黒潮~002
全てのカリキュラムを終えて帰る。遥香が執拗に腕を絡めて接近して来るので、些か歩き難いが、仕方がない。
かなり心配しているみたいだし。俺にとっちゃいつもとあんま変わらないから、そんなに危機感は無いが。
「…何時に行くの?」
おっと、遂にその話題に触れて来たか。あまり話題にしなかったのは、不安があるからだろう。
遥香は石橋を叩いて叩いて叩き捲ってから渡るタイプだから、尚更そうなんだろう。俺みたいに行き当たりばったりは不安要素しかないんだろうな。
「6時に駅で待ち合わせ。木村にも連絡しといたから三人で行くよ」
ちゃんと約束を守ってんだから心配すんなと遠回しで言った。約束無視なら木村にも連絡は入れないし。
「じゃあ私は引き続き情報を集めるよ。少しでも有利に進められるように。だからスマホ、電源切っちゃ駄目だよ?」
頷いて応える。
「…じゃあ此処で。気を付けてね?」
十字路に着いた途端、にゅるりを組んでいた腕を解く。そして痛そうに笑って手を振った。
だからそんな顔すんなと言うのに。お前の彼氏は凶悪狂犬で、所謂不良に恐れられた奴なんだから。
「心配すんな。帰ったらお前の豊満な胸に顔を
「あはは~。うん。待ってるから」
漸くちゃんと笑ってくれたな。だけど冗談だからな?本気にすんなよ?
…行く前に余計な不安を与えちゃったかもしれない。他ならぬ俺自身に。
夜。全く緊張しないで、いつも通りの俺で駅に向かう。
木村が既に着いていて、ベンチで缶コーヒーを飲んでいた。
「はえーな?」
挨拶もそこそこに、俺も缶コーヒーを買い、木村の隣に座った。
「はええっつうか、電車時間でこうなっただけだ」
それもそうかとコーヒーを口に含む。その時木村の表情を見たが、俺と同じく緊張した感じが全く無かった。気負っている感じもしない。
「お前もいつも通りなんだな?」
「そりゃそうだろ?別に特殊な事する訳でもねえんだし」
こいつもいつも通りって事か。そりゃそうだよな。三年の派閥に呼び出された時、一人で行こうとした奴なんだよな。
「ところで河内だっけ?そいつを捜せってお前の女からメール来たんだけど、どこにいるか目星は付いてんのか?」
首を横に振って否定。そりゃそうかと木村。
「夜舎王の頭を襲ったんだ。どこかに潜伏しているんだろうし、捜すのは骨か」
「その河内って奴も黒潮の生徒なんだろ。黒潮に仲間いるだろ」
「口を割らせるってか?俺達が味方かなんてそいつ等に解る筈もねえし、佐更木の仲間も既に当たっているぞ」
あるいは既に力付くで。つうよりも、もう力付くでやっているんだろう。
それでも口を割らないと言う事は、多分本当に知らないからか?
その時電車が駅に停まる。西白浜方面に向かう電車だから俺達とは真逆だ。関係ない。
「6時に待ち合わせなのはいいとして、その辺りの電車に乗るんだろ?大沢は間に合うのかよ?」
「まだ時間に余裕があるからいいだろ。遅刻したらおいて行くし」
「置いて行くって…大沢抜きでやろうってのか?」
頷く俺。さっき木村も言ったように、別に特殊な事じゃない。俺一人でもこんな事、普通にやっていた。
その時は相手が殆ど病院送りになっただけだ。ストッパーがいないから暴れ放題だって訳だ。
勿論人数に負けてボロボロにもなるけど、そうなったら翌日から一人一人付け狙うし。
「やっぱ狂ってんなお前…」
「三年を一人でやろうって考えていたお前も、充分狂っていると思うけどな」
人の事は言えまい。まあ、木村は負け戦をしに行ったようなもんだから、俺とはまた違うが。意地っつうか、プライドっつうかを優先させた結果なだけで。
俺の場合は意地とかプライドとかじゃない、単純に糞をぶち砕くと言う、たった一つの目標の為だ。だから別に負けようが何だろうがいい。最後にぶち砕ければなんでもいい。
そう考えたら、やっぱ俺の方が狂っているんだろうな。自覚はあるから、そうなんだろう。
「つっても俺は反対だし、止めるからな。流石に大沢抜きじゃキツ過ぎんだろ」
「電車の一本くらい別に遅らせてもいいけど。俺も好んで痛い目に遭いたい訳じゃないし……!!」
言葉に詰まった。駅から出て来る奴に目を奪われたから。
そいつは軽くパーマを当てた茶髪ノイケメン。パッと見はアイドルみたいな見た目だが、目つきが全く違う。
射殺すように鋭い目つきで周りを見ていた。これだけでも見た目とは全く違う奴だと言う事が解ると思う程に、鋭い目つき過ぎていた。
河内孝平…なんでこの町に姿を現した?それに誰かを捜している様な…誰を捜しているんだ?
「おい、あいつ…」
木村も驚いてそいつに指を差している。遥香から情報が回って来たんだろう。顔を知っていたのならそう言う事だ。
河内は目に入った高校生に声を掛ける。相手が首を横に振ると、諦めたように離れて別の高校生に声を掛けている。
「やっぱ誰かを捜しているんだな…」
木村の感じたとおりだろう。俺もそう思う。高校生に声を掛けていると言う事は、同じ高校生を捜している?
そして、漸く俺達を発見したのか、近寄ってくる。
ベンチに座っている俺と木村を見下ろしたように話しかけて来た。
「地元の人?」
俺は頷く。木村は首を横に振る。じゃあ、と改めて俺に視線を向けた。
「どこの高校?」
「質問に答えたい所だが、せめて何の目的か言ったらどうだ?河内幸平」
言ったと同時に俺の胸座を掴んだ。
「……なんで俺の名前を知っている?」
「俺も捜そうとしていたからだよ。佐更木を襲ったお前に話を聞きたくてな」
捕まれた胸座を払い除けて立つ俺。木村も倣って立ち上がる。
「……佐更木の仲間…って訳じゃないようだけど…」
「あんな糞を仲間と呼ぶかよ。それより少し話をしようぜ。もうちょっと待ってくれれば、もう一人友達が来るから、来たら喫茶店にでも移動しようか」
言ったと同時に木村が河内の後ろに回った。逃がさないように。こいつも場数を踏んでいるからナチュラルに動けた。お前もなかなかの修羅道だな、と苦笑した。
その気配を察してか、河内に緊張の色が見られた。
何にもしねーのに。まあ、警戒はするだろうな。俺だったらそんな真似された途端にぶち砕くけど。
「そんなに警戒すんな。お前がなんで此処に来たのか知らねーけど、佐更木をぶち砕くっつうなら、取り敢えずは味方に近いだろ」
「…お前等も佐更木を?」
頷いて返す。こいつの目的を被る所も多分あると確信して。
「…佐更木はウチ…黒潮の頭で、ひと声かければ30は直ぐに集まるぞ?夜舎王のメンバーだって10や20は直ぐに…」
「集まった奴全員ぶち砕けばいいだろ」
「だからお前のその単純な思考は感動もんだけどよ、簡単に言うなってんだ」
木村が呆れて苦言を呈す。
「…お前は地元じゃねえ筈だな?」
「俺は西高。木村っつうんだ。こいつのダチだよ。黒潮の奴なら知っているだろ」
更に驚いた表情をした河内。やっぱ西高は有名なんだな。アホばっかりだし。
「木村っていや、春頃にあの西高を制覇した一年生?」
「あの西高だってよ木村。糞ばっかしかいねーのにな」
「俺も一応西高なんだが。あんまバカにすんじゃねえよ」
からかう俺に苦笑いで応えた木村。その様子にまたまた河内が面食らった顔をした。
丁度その時、ヒロがコーラ片手に鼻歌を歌いながらやって来た。
「おーっす。はええなお前ら。って、何こいつ?」
河内を発見して指を差す。それ失礼だからやめろよな。
「こいつが黒潮の河内だ。なんか知らんが白浜に来たから話ししようと思って」
「黒潮?河内?槙原が言っていた佐更木を襲った奴か?」
見定めるように、舐め回して河内を見だした。本気で失礼な奴だな。
「……槙原って奴も来るのか?」
やはり警戒心バリバリで訪ねてくる。
「槙原ってのはこいつの女だ。荒事に来る筈がねえだろ」
ヒロが俺に親指を向けながら言った。だからそれは失礼…まあ、俺ならいいけども。
「まあいいや、ヒロも来た事だし、どこか腰を落ち着かせる所に行こうか。喫茶店にでも…」
「あ、大山食堂がいいな。腹減っちゃって」
「本当に馬鹿だな大沢。今から喧嘩するっつうのに、あんなドカ盛り食おうとすんじゃねえよ」
木村の言い分は尤もで、流石のヒロも口を噤むしかなかった。
「…俺はお前等を信用した訳じゃねえから、行く事は…」
「いいから来いよ。お前もこの町に誰かを捜しに来たんだろ?その情報もやれるかもしれねーし」
やはり迷った河内だが、頷いて了承した。人探しは根気がいるし、下手すりゃ一日二日の騒ぎじゃない。俺達から情報を引っ張った方が早いと判断したのだろう。
こいつも場数を踏んでいるな。おかしな感心をして、俺達は十字路付近の喫茶店に向かった。
軽い鐘の音が俺達の来店を告げると、奥からマスターがいらっしゃいと声を掛ける。
空いている席に座り、メニューを開く俺。
「俺アイスコーヒー。お前は?」
隣に座らせた河内に振ると、やや困惑した表情なれど、「俺も」と言ってきた。
「俺もそれだ」
「あー…じゃあ俺もそれ」
ヒロの事だから軽食も頼むんだろうと思ったが、飲み物だけでいいとは。
「やっぱミックスサンドも」
「「やっぱりかよ」」
俺と木村の同時突っ込み。本当に行動が解り易いなこいつ。
「…じゃあ俺も…タマゴサンド」
まさかの河内の注文。いや、確かに晩飯時だから、そうかもしれないけど。
「仕方ねえな…俺もハムチーズトースト貰うか」
木村も食いものを注文したのか。じゃあ俺も注文しなきゃなんか悪いじゃねーか。マスターに。
俺は当然ながらピザトーストをオーダー。
注文の品が来るまで、ちょっと雑談と行こうか。
「河内、俺は緒方、緒方隆って言うんだ。向井のウニ頭は大沢博仁。木村の事は知ってんだよな?」
頷く。一応自己紹介はこれで済ませた事になる。
「じゃあ本番だ。この街に誰を捜しに来たんだ?女子か?」
「女子…だ。糞女とも言うが」
嫌悪感を露わにしながら答える。
「糞女って言うと、目的の為なら簡単に股を開くような女か?例えば薬を融通して貰う為に抱かせるみたいな?」
「……お前、その女の事知っているのか?」
その問いが出るって事はビンゴだな。
「知っている。楠木さんだな?」
「お前のダチか?」
「いや、違うが。俺達の目的の一つに、佐更木から楠木さんに流れてくる薬を絶つってのがあるからな。楠木さんは俺の同級生だから、学校で売買されちゃ困るってのもあるし」
「……だから佐更木を狙っているって事か…納得したよ」
此処で漸く警戒を解いた様に、椅子に深く腰を掛ける。
「楠木さんを捜しているのは、的場の前で証言させる為か?佐更木から薬を買っているって?」
「驚いたな…そこまで知っている…いや、読んだのかよ…ああ、その通りだ。同級生のお前には悪いが、力付くも視野に入れているからな」
ぶん殴っても的場の前に引っ張り出すってか。それを言ったって事は、最悪俺達とやり合う覚悟もしているって事だ。
同級生故庇うかもしれないと思ったんだろう。
「楠木の事は知ったこっちゃねえが、俺達とやり合う「お待たせしました」…取り敢えず食おう」
ヒロが凄んで何かを言おうとしたと同時に注文の品が届いた。
何と言うか、持っているよな、こいつ。木村も妙に感心して唸っているし。
しかし、ヒロの言うとおりだ。取り敢えず食おう、冷めたら旨くないし。
しかし食いながらでも話は出来る。と言う訳で話の続きだ。
「楠木さんの事は、今は知ったこっちゃねーから、お前の好きにすればいい。何なら家も教えてやるから、望み通りにすればいい」
タマゴサンドから口を離して驚いたように俺を見る。バッサリ切るとは思わなかったようだな。
「それよりも、お前がなんで佐更木を襲ったのか聞きたいが?」
「……中学時代事になるけど、俺は的場さんに挑んでボッコボッコに負けたんだよ」
……いや、お前が的場に負けた話を聞きたいんじゃねーんだが…
「へえ?今はそんな感じに見えねえが、昔はかなりイケイケだったって事か?的場とやろうって考えただけでも相当なモンだ」
俺とは逆に興味を示した木村。俺は中学時代、的場なんて知らなかったが、やっぱ昔から名前が売れていたのか。
「まあ、今思えば無謀な事したな、とは思うし、昔は確かにそれっぽい格好をしていたのも事実だ。それは兎も角、俺はその時から的場さんに憧れてさ、同じ学校に通うのを目標に勉強して来たんだ。言っても黒潮は中の下だから、そんなに努力は必要なかったけど」
西高よりはマシ、でいいのかな?学力は東工レベルくらい?
「俺が入学した時には、既に的場さんは頭を佐更木に譲っていてさ。ちょっとショックだったけど、やっぱりな、と思ったから納得もしたんだけど」
「ふうん…なんとなく理由は解かるな。それ」
木村は何かに気付いたようだが、俺はサッパリだ。なので素直に訊ねた。
「なぁ河内、なんで的場は頭を糞に譲ったんだ?」
「糞って…あの野郎は確かに糞だけど、要するに、事ある毎に担ぎ出されて迷惑していたんだよ。黒潮もそう言う学校だからな」
成程、頭だから他校との喧嘩に担ぎ出されてうんざりしていたと。俺にもそんな事言って来る奴いたけど、そう言う連中もぶち砕いて来たからなぁ。
「まあ、そんな訳で黒潮の頭は佐更木なんだけど、やっぱどうしても的場さんの影響があるから、佐更木は学校では大人しかったんだ。ちゃんと責任も果たしていて、見た感じは立派に頭張っているんだよ」
「的場が怖いから、学校では薬売買はしなかった、って事だな?」
頷いて続ける。
「的場さんはチームを持っていないけど、慕ってくる奴やら憧れて来る奴やらで、実質の連合の頭っていうのかな?まぁ、一応そいつ等の面倒も見ているんだよ。勿論夜舎王もな」
「的場に纏わり付ける最低の条件が、薬、シンナーをやらない事、だよな?夜舎王はその御法度を犯した?」
頷くが、やや考えて首を横に振る。
「夜舎王は30人超えのチームなんだが、その全員が御法度を犯した訳じゃない。犯したのは幹部だけだ」
「成程、お前はなんかの事情でそれを知って、佐更木を襲ったのか。的場を裏切って、騙している佐更木に対しての怒りで」
木村の弁に今度こそ頷く。
「春過ぎたあたり、佐更木に隣町の彼女が出来た。すんげえ可愛くて結構評判だった。俺もうっかり惚れそうになる程の可愛さだった」
「それが楠木さんか。彼女じゃなくて、取引相手だって知って幻滅した訳だな」
「幻滅って言うか、逆に感謝したくらいだ。なんせ、あの糞女が俺のダチに薬売ろうとして発覚したんだからな」
…スゲエな楠木さん…佐更木もあえて避けていたであろう高校の後輩、的場を慕っている後輩の友達に薬売ろうをするなんて。
「当然キレて、佐更木に詰め寄ったよ。あの糞女に侘び入れされろってな。俺のダチと的場さんに。そしたら佐更木の野郎、これは此処だけの話にしろと、あの女には俺からきつく言っておくからと」
タマゴサンドを握り潰して怒りの形相に変わる。何となく展開が読めたな。
「ふざけんなと、じゃあ俺が的場さんに直接言うと、そしたら…」
「夜舎王の幹部に袋にされた、と?」
頷く。思った通りだ。そして多分それだけじゃない。
「その後チンピラみたいな連中が5、6人来て、袋に参加しやがった…!!」
「そしてこう言われたと。痛い目に遭いたくなければ大人しくしとけ。か?」
頷く。苦い顔を拵えて。そこで確証を得たんだろう、夜舎王の幹部が薬売買に関わっていると。
「そん時に結構な怪我して、暫く学校を休まなきゃいけなくなって、復活したと同時に三年の校舎に行って…」
「襲ったけど、佐更木は黒潮の頭。しかも外ヅラがいいから、つまり殆ど佐更木の味方だから、お前は簡単に返り討ちに遭った訳だ。数に負けて」
「返り討ちには遭ってねえ。囲まれる前に逃げたからな」
じゃあ返り討ちには遭ってないな。良かった良かった。
んじゃ今度は俺の番だ。スマホを取り出してコールする。
『はい、もう着いた?』
簡単に繋がった俺の自慢の彼女さん。だけど声が沈んでいる。俺がちょーっとだけ無謀っぽい事をしようとしたからなんだろう。
「そんな声を出すな。いつもみたいに自信満々でいてくれ」
『えー?そのつもりなんだけどねー。あはは~』
だったら乾いたように笑うなよ。気持ちは解らんでもないけども。
「まあいいや、いや、良くないけど取り敢えず置いといて、楠木さんの住所と電話番号、解るだろ?」
『…それ聞いてどうするつもり?』
どうするってか、礼代わりに教えるだけだが。つっても遥香には解る筈も無いか。
なので、あれこれそうよと説明すると、明らかに電話向こうの気配が変わった。
『河内君!?ホントに!?』
「あー。河内は楠木さんの居場所知りたいみたいだからさ。話聞かせてくれた礼代わりに、住所と電話番号をやろうと思って」
今度は隣の河内が面食らったような顔。言った筈だけどな。楠木さんは、今は知ったこっちゃないって。
『で、でも、そうすると、隆君に逆恨みが向かうかもよ?』
「俺から流れたとか言わねーだろ、なあ?」
河内に振ると、咄嗟ながらも頷いた。
「言わないって」
『そ、そりゃそう言うでしょ…でも待って。河内君って、他に仲間いるの?』
「いたとしても巻き込まないぞ?大袈裟にしたくないからな」
『いたら共闘してくれるかもしれないでしょ!?なんで!?』
「そりゃ、的場の顔を立てる為に決まっているだろ。身内に騙されていたとか噂になったら困るだろ。あの街の顔なんだろ?その顔を潰す様な真似したい筈が無い」
全員唖然としてしまった。この際戦力はあるだけ欲しいのは河内も木村も同じなんだろう。勿論遥香もだろう。それを断ち切ったとも言えるからだ。
『ち、ちょっと待って!!河内君は、その件はなんて言っているの!?』
聞いてないから言ってない、とは言えずに、素直に訊ねた。
「佐更木をぶっ殺すのは賛成だし、薬のルートを潰そうって言うんなら、協力も吝かじゃねえけど…この人数で!?」
「って言ってる」
『だからもっと人数を増やして!!』
「だから、大袈裟にしたくないって言っただろ」
なんでたかが糞をぶち砕く為に、そんなに人数が必要なんだ?
同意を求めるように木村に目を向ける。
「…本心としちゃ、ウチのモンを投入してぇんだが、お前は絶対に首を縦に振らねえだろ?」
「当たり前だ。糞の協力を仰ぐか。間違って西高生もぶち砕きそうになるわ」
『木村君は好意で言ってくれているんでしょ!?』
そりゃそうだろ。善意以外に何があるって言うんだ?
「その前に、お前は人数増やせって言っているけど、お前に頼んだのはそんな解り易い事じゃ無い筈だな?」
『………』
黙っちゃった彼女さん。遥香相手に言い勝ちするなんて、滅多に無いから気分が良い。
それは兎も角、折角内部事情に詳しい地元民がいるんだから聞いてみようか。
「河内、佐更木が少人数になる時ってあるか?」
「…あるにはある…」
「あるって」
『……的場さんの所に行く時でしょ』
やっぱ掴んでいたのか。でも、言い難かったのは理解できた。
「緒方、まさか的場の元に乗り込もうってんじゃないだろうな…?」
木村がおっかなびっくり聞いてくる。俺は肯定の意味で頷く。
「だから、的場さんと佐更木はガキの頃からのダチだって言っているだろ!!」
「その友達に騙されているって言いに行くんだろ。寧ろ丁度いいじゃねーか」
『的場さんは佐更木さんを信じているんだよ?隆君と佐更木さんの言葉、どっちを信じると思うの?』
「だからこそ、あの糞女を的場さんの前に引き摺り出そうとしたんだよ。解るよな?」
うーむ、やいのやいの言われて収拾が付かなくなって来たな。
じゃあいいや。元々そのつもりだったし、と改めて全員に言った。
「じゃあ俺一人で行くよ。それならいいだろ?」
「「いいわけねえだろ!!」」
…木村は兎も角、河内にまで突っ込まれるとは。
『……あのね隆君、君はいつも通りなんだろうけど、傍から見れば、とっても危いのよ?』
危ういのはいつも通りだろ。逆に今更だろ。
「大丈夫だお前等。俺も行くから」
「「二人じゃ駄目だっつってんだろ!!」」
ヒロも突っ込まれたか。つーか、俺達こんなんばっかやっていたから、慣れっこなだけなんだが。
『大沢君、波崎に言って止めてもらうって事も出来るんだよ?』
「波崎が止めるのか?なんで?」
ガチで意味解からんってな顔をしているが、一応彼女だから、危ない真似はさせたくないって意味だろ。
つーかグダグダしたくないんだよ。行くっつったら行くんだよ。
「お前等が何と言おうが行くっつうんだよ。遥香が止めようが行くんだよ俺は。元々そのつもりだっただろ?」
『だから人数を増やして…』
「だから増やさないっつってんだよ。ホントにいい加減にしろよ?」
ヤバい、イライラしてきた。俺の元々のプランを、お前等の事情つうか心配事で食い止めると言うのなら、当初の予定通りに少人数の時に狙える時を探せよ…
「…これ以上俺の邪魔をすんなよなあ…」
『邪魔って…私はただ心配で…』
その気持ちは解るが、俺の気持ちも解るだろうに。だからお前も諦めて送り出してくれたんだろうに。
「…お前には心配すんなと言ったよな?帰って来た時に、その豊満な胸に顔を埋めさせてくれるだけでいいんだよ俺は」
俺を誰だと思っているんだ?凶悪狂犬。中学時代から地元の糞共を病院送りにし、チンピラだろうが年上だろうが関係なくぶち砕いて来たのが俺だ。
だからヒロの心配の方が正しいんだよ。『やり過ぎて殺さないように』ついてくるって言ったヒロの方がな。
『…迷惑だって事?』
「迷惑なんて思っている筈ねーだろ。お前は俺の彼女だ。心配する気持ちは解る。だが、俺を信用しないのはなんでだ?勝率?俺は勝ち負けで喧嘩した事はあんまり無い」
ぶち砕く為に喧嘩してんだよ俺は。糞が糞を暴力で黙らせる。ただそれだけだ。
「…今更だが…お前何者だ?西高の一年生トップとダチなのもちょっとおかしい…見た目一般人ぽいし…」
河内の疑問に答えたのは木村。
「こいつは中学時代から西高生をぶっ叩いて病院送りにしてきた奴だ。地元では狂犬と呼ばれてビビられている。外に出てその手の連中に聞いてみりゃ、よく解るだろうぜ」
続いたのはヒロ。
「こいつ、マジで危ねえからな。俺が行くのもやり過ぎを止める為だ。さっきから言っている人数なんか、こいつの前じゃ意味がない。数で負けても、次の日から一人づつ見付けて病院送りにする。そう言う奴だ」
真っ青になる河内。いや、的場の方が無茶しまくってんだろ。他県にまで名前を轟かせている奴なんだぞ?
そして電話向こうで沈黙していた遥香が喋り出す。
『…大沢君、木村君、河内君、ウチのダーリンの事、お願いします。人殺しだけはさせないで。お願いします…』
それは正座しての懇願だろうとみんな解った程の切実な願い。遥香の腹も決まったって事だ。
ややあってヒロが口を開く。
「大丈夫だって。俺も行くんだから」
同調するように木村と河内も。
「心配すんな。お前の男は俺がきっちり見張っとくから」
「…俺も…こいつ等が味方だってのは取り敢えず心強いから、その頼みは引き受ける」
俺も別に殺そうとは思っていないんだけど…だが、その心配も解るから、敢えて口には出さないけども。
『ありがとう…ありがとう。引き続き情報を集めてみるから、何か解ったら連絡するから。尤も、地元の人がいるんだから、私の役目は無いようだけど』
「役目ならあるだろ。俺の帰りを待つ事だ」
『あはは~。うん。ちゃんとブラ外して待ってるからね』
そう言って電話を終えた遥香。
………いやいやいやいや。冗談で言ったんだからな?ちゃんと理解しているよね?
「……緒方、だっけか?お前って何つうか…」
「仕方ねえんだ。こいつ等バカップルだから」
「ああ、綾子がたまに顔真っ赤にしてそんな事言って来るのは、お前の女が原因か」
……なんか河内の中で、俺の評価がおかしな事になっているようだが。
ま、まあまあ、兎も角、時間も結構経った事だし…出よう。マスターのニヤケ顔は見なかった事にして出よう。
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