黒潮~003

 まさに逃げるように喫茶店から出て、其の儘駅に向かう。

「お前のツラならモテるんだろうな。目つきキツ過ぎだけど」

「お前だってアイドルみたいな髪型じゃねーか。ベビーフェイスっての?それじゃねーか。モテるだろ?」

「俺はモテたくてこんな髪型にしたんだよ。お前はそんな事ねえんだろ?」

 遥香の発言によって、河内の中ではモテ男認定となった俺。確かに最後の繰り返しの時は三人からアプローチ喰らっていたからな…あの時は大変だった…

「えっと、大沢だっけ?お前にも彼女いるような事話していたよな?」

 今度はヒロに話を振ったか。

「いる。超絶可愛い大天使の彼女がな」

 確かに大天使だよ波崎さんは。お前如きと付き合ってくれているんだから。仮だけど。

「木村には当然いるよな。さっきちょっと名前出ていたし」

「俺達の事より、お前はどうなんだ?モテたくてその髪型にしたんだろ?」

 木村が問うと、項垂れてしまった河内。まさか…

「……黒潮は評判よくないから…女子受けが悪いから…」

 ああ、西高みたいなもんか。納得だ。アホに靡く女子は希少種か同類か、どっちかだしな。

 それはそうと、気になる事を聞いてみよう。丁度電車も来た事だし、続きは車内でだ。

「ところでお前はどれくらいのレベルなんだ?」

 付いて来て貰ったのは有り難い事だが、弱すぎると足手纏いになる。佐更木を襲ったって事はそこそこやるんだろうけども、確認だ。

「的場さんには負けるよそりゃ。だけど、佐更木には勝てる。タイマンでなら」

 その佐更木のレベルはどのくらいなんだ?

「夜舎王の頭っつうくらいだから結構強いんだろ、そいつ。黒潮の頭でもあるんだし」

 河内は木村の弁に頷いた。

「あんな糞野郎だが、喧嘩は確かに強い。黒潮ナンバー2を自称しているのも納得できる。俺の方が強いけども」

 最後の自画自賛はどうでもいいとしてだ。

「じゃあナンバー1は誰だ?」

「的場さんに決まっているだろ」

 そりゃそうか。頭を譲ったとしても、普通に在籍しているんだろうし。

「ところで、的場の所に集まる幹部連中って何人くらい?」

「その時によって違うけど、副ヘッドと特攻隊長と親衛隊長は確実かな?」

 上手く行けば最低四人か。楽勝過ぎるだろ。やっぱ問題は的場か。

「んじゃ俺が副ヘッドって奴やってやるからお前、佐更木をやれよ。楠木を庇って袋にした佐更木に復讐したいってのもあるんだろ」

 ヒロの提案に面食らう河内。

「あの、だな、副の鈴木って野郎は、夜舎王のナンバー2で…」

「だからなんだ?つう訳で隆、佐更木は譲ってやれ」

「そうだな。一番のターゲットだから、やり過ぎるかもしれねえしな。そうしてやれ、緒方」

 何の事は無い、ヒロの提案は俺を守る為だ。遥香の頼みを完璧に聞き入れたって事でもある。

「言っておくけど、残りの二人も相当なもんで、そいつ等が確実に来るってだけで、もっと来るかもしれねえんだからな?」

「だからなんだ?」

「そうだな。今更だろ」

 ヒロと木村の全く気負いのない返事に、呆気に取られた河内。俺を危ないとか言っているけど、こいつ等もそう言う奴等なんだって。

「つーか、お前も結構な人数相手にするつもりだったんだろ?」

「そ、そりゃそうだけど…うん。そうだよな…」

 自分は似たような事を一人でやろうとしていたんだろうに。楠木さんを引っ張って来れたとしても、こいつ指名手配犯みたいなもんだから、どっかで絶対に小競り合い以上の事にはなる。

 だから、河内としても今更なんだが。俺達と一緒に行く事になって逆に助かっている筈だし。

 そして、もうそろそろ河内の、的場の最寄駅に着く。その前に注意事項だ。

「お前を見付けてやっちまおうって奴がいるだろう。そいつ等は例外なくぶち砕く。邪魔する奴は排除するが俺のやり方だ」

 それが例え、かつての河内の仲間だろうとも。

 改めて決意を見せた俺に、河内は黙って同意の頷きを返した。

 隣町。意外と時間が掛かったが、取り敢えず移動しよう。河内の顔は割れているから、見付かる前に人気の無い所に移動しようって事だ。

 しかし、俺達には土地勘が無い。なので河内に顔を向けると、頷いて小走りで歩く。

 そしてクソ狭い路地に入って行く。マジで此処通るのかよ?と思う程クソ狭かったが、此処は河内に従おう。

 ところで、と話を振る。

「河内、佐更木を襲ったのっていつだ?」

「4、5日くらい前、だな」

 4、5日間も逃げ切っているんだから、このクソ狭い路地は正解だと言う事だ。

「おい、何処に向かっているんだ?」

 木村の問いに答える河内。

「取り敢えずは的場さんの家の近くだ。上手く行けば、的場さんとかち合う前に佐更木を押さえられる」

 そう言う場所があるのだろう。これまた無言で後を追う。

「的場とかち合う前に佐更木をやっちまおうって事は解ったけど、そしてどうするつもりだ?」

 ヒロの問いに答える河内。

「口を割らせる。多分家のどこかに薬を隠している筈だ。それを押さえようと思う」

 物的証拠と証言を確保しようって事か。納得して後を追う。

 そして暫くうろちょろして出た先は、ちょっと広い空地。土管が詰まれている事から、どこかの建設会社の資材置き場と思われた。

「的場さんの家に行く為には、この資材置き場の前を通らなきゃ行けない。佐更木も当然ここを通る」

「そう言っても、的場の家に今日来るのかよ?あるいはもう着いているとかはねえのか?」

 木村の問いに頷く河内。

「佐更木は毎日来ているよ。走った後にな。だから確実に今日も来るし、到着は深夜だ」

 じゃあそれまで暇じゃねーか。

「ちょっと待て、どこに行くつもりだ?」

 ウロウロしようとした俺を、目ざとく見つけた河内が止める。

「いや、的場の家を見に行こうと思って」

 暇だしな。散歩を兼ねてだ。決して乗り込もうとは思っていないからな?

「的場さんに見つかったらどうするつもりだ!!そう言う事すんな!!」

 めっさキレられた。いやいや、見付かったらそれはそれで、なぁ?

「じゃあ缶コーヒーくらい買いに行ってもいいだろ?」

 暇だし。コーヒー飲みたいし。

「それなら、まあ…」

 お許しが出た所で、じゃあ、と再び歩こうとすると、また止められる。

「そっちは的場さんの家の方向だ!!逆に行け逆に!!」

 あー、面倒くせえなあ…だけど此処まで連れて来てくれたんだから顔を立てて……!!

 俺の足は止まった。河内に止められたからじゃない。その河内も固まっている。

 的場がゆっくりと家の逆方向から歩いて来たからだ!!

 当然的場は俺達を見付ける。そして驚いた顔で言った。

「……コウ?コウか?どこに行っていたんだ?心配したんだぞ!!」

「ま、的場さ…!」

 駆け寄ろうとした河内だが、その足を止めた。

 的場の後ろには、結構な数の糞共がいたのだ。その一人に見覚えがある。

「あれ?あいつって佐更木じゃねーか?」

 指を差してヒロと木村に確認を取る。

「そうみたいだな。あんな髪形、滅多にいねえだろ」

「つう事は、目的の連中全員いるのか?おい河内?」

 木村の問いに答える事が出来ない河内。何ビビってんだ?

「おい河内。丁度良かったじゃねーか。的場もいるし、佐更木もいる。数も10数人くらいだろ?どうにかなるだろ」

「……その10数人全員が幹部クラスだったとしてもか?」

 そうなの?でも夜舎王の幹部だけなんだろ、薬に関わっているのは。他は関係ないんじゃねーの?

「おいコウ、そいつ等お前のダチか?まさかまた佐更木を襲おうと考えて仲間集めていたんじゃねえよな?あれはただの気の迷いだろ?コウ?」

 的場にはまだ薬の話が届いていないのか?だったら丁度いい。俺が教えてやろう。

 俺は固まっている河内を押し退けて的場の前に立った。的場はすんげえ俺にガンくれていたが、俺は喧嘩しに来た訳じゃない。喧嘩になる確率100パーセントだとしても、それは揺るがないから関係ない。

「なんだお前?ここらのモンじゃねえな?」

「あー。俺は隣町だよ。お前に用事があったから、俺の街に来て知り合った河内に頼んで、此処に連れて来て貰ったんだ」

 言ったと同時に佐更木と数名が俺を囲んだ。その中に入ってくるヒロ。木村は輪の外で臨戦態勢を作っている。

「的場に用事って何だガキ?孝平に何を吹き込まれた?」

 そのパイナップルヘアで凄むもんだから、プッと噴き出した。

「何笑ってんだコラぁ!!」

「いやいや、お前のそのぶっさいくな顔とパイナップルヘアで笑うなと言われても、酷な話じゃねーか。丁度いいや。お前楠木さんにもう薬を流すな。解ったか糞が」

「テ、テメェ何を訳の解らねえ事を!!」

 胸座を掴んで来る佐更木の手を取って逆に捻った。

「ぐあっ!?」

 簡単に膝を付いた佐更木。

「お前は河内にくれてやるって約束したんだから、俺に向かって来るんじゃねーよ。ぶち砕くぞ糞が!!」

 なるべくなら約束を守りたいんだよ俺は。だから余計な事しないですっこんでろよ。

「んだこらああああ!!!」

 簡単に怒っちゃった周りの糞共。仕方ないからやっちゃおうかと思ったその時。

「待て!!」

 的場の一声で頭に血が昇った連中が止まる。やっぱ的場はカリスマなんだと思わせた。

 その的場が俺…いや、俺の後ろ…いや、河内を見ながら発した。

「コウ、お前が佐更木を襲った理由は何だ?お前は理由も無く、そんな馬鹿な真似をするような奴じゃないよな」

 河内は今度こそ的場に向かって駆けようとした。少なくとも俺にはそう見えた。

 しかし、それを佐更木が叫んで止めた。

「孝平!!焦らなくても、俺が卒業したら、頭はお前だって言っただろうが!!」

 その一言でトップを狙って襲ったのだと誤解させた。少なくとも場に居る糞共には。

「トップなんてどうでもい」

「河内ぃ!!世話になっている先輩を、そんな下らねえ理由で襲うのか!!」

 別の糞が河内の続く言葉を遮った。

 俺はそいつに向かって訊ねる。

「おい、お前夜舎王か?」

「あ?俺はブラックブラッドだ!!つかテメェの様な他所のガキになんで答えてやらなきゃいけねえんだ!!ああ!!」

 いや、答えてくれただろ。ホント馬鹿だなこの手の輩は。

 まあいいや、ブラックブラッドとやらは薬に関わってんのか?と河内に視線を向けると、首を横に振る。

 じゃあこいつ等関係ねーな。俺も無駄な喧嘩はしたくはないから、丁重にお帰り願おうか。

「じゃあお前等帰っていいぞ。お前等に用事は無いからな」

 言ったと同時に殺気がめっさ湧いた。ああ、そうか、言葉が足りなかったな。

「ああ、うん。言い方が悪かった。夜舎王と的場以外は帰っていいから。はい、バイバイ」

「ガキ!!テメェウチに文句があって来たのか!!ああ!?」

 怒って俺の胸座を掴む糞。ウチって事は、こいつは夜舎王か。じゃあ遠慮はいらねーじゃん。

 がら空きのボディに一発入れると、「げえええ!!」とか言いながら蹲った糞。

「孝平!!喧嘩売りに来たのか!!仲間連れてよぉ!!!」

 別の糞が突っ掛って来る。一応訊ねる。

「お前夜舎王か?」

「関係あるかガキ!!!」

 どうしようとヒロと木村に目を向けると、どっちも仕方ねーなと笑っている。

「やっぱこうなるんじゃねえか。河内、佐更木は任せたぞ」

 そう言って一番近くにいた糞に蹴りを放つ木村。

「隆、手加減はしろよ」

 そう言って俺に突っ掛って来た糞に飛び蹴り一閃。

「お前等何やってんだ!!話せばなんとかなりそうだったろ!!」

 河内だけは真っ青になって俺達を止めようと躍起になっていたが、もう遅い。

 たかが10数人、えーっと、なんだっけ?幹部クラス?すげーのかそれ?まあいいや。兎も角ボディに一発で蹲った糞と同格の連中だ。大した事は無いだろう。

 ついに始まった乱闘。佐更木はちゃっかり的場の元に逃げようとしている…

「河内!!迷っている暇はあるのか!!」

 慕っているであろう的場に糞を纏わり付かせてもいいのかよ?しかも騙しているんだぞそいつ?

「あー…うー…あーもう!!」

 漸く腹が決まったのか、的場に接触する前に佐更木を捕えた。

「佐更木!!薬はどこだ!!」

「言いがかりだ孝平!!俺はそんなモン知らねえ!!」

 言いながら大振りのパンチを放つ佐更木。河内は簡単に避けてハイキックを放った。

 掠った程度だが、そのハイが当たる。あの蹴り鋭いな。

 ヒロも木村も群がる糞共をぶっ叩いている。俺はどうしようか。

 つーか、ちょっと近くに的場がいるじゃねーか。じゃあ俺がリークしてやろう。

 俺はいたって普通に、何の警戒も示さずに的場に近付く。流石に的場は面食らった顔を拵えた。

「警戒もしねえのか…!!」

「俺がぶち砕きたいのは夜舎王の幹部だけだよ。その他は関係ない」

 いや、的場は関係あるけども。ぶち砕く対象ではない。

「つーか俺ってお前に用事あったんだよ」

「この状況で俺にその用事を言うのかお前?」

 呆れられた。乱闘はお前の仲間がやっている事だろうに。帰っていいよと言った時に帰っていれば、こんな事にはならなかっただろうに。

 まあいいや、ちゃっちゃと本題に入ろうか。

「えーっとだな、何から話せばいいのかな…先ずは真実を言おうか。お前、騙されているぞ」

 的場から目を離さずに、河内と佐更木の方向に指を差す。

「…コウが佐更木を襲った理由か?頭がどうのとか…」

「いや、あのパイナップル頭、薬の売人なんだよ。河内が一時顔を見せなかった頃あっただろ?佐更木と夜舎王の幹部、それと売人のチンピラに袋にされて怪我していたからだ」

 そして俺は経緯を話した。なんで俺が此処に来たのかも。

 そしてやはり遥香の読み通り、的場は信用しなかった。

「佐更木は俺がガキの頃からの付き合いだ。俺が嫌がる事をする筈がねえ。お前の地元の女が佐更木を騙したんじゃねえのか?コウの早とちりとかあるだろ。自分の女を庇うのも自然な事だ」

「じゃあチンピラも来たって話はどうなるんだ?信じられない気持ちも解るけど…って、ちょっと待って」

 このくそ忙しい時に電話とか。遥香からの着信だから出るけどもさ。

 と、思ったらすぐに切れた。と、思ったらメールがきた。写メと一緒に。その写メには見た目が明らかにそっち系の奴。メール本文には…

「…的場、浦田って奴、知っているか?」

「…そいつは確かに噂があるチンピラだな。売人の。それがどうした?」

 黙って写メを見せる。的場は訝しげにそれを見たが、直ぐにスマホをひったくって凝視した。

「……これは!!!」

「浦田って奴がどこかのSNSであげていた写メだそうだ。パイナップル頭と顔のタトゥー。佐更木だよな?」

 煙草の様なものを吸って、その浦田と仲間達と笑って写っている佐更木。これが大麻とは断定できないが、繋がっている事は裏付けられただろう。

 決定的証拠とまではいかないが、的場の心を揺さぶる事には成功したようだ。

 もうわなわなと。信じられんが目の前に真実がある。心が付いて行っていないって言うか。

「…的場、お前河内を本当に可愛がっているんだな」

 スマホから目を離して俺を向く。

「小さい時からの友達の佐更木は普通にそう呼んでいるが、河内だけだな、コウって愛称で呼んでいるのは」

 最後の繰り返しの時にも、誰も愛称で呼んでいなかった。幼馴染みの佐更木にさえも。

「…コウは7回、俺に挑んで、その都度病院送りにする程の怪我を負わせておっ払ってきた。あんなに根性ある奴は初めてだったからな」

 7回!?それはちょっと頭おかしいだけじゃねーの!?

 だけどそうか。前回聞いた話じゃ、的場は負けなし。リベンジで来た奴もいただろうが、7回は無かったんだろう。

「その可愛がっている後輩が、慕っている先輩の為に頑張っているんだ。信じている友達に裏切られた先輩の為にな」

「……お前の言う通りだとして、コウの言う通りだとして…俺にどうすりゃいいって言うんだ?」

「見ればいいさ。可愛がっている後輩の喧嘩を。自分の為じゃなく、お前の為にやっている喧嘩をな」

 そうすりゃ、どうすればいいか解るだろ。丁度ハイキックが決まった所だし。それは関係ないか。

 兎も角、佐更木の方は結構な流血だが、河内の方は怪我らしい怪我がない。あいつマジでやるんだな、と感心した。

「的場、佐更木のレベルってどのくらいだ?」

「……夜舎王はバリバリの喧嘩チーム。頭も殴り合いで決める。因みに夜舎王はこの辺りで上位の喧嘩チームだ」

 つー事は佐更木も相当なモンだって事だ。それをほぼ完封している河内がスゲェって事か…

「お前が序盤にボディで戦意喪失させた奴だが、あれが夜舎王の特攻隊長、ナンバー3だ。あのツンツン頭がぶっ叩いている奴、副ヘッドでナンバー2、向こうのオールバックがさっき潰した奴が親衛隊長でナンバー4。その他に旗持ちも、さっきオールバックが潰したな。此処に来た夜舎王は佐更木を残して全滅だ…お前等…何者だ?」

 つー事は、河内の勝負が決まったら喧嘩はオシマイって事だ。薬に絡んでいる奴をぶち砕ければいいんだから。

 ともあれ質問に答えよう。

「俺は緒方、緒方隆。あのウニ頭は大沢博仁っつって、俺の中学からの友達だ。あっちのオールバックは木村明人。西高の一年トップだよ」

「…西高の?あいつが噂の一年で制覇した木村か…!!」

 制覇したから有名になったのか。やっぱ名前売る必要ねーじゃん。勝手に噂が広がってくれているようだし。

「しかし、河内は本当にお前を慕っているようだな。蹴りが似ている」

 あのハイは的場のハイに類似している。鋭さといい、速さといい。

「…お前、俺の喧嘩を見た事あるのか?」

 前回見た、とは言えず。言っても信じて貰えないだろう。なので強引に話題を逸らす。

「河内のミドルキックが入ったな。あいつ蹴り上手いな?」

「蹴りは特に練習していたみたいだからな…そして…終わったか…」

 ミドルが入った時、佐更木の身体がくの字になった。その低くなった顔面に更にミドル。

 後ろに身体が泳いだ佐更木。それを追撃するようにハイキック。身体が浮いた程の威力。

 あれを喰らったら終わりだ。実際にぶっ倒れた佐更木は動きはしない。残心で見てはいるが、必要ないだろう。

 それは的場も同感だったようで、険しい顔を拵えて叫んだ。

「終わりだ終わりだ!!お前等やめろ!!」

 その言葉で乱闘中だった糞共が止まる。ヒロと木村も止まった。終わったのならこれ以上は必要ないから。

「…コウ達の狙いは夜舎王の幹部。そいつ等はみんな倒れた。よって喧嘩は終わりだ」

 その言葉を聞いて顔を見せ合う糞共。なんで夜舎王の幹部を狙ったのか解らないのだろう。

「…コウ、みんなに話してやれ」

 的場に促されて経緯を話す河内。やはり全員信じられんと言った表情になった。夜舎王の連中は顔を伏せたが。正座になって。

「…佐更木、コウの話は本当か?」

「俺が薬なんて売買する筈ねえだろ!!孝平の勘違いだがはっ!?」

 しらばっくれようとした佐更木にムカついて、つい殴ってしまった。

「おい!!」

 流石に的場が咎めようとするが、それを無視してその胸倉を掴み上げる。

「おい、楠木さんに薬流すな。二度と白浜に関わるな。解ったか糞が?」

「だ、だから知らねえぐっ!!」

 またしらばっくれようとしたので殴った。

「俺の問いに対しての答えが違うじゃねーか?入院すれば薬なんか捌けないよな?」

 入院コースがお望みなら仕方がない。拳を振り上げてまさにぶち込もうとしたその時。

「ちょっと待ってくれ緒方。こんな奴でも的場さんのダチなんだ。せめて本人の口から謝罪して貰いたいんだ」

 まさかの河内が庇いに入った。その様子に的場が苦しそうな顔になる。

 そして佐更木を見据えてハッキリとした口調で言う。

「この緒方って奴、中学時代から西高生を病院送りにしてきたそうだ。あのツンツン頭の大沢って奴が付いて来たのは、緒方のやり過ぎを止める為。西高の木村って奴もそうだ。こいつ、本当に危ないんだよ。こいつの女も人殺しだけはさせないでくれって、俺達に頼んできたくらいだから」

 木村の名前が出たあたりでざわめいた糞共。既に有名人で良かったな。全く羨ましくないけど。

「それにこの話が出た時に、俺も木村も人数を懸念して人増やそうと思ったんだけど、緒方は必要ないって。大沢が言うには、人数に負けても翌日から一人づつ捜し出して病院送りにする奴だって」

 ざわめきが木村から俺にチェンジしてしまった。俺有名人のポジ必要ないんだけど…

「頼むよ佐更木。佐更木さん。的場さんのダチとして謝罪してくれ。俺の新しいダチを警察送りにさせないでくれ。頼むよ……」

 遂に河内は佐更木に向かって両手を地面に付けて頭を下げた。ちょっとしたカルチャーショックを受けた。こんな口の割らせ方もあったのかと。

「……的場、すまなかった。このケジメはお前が付けてくれ」

 佐更木の代わりに頭を下げたのは、木村がぶっ叩いた旗持ちとやら。そして続ける。

「孝平の言う通りだ。薬も隠し持っている。佐更木は確か部屋の天井裏に隠していた筈だ。俺のはベッドの引き出しに入っている」

「!!賀川、裏切るのか!?」

 旗持ちは賀川っつうのか。それは兎も角、自白したよな?

 佐更木も自白に気付いたようで、蒼白になってしまった。

「……お前等、夜舎王…いや、夜舎王の幹部を今からぶっ叩け。こいつ等もだ」

 的場がやはり苦しそうな顔で号令を出した。

「ち、ちょっと待ってくれ的場!あれは気の迷い…」

 言い訳をする前に、他の糞共が夜舎王を囲んだ。

 そして聞こえてくる悲鳴。結局佐更木は謝罪もしなければ、ケジメも自分で付けられなかった。

 旗持ちにもフルボッコを喰らっている。他のアホと同じように。

 なので俺はそいつの前に立ってボッコを止めた。

「なんだガキ!!ケジメにしゃしゃり出てくんじゃねえよ!!」

 いやいや、ケジメっつったって、お前等河内の言葉信じなかっただろうに。自分は騙されていたからセーフとか言うのか?

「笑わせるな糞が。まんまと騙されていた癖に偉そうに。こいつはそれでも自白したんだよ。他の糞とは違ってな。俺の友達の河内の呼びかけに応えてくれたんだよ。他の糞共と同じように扱うんじゃねーよ。ぶち砕くぞ糞が?」

 糞は糞でもそうでもない糞もいる。一応前回それを学んだ。だから同列に扱われる事は憚れる。

「だからこれはチームのケジメ…」

「それはいいんだよ。他の糞と同じように扱うなつってんだ。河内の呼びかけに応えてくれたんだから、佐更木と同じように扱うなっつってんだよ」

 俺は旗持ちの腕を取って立ち上がらせた。これ以上やらせないと意思表示を込めて。

「…緒方、お前って危ないだけじゃないんだな…」

 なんか河内がしんみりしているが、俺は危ないよやっぱり。ここで文句を言って突っ掛って来たのなら、躊躇なく拳をぶち込もうとしていたんだから。

「……緒方、って言ったか…?なんか…すまねえな……」

「気にすんなとは言わねーが、的場に色々リークして貰うからな。向こうのケジメの邪魔をしたんだから、それくらい協力してくれ」

 そう言って的場の前に連れて行き、座らせた。

「今はちょっとボロボロになってしまったから、後日改めて聞いてやってくれ」

「……ああ…」

 苦しい表情が若干和らいだ的場。俺の申し出に快く応じてくれた。

 ヒロと木村の元に戻ると、やはり意外そうに木村が言って来た。

「お前はみんな同じに見えるんじゃなかったか?あの手の連中は?」

「だから、河内の呼びかけに応えてくれたからだってば。河内は俺達の友達だろ?友達の為にこうなっても仕方がないと白状してくれたからだろ」

 言うなれば、俺の中では福岡や水戸の下の位置にいる糞。まあ、福岡と水戸は糞とは思わないが。良い糞と言う事で。自分で言って何が何だかだが。なんだ?良い糞って?

「つうか暇だな。ケジメってのを見届けなきゃいけねえのか?」

 ヒロがぼやくが、俺達が絡んだんだからそうだろ。電車時間にはまだまだ余裕だし、別にいいだろ。

 そしてそれから暫く経ち、悲鳴も打撃音も聞こえなくなった時、河内が俺達の所に小走りでやって来た。

「今終わった。と言っても今日の所は、だけど、これから更に制裁を喰らう事になる。お前等本当にありがとうな。俺一人じゃこんなに綺麗に事が進まなかった」

 そう言って辞儀をする。いやいや、俺の為なんだから礼は正直言って必要ないんだけど。

「気にすんな。ダチだろ俺たち」

 木村が煙草を咥えてカッコ良い事を言った。河内はやはり頭を下げたまま頷く。

「まあそうだな。お前も結局は俺達に協力してくれたようなもんだし、お互い様だ」

 ヒロがお互い様と言う単語を知っている事に驚いたが、その通り。遥香の頼みを聞いてくれたのだから。俺の為に身体を張ろうとしてくれたのだから。

「そうだけど、このまま帰したら俺の気が済まない。やはりちゃんと礼もしたいし…」

 そこまで言った河内の後ろに来た的場。そしてさっきの苦しい顔と一転して険しい顔になり、言った。

「そうだ。お前等をこのまま帰す訳にはいかねえ。事情はなんにせよ、夜舎王は仕方ないにせよ、ブラックブラッドとスカーズをぶっ叩いた事には変わらねえからな」

 的場の発言に真っ青になって振り返る河内。だけど、そりゃそうか。仲間をやられてお咎め無しじゃ、的場の沽券にも関わるってもんだし。

 兎も角、的場の言葉に一早く反応したのは木村。河内を押し退けて的場の前に立つ。

「…お前の言う通りだが、こっちも簡単にやられてやるとか考えるなよ?」

 めっさガンをくれながら、殺気全開で。要するにやりたい訳だな、的場と。

「ちょっと待ってくれ木村!!こんな事は…」

 止める河内に対してヒロも前に出る。

「やりたくねえけど仕方ねえ事もあるんだよ。立場とかな。つう訳で残りは俺と隆でぶっ叩いとくか」

 ヒロは残りの糞共を殲滅する様子。俺を巻き込んで。いや、やるけどもさ。

 やる気満々なヒロと木村に対して、全く敵意を見せずに冷静に話す的場。

「安心しろ。タイマンにしてやる。そっちの事情は兎も角、こっちの事情はコウ、お前が発端だ。だから俺とお前のタイマンでケリだ」

「俺が的場さんに勝てる訳がねえだろ!!何言ってんだよ!!」

 真っ青になって拒否する河内に暗い表情を作った的場。その顔を見てピンときた。

「成程、的場、お前河内にわざと負けてやるつもりなんだな?」

 全員『!!』な表情をした。的場を除いて。

「信じていた友達があんな様だ。そいつを頭にしてしまった。その自分の間抜けさに責任を取って、河内を黒潮の頭に据えるつもりなんだろ?可愛い後輩が自分の為にしてくれた事に対しての礼もある。つーか、この時点で河内しか自分の跡を継げる奴はいない。自分に勝ったら、一年の河内の事をみんな頭だと認めるだろう。違うか?」

「……勘違いするんじゃねえよガキ。発端のコウからもケジメ取ろうって事だ」

 苦しい表情に戻り、言う。自白したようなもんだぞそれ?俺の言う通りだ。図星だってな。

 強がりの戯言は置いといてだ。

「じゃあそっちの発端は河内だろうけど、こっちの発端は俺だ。俺から先にケジメ取ってもよくないか?」

 苦しい表情が若干晴れた。先の河内を頭にの他にも、理由があるようだな?

「緒方、的場は俺がやる。お前は引っ込んでろ」

 肩に手を掛けた木村だが、直ぐに引っ込めた。俺の殺気を感じ取ったのだろう。要するに、既に臨戦態勢だという事だ。

「緒方!やめてくれ!!お前の言う通りだとしても、俺は頭に興味がないんだよ!!」

 興味云々じゃねーんだよそれ。責任って奴だ。ただのな。

 的場も責任を取ってそうしようとしているんだから、断るにしても誠意を持って断れ。自信がないって言うだけじゃ誰でも言えるんだぞ?

「…隆、こいつはやり過ぎるなとは言えねえ奴だ。だけど俺はその時が来たら止めるからな?お前の負けになろうとも」

「おう、頼んだぞヒロ」

「…緒方、手加減して勝てる相手じゃねえのは承知だな?止めてやるから殺す気で行け」

「おう、頼んだぞ木村」

 二人の親友が的場を殺しそうになったら止めてくれる。心置きなくやれるってもんだ…!!

「待て緒方!!待ってくれ…う!?」

 俺の前に出て止めようとした河内だが、的場に押されて退ける事になった。

「…安心しろコウ、こいつの後はお前だ」

 晴れた顔の儘、俺に凄んだ。そうか、そう言う事かよ…

 仕方ない。高等霊を目指した身、救う事も仕事の一つ。だから救ってやる。お前のしがらみからなあ!!!

 地を蹴って接近した俺。的場のハイの位置に顔面が出た!!

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