告白~001

 8時にちょっと前。呼び鈴が鳴り、お袋があらあらまあまあと。ちょっと経ったら足音が聞こえてきた。

「来たみたいだな」

「う、うん…」

 緊張しているのか、若干震えている国枝君。

「大丈夫だって。なんなら俺から言う?」

「い、いや…大丈夫だよ…」

 ぎこちなく笑って返す。本気で根性出そうと頑張っているな。

 この状態じゃ、激励は逆に野暮ってもんだ。俺はそれ以上何も言わずに、国枝君から離れた。

「…国枝君緊張しているねぇ」

 遥香が聞こえないような小声で言う。

「そりゃそうだろ。爆弾発言を二つも言おうとしているんだから」

 違いないと頷く。

 そしておかしな期待感が最高潮になる時、春日さんが部屋のドアを開けた。

「……こんばんは」

 春日さんが若干俯いて、つうかお辞儀して部屋に入って来た。

「春日ちゃ~ん」

 早速ハグする麻美。春日さんも困惑しながらもハグを返す。麻実ってこんなキャラだっけか?俺の記憶じゃ、女友達もあんま居なかったんだけど。

 あれは朋美も仕業だったか。そうなるように仕向けられたんだっけ。

「やあやあ、いらっしゃい春日ちゃん。寛いで~」

 俺の部屋なのに仕切る彼女さん。まあいいんだけど。

「……うん。あ、これ差し入れ…」

 差し出してきたのは缶ジュース。

「ありがとう春日さん。戴くよ」

 俺は早速ブラックコーヒーをゲット。ヒロも微糖コーヒーを持って行った。

 その他は誰も遠慮してか手を付けない。仕方ない、俺が仕切るか。

「ミルクティーだ。これ麻美だな」

 こっくり頷く春日さん。俺は麻美にミルクティーを渡す。

「お茶か…遥香だな」

 またまた頷く春日さん。お茶を遥香に渡した。

「プリンシェイク?よくあったなこれ?春日さんのだろ?」

 またまた頷く春日さん。それを春日さんに渡す。

「あとはブラックコーヒーと微糖か…国枝君と木村の分だな。木村は帰っちゃったから、はい」

 国枝君にブラックを渡す。

「凄いね緒方君。誰に買ったのかよく解ったね?」

 感心する国枝君だが、俺はキャリアが長いからな。それよりも、みんなの好みを知って買ってきた春日さんの方が驚きだろ。

 戴きますしてコーヒーを口に含む。国枝君はプルトップすら開けていない。

 緊張しているのか、持っている缶コーヒーを凝視している。

「…国枝君、なんか話があるんだろ?」

 一応助け船と言うか、促した。

 国枝君がやっぱり言い難いと言うのなら、俺が代わりに言う。その意味も含めて。

「……そうだね。春日さん、僕の話を聞いてくれるかい?」

 真っ直ぐ春日さんを見て言う。春日さんは頷いてペタンと国枝君の前に座った。

 大きく息を吐き、改めて覚悟を決めた表情をして、目を逸らさずに話し始める。

「…この話は緒方君が出所で、到底信じられない話なんだけど、本当の事だ。僕は信じた。この場に居るみんなも信じた。春日さんも信じて欲しい。いや、多分信じる事になる…」

 重々しい口調で始まった国枝君の話。それは俺が出戻って来た事の話から始まった―


 長い話が終わった。春日さんは俯いて震えている。いや…泣いている…

「……これが緒方君の話だよ。春日さん、信じただろう?」

 力無く頷く春日さん。より大きく項垂れたと言った方が正しかもしれない。

「……緒方君の話…は…最初信じられなかったけど…私が…お父さんに…………」

 そこまで言った春日さんだが、続く言葉は喋らない。

 麻美が春日さんを抱き締めたからだ。

「…春日ちゃんは何も悪くないよ。その件に関しては」

 頷く俺達。春日さんは純粋な被害者だ。『その件に関しては』。

「……緒方君に知られたくないから…刺殺したのは………」

「俺は気にしていない。少なくとも、殺された時も気にしなかった」

 これは真実だ。あの時の俺は生きる事を諦めていた状態だったから。

 殺された俺が気にしていないんだから誰も責めない。暗にそう言った。これは国枝君を守る為でもある。国枝君を万が一にも殺させない為に。

 その時、国枝君が春日さんの手を握った。反応して春日さんが顔を上げる。

「悲しい過去が確かにあったけど…どんな過去があろうとも、僕は君が好きだ」

 全員固まった。いや、動いていた。身体が震えたのだ。

 国枝君マジカッケー!ヒロのパクリ告白とは雲泥の差だ!!

 春日さんが顔を伏せる。微妙に頬を赤らませて。

「……私…汚れているから…」

「汚れてなんかいない」

 また震えた。マジカッケーな!!俺は土下座だったから、ものスゲー憧れる!!

 国枝君は春日さんから目を逸らさずに続けた。

「春日さん。僕と付き合ってくれ」

 国枝君の告白をガン見している俺達。いいのか?と思うけど、一応俺ん家だし…

「……私でいいの?」

「君がいいんだ」

 麻美の顔が真っ赤だった。小声で「きゃ~」とか言っているし。

 春日さんの顔も赤くなっていた。多分別の意味で俯いちゃったし。

 そして結構な時間が経過した頃、コクンと頷く。

「それは付き合ってくれると言う事かい?」

「……うん…」

 遥香が「ふぁ~!!」と叫んだ。小声で。俺の親に配慮したんだろうが、器用な奴だな。

 俺は徐に立ち上がる。時計を見ると8時半ちょっと前。まだ大丈夫だな。

「お、緒方君、どうしたんだい?」

「二人が付き合ったお祝いだ。ケーキでも買ってくる」

 一気にキョドる国枝君と春日さん。

「そ、それは悪いよ」

 春日さんも同調するようにコクコクと何度も頷く。だが、その申し出は却下だ。俺も嬉しいんだから。

 そして麻美も立ち上がり、財布からお金を出して俺に渡す。

「豪勢に行こう!!隆、ついでにチキンでも買ってきて!!」

 もう誕生日のような勢いだった。それ程嬉しいと言う事だな。

「日向さんまで…悪いからいいよ…」

 再び同調するようにコクコク頷く春日さん。

「しゃぁねえ。飲み物は俺に任せろ。コンビニで適当に仕入れてくる」

 ヒロも立ち上がる。

「あ、じゃあ私ピザでも奢るよ。デリバリーして貰おう」

 スマホの画面を滑らせてアドレスを捜す遥香。

「ほ、本当に悪いから!!」

 またまた春日さんが同調したようにコクコクコクコク頷いた。高速で何度も。

「却下だ。俺達も嬉しいんだからな!!」

 そう言ってヒロと一緒に部屋から飛び出した。

 国枝君が何か言っていたが気にしない。これは既に決まった事なのだから。


 あれから派手に盛り上がり、翌日学校だと言うのに、終電ギリギリまで俺ん家で喋っていた。

 春日さんは終始笑っていたし、国枝君も楽しんでいた。

 そして翌日の学校で黒木さんにその事が知れた。と言う事は木村と友達になったのもバレたと言う事だ。

 黒木さんは春日さんには祝福してくれたが、国枝君にはジト目だった。

 曰く、国枝君ばっかりずるい。と。国枝君は苦笑いで返すしか手は無かった。

 当然俺達にも木村を紹介しろと言ってきたが、木村がまだその気じゃないから無理だと。下手に強引に食い込ませても失敗するだけだと、どうにか納得させた。

 しかしうだうだ言って来るのは相変わらずで。

 一週間経っても言って来るので。

 しつけーな、とは思ったが口には出せず。女子を敵に回す度胸は俺には無いし。勿論ヒロと国枝君も然りだし。

 なので愛想笑で乗り切るしか手は無かった。

 そんで、一週間経って漸く木村が西高のトップだって世間に知れ渡った。白浜の男子が噂していたのを耳にしたので解ったんだけど。

 で、その木村から電話が掛かって来た。随分タイムリーな奴だと思って、その電話に出た。

「もしも」

『おい緒方、お前の言った通りになったぜ』

 俺のもしもしを遮っての言葉。なんか興奮している様な感じだが?

「な、何があったんだ?」

『白浜の楠木って女が接触してきた。付き合ってくれってな』

 俺の方が吃驚した。危うくスマホを落としそうになるくらい吃驚した。

「え?マジで?早すぎるような…お前がトップ取ったって知れ渡ったのは、昨日今日の事だろ?」

『そうでもねえ。知っている奴は、この前の休みからだって知っている』

 そうなのか?まあ、西高の馬鹿共でも、他校に知り合いくらいはいるだろうしな。そいつから漏れたってのも考えられる。

「う、受けないよな?その告白…」

『お前から事前に聞いていたからな。そうじゃ無きゃ騙されていた。何つうか、男のツボを知り尽くしているっつうか…ありゃモテるな』

 木村でさえ騙されると断言するのかよ。つうか前回は騙されて付き合って、後に本性がバレて、恋人から共犯者になったって流れなのかも。

『つう訳で紹介しろ』

 ……なんか訳の解らん事を言われたが?

 俺の沈黙に言葉が足りないかと言いながら付け加える。

『白浜に女がいるから無理っつって断ったんだよ。だから黒木だっけ?世話しろよ』

 やはり無言で返してしまった。ビックリしたからだ。こいつから黒木さんを紹介しろと言われたのが。

『おい?どうした?おい?』

 木村に呼ばれて我に返る俺。

「い、いや…うん…えっと、折り返しするからちょっと待ってて」

『おう』

 一旦電話を終えて黒木さんを捜す。つっても教室に居たからすぐに見つかったけど。

 俺は黒木さんに近付いて肩を叩いて振り向かせた。

「緒方君、何か用?」

「あ、うん。ちょっと…」

 教室でこの話をするのもなんだから、人気の無い場所に誘導した。具体的には屋上に通じる階段に。

「なんか告白されそうな雰囲気なんだけど」

 茶化す黒木さんだが、傍から見ればそうかも。これ遥香見たら誤解すんのかな?まさか遥香に殺されないよな?

「いや…えっと…木村から連絡がきてさ、黒木さんを紹介しろって…うおっ!?」

 言ったと同時に胸座を掴まれた。

「……ドッキリじゃないよね?」

「う、うん…」

 物凄いおっかなかったので、木村とのやり取りを説明する。

 真剣な表情で頷いて聞いた黒木さん。話し終えた時に、はぁ~っと溜息を付いた。

「楠木さんって凄いね…嗅覚っていうかさ…」

 それは俺も思った。木村が有名になったと同時に、利用できると踏んだんだ。凄まじい程の直感だろう。

「まあ、いきなりの理由は解かったよ」

「で、どうする?」

 少し考えて俺に木村にコールしろと。まあ、言われるがままにコールする。

『おう緒方。どうなった?』

「あ、えーっと…」

 答えに躊躇、つうか電話しろと言われたからだと、言っていいのか考えていると、こっそり耳打ちをしてくる。

「あ、えーっと、今日の放課後空いているか?それなら駅に行くから…」

『解った。じゃあ駅で待ってるぜ』

 え?俺から出向くの?お前がこっちに来いよ。と言う前に、既に電話は切られていた。

 対する黒木さんは満足気に頷いている。俺に良くやったと言う視線を向けて。

「ま、まあ、そうなっちゃったから…」

「うん。良かった。今日体育なくて。代わりに部活サボる事になっちゃったけど」

 汗掻かずに済むから良かったって事か?女子はそう言うのに拘りそうだからな。

「と言うか、部活サボるって判断したのは黒木さんだからな?」

 なんか俺のせいみたいな感じだったので釘を刺した。

「大丈夫大丈夫。じゃ、放課後宜しくね」

 俺の肩をポンとたたいて、ご機嫌よろしく鼻歌を歌いながら階段を下りる。つうかどっちもお互いの顔知らないんだけど。

 本当に大丈夫か?との疑問を覚えながら、俺も黒木さんの後に続いた。

 放課後、俺は黒木さんと遥香と一緒に電車に揺られていた。

 黒木さんは解るけど、遥香も着いてくるって…

 そんな俺の心情を察してか否か、兎に角遥香が口を開いた。

「くろっきーと二人にさせちゃ、他の人に誤解されかねないからね。槙原と別れた、とか」

「随分心配性だな…黒木さんの謎のテンションと比べると尚更そう思う…」

 黒木さんは席が空いているにも関わらず、お年寄りに席を譲って吊革に掴まっているし。

 そのお年寄りに彼氏に会いに行くと、聞いてもいないのに喋っているし。

「それに隆君の彼女だって、木村君にも紹介して貰いたいしね」

 これまた用心深いな。木村つうか西高まで固めるつもりか?

 余計な心配しなくてもいいんだけどなぁ…逆に自分が俺を振るとか思った事ないんだろうか?

「ところで駅で待ち合わせはいいんだけど、紹介してハイさようならは無いでしょ?どこに寄るの?」

「え?俺はそのつもりだったんだけど、違うのか?」

 顔だけ見せて、後は二人で、って感じじゃないのか?俺の役目はそこで終わりじゃないの?

「その顔は俺の役目はそこで終わりって顔だけど、そうじゃないでしょ?隆君の繰り返しの事は聞いたでしょうけど、二人は初顔合わせなんだよ?緊張もするし、何を話していいか解らないでしょ?その場をどうにかするのが紹介者の役目じゃない?」

 心を読まれ捲られているけど、緊張すんのか?木村が?

 この謎のテンションの黒木さんが、何を話したらいいか解らないと言うのか?

 それに俺には気まずい雰囲気を打開なんてできないぞ?逆に一緒になって気まずくなるよ!!

「その顔は一緒になって気まずくなるって顔だね?」

「お前マジで超能力者か何かか!?」

 実に的確で怖すぎる。俺の心は丸裸だ!!

「いや、隆君顔に出るから。あとは読み。まあ、そんな事はどうでも良くて、彼氏が出来ない事をフォローするのも、彼女の務めって事ですよ」

 そ、そうか。遥香のフォローがあるのなら安心だ!!と言うか、遥香が仕切ってくれりゃいいんだけど。

 無理か。少なくとも遥香と木村は面識がないのか。つまり、どっちとも面識がある俺がどうにかしないとって事だな…

「そして彼氏の欲望に全力で応えるのも彼女の役目ですよダーリン」

 立派な胸を押し付けて来る遥香だが、ここ電車内!!周りの視線を考えてくれ!!

「欲望は後に叶えて貰うから、今は離れろ。周りの視線が痛い!!」

「はぁい。でも手は繋いだままね」

 俗に言う恋人繋ぎをされたまま頷く。この状況での密着より、若干マシな様な気がするからだ。

 そんなこんなで駅に着いた。早速木村の姿を捜す。

「ねえいる?何処に居るの?ねえ?」

 捜している最中、俺の腕を取ってグイングインと揺さ振る。

「ちょ、今捜している最中だから、そんな事されちゃ、視界がおかしくなる」

「あはは~。落ち着いてくろっきー。隆君、電話かメールしてみれば?」

 それもそうかとスマホを取り出す。

「緒方君もラインやればいいのに。グループ作ろうよ」

「何かトラブりそうだから嫌だ」

 通話とメールだけで事足りるしな。あんま煩わしい事はしたくない。

「んじゃ遥香、ラインやろうよ?」

「あはは~。既読とかすぐ解っちゃうから面倒臭くなりそう」

 遥香もラインやっていないんだったかそう言えば。やっていたらとっくに誘われているよな。

 まあいいや、取り敢えずメールしてみるか。

 そう思ったと同時に背後から肩を叩かれた。振り返ると、それは木村だった。

「よう緒方。悪いな、手間掛けさせてよ」

「い、いや、それはいいんだ。それよりも…」

 紹介する前に遥香が名乗った。

「初めまして。ダーリンがお世話になっています。槙原遥香です」

 ぺこりとお辞儀までしての彼女アピールだった。だから外でダーリンとか言うの、やめて欲しいんだけど。

「ダーリン?緒方の女かお前?じゃあ黒木ってのは…」

 呼ばれて(?)俺の後ろからものすんごく控え目に(雰囲気だけだが)登場した黒木さん。おしとやかなキャラ作っているのが丸解りだった。

「初めまして。黒木綾子」

「ん」

 まともに名乗らせずに黒木さんの手を取る。つうか、握手と言うよりも握った感じだ。黒木さん顔真っ赤だった。

「ちょ、木村」

「こいつもお前の話、知っているんだろ?だったら面倒な手間は必要ねえ。だろ?」

 いきなり振られてキョドリながらも頷いた黒木さん。

「そうか。今からお前は俺の女だ。そしておかしなキャラを作らなくていい。緒方の話じゃ、結構長いとこ付き合ったようだからな。どうせいずれキャラはバレるんだから」

 こいつ、既に長期間のお付き合いを視野に入れてんのか!?つうか黒木さんの今のキャラを作りだと見切るとは!!俺の話が無けりゃ見切れなかったって言う楠木さんは、相当だって事だぞ!!

「しかしお前、ダーリンはねえだろ。ハズいぞ正直」

 木村に改めて言われなくとも俺が一番知っている。だって俺が一番ハズいんだから。

「ま、まあまあ、弄るのはそれくらいにしてだな、どこか行くか?」

「あ?なんで?」

「いや、なんでって言われてもだな…お前は兎も角、黒木さんが緊張してよく話せないんじゃないかって思ってだな…」

 遥香の受け売りである。俺自身には全く考えが及ばなかった事である。

「そうそう。木村君にも聞きたい事あったから、どこかゆっくり腰を落ち着けて話せる所に移動しない?」

 遥香のフォローである。いや、違うか。遥香も聞きたい事があったのか。だからついて来た?

「そうか?お前はそれでいいか?」

 いきなり振られてキョドリながらも頷く黒木さん。主導権は完璧に木村が握った形だ。俺とは真逆だった。

「いいそうだ。何処に行く?」

「え?え~っと、お好み焼きは大丈夫か?」

 木村じゃなく遥香と黒木さんに向かって言った。二人とも普通に頷く。

「じゃあおたふく行こう。お前知っているよな?」

「ああ、ちょっと解り難い場所にあるお好み焼き屋だろ?だけど結構歩くぞ?いいのか?」

 俺じゃなく遥香と黒木さんに向かって言った。二人とも普通に頷く。

 こいつも気を遣っているのが解った。やっぱ女子には多少なりとも気を遣うんだな。こいつも人の子か。

 おたふくまでの道中、俺達の前に、木村と黒木さんが並んで歩いていた。

 会話が聞こえて来たので、ちょっと紹介してみようか。

「お前、緒方から聞いたんだが、束縛しすぎるんだって?」

「あ、うん。それ気を付けるよ。ちょっと洒落にならない事になりそうだから」

「そうしろ。まあ、多少は仕方ねえとしても、息苦しくなりたかねえ」

「多少ってどのくらい?毎日電話はいいの?毎日メールは?」

「お前の多少が俺の多少じゃねえのは解った。それよりもちょっと抑えてくれ」

「そうなの?大沢君は波崎さんとあまりメールしていないって落ち込んでいたけど?」

「大沢はそうなのか?緒方はどうなんだよ?」

「遥香はしょっちゅう緒方君の家にお邪魔しているから、電話やメールよりも直接話している方が多いんじゃないかな?」

「大沢も緒方も尻に敷かれてんのか…まあ…緒方は何となくそうじゃねえかと思ったが…」

 と、なんか知らんが、俺を憐れんでくれていた。

「すっかり打ち解けちゃったね、あの二人」

 小声で言って来る遥香に頷いて応える。打ち解けたって事でもないんだろうけど、警戒心が全く無いよな、お互いに。

 そんなこんなでおたふくに着いた。4名なので座敷に通される。

「ゆっくりメニュー見ていいよ。因みにここの天むすは超旨いぞ」

 その天むすしか食った事が無いけどな、俺は。今回は絶対にじゅうじゅう言わせるからな!!

「そうなんだ?天むすって何個くるの?」

「二個だ。中身は海老天と鶏天だな」

 遥香の問いにドヤ顔で答える俺。

「じゃあダーリン、天むす頼んでよ?そしてどっちか頂戴。代わりにお好み半分あげるから」

「…………え?」

「緒方の所はそうするつもりのようだが、俺達もそうすっか?」

「そうだね。天むすって食べてみたいし」

 おいおい…木村と黒木さんもそうすんのかよ?じゃあ俺はじゅうじゅう言わせられないじゃないか?

 い、いやいや、待て待て。まだチャンスはある。遥香に天むす頼んで貰って、俺がお好みを注文すれば…

「丁度良く店員さんが来たよ。私はミックス。そして彼は天むす」

 勝手に注文しやがった!!え?またじゅうじゅう言わせられないの?

「遥香の所はミックスだから、私達は三種のチーズミックスにしようか?遥香達とシェアも出来るしね」

「何でもいい。お前の好きなモン頼め」

 木村が女子に選ばせる選択を取ったって事は、俺も倣わなきゃいけねーじゃねーか!!なんだこいつ!?意外と優しいじゃねーか!!

 そういや俺達だけの前とは言え「今日からお前は俺の女だ」って言ったし!!ある種の告白だよな!!強引さもカッコイイしよー!!

 注文した品が運ばれてきた。相変わらず俺の前には天むすが二つ置かれている状況だ。

「おい綾子、どっちがいいんだ?」

「明人の好きな方取っていいよ」

 いつの間にか名前で呼び合ってる!?自己紹介も満足にやっていないのに!!

 俺必要ないんじゃねーの!?緊張がどうのこうのって理由だったよね!?

「ダーリン、一つ頂戴よ?とってもおいしそうじゃない?」

「あ、うん…えっと、海老と鶏、どっちがいい?」

「どっちが美味しいの?」

「え?えーっと、目安になるか解らないけど、海老天は塩で、鶏天は醤油だった筈…」

「そうなのか?じゃあ俺は海老天を貰うけどいいよな?」

「うん」

 木村の方が先に決まっちゃったよ?俺の優柔不断さが比較されちゃう!!

「じゃあ私は鶏天~」

 俺の男らしさアピール(要は先に決めると言うどうでも良さ気な戦略だ)の前に、勝手に決められた。

 いや、いいんだけども。俺の心情も少しは察知して欲しい。いや、俺がみっともないだけだからいいんだけども。

 天むすをモグモグやっている木村達が目を剥く。

「これ旨いな…」

 木村の言葉に無言で頷いた遥香と黒木さん。俺そればっか食っていたんだけども。

 それはそうと、気になる事を聞いてみる。

「なぁ木村、名前で呼び合っていたよな?」

「だってお前がそう呼んでいたって言ったからな」

「そうそう。緒方君情報じゃない?」

 いや、確かにそう言ったけどさ、あまりにも自然すぎるだろ。

「つまり、緊張はしていないと?」

 黒木さんにそう訊ねると、一瞬躊躇してから首を横に振る。

「緊張はしているよ。だけど事前情報って言うの?緒方君が色々教えてくれたじゃない?だから初めて会った気がしないって言うかね」

「そうだな。その表現、しっくり来るな」

 俺情報が正確過ぎたからそれ程でも、って事か?

「じゃあ、その、気に入ったって事でいいんだよな?お互いに…?」

「気に入ったもなにも、お前が言ったんだろうが?クリパから付き合って大学で別れるってよ」

「想像通りで安心したのはあるよね。それより、付き合ったばっかで別れた話は聞きたくないんだけど」

 木村を睨む黒木さん。確かにそれには同意するな。

「そんなおっかねえ目で睨むな。俺から付き合えっつったからいいだろ別に」

「いや、うん。それは嬉しいからいいんだけどさ。うん。面倒くさくならないように努力するよ」

 ……何つうか、お互い長期のお付き合い前提のようだが…黒木さんは別れないように努めるみたいな事言っているし。

「…じゃあやっぱ俺必要なくね?」

 俺の正論に全員が注目した。なんで?

「…緒方、お前が仲介したっつうのに、丸投げはねえだろ?」

「そうだよ!一応初顔合わせなんだから!」

 ……そう言うもんなのか…?俺の方がおかしいんだろうな、きっと。俺こんなん慣れていないしな…

「それに木村君に話があるって言ったのは私だし。可愛くて巨乳の彼女を他の男の前に出すつもり?」

 ……いや、お前は確かに可愛くて巨乳だけどさ。木村はお前をどうこうしようと思わねーだろ。自分の彼女が今日できたっつーのに…

 俺が激しく首を捻っている最中、お好み焼きが到着した。

「来た来た!!遥香ー、ミックスとシェアしよー」

「勿論勿論!三種のチーズってトマトとバジルなんだねー。ピザみたい!」

 俺を置いてキャッキャと焼き始めた。じゅうじゅう言わせたかったのに…

「女が焼くんなら楽できたな」

「うん…」

 焼きたかった俺だが、木村に同意せざるを得なかった。

 遥香達が楽しそうにじゅうじゅう焼いている姿を羨ましそうに眺める。

「そういや緒方の女…槙原っつったか?俺に何の用事があるんだ?」

 丁度焼き上がったタイミングで訊ねる木村。遥香はお好みをカットして全員に回しながら言う。

「ぶっちゃけて訊くけど、木村君って前の記憶ある?」

 それは繰り返しの記憶か?木村も該当するのか?

 俺も本気で興味があったので、ガチマジ顔で木村を見た。

「緒方の話のアレの記憶か?無いな。そう言われてみれば、ってのは確かにあるが、気のせいだと思う」

 この『そう言われてみれば』は、聞いた人全員が言っていた。記憶を持ってこれる三人以上の人全員が。

 そうなると気のせいの可能性が高いが…

 黒木さんにどう思うか聞いてみたいが、チーズが伸びているのを「おおお~!」と感動しているのを邪魔するのも忍びないし。

「じゃあダーリンの話は信じた?」

「全部信じた訳じゃねえがな」

「なんで信じたの?ダーリンって西高生には狂犬扱いで関わりたくない人じゃない?それなのに?」

「緒方が俺を信用しているっつったからな。じゃ、俺も信じるだろうよ。ダチの話はな」

 そっか、と力強く頷く遥香。

 どこの部分に納得したのか不明だが、ともあれ文句は無いようだった。

 お好みをハフハフしながら遥香が続ける。

「西高は完璧に掌握できたの?」

「完璧って訳じゃねえが、概ねな。だからお前等の学校や、ダチのバイト先で迷惑かける奴はいねえだろう」

「二年の秋にあのファミレス絡みで喧嘩するらしいじゃない?そこも回避出来そう?」

「回避っつってもな。発端の女がこっちにいねえんだろ?もう一人の眼鏡もあそこでバイトしてねえし」

 二年の秋の焼き直しは無いと。まあ同感だ。朋美は京都に居るし、春日さんは大山食堂でバイトだしな。

 つうか春日さんで思い出した。

「おい木村、国枝君と春日さん付き合ったぞ」

「マジか?まあ、あの調子じゃ、時間の問題だと思ったからな」

 そう言っている様にあんまり驚いていない。マジであの段階でそう思っていたって事だ。

 なんか肩透し感があるけど、まあいいや。

「見て見て明人!!これ伸びる!!すごい伸びるよ!!」

「解ったから早く食え。食いもんで遊ぶな」

 つうかこの数十分でちゃんと恋人になったお前等の方が驚きだが。

 まあいいか。これも俺が目指した道の一つだし。

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