美の事を。
「狙わねえよ。俺はな。だけどそうだな…俺じゃ無い奴は狙うかもな。アンタが言った、後ろについている奴の指示でな」
認めやがったか。じゃあついでだ。
「そいつの名前は?力付くで口を割らせてもいいが」
そっちの方が手っ取り早くていい。なので俺は河内を押し退けて狭川の前に立った。丁度パンチの間合いだ。
しかし、狭川の方が大袈裟に後ろに飛んで距離を置く。
「だから、やんねーって。さっきは一発喰らっても反撃できると思ったけど、今回は無理そうだしな。アンタ、バリバリ本気だろ?」
本気も本気だ。遥香と麻美に害を成そうって奴が後ろに居るんだろ?口を割らせようって思うとは当然じゃねーかよ。
「やらねえ代わりに教えてやるよ。俺は全県制覇を目指している」
「河内にさっき言っただろ。目新しさはねーな」
踏み出す俺、その分下がる狭川。やらないってのは本心のようだが、あの笑い顔が消えていないのはなんでだ?
「悪鬼羅網に入ったのは、ブランド力っつうのかな?それが目当てだ。古いんだぜ、ウチは。だから連合に入らなかったってのもある。老舗のプライドさ」
「んな事どうでもいい。俺はその余裕が気に入らないだけだ」
また踏み出す。その分下がる。
「これでも気を遣ったんだぜ?俺は単車を持っているが乗って来なかった。まだ免許を持っていないからな。それを知ったらアンタ、問答無用でぶっ飛ばすだろ?それを防ぐ為にさ。音もうるせえから配慮したんだよ」
「知らねーよ。俺はお前みたいな奴をぶち砕くだけだ。免許の有無なんて関係ない」
無免許運転していないから、うるさくしていないから若干マシな奴と思われたいってのか?無駄だろ、俺相手には。
そこで狭川は苦笑いに変わる。あの笑い顔がまた崩れたって事だ。
「言われた通りだな。話なんか聞かないってよ」
「ほう、そいつの言う通りだ。実によく解っている。じゃあもういいよな?」
ダッシュを仕掛けようとするが、その前に狭川は大きく後ろに跳んだ。
「やらねえよ!!先ずは東工だろ緒方君!!それが蹴り着いた後だよ!!じゃあな!!ははははは!!!」
東工の事まで知ってんのか!?
ビックリして追走出来なかった。事実、俺は狭川の姿が完全に見えなくなるまで呆けてしまった…!!
暫くそのまま呆けていると、河内が漸く発した。
「緒方、顔見せは終わりだ。ざわざわ悪かったな」
頷いて踵を返す。俺に倣ったのか、全員が河内達に背を向けて歩き出した。
「狭川の後ろの奴、何か解ったら情報をやる!!」
結構な声を張って言う河内。俺は振り返ることなく頷いて返した。
そして無言で家に着く。当然木村や遥香達も一緒だ。
部屋に入ると、示し合せたようにテーブルを囲って円になって座った。
「……さっきも言ったけど、相当な事情通が向こうに居るみたいだね」
遥香の斬り込み。そう、全員が全員、狭川の後ろの奴の事を考えていたのだ。
「隆狙いなら、槙原や日向を狙うのは理解できるんだけどよ」
「楠木さんに薬を流した仲介人の女の人ってのも凄い気になるよね」
ヒロと国枝君も妙に声が沈んでいる。
「今回の件はお前の繰り返しに無い話だよな緒方?」
木村の問いに頷いて答える。
「…朋美からのふざけた依頼を、佐伯達が俺にばらしたって事で、今回奴等は遠くに行って無い。全員地元に留まっている。東工との絡みは前回は無かった」
「楠木さんも東工と絡んでいなかったんだよね?」
国枝君の問いにも頷く。
「以前は武蔵野が県境に逃げていた。その武蔵野から薬を仕入れていた。県境の悪鬼羅網ってチームが薬売買に絡んでいる情報も無かった」
言うなれば、武蔵野の仕入れ先が悪鬼羅網なんだろう。前回は的場の懐に入っていたから、仕入れ先は的場の手が及んでいない所からって事になるからな。
「仲介人とあの狭川って野郎の後ろは同一人物か?」
木村の問いに全員無言。解らないからだ。女の立ち位置もさっぱり解らない。
「楠木さんとその仲介人は顔を見せているのかな?」
黒木さんの疑問。見せているなら、少なくとも面は割れているが…
「……多分見せていない。その女の事は知らないけど、楠木さんは顔を見せると言うリスクは負わないと思う」
切羽詰っている状況なら兎も角だが。つうか、その女とどうやって接触した?浦田って奴の話じゃ、女の方から浦田に接触してきた感じだったが…
「多分どこかのサイトを通じてやり取りしたんだろうね」
俺もそう思う。金銭のやり取りはどうか知らないが、楠木さんは朋美の流した噂を潰した時もインターネットでも活躍していたから、それくらいは可能だろう。
「悪鬼羅網は連合が潰すだろうから、後ろって人も直ぐ解るんじゃないかな?」
「今年は入った奴等は関わっていないっつっていただろ?つまり狭川って野郎は標的外だ。河内がやるっつうならどうなるか解らねえが」
そう話していた木村と国枝君が俺を見た。俺の意見を聞きたいって事だろう。
「的場だったら、薬に関わっていないならやらないと思う。その後ろの事は聞くだろうけど、言わないのなら仕方がないと言って退くだろうな」
あくまでも薬に関わっている奴を潰すのが目的だから。狭川は的場が完璧に引退したら動くと言っていたし、跡を継がせた河内に任せるだろう。
その河内も実は連合に属していないから、そっちの関わりには踏み込まないと思うし。的場に憧れているんであって、連合は仲間って訳じゃない。俺がぶち砕いた時も傍観していた事から、多分この通りだろう。
河内と狭川がやる時は、黒潮に害が及んだ時だろうな。そうなったらどうなる?
狭川は連合を飲み込んで巨大になろうとしている。河内は黒潮の頭で、木村の友逹。学校同士でも友好関係にある。
連合を飲み込んだとして、数の勝負になったとして…
考えてぞっとした。超大乱闘じゃねーかよ。狭川の目論見通りに事が進んだらの話だが。
しかし、考えても、今のところはやはり疑惑段階しかない訳で。
「取り敢えず河内待ちだな。悪鬼羅網の連中から引き出す情報待ちだ」
木村の弁に乗っかる遥香。微妙に身を乗り出して。
「私も調べるから、考えるのはそれからでも遅くないでしょ?」
そうするしかねーんだが…なんつうか、ざわざわするっつうか…
「僕も調べてみるよ。緒方君狙いなのか、それとも元々の狙いの延長に緒方君がいるのか、それが知れるだけでもずいぶん違うと思うしね」
そうだな…その違いは結構重要だな…俺狙いか否かで話が大分変わって来るしな…
「いずれにしても、お前狙いだろうが、それ以外だろうが、お前とかち合う事は確定なんだろうから、その時は俺にも言え。助っ人くらいはするよ」
ヒロの言う通り、どう転んでも俺とかち合う事になるんだ。そうなったら素直にヒロに頼ろう。主にストッパーとして。
「そうと決まれば、お腹空いたねー。晩御飯食べに行こうか」
一人呑気な黒木さんの弁に救われる。何つうか、安心したっつうか。つか、大山食堂であれだけ食べても、晩飯は食うのか…
「晩飯は多分親が用意すると思うから、食べて行ってよ」
「緒方君の家に来れば御馳走になってばっかだからなぁ…気が引けるな…」
「お前は緒方ん家に来る度に飯をゴチになってんのか?皿洗いくらいはしているんだろうな?」
「そう言えば…した事無い…」
木村と黒木さんのやり取りにも癒された。いいよ、皿洗いくらい。それくらい俺がやるさ。だから遠慮しないで食べて行けよ。
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