激闘後~001

 電車に揺られてちょっとうとうとした時、ヒロが徐に聞いてきた。

「的場を倒したパンチ…あれなんだ?何時から練習していた?」

 やっぱヒロは気付いたか。そりゃそうだろうな。スパーでもあんなパンチ、見せた事無いし。

「解らない。身体が勝手に動いたとしか言いようがない。強いて言うなら、しっくりしていたから、こっちの緒方君が編み出したパンチなんだろうな」

「的場のガードをぶっ壊した他に鼻を破壊したあのパンチか?確かに凄ぇ破壊力だったが…」

 木村も妙に慄いているのが解る。あれをまともに喰らったら、あの程度じゃ済まない事を勘付いたんだろう。

「…じゃあ多分、あれはコークスクリューだ。中学時代、隆が何回か練習していたのを見た事がある。その時は不格好過ぎたから笑ってやったけど」

 コークスクリュー?俺がそんな物騒なモンを編み出したのか?

「大沢、コークスクリューってのはよく聞くが、あんなに破壊力があるもんなのか?」

 木村の質問に頷くヒロ。

「パンチが当る瞬間に肩、肘、手首を連動させて内側に捻り込む事で、あんなアホみたいな破壊力になる。空手の正拳突きと似たような原理だと聞いた事がある。隆の場合、脚からの連動だから、更に破壊力が増したんだろうな」

 そう言われるとコークスクリューじゃないような気もするが。

「だけど、あれは隆向きのパンチじゃないな。隆のメインはインファイト。あのパンチはインファイト向きじゃない」

「だよな…だけど俺の性格上、インファイトに使う為に編み出したと思うんだ。だからあれは未完成なのかも」

「あれで未完成!?お前ちょっと洒落にならねえぞ!?」

 そう言われても、こっちの緒方君が編み出したんだから、責められる筋合いはない。

 いや、あるか。こっちも俺も同じ緒方君。こっちの緒方君の業は、俺の業でもあるんだから。

「緒方、あのパンチは喧嘩には使うな。解ったか?」

 木村の妙な迫力によって咄嗟に頷いた。つか、俺も使いたくないわ、あんな物騒なパンチ。

「そうだな。それがいい。せめてグローブ嵌めている時だけにしろ」

「そう言うが、俺だって知らなかったんだし、もう一度やれと言われても出来る自信も無いんだが」

「多分身体が覚えている。だから多分使える」

 ヒロの弁に頷く。繰り返し練習して来た事だ。身体が絶対に覚えている。

「使わないよ。俺の場合、マジで洒落にならん事になるしな」

「だからグローブ着用ならいいっつってんだろ。つかグローブ着用であれ使え。スパーで」

「お前が破りたいだけじゃねーのか単純に!?」

 自分リスペクトのヒロは俺のパンチを破りたいだけなのだろう。それで優越感に浸りたいと。

「大沢にもあんなパンチあるのか?」

「スマッシュと言う思考のパンチが右腕に宿っている」

「緒方と別ベクトルで危ねえなお前…」

 ジト目の木村である。俺もそう思う。なんだ思考のパンチって?至高の間違いじゃねーのか?

 しかも宿っているって。中二病を妙にくすぐる言葉だよそれ。思考が宿っているから更に擽るよ!!

 白浜駅に着いた。俺とヒロは此処で降りる。木村はもう5つ先の駅だ。なので此処でお別れだ。

 降りるタイミングでヒロにメールがきた。波崎さんからだそうだ。バイト先に迎えに来てほしいと。来てくれたら仮を取る、と。

 ヒロも結構くたくたな筈だが、仮が取れると言う人参がぶら下がっている状態。否とは言わず、寧ろ嬉々として其の儘電車に留まった。

 そんな訳で一人てくてくと歩く。波崎さんのメールのタイミングが良すぎる理由が何となく解るからだ。

 家に着いてやっぱりな、と思った。俺の部屋に電気が点いているから。

 誰が来ている?麻美か遥香か?いや、考える間でもなく、答えは一択だ。

 部屋に入ると、自然と笑みが零れた。

「おかえりなさい」

 遥香が正座して出迎えてくれたから。微妙にはにかみながら。

 その遥香の前にどっかと座る。

「俺が帰ってくる電車、よく解ったな?」

「木村君にメールで聞いたからね」

 俺の顔を見ながら自分が痛そうに、そう言った。

「波崎さんに頼んだのか?ほっといたらヒロが家に来ちゃうかもしれないからな」

「うん。波崎も仮を取るタイミングを見計らっていたからね。ここで使ってとお願いしたんだよ」

 そう言って救急箱を出す。

「治療の前にシャワー浴びて来て。誇りっぽいし、ボロボロだよ?」

 促されてシャワーを浴びに行く。着替えを探す時に、遥香の服って俺のスウェットじゃねーかと、その時気付いた。

 浴びて部屋に入ると、遥香が手招きで俺を呼んだ。当然逆らう事無く、遥香の前に座る。

「消毒するから。ちょっと染みるかも」

 的場に散々やられたんだ。消毒液くらいで染みるううううううううう!!?

 思わず顔を覆って伏せると、「背中も!?」と驚いた声が上がった。丁度背中の傷が見えたんだな。

「あ、ああ。的場の野郎、角材でぶん殴りやがった。手加減なしで。ムカつくよな、あいつ」

「ダーリンが手加減するなと言ったからでしょうが…」

 ブツブツ言いながら背中から治療開始。やっぱ染みるぜ…!!つか、木村から既に色々聞いてんのかよ。

「包帯巻けないからガーゼで…」

 俺としてはガーゼも必要ないんだが、まあ、遥香の気が済むようにしよう。

「はい、背中終わり。顔はちょっと切れている程度なんだね。腫れもあるけど」

 絆創膏やらガーゼやらをぺたぺた貼られる。ちょっとじゃねー量なんだけど、まあいいや。

「はい、おわり。お腹空いたでしょ?晩御飯、満足に食べていないんでしょ?」

 そう言ってバスケットを出して開けた。中にはサンドイッチとカップ、水筒が入っている。

「いっぱい練習したんだよ。はい、あーん」

 と言う事は遥香の手作りか。しかしあーんはハズい。誰も見ていないからするけどなっ!!見ていてもするけどなっ!!

 あーんで迎え撃ち、モグモグと咀嚼する。

「…旨い。タマゴのマヨネーズと胡椒の加減が俺好み!!」

 夢中でがっつく。その間遥香は笑いながら、ポットからカップにスープを注いでくれた。

「スープはインスタントだけど」

 全然問題無い。有り難く戴く。

 しかしマジ旨い。ツナサンドの玉ねぎのシャキシャキ感とか、ハムチーズレタスの絶妙な塩加減とか。

「美味しい?」

「滅茶苦茶旨い」

「良かった!!あ、このじゃこサンド、結構自信作なんだよ」

「塩昆布の塩加減がいいよな。梅も入っているんだな。パンにはどうかと思ったが、超絶品だ」

 ご飯に乗っければ絶対に旨いであろう、じゃこサンドはマジ絶品だ。

 こんな調子で夢中で食っていると、結構あったサンドイッチがすっからかんになった。

「御馳走様!!マジ旨かった!!」

 超満足でお腹を擦る。

「いえいえ。お粗末様」

 ニコニコしながらバスケットを片付ける。その様子を見て、って訳じゃないが、早く言いたかったので言った。

「遥香、写メありがとな。あれ助かった。あれが無けりゃ、的場も動かなかったよ」

 結果大乱闘になっていただろう。下手をすれば人数を呼ばれていたかもしれない。

「ホント?河内君がいたから足しにはなるかな、程度の気持ちだったんだけど、良かった!!」

 今度こそ、本当に嬉しそうに笑った。いつもそう笑ってくれればなぁ…その為には俺が自重しなくちゃいけないんだけども。

「じゃ、はい」

 両手を広げてはい、とは?意味が解らず、首を捻る。

「豊満な胸に顔を埋めさせろって言ったじゃない?ブラ取って埋めさせてあげるって言ったじゃない?」

 逆にキョトンとして返されても、だ。

「えーっと、あれはだな、冗談と言うか何と言うか…おおおおっ!?」

 言い訳途中に遥香の方から抱き付いて来た。胸に顔を押し付ける抱き締め方で!!

 ヤバい!これはヤバい!柔らかくて気持ちいい!!理性がぶっ飛びそうだ!!

「ホントは生肌の方が良かったんだけど、その傷じゃねえ」

 俺だって生肌の方がいいよ!!つか、このスウェットの理由はなんだ!?

 強引に胸から逃れて、息も絶え絶えで聞いてみる。

「ぜえぜえ…お前、このスウェットどうした?これは俺のスウェットだろ?」

「あ、これ?借りたんだよ。当然でしょ?」

 うん、借りたから着ているのは当然だが、なんで借りたか聞いているんだが。

「あ、言葉が足りなかったかな?電車が無いから泊めて貰おうと思って借りたんだよ」

 困惑状態の俺に安心するような口調で諭すように言うが…うん。前回も親父にメールして、勝手に泊まる約束を取り付けたんだよな。

 恐らく今回もそうなんだろうが、一応確認は取らせて貰おう。

「えーっと、あのだな、余所様のお嬢さんを、そう簡単に泊められないと思うんだよ。流石の俺の親も、そう思っているんじゃないかな?」

 無言でスマホを取り出して、俺の前に滑らせる。いや、視なくても解るから。絵文字多用のOKの返事なんだろ?どうせ。

 と、思ったら、やっぱりそうだった。頭痛がするぜ。的場に殴られた後遺症じゃなくて、自分の親のアホさ加減に。

「だけどな?お前の御両親がどう思うかだよ?ほら、俺はお前と長期のお付き合いをしたいと思ている訳なんだよ。つまりお前の御両親に悪く思われたくないんだよな?解るだろ?」

「うん。ウチの親も連れて来いってうるさくてさ。明日あたりどう?私を家に送るついでにさ」

「いやいや、だからな、お前が俺ん家に泊まった事がバレたらな、とても大変な目に遭うんじゃないかと思うんだよ」

「なんで?今日彼氏の家に泊まるからって言って来たのに?」

 真っ正直に話してやがったのか!!こりゃ吃驚だ!!そして完璧に逃げ場がないな!!

「お母さん感動して泣いてたよ。遥香が彼氏の為に料理をするなんて、って」

 恐らくお母さんの真似だろう。大袈裟によよよ、と泣き崩れた仕草をした。

「お父さんなんか息子早く来い!!って毎日はしゃいでいるし」

 両手を上げてわちゃわちゃと。これも多分お父さんの真似なんだろうな、うん。

「と、言う訳で、明日来るよね?」

 ずいっと顔を近付けて。キスなんて楽勝で出来る距離での凄味だった。

 俺はその迫力に押される形で頷く。と言っても正直に泊まる旨を話して来たんだから、帰りに送らなきゃ極悪非道な彼氏だと思われてしまうかもしれないし。

 俺の了承に満足した彼女さんは大きく頷く。

「じゃあ早速しようか?」

「な、何をするって言うんだ?」

「エッチな事」

 待て待て待て待て…!!興味はバリバリあるし、大人の階段昇りてーとは常日頃から思っているけど!!

「俺ってヘタレなんだよ?知っているでしょ?」

 寧ろ懇願するように。

「大丈夫。毎日AV観てシミュレートしているから、リードしてあげられるし」

 そういやお前の部屋にAVがあったよな。あれってそう言う意味で借りて、もしくは買っていたのか。

「動画でも観ているから。どんなプレイでも御所望なら!!」

「お前も処女なんだよな!?どんなプレイって、どこまで許容するつもりだ!?」

 初体験がマニアックな事は避けたい!!俺は常識人でいたいのだから!!

「とか言ってもスキルが全然無い訳だから、期待はしないで?」

「処女なのにスキルあった方が嫌だよ!!どんな特訓しているか想像しちゃうよ!!」

 所謂一人エッ…ゲフンゲフン!!あー丁度いい所で咳が出ちゃったなー。

 つか、想像させんな。夜が捗ってしまう。つーか、触れられる距離にウェルカム状態の彼女いるけれど!!

「だから安心して身を委ねなさい」

 そう言って妖艶に微笑んで抱き付いて来た………

「……いてえええええ!!?」

 遥香が背中に腕を回した瞬間、激痛が走った。的場に角材でぶん殴られた傷に触られたのだ。

「ええええ!?ごめん!!ごめんごめん!!ホントごめん!!悪気は全く無いんだよ!!」

 妖艶な笑みから一転、泣きそうになってあたふたする遥香。

「い、いやいや、大丈夫…ちょっと大袈裟すぎた…うん…」

 あの野郎、マジでいてーじゃねーかよ。今度あったらマジでコークスクリュー叩き込んでやる。

 恨み事を言って気付いたが、もう鼻折ったからチャラになっているよな。つうか膝も結構なダメージを負わせたんだったか。

「ホントごめん…もう触らないから…」

 こっちはもうちょっとで泣きそうになっている。微妙に鼻水も啜っているし。

「だから気にすんな。つか、もう寝よう。明日お前ん家に行かなきゃならないからな」

「うん……」

 駄目だ。声が沈んでいる。どんだけ落ち込んでんだ?追い込みと交渉は嬉々としているじゃねーかよ。

 仕方がない。背中が痛い事実は変わらないし、新たに布団を敷くのも面倒だ。だから多分大丈夫だろう。

「じゃあ添い寝してくれ。それでチャラ」

 此処で顔を上げた彼女さん。俺の本能は背中の痛みが押さえてくれるだろう。

 勢い良く立ち上がった遥香。そして俺の腕を取り、ベッドへ。

「おいおいおいおい!!焦んな!!」

「だって!!ヘタレな隆君が発言撤回する前に実行に移さなきゃいけないでしょ!!」

 鬼気迫る表情で面と向かって言い切られた。

「大丈夫だって。だからゆっくり」

「はい!早く寝よう!!早く!!早くうううう!!!」

 俺より先にベッドに潜り込み、手招きで呼ぶ。

 軽い溜息を付いてベッドに入る。愛する彼女さんの顔が直ぐそこにある。

「…なんか緊張するね」

「俺は緊張バリバリだが、お前もなのか…」

 勢い良くベッドに潜り込んで、手招きした人と同一人物だとは思えない発言だった。

「そりゃ私だって緊張くらいするよ。こうするの、憧れていたんだから。好きな人とこうやって一緒にいるのが」

 真っ直ぐに俺を見て言い切った。そんなの、俺だってそうだよ。

 だからお前とそういう事したいんだよ。ヘタレが高じて儘ならないけどな………

 つーか、こんな状況でもちゃんと眠くなるのな。遥香の小さい声が心地よい子守唄になっているのかな…

 ………

 俺は庭でサンドバックを叩いている俺を眺めていた。

 これは夢…過去に似たような夢を見た事があるから、瞬時に理解が出来た。

 つまり、ただの夢じゃない、何か意味のある夢。霊夢。前回の明確な殺意が三回の夢と同じだ。

 今の俺よりも若干若い緒方君が、タオルで汗を拭きながら、サンドバックから離れる。

「イマイチ決まらねーな…あんなパンチじゃ糞をぶっ殺せないぞ…」

 すんげえ目つきでサンドバックを睨みながら、怖い事を言った俺。と言うよりも…こっちの緒方君。

「物騒な事言ってないでさ、水分補給しなよ。汗びっしょりだよ?」

 小柄なおかっぱ女子が俺にポカリを渡した。つーか、麻美?髪が今の麻美よりも若干短い…中学の麻美だ。

 こっちの緒方君は、麻美からポカリをひったくるように取って一気に煽った。

「佐伯達はもう卒業していないんだからさ、もういいじゃん?」

「…糞は佐伯達だけじゃないし、高校に上がったんだったら生きているって言う証拠だろ。あいつらは死ぬまで付け狙うんだよ。俺が殴り殺すんだ」

 寒気がするような目つきで麻美を見て言った。こっちの俺は何と言うか…凄まじい。迷いが全く無い。

 ぶち砕く…いや、殺す事を目標に拳を鍛えている。過去の俺も似たようなモンだったが、客観的に見ると危うさが丸解りだ。

「あと、朋美も殺す。こっちはいいな。一発で楽にしてやるつもりは無いから、このパンチは必要ない」

 タオルで顔の汗を拭き、全く迷いがない口調で言い切る。何と言うか、最終目標と言う感じだった。

 対する麻美は呆れ顔。

「殺すって、隆、朋美のお父さんと示談したじゃん?二度と関わるなってさ」

「あれはお前とヒロが勝手に決めた事だろ。俺は死ぬまで殴らせろと言ったんだぞ」

 麻美を睨む俺。その目は恨みの目。俺がこんな目を麻美に向けるなんて…

「そう主張して大沢とガチバトルしたんだよね。しかも負けちゃってさ。負けたんだから私達の言う事を聞きなさいってば」

「そりゃヒロは俺の師匠みたいなもんだし…負けるのは当然だろ」

 不満気な表情で返す。ヒロが身体を張って止めてくれたのか…有り難くて涙が出そうだ。

「つか、その、えっと、コークスクリュー?物になったの?」

「コークスクリューじゃねーよ。これは………」

 …よく聞き取れないな…俺が開発しているパンチはコークスクリューじゃないのか…未完成ってのは当たったようだが…

「大体だな、コークスクリューブローなら八割完成したぞ。ヒロが止めに入っても問題無い程の完成度にはした」

「いや~…大沢に食い止められてから、こそこそ練習していたもんねえ…また止められるのが嫌だって?そんな事言ってもさ、朋美は京都に行ったんだし、殺せないよ?」

「いつか俺も京都に行く。だからそれまではこっちで糞で憂さ晴らしだ。問題無いだろ?奴等は暇つぶしやお金で他人をいたぶるのを喜んでやっている人種だ。まさか俺は駄目だとは言えまい?」

「だから、隆がそこまで堕ちる必要は無いって言っているんだけど…まあいいや、大沢が止めてくれるしね。やり過ぎる事は無いと思うけど」

「つーかお前、気持ち良く糞をぶち砕いている最中に飛び込んでくるなよ?お前を殴っちゃいそうになっただろ?危ないって」

 麻美が身を挺して俺を止めていたのか…一つ間違えれば麻美もぶち砕いているのかよ、俺…

 今更ながら、自分の危うさに恐れてしまった。俺も中学時代、似たような事していたけども、改めて認識したっつうか…


 ………


 …夢なのは解かっていた。だが、やはりただの夢じゃない。やっぱり霊夢だ。

 あれは俺…と言うか、こっちの緒方君の記憶。コークスクリューに至る経緯の記憶。

 つまり、あれはヒロに邪魔される前に、一発で殺せるパンチを開発したと言う事だ。

 こっちの緒方君も俺同様に、物騒だと言う事を再認識できた。いや、本物の殺意だけはこっちの緒方君の方が上だ。

 だから俺が降ろされたのが許された…あれはマジで人を殺す。躊躇なく殺す。

 あれよりも俺の方が幾分マシだから。成程、納得だ。

 しかし、コークスクリューじゃない、一撃で死に至らしめるパンチか…そんなパンチがあるのか?

 そういや、コークスクリューは八割完成したと言っていたな。ちょっと確認してみるか…

 そう思い、起き上がろうとしたが、身体が動かない。なんか重しが乗せられている様な?

「……そういやそうだったな…」

 俺の身体の動きを止めていたのは遥香の腕。寝ながら抱き付いている状態だった。軽い拘束だコレ。

 ともあれ、起こさないように起き上がる。ロードワークの時間は早い。しかも今日は日曜日。ゆっくり寝てくれ。

 超静かに着替えて、これまた超静かにドアを開ける。空は少し曇り模様。雨の心配はなさそうだから、此の儘走る事にする。

 柔軟を行い、ダッシュとランを交互に。途中シャドーなんか行ったり。まあ、普通のロードワークだ。

 途中気になってコークスクリューを打ってみる事にした。

 確か全身を内側に捩じり込むように放った筈。溜めた右ストレートの様な感覚だった。

 左足を踏み出し。腰を捻り…あれ?

 拳を出したが、引っ込める。捻りが伝達されないからだ。

 つうか、このまま捻りを意識して放ったら、左ストレートになる。的場に放ったのは利き腕の右。多分、一撃必殺を目指して開発したのだから、利き腕が正解なんだろうし。

 あの時の事を思い出す。脚から腰、腰から背中、背中から肩、肩から肘、肘から右拳だったよな…やはり足の捻りは確かにあった。内側に捻った感覚も確かにあった。

 もう一度踏み出してみる。つうか、左脚の捻りが、かなりぎこちない。あの時はしっくりきていたのに?

「どこが違うんだ?」

 考えながらもランニング再開。肩からの捻りを確かめながら。

「…肩からの伝達はしっくりきているな…コークスクリューは八割完成したってのはこの事か…」

 コークスクリューブローは肩からの捻りだ。そこからの捻りの伝達はしっくりきている。

 ヒロが確か空手の正拳と似たような原理とか言っていたな…空手使いとやり合う事になったら、コークスクリューの打ち合いになっちゃったりするのか?

 もっとも、溜めが必要なパンチだ。実戦じゃ最後のとどめに使えるくらいか?溜めに隙が生じるから、試合でも滅多に使えないなこれ。

 だけどコークスクリュー…じゃない、あのパンチは、折角こっちの緒方君が開発したパンチだ。完成だけはさせよう。勿論使わないよ?

 色々奪って居座った俺に出来る数少ない贖罪の様な気がするしな。

 ロードワークから帰ると、台所から旨そうな朝飯の香り。

「おかえり隆君、ご飯できてるよ。シャワー浴びて来て」

 出迎えてくれたのは、私服に着替えた彼女さん。うーむ、朝から可愛いな。

「どうしたの?見惚れちゃった?」

 からかって来たので本心で答える。

「朝から可愛いと思って」

 一気に真っ赤になる遥香。やった!カウンターをぶちかましたぜ!!

「は、早く着替えてシャワー浴びて。ご飯食べたら私の家に行くんだから」

 腕を取って引っ張る遥香。つか、それは揺るがないのな。やっぱ行かなきゃ駄目か…いや、行くけどさ。

 取り敢えず部屋に行って着替えを取る。そしてシャワーにイン。温かいシャワーは至福だぜ。ホントは風呂の方がいいんだけどな。

 そして台所に行くと、朝から豪勢な事…

 トースト、スクランブルエッグ、ソーセージはいいとして、何だこのローストビーフ?夜に食おうと思って買ったんじゃねーのか?

 スープはクラムチャウダーだし、わざわざ作ったんだよなコレ?

「隆、このクラムチャウダーはな、遥香ちゃんが作ってくれたんだぞ!!」

 親父のニヤケ顔に吃驚して遥香を見る。

「昨日材料は買ってきておいたんだよ。朝からどうかな?とは思ったけど、台所借りて作っちゃった~」

 いやいや、嬉しいし、単純に凄いとは思うけど、お前つい最近まで料理できなかったんだよな?なんでいきなり此処まで上達するの?超特訓ってヤツの成果なの?

 まあ取り敢えず席に着く。トーストには既にバターが塗られていた。

 有り難く戴き、問題のクラムチャウダーを一口。

「……旨い…」

「ホント!?良かった!!」

 マジで旨い。昨日のサンドイッチと言い、このクラムチャウダーと言い、マジでかなり頑張ったんだな。

「本当にうまい!!遥香ちゃんは料理の天才だな!!」

 親父は涙目でクラムチャウダーにがっつく。

「いや、お料理始めたのつい最近ですから。実験台みたいになっちゃって、逆に申し訳ないなぁと」

「そうなの?でも、本当に美味しいわー!!」

 お袋も絶賛の出来栄えだった。いやマジ旨い。

「このローストビーフももしかして?」

「いや、それは隆君のお母さん作だよ。ほら、コンロ一つ借りちゃったから、オーブンじゃ無きゃお料理できなかったから」

 そんな理由で朝からローストビーフ?

 まあいいや、豪勢なのには変わらない。だからついついパンももう一枚焼いちゃうぞ。

「あ、コーヒーお代わりいる?」

「うん。頼むよ」

 愛する彼女さんが鼻歌歌いながらコーヒーメーカーに赴く。

 こういうの至福って言うんだよな。修羅道ばっかじゃ荒むからな。遥香に感謝だ。

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