黒潮~001

 木村が西高のトップに立ったおかげで、南女とファミレスに被害が行かなくなった。

 代わりに北商に迷惑かけに行っているようだが、それは約束外だから仕方がない事だ。

 つうか俺がそこまで目を光らせる必要も無いし、木村もいちいち咎めたくないだろう。

 そうは言っても目に余るような事をしたら粛清?しているみたいだが。そこらへんもトップの仕事なんだろうな。

 まあ、それは兎も角、あれから変わった事と言えば、黒木さんの惚れ気がうぜえ事だ。

 そして黒木さんは川岸さんと友達で、俺にとっては関わっちゃいけない人が川岸さんな訳で。

 黒木さんに川岸さんと俺を引き合わせる事が無いように、と散々言っている状態だ。つまりは俺経由で西高を何とかしてくれと言われるのを阻止する為だ。

 そうは言っても木村と恋人なんだから、本人に直接言うんだろうが。それ故に粛清しているんだろうが、念には念だ。

 そして俺には川岸さんの他にもう一つ懸念がある。実はその事で今朝から胃が痛い。

 楠木さんに告られる日が今日だからだ。遥香はそんなに気にするなと言っていたけど、気になるっつうの。

 まさか彼女持ち、しかも学校中に知れ渡っている俺に告るとは思えないが、あの楠木さんだから油断が出来ない。

「そんなに深刻になることも無いだろ。来たら来たで普通に断りゃいいんだしよ。それより昼飯食おうぜ」

 今朝から困り顔で真っ青な俺に、呆れながら弁当を広げるヒロ。

「ああ、うん…国枝君はまた図書室か?」

「当然だろ、あのパンが春日ちゃんに買えるとは思えねえし」

 まあ、同感だ。餓鬼さながらの男子の群れに突っ込めないだろう。だから国枝君が毎回代わりに買っているんだけども。

 俺も弁当を広げながらヒロに訊ねる。

「遥香と黒木さんも居ないな?」

「黒木、弁当忘れたって言っていたからな。学食に付き合ってんだろ」

 そうなのか。遥香はパンやら学食が多いからな。早くお手製の飯食いたいもんだが、焦るのは良くないか。

 まあいいや、あんま食欲無いけど、昼抜いたら午後がきついしな。

 さて食おうと箸をおかずに刺したその時、黒木さんが血相を変えて教室に戻って来た。

 慌てているのか息が絶え絶えだ。

「黒木さん、学食に行ったんじゃなかったのか?」

「……呑気にお昼食べている場合じゃないよ!!ちょっと来て!!」

 いや、昼飯は呑気に食うもんだろ。と反論しようとしたが、有無を言わさず俺を引っ張る。

「ちょ!!なに?どうしたんだよ?」

「…遥香が呼び出された」

 ほう?俺の彼女に文句がある奴がいるのか?まあ、遥香の真の顔を知ったんなら、文句ある奴いっぱい出まくるだろうけど。

「なんだあ?隆の女に告ろうとしているバカがいるのか?」

 面白そうに茶化すヒロ。そうか、そう言う事もあるか。

「だからそんな場合じゃないって!!呼び出したのが楠木さんなんだから!!」

 俺とヒロは顔を見せ合う。俺は多分真っ青になっているだろうが、ヒロも負けず劣らずな顔色になっていた。

 茫然としている俺を引っ張る黒木さん。向かった先は中庭だった。

 繰り返しの時にいつも座って一緒に昼飯を食ったあのベンチで、遥香が青筋を立てながら笑い、楠木さんが挑発するように笑い…

「つ、連れて来たよ!!」

 息も絶え絶え状態で俺を前に押し出す黒木さん。連れて来た、と言う事は、呼んだのか、俺を。

 遥香が青筋を引っ込めて本心で笑う。それが逆に怖いんだけど…

「あ、来た来たダーリン。待ってたよ」

「あ、来てくれたんだね、緒方君」

 逆に嘘臭い笑顔にチェンジした楠木さん。なんとなく流れは読めたが…

 俺は努めて冷静な顔を拵えて話し掛ける。

「なんだ?昼飯食おうとしていたんだけど?」

「ああ、うん。この子C組の楠木さんって言うんだけど、なんかダーリンに一目惚れしたらしくってね。私に別れてくれないかってさ」

 吃驚した。そっちの方向で攻めて来たのかと。

 楠木さんは演技バリバリで身を捩りながら言う。

「そうなんだよね、いつもはこんなこと本当にないんだけどお、ビビっと来たと言うかぁ」

 胸元をチラリと見せながら。上目使いで見ながら。

「で、ダーリンどうするの?捨てる?私を?」

 捨てる訳ねーだろと言う前に楠木さんが口を開く。

「槙原さんにはホントごめんだけどぉ、緒方君は吃驚しちゃったかもしれないけどぉ、私本気なんだぁ……」

 接近しての甘い声だった。囁くな。つうかいい匂いだな。

 黒木さん一人がキョドっているのが面白いが、そもそもだ。

「俺って西高の木村と友達なんだよね。楠木さん、木村に告っただろ?どんな人か聞かれた事あるよ。知らないから知らないって言ったけどさ」

「あの時はそうだったけど、今は違うし」

 開き直り…って訳じゃねーか。割と居そうだよな、こんな女子。

 つー事は普通を演じているのか?どっちにしても今の楠木さんは全部演技だ。惑わされる事は無い。

「んじゃ俺と付き合ったとしても、すぐ捨てられそうだな。あの時は好きだったけど今は違うってさ」

「そうなるかもしれないし、そうじゃ無いかもしれないでしょ?恋愛ってそんなものでしょ?」

 そんな不確かなモンの為に、彼女持ちに告るのかよ。いや?そうじゃないな…

 今って切羽詰った状態なのか?用心棒が必要なのか?もう薬をやっているのか?

 まあ、楠木さんの事情がどうであれ、俺の答えは決まっている。最初からな。

 俺は敢えて見せ付けるように、遥香を引き寄せて肩を抱いた。

 遥香は目を丸くしたが、それも一瞬、直ぐに破顔した。

「残念とも思わないけど、俺には可愛い可愛い彼女がいるんだ。楠木さんの申し出は断る以外に選択が無いな」

 微笑を浮かべながら微かに頷いた楠木さん。無理と思っていたんだろうな。

 それでも敢えて告ってきたのか。じゃあやっぱり切羽詰った状態なのか?それとも別の目的があるのか?

「仕方がない、諦めるよ。無理だって思っていたしね。じゃあお幸せに~」

 手をヒラヒラ振って退場する。その姿を確認できなくなった頃に、俺は遥香に訊ねた。

「隣町か?」

 遥香は驚いたように一瞬身体を硬直させたが頷いた。

「利用していた黒潮の生徒に鬱陶しく付き纏われているようだね」

「暴走族の奴か?」

「そこまで読んだの?」

「夜舎王か?前言っていた奴?」

 頷く遥香。そして続ける。

「チーム夜舎王のリーダーで黒潮高校のトップ。佐更木さざらきさんって人が売人で、楠木さんの取引相手だよ」

 さざらき?随分カッコイイ苗字だな?こいつが的場を騙しているんだな…!!

 つうか今の今まで肩を抱いている俺も大概だが、更に密着して来る遥香も大概だ。

 なので身体を捻って逃れようとしたが、逆に抱き付かれてしまった。と言うか拘束みたいな?

「…隆君、隣町に行こうとしているの?」

「よく解ったな?その通りだけど」

 返事した途端密着がパねえ状態になった。もうギュウギュウと。

「楠木さんは別にいいんじゃない?いや、隆君の心が動くかも、って懸念しているんじゃないよ?わざわざあんな子の為に痛い思いしなくてもいいじゃない。って言っているんだよ?」

 あんな子か。今現在はそう思うんだろうな。いや、最後の最後に逃亡したんだったか。

 まあ、俺も同感だ。意外に思うかもしれないけど、遥香が薬の事を学校にリークさえしなければ、俺達は平穏に過ごせるだろうと思うからだ。

「今回は楠木さんの為って言うよりは、的場の為だ。騙されているんだろ?的場」

 糞が大っ嫌いな俺だが、的場は違う。その的場が糞に騙されているのが気に入らない。

 前回の借りを今回返そうって事でもないが、借りを作りっぱなしなのは戴けない。

 俺の真意を察したか、遥香が漸く俺を解放した。と言う事はおっぱいぷにょも無くなったって事だ。ちょっと寂しい。

「解った。そう言う事情なら解った」

 言いながら痛そうな表情の遥香。お前が殴られに行くわけじゃないんだが…気持ちは解るよ。敢えて言わないけどな。

「でも、行くんならちょっと待って。情報集めるから」

「そうか。遥香の情報があるんなら負けは無いな。頼むよ」

 やっぱり痛そうな顔をして頷く。そんな顔すんなよ。心が痛むじゃねーか。

 その日の夜、なんかモヤモヤしたので考えた。

 楠木さんが切羽詰っている状態だとして、あんまり必死さを感じなかったのは何でだろうか?前回は助けてメールがアホ程来たのに。

 実際切羽詰った状態なんだろうけど、余裕がある様な…

「つまり、別の伝手がある?」

 俺や木村レベルの伝手があるから、まだ余裕なのか?

 いや、俺達レベルは無いにしても、そこそこの奴にも既にアプローチしている可能性がある。

 前回の木村の話でも、利用する目的なら平気で股を開くとの事だったし、今回も同じように、身体で釣った糞がいるのかもしれない。

 その佐更木って奴がどのレベルかは知らねーけども、そいつ相手に立ち回れる奴を既に見つけているから余裕って事か?

 俺の仮説が正しいとして、俺に告ってきた理由はなんだ?ストックか?男子のストックがどうのと聞いた記憶があるから、そうかもしれない。

 …考えても解らない。けど、考えなきゃいけない。

 ぶっちゃけると、現時点での楠木さんはどうでもいい。改心した後はやっぱり友達になりたいと思うのかもしれないけども。

 なので考えなきゃいけないって思考に矛盾が走るが、何だろう?なんて言うか、嫌な予感がする…

 だから考えるんだが、情報が足りない…どうしたらいいのか…?

 そんな事を漠然と考えていると、着信が入った。木村からだ。

 黒木さんから聞いたのか?だったら用件は一つだな。

「もしもし?」

『おう。お前隣町の夜舎王とやり合うつもりなんだってな?』

 ビンゴだ。つー事は、続く言葉もビンゴだな。

『やる時は俺も連れて行けよ?隣町に名前を売るチャンスだし』

 ほらな、当たった。そう言うんじゃねーかと思った。前回も名前を売るとか言って付いてきたしな。しかしだ。

「お前は既に名前が売れている筈だから今更じゃねえ?前回、的場もお前の名前知っていたし」

『今回はどうか解んねえだろ?それに夜舎王と黒潮が出て来るつうなら最低50人以上は確実だぜ?お前と大沢だけじゃ100パーセント負ける』

 ヒロを巻き込むのは確定なのか?俺一人で行くつもりだったんだけど…

『仮にその大群に勝ったとしたら、次は的場だ。大群の後に的場は負ける。200パーセント負ける』

 そんなのにお前が混じっても、絶望的じゃねーか。そんなのに付いてくるってのか?

「遥香が情報集めている最中なんだよ。だから大人数は多分ない。確実に勝てる状況を教えてくれると思う。例えば佐更木が一人になる瞬間とか…」

『勝率を上げる状況でやるってのか?勝っても報復はあるぞ?確実にな』

「暫く入院させれば報復もできないだろ」

『やっぱり俺も行くから絶対に事前に声かけろ。約束だ緒方』

 物騒な事を言ったら、やたらと心配されてしまった。まあ、ストッパーは欲しいから、有り難いっちゃ有り難いが…

『本当はウチのモンを連れて行きたいんだが…』

 凄い言い難そうに。俺のこの後の台詞が解るんだろう。

「いらね。デカい喧嘩になっちまうし、そもそも西高生とはあんま関わらないようにしたいし。下手に懐かれて馴れ馴れしくされたら、ぶち砕きそうだ」

 軽い溜息を付く木村。予想通りで何も言えないって感じだ。

『…福岡と水戸くらいは…』

「大袈裟にしたいのかお前は?本来、俺は的場に、佐更木って奴が薬を売買している事さえ伝えたらいいんだぞ?」

『つっても的場はお前の言葉なんか信じねえぞ?知っていると思うが、的場は仲間を疑わない』

 そうか?武蔵野の時はそうでもなかったような気がするが?

 まあ、疑われても仕方ないが、それでも俺は言わなきゃいけない。

「俺以外に誰が言うんだ?お前は友達に騙されているって」

『お前がそれを言う必要がねえ、っつってんだよ』

 遥香もそんな感じだったな。言っちゃいないけど表情がな。

 俺だって面倒事は避けたいわ。薬の事も別に言わなくてもいいと思うし、楠木さんも知ったこっちゃないけども。

「前回、的場には借りがあるんだよ。今回それを返す。それだけだ」

 木村は溜息を隠す事をしなかった。電話向こうの俺にも聞こえるでっかい溜息を上げたのがその証拠だ。

『まあ…お前のその…前回の話?っての?で俺等がダチになったっつっても過言じゃねえし…気持ちは解らんでもねえが…』

 だったらいいだろ?もう決めたんだから言うなよ?

『だけど行く前は絶対に誘え。何度も言うが名前を売るチャンスだ』

 それは口実だろ。俺を心配してくれてんだろ。

 お前はそう言う奴だよ。なんだかんだ言っても甘いっつうか、何つうかだ。

「約束するよ。俺のやり過ぎを止めてくれる奴は必要だしな」

『情報は俺も集めてやる。だから早まるんじゃねえぞ』

 そう言って電話を終えた木村。情報は多い程いいから感謝だ。俺のおかしな不安の解消にもなるかもしれないし。

 俺はどうすっか?楠木さんの身辺を調べるか?

 遥香が既に動いているか。俺がおかしく動けば、遥香の邪魔をするかもしれないしなぁ…

 じゃあ、と身体を起こす。情報収集をする為に動くってヤツだ。

 そして外に出る。行先は武蔵野の家。報復しまくっていた時代、武蔵野の家に乗り込んでぶち砕いた時もあるから知っているのだ。

 それは武蔵野に限った話じゃない。阿部、神尾、安田、佐伯の家も知っている。同じくぶち砕いたからな。

 結構遅い時間に着いた先は、二階建ての木造アパート。ここが武蔵野の家だ。

 奴の部屋も知っている。二階の左端。電気は点いていない。遅い時間だから家族は寝たんだろうが、武蔵野はどうだろう?

 あの糞デブが夜遊びもせずに大人しく寝る筈が無いと思い込んで粘ってみる。

 ……

 もう一時になったぞ…やっぱ寝ているのか?真面目になったってか?あの糞デブが、ムカつくな。

 仕方がないから帰ろうとした所、外灯に照らされた一人の人影。しかもデブい。

 間違いない、武蔵野だ。気持ち小走りで武蔵野に向かう。

 気付いた糞デブは、深夜だと言うのにでっかい声で。

「なんだコラァ!!誰だてめえええええええうひゃああああああああああおおおおおおお緒方くぅんんん!!!?」

 流石に慌てて糞デブに詰め寄る。

「馬鹿か!声デカいだろ!ちょっと来い!!」

 胸座を掴んで、引っ張って人気の無い路地に押し込んだ。

「ち、ちょ、マジやめて!!殴らないで!!」

 涙目で、腕でガードして俺の接近を防ごうとする糞デブ。いや、お前やめてっつった俺を構わずにぶん殴ってくれたよな?

 い、いやいや、今日はその件じゃねーし。

「殴らねーから騒ぐな糞デブ。ぶち砕くぞ?」

 面倒だから脅した。俺の脅しは脅しにはならないのを身を持って知っている糞デブは、やはり涙目になりながら口を噤んだ。

「よし、其の儘だぞ?騒ぐなよ?騒いだら遠慮なくボディに入れるからな?」

「う、うん…わ、解ったから…」

 チワワの様に震えながら同意するが、全く可愛くない。あまりの可愛く無さに、つい手が出そうになる。

 ま、まあまあ、それは兎も角だ。

 大仰に咳払いして問う俺。

「お前荒磯だよな?荒磯にウチの学校の女子が顔出した事あるか?俺と同じ一年」

「そ、そりゃ、荒磯は共学だし、白浜に友達がいる奴もいるだろうし…」

 あ~…うん。確かにそうだけど、俺が聞きたい事とは、ちょーっと違うかなぁ…

「えーっとだな、何つうか、悪巧みしている女子来ているか?」

「お、俺は女っ気無いから…」

 見りゃ解るよそんな事。デブで弱い者虐めしか出来ないカスに、どうやって女子が靡くっつうんだ。

「あ、んじゃ荒磯に俺やヒロ、木村と同レベルの奴っているか?あ、木村ってのは」

「し、知ってる…西高の頭になった一年だろ?安田から聞いたんだけど…そ、その…」

 言い難そうだな?聞きたいが怖いから口に出すのも憚れるのか?

「あー。木村は俺と友達だ。安田から聞いたって事は、ファミレスや南女の事も聞いたんだな?」

 頷く武蔵野。そして続ける。

「お、俺も勿論、ファミレスや南女には近寄らないし…だ、だから…」

「そりゃ当然だろ糞デブが?鬱陶しい真似すんじゃねーよ。俺が聞きたいのは、お前の糞くだらねえ保身の事じゃねーんだよ」

 俯いた糞デブ。自分も神尾達のように安全圏に置いてくれってのがバレバレだった。

 糞デブの糞どうでもいい保身は置いといてだ。

「だから、荒磯に俺等レベルがいるか、聞いているんだけど?」

 いたら楠木さんが接触しているのかもしれない。していないのなら越した事は無い。いないなら尚更いい。

「お、緒方君レベルは荒磯には居ないよ…で、でも…佐伯から聞いた事はあるかも…」

 佐伯か…あいつ確か東工だったよな。

 麻美が東工に俺レベルの奴がいるって言っていたし、遥香は東工が荒れてきたって言っていたな。

 何よりも、出戻ってくる時に、楠木さんが東工の何かを言い掛けたよな………

 顎をしゃくって促す。

「と、東工に人殺しがいるって…空手やっていた奴がいるって…」

「ちょっと小耳に挟んだんだが、東工が荒れて来たらしいな?そいつ関連か?」

 確かそいつはやむにやまれない事情で、結果殺しちゃった筈。糞の糞くだらない事情の為には動かないとは思うが…

「そいつは関係ないんじゃないかな…?佐伯が東工纏める為に、上も下もぶっ叩いているだけだから…」

「んじゃ、その人殺しともやり合ってんじゃねーの?」

「わ、解んないけど、そいつは絡んでないようだけど…佐伯からそう言う話、聞いてないし…」

 人殺しだと知って避けたか?それとも懐に入れたか?

 前者はあり得るが、後者はなぁ…無駄に正義感が強いから、人殺したんだからな。

 つうか、佐伯如きが東工の頭取れんのか?

「西高程じゃないが、東工も結構な学校だろ?佐伯程度の雑魚がトップ取れるのか?」

「わ、解んないけど…東工が荒れ出したのは、佐伯が暴れ始めてからだから…」

 ……なんかキナ臭いな…不安を解消する為に来た筈が、もっと不安になったような…

 俺はスマホを取り出して言う。

「…俺がお前の所に来た事は誰にも言うな。そしてその類の情報を俺に回してくれ」

「そ、それをやったら、俺も安田達みたいに狙わないのか?」

 頷いて応える。つうか元々狙う気は無いけども、此処は方便で押し通す。

「つっても南女とコスプレファミレス、白浜にはちょっかい出すなよ?お前の糞仲間にもそれとなく言っとけ。西高はそうやって俺との接触を避けているってな」

「う、うん…それは言っておくよ」

「さっきも言ったが、俺と関わっている事は誰にも言うなよ?俺の連絡先も適当な名前に代えて入れとけ」

「わ、解った」

 おっかなびっくりスマホを出した武蔵野と連絡先を交換。俺がこいつ等に頼るとか、考えた事も無かったから、自分でもびっくりだ。

「じゃあ帰る。情報マジ頼むぞ」

「う、うん」

 一応念を押して帰路に着く。ちゃんと情報集めてくれるんだろうか?不定期に連絡して、その都度プレッシャーを掛けてやろう。

 いくら弱い者虐めしか出来ないなカスでも、暗に追い込まれれば、渋々ながら動くだろうしな。

 それから数日、表面上は穏やかだが、なんかワザワザしていた。

 遥香なんかあからさまにその話題から避けるし、木村もにゅるりと躱すしで。

 言い加減キレて、早朝から隣の遥香に宣言した。

「今日の放課後隣町に行くから。明日休みだから丁度いいし」

 真っ青になって、まさに縋りついてイヤイヤと首を振る遥香。

「ま、まだ情報集まってないから、もうちょっと待ってよ」

「つってもお前、途中経過も話してくれないし、木村にも何か言って止めているんだろ?そんくらい解るぞ」

 黙っちゃった。つう事は木村、と言うか黒木さん経由で話を止めて貰っているんだろうな。

「で、でも、隆君、佐更木さんの顔も知らないんじゃないの?どうやって捜すつもり?」

「黒潮の頭なんだろ?夜舎王の頭なんだろ?有名人だろ。だったら黒潮周辺で聞き込みすりゃ簡単に割れる」

「そ、それでも非効率なんじゃない?」

 うーむ、どうしても行かせたくないようだ。気持ちは解らんでもないけども。

「非効率だろうが何だろうが、中学時代もそうやって糞を捜していたんだ。慣れているから大丈夫だ」

 実際そうやって糞の家を探した事も沢山あるし。ガチ慣れたもんだ。

 前回の武蔵野捜しよりは遙かに楽だろう。佐更木は有名人みたいだし。

 遥香はやや、いや、かなり迷って深く溜息を付く。俺を掴んでいた腕が振るえている。行かせたくないのは解るけど、なんでこんなに慎重に、いや、臆病になっているんだ?

 確かに人数は多いんだろうが、この臆病さは遥香らしくない。

 何か掴んだな?

「お前、何を隠している?」

「…隠しているって言うか…佐更木さんは薬の売人しているから、夜舎王や黒潮だけじゃなくなる可能性があるから…」

 チンピラも絡んでくるかもって懸念しているのか。だけどな?

「的場より弱いんだろそいつ等?俺はその的場に勝ってんだぞ?そんな糞共に負ける筈が無い」

「…的場さんはあの街の顔みたいなものだから、そりゃそうかもしれないけど、数が数だし…」

「その数が及ばないような戦略を組むために情報を集めているんだろ?それを教えろってだけだぞ?」

「意外と隙が無くて…つい最近、後輩に襲われそうになったらしいから、尚更って言うか…」

 ほう?黒潮の頭で、夜舎王の頭を襲うような奴が、あの街にいるのか。

 そいつ、結構面白いかもな…

 そんな事を考えていると、後ろの席のヒロが口を挟んだ。

「俺も付いて行くから心配すんな。尤も、槙原の心配している方で付いて行くんじゃねえけども」

 流石に驚いてヒロを見る遥香。俺は多分ついてくるんだろうな、と思っていたから、それ程じゃ無かったけど。

「大沢君も行くの?波崎が心配するよ?それだけの数だし、それだけのランクだよ?」

「ランクっつったって、たかがチンピラだろ。数だって今更だよ。俺達は数頼みのアホ共を何度もぶっ叩いて来たんだから。なぁ隆?」

 いきなり振られても動揺する事無く、普通に頷く。実際そうだ。数に負けても、その後一人づつ追い込めばいいし。それはチンピラ相手でも同じ事だし。

「それに俺が行くのは、こいつを人殺しにしない為だ。こいつ、目を離すと絶対にやり過ぎるから」

 そこも同感だ。間違いなくやり過ぎる。これは確定だな。

「それに木村も行くんだろ?三人になるからそんなにヤバい事にならねえよ。具体的は俺と木村がこいつを止めるから。条件良い時にやろうっつって」

 俺一人なら関係なく突っ込むけど、ヒロと木村がそれを止めると。

 スゲエな、こんな好条件の喧嘩、滅多にないぞ?

「つー訳で安心しろ遥香。多分何とかなる」

「安心できる要素が無いんだけど…」

 デッカイ溜息付きで返してくる。いやいや、ヒロはそんなに信用できないけど、木村は違うから。負け戦したくないだろうから。

「……少しでも条件良い時にやってよね?後を付けて一人、もしくは少人数になる時を見計らうとか…」

「俺は自信が全く無いが、ヒロと木村がいるから解った」

「ホントに大丈夫なの…」

 俺じゃ無くヒロに向かって行った。ヒロは少し躊躇しながらも頷いた。

 こいつも木村を当てにしているんだな。基本的に俺と同じ部類だからなあ…

 またまた遥香は溜息を付き、スマホをピコピコと。

 程無く俺のスマホにメールが入る。遥香からだ。

 データは写真…高校生の男子。ごっつい顔にパイナップルの様な髪形。金髪だ。

 それよりなにより、顔の左側にデッカイタトゥーが入っていて、実に解りやすい。

「その人が佐更木さん。もう一つの写メが佐更木さんを襲った後輩、河内孝平かわうちこうへい君。先ずはその人を捜して協力を仰いで」

 茶髪で軽くパーマを当てている髪型だ。ちゃんとセットして身綺麗になっている。何つうか、クソに見えん。女受けしそうな、可愛い系の顔立ち。ちょっと目つきが鋭い感じなだけだな。

「その人を捜せなかったら諦めて。ちゃんと月曜日には学校に来てよ?」

 むう、釘を刺されてしまった。まあ、仕方がないな。

「槙原、その河内って奴、なんでこいつを襲ったんだ?」

「調べている最中だからまだ解らないけど、的場さんを尊敬しているみたいよ。隆君と同じ目的なのかも、って事で調べていたんだけどね」

 フライング過ぎたのか。つうか、ちゃんと調べてはいたんだな。いや、勿論信用はしているよ?だけどちょっと反省。

「他には何かお得な情報ないか?」

 問うと首を振って逆の事を言われる。

「的場さんと佐更木さんは小学生からの友達で、一番の親友らしいよ。的場さんは佐更木さんを信じ切っている」

 木村の情報と同じかよ…参ったな…的場ともやり合う可能性もあるのか。

 騙されているって教えるのに、喧嘩になっちゃうのもおかしすぎる話だが。まあ、覚悟はしていたんだし。

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