黒潮~004
やはりハイを繰り出す的場。読んでいるから、ガードを固めて前に出る。
的場のハイはしっかりガードしなきゃ、意識が飛ぶ。奥歯を噛み締めて、その衝撃に耐え、ボディに一発ぶちこむ。
ガードにぶち当たるハイ!!衝撃が腕から全身に伝わって……
「あ、あれ?」
なんだ?なんで?
あまりの出来事に吃驚して動きが止まった。
ボディに鈍い痛み。止まったと同時に前蹴りを喰らったのだが、あれ?
「おらああああああ!!」
的場のパンチのラッシュ。碌にガードせずにその全てを受ける。あれ?あれれれ?
「口だけかガキ!!拍子抜けだ!!」
とどめのハイキック。モロに喰らってぶっ倒れる。しかし…なんで?え?
「……やっぱお前もか…」
倒れて行く最中、寂しそうな的場の瞳と、残念そうな呟き。
………そうかよ…そう言う事かよ……
ムカついてムカついて、暫く地面の冷たさを身体に感じる事にした。動きたくなかったから。ムカつきすぎて。
「緒方あ!!」
河内の絶叫がやけに通るが、ムカつきすぎて、こっちはそれどころじゃない。
「……緒方って奴は見たとおりだ。次はお前だ、コウ」
俺から意識を外して河内に向ける的場。ムカついて動きたくないが、河内とやらせる訳にはいかない。やったら河内が勝ってしまう。そんなんじゃ…マジふざけんなだろ!!
立ち上がる俺。その俺に的場は意識を戻した。
「立ったか。だけどあの程度じゃ俺には……ん?」
何か言っている的場を無視して、ナントカと言う暴走族の糞の前に立つ俺。そして躊躇なく右ストレートを叩きこんだ。手加減を全くせずに。
「がはあああああああああ!?」
右拳の感触が教えてくれた。鼻を折ったと。近くにいた糞にも左ボディを叩き込む。こっちも肋骨を折った。
「な、何やってんだ緒方!?」
河内が止めに入るも、知ったこっちゃねえ。目に入る糞をぶち砕く。重傷を目指してぶち砕く。
「テメェの相手は俺だろうがガキ!!」
的場が俺の肩を掴んでキレるが、キレてんのは俺の方だ!!
「お前がふざけた手加減をしているからだろうが?やる気を出させる為に、こいつ等をぶち砕いてんだ。要するに、こいつ等がこうなっているのはお前のせいだ的場!!」
乱闘になりそうな気配を察して、動こうとしたヒロと木村が止まる。他の糞共も。
「…お前、負けたいんだろ?勝ち続けるのが苦痛なんだろ?だから手加減した。そうだな!?」
的場のハイはあんなもんじゃない。身体の芯から痺れるような衝撃、それが全く無かった。
その後の攻撃も全然響かなかった。キレも全く無い。容易に反撃できるように、スピードも押さえていた。
前回、的場に関して不思議な事があった。内緒にしていたのに、なぜ的場の負けが広まっているのか?
阿部の話じゃ、的場が怪我したら事件だから伝わると言っていたが、確かに腕を折って重傷を負わせたが、それだけじゃない。
的場が自分で言い触らしていたからだ。負けたと。二度と関わりたくない奴がいると。俺の特徴をさり気なく入れて、言い触らした。俺とかち合った糞が真実だと知るように。ヒロや木村とかち合った糞が真実だと知るように。だから海で絡んできた糞が簡単に確信した。的場の連絡先を持っているのは俺じゃなく木村だと、そんな細かい情報も流していたんだから。
先述の河内にわざと負けるの意味も、これに含まれていた。
しんどかったんだ、勝ち続けるのが。寂しかったんだ、孤高の自分が。
「お前の目の前にいるのは俺だ。そんなふざけた手心を加えなくても、ちゃんと負かしてやる!!」
ムカついてムカついて、近くにいた糞を蹴っ飛ばした。
「だからお前の相手は俺だと言っただろうが!!」
俺の肩に再び手を掛ける的場。それを払って拳を握り固めた。
「あ!!ああああああああああ!!!ああ!!」
渾身の右ストレート!!本気の殺気を交えた拳。流石に警戒してか、いや、キャリアが警鐘を鳴らしたのか、的場がガードを固める。
ストレートはそのガードを吹っ飛ばして顔面に入った。
「がはっ!!!」
仰向けで倒れる的場。しかし、ガードとあの微妙にヒットポイントをずらした見切りによって致命傷にはならず。
「立て的場!!これでイーブン!!糞ふざけた攻撃での俺のダウンと、渾身のストレートでのお前のダウンじゃ、全く意味合いが違うが、イーブンには違いないだろ!!仕返ししに立ってこい!!」
口を切ったのだろう、的場は袖で血を拭いながら俺を睨んだ。いや、見た。
「お、緒方…的場さん相手に…」
ダウンを奪った事に吃驚しているのか?あんなもん大した事じゃない。河内、お前にもやれる筈だ。的場に萎縮して考えた事も無いだろうが、お前はそのレベルだよ。
「立たなきゃお前の仲間を付け狙う。手始めに此処に居る糞共を全員病院送りにしてやる!!」
「無茶苦茶だな、緒方。本気を出してくれない方が有り難いだろうに」
苦笑いをしながら苦言を呈す木村。だが、それ以上は咎めない。俺の気持ちが解るからだろう。
「仕方ねえな、困った奴だ」
言いながらヒロが近くの糞をぶん殴った。
「おい!!」
的場が立ち上がって咎めようとする。
「隆が本気のお前を負かすって言ってんだ。本気にならなきゃ、こいつ等全員病院送りにするってよ。俺ならまだ手加減できるから病院送りにはしない。寧ろ感謝して貰いたいもんだぜ」
俺の代わりに的場をその気にさせる役を買って出てくれたか。流石親友、有り難い。
「やめろ大沢!!流石に容認できないぞ!!」
止めようとした河内の前に木村が立つ。
「悪いが大沢の邪魔はさせねえ。止めるっつうなら俺が相手になるぜ」
「木村、お前まで……」
慄く河内に諦め顔で言う。
「緒方とつるむんなら此処までしなきゃならねえ。じゃねぇとあいつ、簡単に超えてしまう。代わりに誰かやってやんねえとな」
いや、有り難いけど、簡単に超えないぞ?一応理性があるんだし。
まあいいや。親友達の気遣いに甘えよう。
俺は再び的場を見据える。
「悩んでいる暇があったら掛かって来いよ。じゃ無きゃ怪我人が増える一方だぞ?安心しろ。お前のつまんねー柵は俺がぶち砕く!!」
本気で構えた俺。的場も目の色が変わった。漸くやる気になってくれたか。
「……お前のパンチは凄ぇ。ガードした腕が痺れて痛ぇなんて経験、滅多にない」
その痛みを確認するようにグーパーと拳を握る。
「だが、折角楽に拾えた勝ちを自分から捨てた事は後悔して貰う。俺もなんだかんだ言って、やっぱ負けたくない気持ちもあるからな」
知るか。もう決めたんだっつーの。お前を糞くだらない柵から救うってなぁあ!!
さっきよりも速いダッシュ。ハイを警戒?そんなもん知るか!!
俺にふざけた真似をした事を後悔しろ的場!!
案の定襲って来たハイ!!より一層身体を低くしてそれを躱し、的場の懐を取る!!
「こいつ本当に!?」
「今更何言ってんだ的場!!負かしてやるって言っただろうが!!」
ボディを警戒したのか、下の位置にガードを構える。ボディ一発で夜舎王の幹部を行動不能にした事を思い出したんだろう。
しかし、俺は膝のバネを使い、身体を捻って上に目掛けた。アッパーだ。
「あああああああ!!!」
「くっ!!」
ガードを解いて相討ち上等とばかりにパンチを被せてくるも、遅い!!
俺の右アッパーが的場の顎と突き上げた!!それにやや遅れて、俺の左頬のアホみたいな衝撃が走った!!
身体も飛んだ。横に。
カウンターとは言えない的場のパンチ。不完全なただのパンチで俺の身体をぶっ飛ばすのか!!
地面に転がり、直ぐに立つ。追撃を警戒して構える。
「く……っ!!」
的場の方も転がっていた。しかもまだ立っていない。俺のアッパーの方が早かったからか?
なんにせよチャンスだ。素早く的場目掛けてダッシュする。
「らあ!!」
的場が砂を投げた。一瞬視界が塞がれたが、問題無い。薄目だったし。
上半身を起こしている状態の的場の顔面に、ダッシュしながらの左ストレート。これは躱された。
激しく接触する俺達。しかし、俺は突っ込んで行ったのだ。俺の身体の方が上にある。
「らああ!!!」
マウントを取った形だが、俺の身体を強引に押し倒して逆にマウントを取る的場。ポジション取りも上手いじゃねーかよ!!
「死ねや緒方!!」
タコ殴りになる。俺は下手に動かない。頭が浮いた状態で殴られたら、地面に後頭部を打って余計なダメージを負ってしまう。よって腕でガードするだけに留める。
ものスゲー痛いが我慢だ。とどめにどこかで大振りになる。それを狙う。
「こいつ!!場馴れしているなんてもんじゃねえ!!」
殴りながら驚愕する的場。俺の抗いが少なすぎる理由を察したのだろう。それは逆に大振りになる事も無いって話になるんだが…
しゃーねえな。まあ、これは喧嘩だし。的場も砂投げたし、報復の意味合いも兼ねて。
と言う訳で、俺は的場の顔面目掛けて手を伸ばす。拳じゃなく、手、だ。
「ぐっ?」
慌てて身を引かせる的場。だけど少しだが手ごたえあったぜ。指応えと言った方がいいのか?
兎も角、身体を退かせたって事は、俺も動けるようになったって事だ。上半身を起こす程度は楽勝で出来る。
早速起こして腕力だけて鼻っ柱をぶん殴った。別にダメージを狙った訳じゃない、マウントから完璧に逃れる為に。
「く!?」
膝を立てた的場。咄嗟の事も手伝ったのだろう。まあ、有り難くマウントから抜け出る。
転がって距離を取り、瞬時に立つ俺。
「この糞が…気分良くぶん殴ってくれたなあ?」
「……テメェ…俺の目ん玉を躊躇なく…!!」
的場が左目を押さえながら睨み付ける。そう、俺は的場の目に親指を突っ込んだのだ。
「お前も砂で目つぶし狙っただろうが?自分は良くて俺は駄目か?糞らしいマイルールだな?」
尤も、本気で目を潰そうとしたのだが。逃れていなければ、触れた程度じゃ済まなかったぜ?
「大体マウントなんてタイマンじゃ無きゃやれねーよな?お前も数相手に喧嘩して来たんだろ?慣れていないから目玉狙える隙ができるんだよ」
マウントタコ殴りは多対一じゃ使えない技だ。喧嘩には不向きなんだな。俺のように目玉を狙う奴も絶対に居るだろうし。
大体前回も鉄パイプをぶん投げたりしていただろ?理解している筈だ。これは喧嘩。スポーツじゃない。
「勝てば何でもいいんだよ。違うか的場あ!!!」
未だ膝を付いている状態の的場に蹴りを放つ。俺は蹴りは苦手だから、簡単に逃れられた。
「テメェの言う通り、これは喧嘩だ。勝てば何でもいい。何でもアリだ…!!」
立ち上がって角材を手に取る的場。ぶん殴るのか?投げるのか?どっちだ?
どっちでもいい。俺は拳で戦う事がメイン。振り回そうが、投げようが、躱して拳を叩き込むまでだ。
ステップを踏みながら間合いを詰める。的場相手にインファイトだけじゃキツイ。脚も使って戦う。
「テメェは蹴りも上手いし、度胸もある。場馴れも相当なモンだ。だが、そんなもんより怖ぇのがシンプルな思考。躊躇なく目玉を狙う奴は初めてだぜ。成程、連れが心配する訳だ。マジで人を殺しそうだな。危ねえって話は本当だった」
いやいや、狙いは病院送りだから。殺そうなんて考えていないから。結果そうなるかもって事だから。目潰しも結果失明するかもってだけだろ。
やはりステップを踏みながら的場の言葉を待つ。左右前後、どこにでも逃れられるように。不意打ちは無理だって知らせる為でもある。
「だったら俺も躊躇はしねえ!!」
踏み出す的場。角材を振り被りながら。ぶん殴る方か?
しかし、間合いが若干遠い。あれじゃ当たらない。やっぱ投げる方か?それともフェイクか?
考えても仕方がない。振り被っていると言う事は、隙がある事でもある。フェイクだろうが何だろうが、隙があるのなら打って出る!!
パンチの届く距離までダッシュする俺。ボディいただき、と思ったが、おかしい。角材が振り下ろされない。やっぱフェイクの方だったか!!
じゃあ何のフェイクだと言う事だが、俺が気付いた先は的場のハイの間合い。
ガードを上げて奥歯を噛み締めて、来たる衝撃に備える。
的場のハイは俺のガードにぶち当たる。予想通りハイだったが、衝撃は予定以上だった。
以前一度喰らった時以上に凄まじい衝撃。ガードしても尚意識が飛ぶんじゃねーかって程のハイキック!!
その一瞬後に背中に痛み、しかもパンパねー痛み。
あの角材で加減なく殴られたんだ。しかも回り込んで。ハイキックだけでは俺を仕留められないと判断したのか?
しかし、やっぱ速ぇってか凄ぇな…一撃一撃が一発必倒レベルだ。
考えていると、ボディにも衝撃。ミドルを放たれたか。
またまた一瞬遅れて髪を掴まれる。ぼんやり見えるのは左膝…
「くたばるまで続けてやる!!」
そう言って膝を叩き付ける。何度も。
ヤベー何てもんじゃねー。そろそろ越えそうだし。ハイになったら行き着く所まで行ってしまう可能性もある。
言っただろ?理性はあるんだ。殺す気で行かないと勝てないが、殺したい訳じゃない。
視界が霞む。飛ぶ前に、越える前にと、飛んできた膝にコンパクトに畳んだパンチを入れた。
「まだくたばっていないのか!?」
驚くなよ。死んだら困るだろ、お互いに。大体俺が死んだら遥香も助からないじゃねーかよ。あと誰が可愛い巨乳の彼女さんを無間地獄から救えるってんだよ?
また膝が飛んできた。それをカウンターでぶちかます。
「ぐ!!」
ぐ!!じゃねーよ。お前の方はまだまだ余裕だろうに。
ほら、証拠にまた膝が飛んできたじゃねーか。有り難くカウンターを貰うけどな。
そのやり取りを3、4回していると、明らかに膝のスピードが鈍ったのが解った。
壊したか?膝を?砕けた手応えはまだ感じないのに?
「こ、この野郎…俺の膝を…」
骨には異常がないが、そこそこのダメージは与えたって事でいいのかな?だけどお前にはハイキックがあるだろ?そこそこじゃ駄目なんだよ。
今度は右膝。左が痛むからチェンジしたのか?まあ、やはりカウンターで迎え撃つ。つうかカウンター喰らわしている訳だから、俺にダメージが来なくて助かっているのを今更気づいた。
と言う事は、若干だが回復したって事だ。的場はダメージを負っているが。
証拠に視力も回復している。ほら、また右膝をぶち込もうと大きく退いたじゃないか。
コンパクトなパンチから捻りを加えた右。みしっと拳に感触が伝わる。
「こ、こいつ!!」
遂に我慢できなくなったか。髪を放して後ろに下がる。ハイキックで決めようって事か?だけどな、遅いぜ。証拠に俺の踏み出しでパンチの間合いに早変わりだ。膝のダメージは結構深刻のようだな?
「散々やってくれたな的場あああああ!!!」
的場の武器は強烈すぎる攻撃だが、その他にも、微妙にヒットポイントをずらした見切りがある。その見切りですら無意味にするパンチを当てればいい。
右を胸の位置に置き、力を溜める。拳が内側に巻く程の回転も意識して。
つうか、この感覚、俺の記憶には無い。なんだ?この全身を捻るような構え?それにこの力の溜め?
戸惑いながらも、いや、戸惑っている暇はない。この感覚に身を任せた方がスムーズに行く。
「死ぬなよ的場ああああああああ!!!!」
本心で叫んだ。なんかヤバい。俺のキャリアがそう警鐘を鳴らしている。
的場は俺の忠告を聞いたのか、それともただの通常の反応なのか、ガードを固めた。腰を降ろして踏ん張るように。
最初の一発を喰らってデフィンスに修正を加えたのか。場数を踏んでいるなんてもんじゃねーと褒めて貰ったが、其の儘そっくり返そうか。
足を踏み出す。右ストレートの間合い。そして力を解き放つ。
脚から腰、腰から背中、背中から肩、肩から肘、そして肘から右拳に伝わる回転。この感覚も知らない。
その右拳がガードに当たる。通常なら、あんな強固なガードなら、弾き返されるか相殺が関の山だが、何と、俺のパンチはガードを破壊した。
そして右拳に砕けた感触。同時に絶叫する的場。
鼻血が噴水のように噴き上がり、的場が仰向けに倒れた。この感触は何度も味わったから解る。鼻骨粉砕した感触だ。
ガードをぶっ壊し、見切りも用を成さず、更に踏ん張っていた的場がぶっ倒れる程の破壊力…
なんだこのパンチ?あの感覚から言って、初めて繰り出したものじゃない…こっちの緒方君が開発したパンチか?
自分で繰り出しておいて何だが…ヤバい。このパンチは本気でヤバい。的場じゃ無かったら殺していたかもしれない程ヤバい…!!
いつもは追撃する俺だが、この時ばかりは震えてそれどころじゃ無かった。
残心じゃなく、ただ呆けながら的場を見ている状態だった……
「的場さん!!!」
河内が的場の元に駆け付けて、我に返った。
何分呆けていたのか?自分では結構な時間だと思うのだが、実際は数秒程度だろう。
ともあれ、的場は河内によって抱き起された。痛むのか、鼻を押さえながら。
そこで本心で安堵した。良かった、死んじゃいない、と。
「……鼻…砕かれたかよ…」
そこには恨みつらみは無い。何つうか、安心したって感じだった。
「どうだ的場、約束は守ったぜ」
安堵しているとは言えずに、照れ隠しのように言う。
「そうだな…お前は凄え奴だ、緒方…」
負けを認めた的場。じゃあ、と糞共の元に行き、どっかと座った。
「何やっているんだよ緒方?」
河内が不思議そうに訊ねてくるが、お前忘れているのかよ?
「的場の身内の糞をぶち砕いただろ?的場をその気にさせる為にさ、報復は仕方がない。全面的に俺が悪いからな」
要するに仕返ししろと。やり返したりはしないからと言ったのだが、河内が蒼白になった。同時にヒロと木村が俺の前に立った。
「おい」
無粋な真似をするなと言う前に、ヒロが口を開いた。
「お前も言っていたが、的場のせいだろ。だったらケジメは的場から取れ。おいお前等、隆を狙いやがったら、俺が病院送りにしてやるぞ?」
続いて木村。
「見ての通り、タイマンは緒方の勝ちだ。乱闘なら当然俺達も加わるぜ?つっても、その気もなさそうだがな」
木村の言う通り、糞共は俺を真っ青になって見ているのみ。的場があそこまでやられたのを見た事が無いんだろう。しかもタイマンで。
要するに、俺にビビってしまったのだ。だから仕返しとか考えない。俺が無抵抗でいると言っても動きはしない。
河内に肩を貸して貰い、俺達の元に来る的場。
「やめとけ。お前等も見ただろ?こいつのヤバさを」
報復は考えるなと暗に釘を刺した。俺から言いだした事なんだが…
「それよりも夜舎王だ。他の幹部をぶっ叩け。浦田の確保も忘れるな。連合にも通達しろ」
俺の事より薬の事か。そう言われちゃそうなのかもな。一応この街の顔なんだし、治安を守るとは言わないが、自分が仕切っている街でふざけた真似は許さんと。
「解ったらすぐ動け」
言ったと同時に礼をして動き出す糞共、佐更木達もついでに引き摺って行った。旗持ちだけは置いて行ったが。他の糞と同じように扱うなと言ったからだろう。
「あいつ等をどうするつもりなんだ?」
「薬のルートやら売人やら、まあ、情報を引き出す為に、どこかの倉庫に連れて行ったんだ」
的場を降ろしてそう説明する河内。口を割らなきゃ程よく痛め付けるのか?何でもいいさ。糞が糞をどうしようが知ったこっちゃない。
「賀川、お前は知っている事、俺に全部言え。その前に一緒に病院に行かなきゃならねえか」
「…俺よりお前の方が重傷だろ…」
俺の方をチラチラ見ながら的場に言う。俺にビビったのか、顔色がとても悪い。
「つうか、えっと、旗持ちのお前、河内と同じ学校なのか?」
やはり青い顔のまま頷く。
「そうか、じゃあ休み明けに学校で佐更木の事みんなに話せよ。河内が悪者の儘じゃ戴けないだろ」
「そ、それはそうするつもりだから、あ、安心しろ」
何もしねーからいちいちどもるなよ。つか、それでいいのか。下手に懐かれたら堪らないし。庇ったのは河内に対する義理みたいなもんだから、お前が嫌いなのには変わらない訳だし。
「それに関しては俺からも言う。佐更木の件も言わなきゃいけねえからな」
的場の援護。と言うか責任。頭を指名したのは自分だから。
「…コウ、やっぱ俺はお前に黒潮の頭をやって貰いたい。俺が戻って仕切るっても、俺は負けてしまったからな」
俺を見ながらの説得。いや、お前等の事情に俺を巻き込むんじゃねーよと言いたいが。
「でも、俺はそんなのに興味は無いし、自信も無いし、実績も無いんだから…」
そんな自分が頭になっても纏める事は出来ないと。その弁には納得だ。的場も異議を唱えずに顔を伏せちゃったし。
「…実績っつうのは、別に喧嘩で名前が売れるとか、そんなんじゃなくてもいいんだよな?」
木村の弁に全員が注目した。
「俺は西高のトップに立った。一年の頭は結構な西高の歴史じゃ、初の快挙だ」
「そうだけど、それと俺の実績と何の関係があるんだ?」
「お前が黒潮の頭になるっつうなら、俺は黒潮と友好を結ぶ。俺とお前はダチだから五分の協定もな。協力も色々出来ると思うぜ。例えば薬のルートを潰す助けとか、こいつの地元に黒潮の生徒が行っても無事に済ませるとか」
俺に親指を向けながら言うとか。なんだ俺の扱い?
文句を言おうとする前に木村が口を開いた。
「お前のこった。黒潮のそれっぽい奴が白浜でうろちょろしていたら、ぶん殴っちまうだろ?黒潮はこれから薬のルートを探りに白浜にも行くんだからな。楠木も標的だろ?」
そうなの?と、的場を見ると、頷いた。
「薬関係は連合も動くが、黒潮も動く。俺の最後の仕事でもある。木村の言う通り、お前の街にも行く事になる」
糞を無事で済ませる為に友好と協定を結ぶのかよ?いや、河内が頭になったらって条件か?それならなぁ…
複雑な表情をしていたのだろう。木村は俺に向かって更に続ける。
「お前の嫌いなその手の連中が白浜にわんさか来る。お前はそんな連中を迷いなくぶっ叩くだろう。どんな理由があろうとも、嫌いなモンは嫌いがお前だ。だが、俺や河内の顔を潰さねえように踏ん張れるだろう?」
「顔を潰さないようにって言ってもな…度が過ぎたら、やっぱぶち砕く事になるんだが…」
「だからこそ、俺や河内だろ?文句があったら俺達に言えばいいし、お前も俺達の手前、あんま無茶な事は出来ねえ、だろ?」
まあ、確かにそうだけど…
煮え切らない俺に変わってヒロが口を開いた。
「白浜に来て聞き込みしてもいいが、あんまふざけた事はすんな。西白浜駅にはコスプレファミレスがあるが、そこには誰も近付けさせるな。南女には手も顔も出すな。最低条件がこれだ。それでどうだ河内?」
「その言い方じゃ、俺以外の頭だったら認めないって事にならないか?」
本心で自信が無いように、やりたくないオーラを出しながら河内が訊ねる。
「そりゃ、俺達とお前はダチだからな、そこそこの融通は利かせてやれるが、それ以外は無理だ。俺は兎も角隆は無理だ」
酷い言われようだったが、その通りなので何も言えない。
木村が的場に顔を向ける。
「西高との友好関係、五分の協定。これで実績にならねえか?」
「俺に不服はない。あとはコウ次第だ」
結局の所、そうなるんだよな。実績云々の話じゃ、頭の佐更木をタイマンで倒したし、薬の事を公に晒した事もそうだし。
その他に西高と協定とか、後押しも過ぎるだろって話だし。
「安心しろコウ。俺が後見人になる。だから問題無い」
「だって俺が的場さんの跡なんか…いてっ!!」
うだうだうるせーから石を投げてやった。
「何すんだ緒方!!」
「言っておくけど、お前以外が頭なら黒潮や連合?が白浜に来た時点でぶち砕く。俺はあの手の連中が大っ嫌いだから容赦はしない」
さっきヒロの言ったダチだから融通を利かせるってヤツだ。友達以外じゃ融通なんて利かせられないわ。
「的場を解放してやれよ?尊敬してんだろ?的場を。その的場がもうやめたいって言ってんだ。お前に託したいって言ってんだ。ぶっちゃけ受ける理由はそれだけでいい筈だけど?」
俺だったら御免こうむるけども。
「つうか、後は身内の話だろ?俺達は言いたい事は言ったから、もう用事は無い。帰らせて貰うぞ」
言って踵を返す。ヒロと木村も。俺の弁に異論はないって事だ。電車時間にはなんとか間に合いそうだしな。
「ちょっと待てよ緒方!まだちゃんと礼をしていない…」
「友達なんだから気にすんなって言っただろ?それに礼が言い足りないなら後で言いに来ればいいよ。黒潮の頭になった時にでもさ」
そう言って歩き出すと、今度は的場に止められる。
「なんだよ?」
「…いろいろ世話掛けたな」
「俺は俺の事情で動いただけだよ。これで借りは返したぜ的場」
的場は全く以て解らんと首を傾げていたが、そりゃそうだ。前回の借りの事は知らないんだから。
それに電車時間が心配だ。だから俺はこう返す。
「じゃあな的場」
前回、的場があのファミレスから去って行った時のように、左手を上げて振り返らずに帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます