西高~008
俺はカマキリを手招きで呼ぶ。この状況で!?と、水戸が吃驚していたが、全く構わずに呼ぶ。
カマキリもこの状況で!?と言う表情をしたが、それでもバケツを持ってきた。
「く、汲んできたぞ…」
俺は大声で通るように言う。
「じゃあそのハゲに水ぶっかけて起こせ」
喧嘩が止まる。当然ヒロも木村も福岡も、俺の方を見た。
「やべ…!!」
そう呟いてヒロが俺の近くに小走りで寄って来る。
「いや、お前が心配する事はしないから」
「つってもお前、限度知らねえアホだからな。一応待機しとかねえと」
言いながら木村も呼ぶ。福岡も尋常じゃ無い気配を察したのか、寄って来た。
「なんだよ大沢?いい所だったのによ?」
「お前はそうでもお前の連れがヘロヘロだろうが。つってももっとヘロヘロになるかもだが…おい、お前にも手伝ってもらうかもしれねえからな?」
ヒロのいきなりの振りに、戸惑いながらも福岡が訊ねた。
「て、手伝うって…何を?」
「こいつがこのハゲを殺しそうになったら、力付くで止めるのを手伝ってもらう」
ヒロの面倒臭そうな顔に対して蒼白になる福岡と水戸。木村は頷いていたが。
「ああ、そういや緒方は怪我している水原を遠慮なくいたぶっていたからな。こいつ本気で危ねえから、お前等気合い入れとけよ?」
あれでも俺にしちゃ甘々なんだけど。
「まあいいや、おいカマキリ、水ぶっ掛けて起こせっつったろ?それともここで気を失う側になりたいのかよ?」
「だ、だけど安保…もうこの様だぞ…?鼻も折れているだろうし…」
だからなんだ?俺の頼みと関係無い言葉が返って来たんだが?
「そうか。解った。じゃあ死ね」
振り翳す右。慌てたのが赤デブだった。
「ち、ちょっと待てって…今井もお前をよく理解してねえんだから…」
諭すように止めるが、で?ってな感じだ。
「俺の頼みと関係ない言葉が返って来たんだ。気を失う側になるって事だろ。お前も付き合せてもいいんだぞ。つーか付き合ってやれ。カマキリ一人じゃ寂しいって事なんだろ。きっと」
糞の言葉なんか知ったこっちゃねえのが俺だ。お前等も俺の言葉を全く聞かずにいたぶってくれたからな。
こいつ等は佐伯達と違うと言われようが、どうでもいい。佐伯が仕切る為に全員やる前に、俺をいたぶってくれた五人とは違う糞先輩も、話も聞かずに一方的にいたぶってくれたんだ。
こいつ等は違う、こいつ等はそんな事しないは俺には通じない。言っただろ?お前等はみんな同じに見えるって。
赤デブが何か言い訳をしようとしたが、その前に、俺の左ボディが赤デブの腹を貫いた。
「ぐっ!!!」
腹を押さえて膝を付く赤デブ。それを見下ろす俺。
「おい、まさか一発で終わるとか思っちゃあいねーよな?」
右を打ち下ろそうとしたが、ヒロに止められる。
「今は水の事だろ?おい今井、だっけ?早く水ぶっかけろ」
「お、おう!!」
焦ったようにハゲに水をぶっかける。ハゲは「ぶはっ!!」とか言って覚醒した。
同時に顔面を蹴る俺。骨折している鼻が更に惨事に見舞われた。
「ぎゃあああああああああ!!?」
絶叫宜しくひっくり返って転がるハゲ。痛いだろうな。ぶっ壊れた鼻を更にぶっ潰したんだから。
「おい、立て。俺は蹴りが苦手なんだよ」
言いながら蹴りまくる。ハゲは文字通り達磨になった。悲鳴を上げながら。
「おい!!やめろテメェ!!」
見かねた糞が俺の肩を掴んだ。
振り向きざまにそいつのボディを打つ。
「ごはっ!!」
簡単に蹲る糞。しゃしゃり出て来たんなら、この程度で膝付くんじゃねーよと、冷たい目で見降ろした。
「佐藤も一発かよ!!」
どよめく糞共と木村の仲間達。つう事は、こいつもそこそこの奴なのか?
「木村、こいつは?」
「そいつは派閥の頭の佐藤って奴だ」
頭でこれか?まあ、赤デブもカマキリもハゲも大した奴じゃ無かったから、こんなもんかもしれないな。
「おいお前、しゃしゃり出て来たんだから、ハゲの代わりにいたぶってくれって事でいいんだよな?」
返事は無い。未だに膝をついて呻いているのみ。マジでなんなのこいつ?
まあいいや、ハゲをいたぶる続きだな。その前に…
「えーっと、水戸だっけ?俺の代わりに、そいつぶち砕いといて」
「え!?だってもう……」
もう戦意喪失しているからなんだって言うのだ?しゃしゃって来たのはこいつだろ?
溜息を付いて佐藤って奴の髪をつかんで引っ張り上げて、目に入った個所すべてに拳を打ち込んだ。
「おい!!」
焦ったように水戸が止めに入る。佐藤はぐったりして白目を剥いていた。
「もう気を失っていただろ!?」
咎めるように言う水戸に、俺は首を傾げながら訊ねた。
「だってこいつ、俺の肩に手を掛けて、やめろと言ったんだぞ?なんでこいつの言う事を聞かなきゃなんねーの?しゃしゃって来たからぶっ叩いただけだろ?それがこいつ等の世界だろ?こいつ等の世界に殉じたのに、文句を言われる筋合いはない」
つーか木村の喧嘩にしゃしゃり出たのは俺だけど。いや、ヒロだけど。そこはまあまあ。
絶句した水戸は置いといて、佐藤をぶち砕く続きでもしようかな。
「おい緒方…君、アンタの主張は解ったが、この人数だ。確実に負けるぞ?そうなったらその後は解っているよな?」
福岡もおっかなびっくりで俺に苦言を呈する。つーか今から続きをやろうってのに、無粋だなぁ。
「負けてもいいさ。この場はな。だけど、逆に俺が復活した時はどうなる?」
中学時代もよくあった。負けたら一人ずつ捜して報復。入院したら入院先にまで行って追い込んだ。
そして俺は福岡に凄む。
「お前等のやり方は温いんだよ…だから報復が絶えない。報復する気も失せるくらいぶち砕くのが俺のスタイルだ。お前が負けを怖がるのは勝手だが、そんなもんに俺を巻き込むな。俺は負けてもいいんだ。最後にこいつ等が俺に関わりたくないと思えばそれでいい。なんなら殺してもいい」
流石にドン引きした様子の西高生。まあ、今の俺はそこまでやらないけど、中学時代は確実にそう思っていた。
「くっくっ…それがお前の考え方か。成程、大沢が必要な訳だな」
木村が逆に愉快そうに笑う。
「ホントこいつには困らせられたかなら。マジ殺す勢いでぶん殴るから、止めるのも一苦労だ…」
嘆息しやがった。ヒロのおかげで人殺しは免れているから助かっているし、感謝もしているが。
「まあいいさ。俺も大沢に乗ってやる。佐藤は俺がやる」
言いながら俺を押し退けて佐藤の胸座を掴んだ。
「き、木村君、マジか?木村君までそんなになる必要ないだろ?」
俺をそんなだと。福岡の中の俺がどんなポジになったのか、興味がある。
「こいつは狂っているから、他の誰かがそこそこまでやらねえとな。じゃねえとこいつは簡単に超えちまうだろ」
そう言い終えてからの蹴り。気を失っている佐藤の身体が派手にぶっ飛ぶ。超えるとは人の一線か?
「じゃあハゲは俺がやっとくか…」
ヒロもハゲに右打ち下ろし。流石に鼻はこれ以上狙わないか。俺なら狙うけども。この時点で人じゃねーような気もするが。
俺は福岡と水戸の方を向く。二人が敵の三年よりも俺にビクついたのが解る。思いっきりビクゥ!!と背筋が伸びたからな。
「どうやら木村も俺を止めてくれる側に立ったようだけど、お前等はどうする?このまま帰っても構わないし、木村も咎めないだろ。負けて更に追い打ちをかけられる奴はこの三人でいい」
復活したら10倍返しにするけどな。それは言わないでおくか。今でさえ狂人を見ているような顔しているし。
「……このレベルじゃねえと駄目なのかよ…」
「確かに…木村君も吹っ切れたようだしな…」
腹を括ったのか、艶が増した。そして糞共に向かって行く。
福岡と水戸の特攻に逃げ惑う糞共。数的に優位で、押せば勝てるのに放棄した。それを見て確信した。
この喧嘩、俺達の勝ちだ。報復を考える必要が無くなった。
そこで漸く安堵した。明確な殺意が出なくて、当に良かったと。
なんだかんだで糞共も抵抗を見せたが、俺達もボロボロになったが、兎に角、俺達の前に糞共が正座して頭を下げている状態になった。
「……ヒロ、木村、入院コースは何人だ?」
「…解らねえが、安保と佐藤は確実だな…」
そうか…そんなに被害が出なくて良かったぜ。俺があのまま突っ込んでいれば、もっと被害が広まっていただろうからな。
ヒロと木村が既にボロボロの二人を追い込んだおかげで、糞共も向かって来るのに躊躇した結果だ。
まあ兎も角、糞共に凄んで言った。
「おいお前等…白浜と南女と駅前のコスプレファミレスにちょっかい出すなよ?」
返事は無い。俯いているだけだ。なので一番近くにいた糞を蹴っ飛ばした。
糞共に緊張が走った。身が硬く、縮こまったのが解る。
「もう一度言うぞ?白浜と南女とコスプレファミレスに迷惑かけんな。解ったか!!」
やはり返事は無い。ただ震えているだけ。じゃあもう一度蹴ろうとした所、木村に止められる。
「やめろ緒方。そうなった場合改めてやればいいだろ。俺もシメてやるし、情報もやる。これ以上西高生をぶっ叩くんじゃねえ」
俺に凄んで見せる。
「…お前がこいつ等の面倒を見る、でいいんだな?」
「ああ。今日から俺が西高の頭だからな。それでいいなお前等!?」
糞共に向かって声を張る。糞共は震えながらも微かに頷いた。
認めたんだ。木村を頭と。俺と関わる事の鬱陶しさを再確認したんだ。
「西高の頭にそこまで言われちゃ、この場は治めるしかねえよな隆?」
「そうだな。そうじゃなくとも俺達は友達だ。だったら顔を立てて、これ以上はやめとくか」
此処で俺の友人宣言。そして木村の顔を立ててやめる発言。木村の西高トップ公認の後押しだった。
証拠に異を唱える糞はいない。派閥の頭とやらも、ただ頷くのみ。震えながら。
「だけどお前、此処はやめるの礼代わりに何か奢れよな?昼過ぎたから腹減っちゃったし」
「あんだけ殴られても腹減るのかよ?仕方ねえな…まあそれくらいなら。お前等もう帰れ。俺達も飯食って帰るからよ。間違ってもあの駅前のファミレスに行くんじゃねえぞ?」
頷いたのを確認して地下駐車場から出る俺達。日の光の下で改めて見ると、みんなボロボロだった。
「…この様じゃ素直に帰った方がいいかな?」
「いやいやいやいや、飯は必要だろ?ファミレス行こうぜ!!」
必死なヒロに呆れ顔の木村。
「お前、女に会いたいだけじゃねえのか?いちゃつきたいなら家に帰ってからにしろ」
「だから、バイトだから家にいねえんだよ。いたとしても上げて貰えないし…」
ズーンとなって行くヒロに木村が同情の言葉をかける。
「お、おう…ま、まあ…そんな事情ならな…よし、そこで奢ってやる。だから元気出せよ大沢」
「………おう………」
慰める木村だが、こんな様でファミレスに行ったら、驚かれるんじゃねーの?
最悪救急車なんか呼ばれたら洒落になんないんだけど…
「なぁ、木村君、マジで飯食いに行くのかよ?」
「正直帰って休みたいんだけど……」
福岡と水戸から帰りたいオーラがバンバン出ている。
そりゃそうだろう。ボロボロになったのは身体だけじゃない、服もだ。それに普通に疲れたしな。
「じゃあお前等は先に帰って休め」
木村の中では飯食いに行く事が決まった様子。こいつも実は腹が減っているのか?
「えーっと…んでもよ…」
俺とヒロをチラ見する福岡。俺達と一緒に居させたくないんだろな。基本敵だし。
「安心しろ。木村と俺はダチだ」
ヒロの言葉に戸惑う福岡と水戸。さっき共闘したから理解しているんだろうが、心が付いて行っていないと言うか。
「いいから先帰れ。俺のダチを疑うんじゃねえ」
木村が言った。ハッキリと友達だと。そして友達を疑うなと。
そう言われちゃ、福岡も水戸も従うしかない。
渋々と、不服そうながら、しかしそれでも、痛みと疲れた身体を天秤に掛けながら、帰って行った。
帰って行ったと言う事は、駅に着いたと言う事だ。そして駅近くにはヒロのご要望のファミレスがある。
あるが…
この成りじゃ、やっぱ躊躇するな。波崎さんにこの様を見せるの?ヒロは勇者だよな。後先考えていないだけだろうけども。
流石に苦言を呈す俺。
「なぁ、やっぱまずいだろ。救急車呼ばれちゃうぞこれ?」
俺の弁に木村も同感だったようで。
「そうだな。客が多い店はまずいな。下手すりゃ通報されちまう。客に」
「ええ~…でもそうかもな…通報されちゃ波崎も迷惑だろうしな……」
見るも無残なしょぼくれ方だった。お前朝飯ここで食ったからいいじゃねーか。
「奢るには奢るからよ、別の所に行こうぜ。この店にはいつか付き合ってやるからよ」
ヒロの肩を組んで歩き出す木村。その後ろ姿を見てほっこりした。
最後の繰り返し以外、こういう事無かったからな…何か嬉しいぞ。
「おい緒方、お前店知らねえか?客がいなくて安くてうまい店だ」
無茶振りしてくれるな。まあ、これも気を許した友達だからか?
「…電車に乗るけど、あるにはある」
「じゃあそこに連れて行け」
「俺の地元なんだけど、良いのか?此処から離れちゃうけど…」
「別に県外じゃねえし、構わねえよ。帰りにお前ん家でちょっと休ませてくれたら、更に有り難いけどな」
そうか。まあ、友達を家に呼ぶのは当然だし、それは構わんけども。
つうか俺ん家に寄ると逆に言ってくれるとは、寧ろ嬉しいんだが。最後の繰り返し以外そんなの無かったからな。
そんな訳で俺の地元に着いた。服ボロボロの儘だけど。
「じゃあ行くか?一回家に帰って着替えてもいいんだが。服貸すぞ?」
「いいよ面倒くせえ。上着脱げば少しマシだろ」
まあ、木村がいいならいいけども。俺達は中学時代からこんなカッコはザラだから、今更驚かれはしないし。
じゃあ、とそのまま歩く。やっぱりこの成りだから見られる見られる。
「おい隆、俺達なんか注目されてねえか?」
なんか知らんがそわそわしているヒロ。目立ちたがり屋だから、注目されたら気分が良いんだろうな、きっと。
その店は商店街の外れにある。因みに商店街は俺の最寄駅周辺だ。
「着いたぞ。ここだ」
「ふ~ん……」
まさに生返事だった。安くて客がいなくてうまい店って言われたから連れて来たのに。
まあ、佇まいがボロいからな。敬遠されちゃう程ボロいからな。
此処は旨くて安いが売りの定食屋。夕方とかは混雑するが、今の時間はお客がいないのだ。昼ちょっと過ぎたばっかなのに。
入ろうと暖簾を潜る。
その前に木村が目ざとく駐車場に置いてあるバイクを発見した。
「CB400スーパーボルドールか…ちょっと弄っているな…」
そうなの?全く解らんけども。
「お前も免許取ったらなんか買うんだろ?カタナだっけ?」
「おう。お前も免許取るんだろ?ツーリング行こうぜ」
バイクの話で盛り上がろうとしたその時、ヒロから注意を受けた。
「外で話すな。飯食いながらゆっくり話せ」
そりゃそうだと木村と顔を見せ合って頷く。
「じゃあ入るか。お前等今の内に言っておくが、あんま高いもん頼むなよ?」
そんなに高いもんないからここ。精々980円がマックスだから。
「解っているって。ちゃんと感謝してゴチになるって」
言いながら勝手に入って行くヒロ。後を追う木村。俺がしんがりの形になる。
「いらっしゃいま………緒方君?」
出迎えてくれたのは、眼鏡を掛けてはいるが、前髪をヘアバントで上げている春日さん。
実は春日さんは此処の定食屋でバイトしているのだ。あのファミレスよりは時給が安いが、比較的時間に融通が利くらしい。
バイト探しで色々調べた結果、此処が一番良さ気だから決めたとの事だった。
「ちょ、春日ちゃん、俺が最初に入ったんだけど?」
ヒロを飛ばして俺に声を掛けたのが気に入らんらしい。別にいいじゃねーか。お前には波崎さんがいるだろうが。
「……そ、そうだよね。いらっしゃい、大沢君」
俯いて申し訳なさそうに。
「おい大沢、女虐めてんじゃねえよ」
「違う!!虐めていない!!よな?春日ちゃん?」
自信無さ気に訊ねるとか。まあ、虐めか否かは本人が決める事だろう。俺なら完璧に虐められたと報復するかもしれないが。
「……大丈夫だよ…三人?」
「うん」
「……じゃあ、こっち」
テーブル席をスルーして座敷に通される。と、吃驚して声を挙げた。
「国枝君!?此処に昼飯食いに来たのか?」
「緒方君!?君達もかい?」
国枝君もビックリした様子。そんな俺達を余所に春日さんが訊ねる。
「……国枝君と相席の方がいいでしょ?」
「え?俺とヒロはいいけど…」
木村と国枝君をチラ見する。
なんかお互いに少し頭を下げている。礼、と言うか挨拶をしたような感じだ。
「えーっと、緒方の連れか?面の単車、お前のか?」
「あ、うん。今日納車したんだ」
そうか、と言って国枝君が陣取っていた座敷に座る。
「相席いいだろ?」
「うん。勿論」
木村も国枝君も問題無いようだ。
「じゃあこの席で」
「……うん。決まったら呼んでね?」
そう言って奥に引っ込む春日さん。あのメイドコスも滅茶苦茶可愛いが、普通のエプロン姿の可愛いのだ。
「じゃあ取り敢えず紹介するか。国枝君、こいつ、西高の木村」
「君が木村君……」
「驚いているようだな?俺と同じ理由か?」
「……君も緒方君の話を聞いたんだね?」
繰り返しと出戻りの話の事か。木村の名前も国枝君の名前も要所要所で出ていたからな。
「その話は食いながらでいいだろ。俺腹減ったよ」
メニューを見ながらヒロがぼやく。そりゃそうだと頷いて俺達もメニューを開いた。
「……ボロボロだね?喧嘩でもしてきたのかい?」
国枝君の質問に頷いて答える。まあ、あんま言い触らすことも無いし。
「安心しろ。緒方や大沢とやってねえから」
「そっちの心配はしていないよ。君があの話を聞いたと言うのならね」
「そうかよ。お前は何を頼んだんだ?」
「僕は鶏モツ定食だよ。ここの料理は安くて美味しくて量が多いから、何を頼んでもハズレは無いよ」
木村が確認なのか、俺の方を見た。それに対して頷いて答える。
「おし、俺肉丼」
「大沢、肉丼ってのは?牛丼とか豚丼とかと違うのか?」
「あー…豚肉のすき焼き丼みたいな感じか?」
ヒロは肉丼か。じゃあ俺は…
「よし、俺はトンカラ定食にしよう」
「緒方、トンカラってなんだ?」
「豚のから揚げみたいなもんかな…」
「ふうん…結構おもしれえメニューがあるんだな…」
感心する木村。そうなのだ。ここは他には無いメニューが結構ある。
殆どが甘辛味なのが玉に傷なんだが、全部美味いから問題は無い。
それから少し悩んだ木村。そしてオーダーしたのがサーモンフライ定食。
「サーモンフライか。タルタルソースが絶品だぞ」
「そうなのか?全員肉みたいだから、俺だけ魚にしてみようって事なんだが」
そう言って水を煽る。その間俺は手を上げて春日さんを呼んだ。
「……ボロボロだね、みんな。喧嘩も程々にね?遥香ちゃんや麻美ちゃんが心配するよ?」
「波崎は心配しねえの!?」
また外されて仰天するヒロ。春日さんも意図的に外した訳じゃないんだろうが、可笑しくて笑いを堪えるのに精いっぱいだ。
「……ち、違うの。うん、波崎さんも心配するよ。ところで注文は何?」
木村でさえ笑いを堪えていた。付け加えた後に話を逸らそうと注文させるんだもの。
「くっくっ…まあいいや。俺はサーモンフライ定食」
「俺肉丼」
「……緒方君はカレー?」
「なんでカレーなんだ!!トンカラ定食!!」
「……なんかいつもカツカレー食べているイメージがあるから。ごめんね?」
笑いながらの謝罪。繰り返し時はあのファミレスでカツカレーばっか食っていたから、そう思うのか?
ん?つー事は、春日さんが記憶持ち?俺がカツカレー頼んでいた事を、朧気ながらに覚えていたのか!?
みんながガヤガヤ騒いでいたが、俺は相槌を打つのみ。
春日さんが記憶持ちなのかと言う疑問が常に頭に回っているようで、何も手が付かない。
「……お待たせしました。鶏モツ定食…は、国枝君だよね」
春日さんが料理を運んで来たことによって、思考が再び戻される。
「うん。ありがとう春日さん」
にこやかに受け取る国枝君を注意深く凝視するも、変化が見られない。国枝君は気付いていない?
国枝君は勘が鋭い、と言うか視える人だから、春日さんが記憶持ちなら気付く筈だ。だから気付いていないんじゃなく、持って来ていないのか?
「どうしたんだい緒方君?鶏モツ定食をじっと見て?」
いや、見ていたのは国枝君の事なんだけど、誤魔化すのには丁度いいか?
「鶏モツも旨そうだな、と思って」
「なんだ。それなら少しあげるよ。代わりにトンカラ少し貰えるかい?」
「あ、うん。お願いするよ」
交換しなくてもトンカラくらいあげるけど、誤魔化しとしては成功か?
「鶏モツか…緒方の言う通り、旨そうだな…」
「だったら木村君にもちょっとあげるよ」
「それなら俺も、俺も」
再びガヤガヤし出した。鶏モツ人気だな。俺がそのように誘導しちゃったようだけど。
それからちょっとして肉丼が来た。
「来た来た!!待ってました!!」
肉丼を木村が覗き込む。
「確かに豚肉のすき焼き丼…だな。豆腐とか白滝とか入っているし。汁だくってのもいいな」
木村の感想を無視して、箸を割ろうとするヒロを止める国枝君。
「ちょっと待ってよ大沢君、みんなで少しづつシェアしようと、さっき話したばかりじゃないか」
「そ、そうだったな。みんなのモンが来るまで、おあずけだったな…」
肉丼を恨めしそうに見るヒロ。そのシェアもお前がいい出した筈じゃなかったか?木村のサーモンフライ狙いでさ。
「……緒方君はトンカラ定食だよね」
俺の前に置かれたトンカラ定食を、早速木村が覗き込む。
「見た目は薄い肉のから揚げだな。バラ肉か?つーか量多いな?」
「ああ。うん。トンカラは山盛りがスタンダードだからな」
俺も初めて見た時は驚いたが、この店は基本ご飯も大盛りだから、おかずに困らないようにとの配慮らしい。働いている春日さんが言っていたから間違いない。
「……で、サーモンフライ」
「スゲェタルタルソースの量だな!?フライ見えねえじゃねえか!!」
感嘆する木村。サーモンも普通の店より大きめだから、食べごたえあるぞ。
と、言うか、此処まで言って恐縮だが、俺もこの店3回目くらいだから、実は詳しくは知らなかったりする。春日さんの受け売りが殆どだ。
「……じゃあ、ごゆっくりどうぞ…」
形式の辞儀をして引っ込んだ春日さん。それを確認して木村が国枝君に訊ねた。
「お前、あの眼鏡と付き合ってんのか?」
「え!?な、なんでさ!?」
ビックリして声を張る。かく言う俺も驚いたが。
「だってお前と眼鏡、チラチラ目が合っていたじゃねえか?お前の片思いなら告っちまえよ?向こうも待ってるぜ、ありゃあ」
そうなのか?俺は国枝君の表情を読むのにいっぱいいっぱいだったから、春日さんの方は解らなかったが…
「い、いや、春日さんは確かに素敵な人だけど…」
ごにょごにょと。そりゃ勇気は必要だ。他の女子でも必要なのに、春日さん相手なら覚悟も必要だ。
「じゃあいいじゃねえか?こういうもんは早い者勝ちな部分もあるんだぜ?もたもたしている隙に、他の野郎にかっさらわれる可能性だってある。あの眼鏡ツラ良さそうだしな」
春日さんの素顔を予測して可愛いと言いやがった!!誰もがあの瓶底眼鏡に騙されるというのに!!
「まあ、積もる話は食いながらしようぜ。ほら、肉丼持ってけよ。代わりにおかず寄越せ」
ヒロだけは一人平和に催促してきやがった。
まあ、食いながらは同感だ。腹減っているしな。
「じゃあ、ほら、トンカラ」
箸でつまんでどんぶりの蓋に入れる。
「あ、う、うん。じゃあ鶏モツ…」
「サーモンフライ、こんくらいでいいか?」
みるみると蓋が豪華仕様になった。なんかご満悦だった。勿論ヒロが。
当然俺達も交換した。俺の味噌汁のお椀の蓋が豪華仕様になった。
「……おい……」
ヒロが仏頂面で俺達を睨む。
「何だよ大沢?交換しただろ?早いとこ食おうぜ」
「お前等ふざけんなよ!!肉丼の肉全部持っていきやがって!!」
いや、だって交換だろ?トンカラと肉丼の肉をさ?
「え?でも豆腐は崩れるし、ネギ貰っても仕方がないし…」
国枝君の弁に全員頷く。肉丼なのに野菜を貰っても仕方がない。俺達もメインを提供したのだから、ヒロもメインを提供するのは当然だ。
「そうだけど!!せめて一枚残してくれよ!!」
「だって三枚しかないじゃねーか。そうなると、そうなるだろ?」
俺の弁にも全員頷く。肉丼とは豚肉のすき焼き風どんぶり。使っている肉はブタショーと同じ肉。結果の三枚だろう。
「大体肉肉うるせえけどよ、緒方のトンカラと国枝の鶏モツがあるだろ?肉じゃねえかよ」
「そもそもお前が交換しようって提案したじゃねーか」
「…………」
最早文句の言い様がない。こっちの言い分に少しの隙も無いのだから当然だった。
恨めしそうに俺達の器に盛られた(取られた)肉を見るのが関の山だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます