西高~007

 家に着いた。麻美の家に行くのにはちょっと遅い時間だ。

 仕方がない、明日にでも行ってみるか…その前にメールか電話でアポでも取るか。

 そう思い、スマホを取ったと同時に着信が入る。

 ビックリして落としそうになったが、どうにか大丈夫だった。わちゃわちゃしちゃったけど。

「こんな時間に誰だ?」

 発信者を見てビックリ。麻美だった。

「お、おう麻美、何か用か?」

 咄嗟に出た言葉がこれだ。俺も用事があったから丁度いいけど、もっと気の利いた事を言えば良かったかも。

『用事って程じゃないけどさ。暇で』

 暇って…

 がっくり肩を落とす。そういやこいつはそう言う奴だよなあ…

「まあいいや。俺も用事があったから」

『そうなの?じゃあ家においでよ』

「いや、お前時間見て言えよ。女子のお家にお邪魔するにはちょっと遅い時間だろ?」

『まだ10時じゃん。それとも長い話になるの?』

 ……長い話になるのか?解らんけど、だけどなぁ…

『大体家来れば12時前に帰るってのが定番じゃんか』

 まあそうだけど。だけど年頃だろお前?そんなお前の家に夜遅く行くってどうなのよ俺?

 しかも彼女持ちだよ?彼女さんが知っちゃったらなんて思うかだよ?

「いやいやいや。やっぱやめとく。遥香が怖い」

『あー…そうか。そうだよね。遥香ちゃんに悪いか…』

 電話向こうの麻美には解らないだろうが、頷いて応える。ある意味マジおっかねえから。

 俺はソロ~っと玄関を開けて、足音を立てずに部屋に入った。

 その一連の動作を見切ったように麻美が訊ねる。

『もしかして今帰り?』

「あ、うん。ジムに行って、遥香ん家に行って…」

 一連の流れを話した。別に話さなくてもいいのだろうが、何となくそうした。

『大沢がねえ…解り易いなあ…』

「だろ?そんでこんな話が出たんだよ。俺の世界から記憶を持ってこれる人に、お前も入っていないかって」

『……なんかちょっと聞いた事があるような…あんまり興味ないから覚えていないけど』

 興味ないとか酷いなお前は!!

『三人だっけ?持って来れるとか何とかの?』

「おう…」

 力が抜けた俺だが、何とか応える事は成功した。思い切り小っちゃい声になったけど。

『私が該当すると言われちゃそうかもだけどさ。今現在で言うと、そんな事全く無くて』

 隠す必要は…無いんだろうけど…

「デジャヴとかも無い?」

『う~ん…こんなのあったかも、って事でしょ?気にした事が無いからなあ…』

 そうかもな。普通の人でも、以前こんなのあったかもって事は結構あるしな。殆どが気のせいなんだろうけど。

『もしもその記憶が戻ったら?甦ったら?えーっと、出てきたら?なんて言ったらいいのコレ?』

 困惑の麻美さん。持って来られたらでいいんじゃね?

『まあいいや。そうなったら教えるよ』

「イマイチ軽いが、そうしてくれるとありがたい」

 軽いなんてもんじゃねーような気がするけども。どうでもいいみたいな感じなんだけども。

『そもそも戻ったらどうなるの?』

「解らないけど…」

 それが一番解らない。戻ったらどうなるのか。

『真剣に捜しているようだけどさ、理由も解らないで捜しているってのが残念過ぎるんだけど。そもそも、記憶が持って来れるってのも、隆達が勝手に決め付けているだけでしょ?』

「言うな。自覚しているんだから」

 自覚しているだけマシと言えよう。自己擁護でしかないような気もするが、気にしてはいけない。

 それに、何度も言うか、記憶持ちは絶対に居る、三人。根拠が全く無いが、これだけは断言できる。

 

 昨晩は麻美と話して結構遅くなったが、俺は基本的に早起き。なので苦も無く…ってのは嘘だが、起きて日課のトレーニングに励んだ。

 本日は休日。GWの中盤。親父とお袋はずっと休みで恨めしいが、俺は学生故の飛び日連休。まあ良い。

 さて、今日は何しようかな?たまには図書館に行って勉学に励むのもいいが。

 外は曇り。雨はどうだろ?大人しく家にいた方がいいかな?

 まぁ、午前中は家で予習復習でもしようか。晴れたら午後にでも出掛けりゃいいんだし。

 そんな訳で一人黙々と勉強開始。喉が渇いたところで一休み。

「つーか、もう直ぐで昼飯かよ…」

 随分集中してやっていたんだな。我ながら吃驚だ。

 外を見ると雨が降っている。小雨だけど。じゃあ今日は出歩かない方がいいな。

 昼飯食ってマッタリ過ごしていると、いつの間にか夜になっていた。自堕落すぎるなあ、俺。

「だけど、用事無い日ってのはいいねえ」

 勉強、練習、そして喧嘩と明け暮れていた繰り返し時代。こんなにマッタリする事は無かった。

 朋美の影を常に気にして、三人からの猛烈なアプローチをどうにか躱してやり過ごす。それが殆ど日課だったからな。

 そんな状況でクラス中間の成績まで昇ったのは僥倖だよな。俺って意外とできる子なんだろう。自画自賛だけど。

 そんな日が二日続いた。そして本日連休最終日…

 いつもの日課を終えて、部屋でマッタリしている俺のスマホが鳴った。

 発信者は…ヒロか。暇だから遊びに行こうって誘いか?

 何はともあれ電話に出た。

「もしも」

『おう、今日西高近くの建設現場で、三年が木村を呼び出したらしいぞ』

 ……いや、いいじゃねーか。呼び出しに応じなきゃいい話だし。

『三年の他に、二年も結構紛れているってよ』

「いや、いいじゃねーか?つーかなんでお前がそれを知っている?」

 その手の情報なら、神尾から流れて来るだろうに、何の情報網?

『あー、なんつったっけ?水原、だっけ?デブで赤い髪のリーゼント。朝飯食いにファミレスに来たら、偶然出くわしてさ』

 こいつ朝飯食いに、いや、波崎さんに会いに、わざわざ電車に乗って、あのファミレスに行ったのかよ?

 なんつーか、泣けるな。色々と…

『そいつ仲間5人くらい連れて、殺気立っていたからさ。聞いたんだよ。そしたら教えてくれてさ』

「よく素直に教えたな…お前は赤デブとその仲間に顔知られていない筈だが…」

 あの時は廊下で検問相手に何かやっていた筈だから。

『適度にぶん殴って口割らせた』

「お前らしいな。うん」

 とても安心した。訊ねたら上等こいて来たからぶち砕いたんだろうけども。

 俺と違って一応話するからな。俺なら顔見たらぶち砕くから。

『んで、どうする?加勢に行くか?』

 えーっと、いや、何で加勢?

 木村から頼まれたのなら行くけど、そうじゃないならお節介じゃない?

『木村には早いとこ頭になって貰わなきゃいけねえからな。ここで加勢して一気に叩けば、今日にでも木村がトップだろ』

 あー。そっちか。波崎さんを安全に、ってか。やっぱ泣けるな。色々と。

「でも、木村か」

『赤デブの話じゃ、えっと、カマキリも来るらしい。あと中学の時病院送りにした奴多数』

 俺の言葉を遮って話すとか…だけど結構な人数が来るって事か…木村側はどのくらいなんだろうな…

「ん?いや、そうなるとちょっと話が違って来るな?俺に関わったら最低病院送りにするって約束した奴等だろ?」

『関わったらっつうか、顔見せたらだったような…』

 いや、同じなんだよ内容は。麻美に顔見せても病院送りにするって意味なんだから。

 まあいいや、つまりこう言う事だ。

 俺に顔見せたら病院送り=俺に関わったら病院送り=俺の友達に関わったら病院送り=木村に関わったから病院送り…

「かなり強引じゃね?」

『あん?何が?』

「い、いや、何でも無い…」

 自分の強引なロジックに自分で突っ込むとか、俺もやっぱり色々だなあ…

「解った。行こうか」

 ヒロの言い分も理解できるし、共感できる。

 木村がトップに立てば、麻美も煩わしい事にならなくて済むし。

『そうこなくちゃな。じゃあ駅で待っているぞ。いいなお前等?』

 ん?ヒロの他に誰かいるのか?

「ヒロ、他に誰かいるのか?」

『水原とその仲間達だよ。俺その工事現場知らねえし、案内させようかなと』

 赤デブをとっ捕まえた儘連絡して来たのかよ!!

 だけど確実に現場に行けるからな…一応ナイスジョブと言っておこうか。

「じゃあ俺が着くまで待ってろ」

『おう』

 電話を終えて、速攻着替えて例の駅に向かう俺。

 こういうのも初めてだが(助っ人みたいな)全く緊張しない。気を付ける事は、木村の仲間をぶん殴らないようにする程度か?

 つーか、やっぱ現世じゃ修羅道だな。本当は大人しく過ごしたいのに。

 とか言いながら嘆くことも無く、いつも通りの自分にやや戸惑っている状態だった。

 例の駅に着いた。ヒロを捜そうとしたがやめた。ベンチに座っているヒロが簡単に見つかったからだ。

 その理由も実に簡単だ。ヒロの前で正座している赤デブとその仲間達が居たからだ。朝っぱらから目立つ事すんなよ。

「ヒロ、来たぞ」

「お。結構早かったな」

 腰を上げるヒロに対して、俯いたままの赤デブとその仲間達。

「なんでこいつ等震えてんの?」

 赤デブに指を差してヒロに訊ねる。

「お前が顔見たら病院送りにするっつったからだろ」

 ああ。そうだったそうだった。んじゃ約束通りに病院送りにしてやるか。

「つっても今は駄目だぞ。案内がいなくなっちまう」

 そりゃそうだなと振り上げた拳を降ろす。

 ホッとしながらも文句を言う赤デブ。

「案内させようとして無理やり待たせたのに、ぶん殴ろうとすんのかよ…」

 言われたのでぶん殴った。赤デブはぐあっとか言いながらよろけた。

「お前等、隆に舐めた口利かない方がいいぞ。こいつ、お前等みたいな奴等をぶん殴る口実を常に窺っているからな」

「酷い言われようだな。その通りだけど」

 つーかお前、止めろよ。お前に留められたんだろうに。赤デブが可哀想だろ。

 心は全く痛まないけど、一応そう思ってやる。やっぱりこういう輩は大っ嫌いだし、顔見たらぶち砕くだろ、普通。

 赤デブの髪を引っ剥って俺に向かせる。

「お前等は何人くらい集まるんだ?」

 目を伏せて黙ったので、左フックでぶっ飛ばす。

「があっ!!」

「があ、じゃねーよ。言わないのなら仕方ない。暫く喋れなくしてやるよ」

 振り翳す拳。狙いは赤デブの口周辺。

「ま、待って!!言う!!言うから!!」

 涙目でわちゃわちゃと、実に煩い。

「お前、あの時も言った筈だけどな?木村に感謝しろってよ?もしかして意味が解らなかったのか?思考は脂肪に吸い取られたか?」

 俺が木村の顔を立てたのは解っただろうに。決して自主的に退いたんじゃねーのにな。

「だ、だから、言うから…」

「解っていないようだからもういいや。病院のベッドで後悔しとけ赤デブ」

 だんまりとか、舐めすぎだろ。感謝の意味も解っていないようだし、やっぱこういう人種に話しは無駄だ。

「待て隆、今病院送りにしたら、喧嘩の場所が解んねえ」

 それもそうだな。別に残っている連中に聞けば済む話だが。

「ヒロの言う通りだ。じゃあもう一度チャンスをやるから、質問には全部答えろ」

 何度も頷く赤デブ。最初から素直に言う事を聞けばいいものを。痛い思いをしないで良かったのに。

「……俺達の人数は解らないけど…確実なのは派閥の頭が七人…」

「ふん。お前も糞手下五人連れているからな。他も同じくらいだとしても35人か」

 言いながら糞手下を蹴っ飛ばした。ぎゃっとか言ったので蹴り上げてやった。

「ち、ちょっと待てよ…質問には全部答えるって言っただろ……?」

「あ?お前の糞仲間をぶち砕かないって約束したかよ?」

 生意気にも俺を止めるとか。こいつ本気で命がいらんらしいな。

「やめとけ隆。今は他の質問だ」

 そうだな。その通りだ。つかこいつ、中学時代もさり気なくこうやって俺を止めてくれていたんだよな。

 ホント感謝だ。お前と親友で良かったよ。

「呼び出した木村側の人数は?」

「それは解らない…木村を呼び出したのはそうだけど、仲間連れてくんなとは言わなかったし…」

「何時にどこだ?」

「10時に駅裏の工事現場…」

「その工事現場、知らないんだよ。お前案内してくれるよな?」

「………」

 黙ったからムカついて糞仲間を蹴っ飛ばそうとしたが、呻き声がしてやめた。ヒロが蹴っ飛ばしたのだ。

「おい」

「お前はやり過ぎるから、代わりに俺がやってんだろ。それで我慢しろ」

 こうやって俺のやり過ぎを止めてくれる事もしばしばだったな。やっぱりお前には頭が上がらないよ。

 ヒロが俺を止めてくれている間にケリを着けよう。

 再び赤デブに向く。赤デブはびくっと身を竦めた。

「……案内するだろ?」

 赤デブはやや迷っていた風ではあったが、逃げられないと察したか、弱々しく頭を垂れて言った。

「………解った……元々お前のダチに案内しろって事で、捕まっていた訳だからな……」

 じゃあ善は急げだ。この行動のどこに善があるのかと問われれば、口を噤むしか無いけども。

「案内しろ」

「……ああ……」

 力無く立ち上がっって、俺に向かって頼んだ赤デブ。

「…こいつ等は解放してやってくれ。案内は一人いればいいだろ?」

「へえ?お前みたいな糞でも、一応は仲間を慮れんのか?」

 素直に感心した。こいつ等、自分さえ良ければ他はどうでもいい人種だろうと。それともただカッコつけているだけなのか?

「まあいいや。確かに案内は一人いればいいしな。そうしてやろうぜヒロ」

「そうだな。じゃあお前等早急に失せろ。付いて来たら間違いなく病院送りになるぞ。こいつはそう言う奴だぞ」

 俺を指差して警告を発しやがった。まあ、その通りなんだけど。

 赤デブを中心に、俺とヒロが挟んで、件の現場に向かう。

 これは赤デブを逃がさない為にした結果なのだが、そうなると必然的に赤デブと話す事になる。俺は話す事が無いから話さないけど。

「おい。俺と隆が木村とダチになったのは知っている筈だよな?」

「あ、ああ…その噂で持ちきりになったからな…あの緒方と木村が…って」

 ヒロがムッとする。自分の名前が出なかったからだろうが、本当はそっちの方がいいんだぞ。

「それなのに、なんで木村を叩こうとした?」

「そ、それは、お前等が手を組んだら、間違いなくやられるからだよ…」

 そう思って焦った結果、こうなりましたとさ。素直に木村に付いていた方がマシだったのに。少なくとも、こうはならなかったのに。

「でも隆の話だと、隆と木村とは互角くらいって言っていたぞ。じゃあ木村にもやられるだろ?」

「木村は強いけど、常識が通じるって言うか…緒方は…ほら…」

 物凄く言い難そうだな。本人が横に居るからだろうけど。

 要するに、木村にも報復されるかもしれないが、そんなに酷くはならないと。対して俺は、最低でも病院送りを目指しているから、大事になっちゃうと。

「ああ。あいつ頭おかしいからな。でも木村もやる時はやるぜ。隆の方が狂っているのは認めるが」

「お前そろそろ俺の心を抉るのをやめろ」

 木村に加勢する前に心が挫かれるだろ。そもそも加勢はお前が持ってきた話だろーが。

 でも10時に呼び出したんだろ?今は…とスマホで時間を見る。

「ヒロ、もう10時過ぎちゃったんだけど」

「別にいいだろ。木村がお前の言う通りの奴なら、簡単にやられねえだろうし」

 それもそうだな。俺達の助けが無くても簡単…って訳じゃないと思うが、勝つだろう。

 と、赤デブの足が止まった。そこは工事現場。でっかい何かの建物が建つ予定なのだろう。

「地下駐車場もあるのか」

「駐車場も結構、つか、かなり広いな」

 五割くらい出来ているその建物は、今日は作業していないのか(GWだし)、人の気配がしない。

「おい、人の気配しないけど?」

 言いながら赤デブを小突く。騙しやがったらぶち砕くつもりで。

「ち、地下に居る筈だ。そこに呼び出したんだから」

 まあ、俺達はまだ入口も入口。ちゃんと探した訳でもないし。

「じゃあ早く行け」

「……此処までじゃ駄目なのか?」

 何言ってんだこいつ?駄目に決まってんだろ。

 騙した可能性がまだあるんだからな?騙して別の所に連れて来たと解ったら、そこでぶち砕くんだし。

 その旨を言うと、諦めたように息を吐く。

「解ったよ…お前に関わった時点で終わっていたんだよな…」

 その言い方じゃ、俺が疫病神みたいじゃねーか。お前が糞くだらない事をしなきゃ良かっただけだろうが?

 責任転嫁にムカついてぶち砕こうとしたが、やめた。ヒロがぶん殴ったからだ。

 赤デブは派手にぶっ倒れる。そんな赤デブを見下ろしてヒロが言う。

「お前が俺の女にふざけた真似をしたからだろうが?この場で動けなくしてやってもいいんだぞコラぁ?」

「いやいやいや、ちょっと待て、こいつを動けなくするのは俺だ」

 止めに入ったんじゃない。ナチュラルに参加した。俺は元よりそのつもりだし。ヒロが案内にと止めただけだし。

「だ、だから悪かった…ぎゃっ!!」

 言い訳の途中だが、今度は俺が蹴っ飛ばした。パンチじゃないからそんなにダメージ無いだろ。鼻血が出ちゃったようだけど。

「悪かったって台詞は今初めて聞いたんだけどな?だからってなんだ?」

「い、いや……」

 項垂れる赤デブ。つーか、言い訳が正当でも、あのファミレスでふざけた真似した時点で終わっているんだが。

 まあいいや。とっとと用事を済ませた方がいい。その後ムカついていたら改めてぶち砕こうか。

 俺は赤デブの腕を取って立ち上がらせて、顎をしゃくって案内を促した、

 赤デブはしょぼくれながらも力無く歩き出す。俺達が虐めたみたいでムカつくが、そこは堪えよう。波崎さんに迷惑掛けた借りは、ヒロが返して然るべきだと思うし。

 地下駐車場…剥き出しのコンクリートのみの空間。そこにアホの西高生が沢山いた。

 転がっているのはざっと見て4人。俺は赤デブに訊ねた。

「こいつ等はお前等の仲間か?」

「あ、ああ…」

 と言う事は木村がやったのか。もしくは木村の仲間か?

「!?誰か来た!!」

「木村の仲間か!?」

 俺達登場でざわめく糞共。丁度いいと赤デブを前に押し出す。

「水原!?遅かったじゃねえか……ぎゃっ!!」

 発したと同時にヒロが跳び蹴りをかました。それとほぼ同時に乱闘をやめて俺達の方を見る。

「……緒方?お前何しに来たんだ?」

 結構な傷を負っている(包帯塗れだった。神尾情報じゃ、派閥が一斉に襲ってきたんだよな)木村が吃驚しながら言う。

 同時に一際大きくなったざわめき。構わずに木村の近くに歩く俺とヒロ。と、ついでに引き摺られながらの赤デブ。

 そして木村の真正面に立ち、笑いながら言った。

「意外とボロボロだな?結構貧弱なんだなお前」

 面食らいながらも軽口と判断したのか、笑いながら返す。

「そう思うんならちょっと加勢しろよ。俺の連れは二人しかいねえんだからよ」

 こいつ三人でこの人数を相手してんのか。俺に負けず劣らず狂っているぞ、それは。

 このやり取りを聞いた糞が悲鳴宜しく絶叫した。

「おおおおおおお緒方が来た!!やっぱやめときゃよかったんだ!!安保の誘いなんかに乗らなきゃよかった!!」

 取り乱す様なその様。つーか見た事があるな。

「おいお前、俺を知っているようだが、誰だ?」

 ヒロが呆れたように口を挟んだ。

「今井ってカマキリだろ。お前にやられただろうが」

 そうだったそうだった。カマキリだアレ。包帯で顔を巻いているから解んなかったぜ。

「そうだったな。忘れて悪かった。だけど約束は覚えているから安心しろ。顔見たら病院送り、だったよな?」

「自分で勝手に来たのにそれかよ」

 木村ですら呆れたように言いやがった。だけど約束は約束だろ。

 じり、と一歩進むと、カマキリがいきなり正座する。

「ちょっと待ってくれって!!!俺はお前と事を構える気は無い!!!」

 涙目での懇願。実に気持ち悪い顔だ。まあいいや。以前も言ったように、今回は執拗に追い込まない。アレで?と言われちゃ返す言葉も無いけども。

「んじゃお前、俺の代わりにそいつ等ぶち砕いとけ。赤デブ、お前もな」

 真っ青になる赤デブとカマキリ。まさか同士討ちしろと言われるとは思っていなかっただろう。

 それは木村も同じようで、俺を悪鬼を見るが如くの目で見ていた。隣の木村の仲間も。

 つーか福岡じゃねーか。もう一人は福岡との喧嘩の時にナンバースリーと思った奴じゃねーか。

 この時からの木村シンパだったのか。一応安心する。木村の見る目が正しかった事に。

 このやり取りの中、動いた西高生は一人しかいなかった。他は俺にドン引きしたんだろう。

 そいつは例えるならヘビー級の体格で、プロレスラーみたいな奴だった。

 恐らく剃って作ったスキンヘッドが光って、俺は笑いを堪えるのがやっとだったが。

「隆、こいつが安保だよ。何回か病院送りにしただろ?」

「知らね。この手の類の奴は、みんな同じに見えるからな」

 俺の言葉に怒ったようで、強面のツラを俺に近付けて凄む。

「緒方ぁ…あんときは世話になったなあ……!!」

「お前、病院が好きなのか?だったら礼はいらねーぞ。お前の入院費は俺の金じゃねーからな」

 挑発って訳じゃ無かったが、簡単に乗って大きく振り被って殴ってきた。

 大振りのパンチなんか隙しか生まないのに、素人かこいつは。その恵まれた体型に胡坐をかいて、碌に練習しなかったんだろ。

 する筈ねーか。喧嘩の練習なんか。そんなモンするのは俺くらいか。

 馬鹿みたいな右パンチ。それに楽勝にカウンターを合わせる。

「ぷぐあ!!!!」

 俺の右拳に砕けた感触。鼻を折ったな。

 証拠に、白目を剥いて鼻血を撒き散らしながら倒れて行くし。デカいから受け身取らないと、ダウンのダメージもデカいだろ。

「!!安保を一発で!?」

 驚きの西高生。デカい身体だからタフなんだろう。容易に想像できるわ。

 ぶっ倒れたデカい奴を見下ろして、俺は言う。

「おいカマキリ。バケツに水汲んで来い。そんくらいできるだろ?」

 いきなり振られたカマキリは、それでも脅えながらも反論する。

「で、でもどこにバケツと水があるか…」

「此処は工事現場だろ?探せばどこかにあるだろうが?」

 言いながらヒロが近くにいた糞を蹴っ飛ばす。

「ねめえなにえうぃお!?」

 仲間の糞が意味不明な事を言った。多分だが、てめえなにを、と言いたかったんだろう。噛み噛みで凄みもなんにも無い。

「隆ばっかずりぃだろ。俺にもやらせろ」

「いや、お前が赤デブぶん殴って始まったんだろ。寧ろお前やれよ。おい、どうでもいいから水」

 及び腰で立ち上がる。行こうとする前に忠告を発する。

「このまま逃げたら付け狙う。嫌だったらちゃんと水汲んで来い」

「わ、解った…」

 超重い足取りながらも地下駐車場から出て行った。さて、水が来る前に…

「やっちまうかヒロ。木村」

「おう」

「え?あ、お、おう」

 自分の喧嘩なのに観戦に回っている感の木村。いきなり振られて思い出したように動いた。

た。

 ヒロが突っ込んで行く。糞共がパニックになったように逃げ惑う。

 目に入った糞を片っ端からワンパンで潰していくヒロ。そんなヒロを頼もしそうに見ながら、他の糞をぶっ叩いて行く木村。

「やっぱ木村は強いな。あいつと張れるのは、この辺りじゃ俺とヒロくらいだな」

 呑気に観戦している俺。そんな俺に木村の仲間が寄ってくる。

「アンタはやらねえのかよ!?」

 ビックリしたように。いや、やるけども。その前にだ…

「お前は木村の仲間なんだろ?名前は?」

 問われてちょっと身を引かせたが、名乗った。

「あ、ああ…俺は水戸って言うんだ…あっちのロン毛は福岡…」

 福岡は知っているからいいんだが、こっちの俺は知らないからいいのか。

「ふうん…水戸な。いや、やるけど福岡?って奴ボコボコにされてんだけど、助けに行かないのか?」

 4、5人に囲まれてフルボッコを喰らっている最中の福岡。それでも倒れないとは流石と言うべきか。

「福岡は心配ない…って訳じゃないけど、俺達は負け戦をしに来たんだから仕方ない。木村君一人で行かせる訳にも行かねえし」

 ふうん。最初は木村一人で行こうとしていたのか。それを知ったこいつ等が付いて来た、と。

 負け戦になる事も覚悟済みか。最後に勝てばそれでいいからな。俺もそうしていたし。

 だけど俺は自信を持って言い切る。

「この喧嘩、俺達の勝ちだから心配ない。今日から西高の頭は木村だ」

「……なんで言い切れるんだ?」

 まあまあ、ネタばらしは後回しにして、ちょっと聞いてみようか。

「俺やヒロは木村と互角くらいなんだけど、木村には報復してきて、なんで俺達に報復して来ないと思う?」

 学校で派閥全部相手取ったんだろ?と追加して。

「……そりゃ……」

 解らないのか、首を捻る。

「俺の追い込みがキツイからだよ」

「……噂には聞いているけど…木村君だってきっちり追い込むぞ?」

 そうだろうけどそうじゃない。俺はヒロと麻美がいなければ、殺していた程の追い込み。

「……丁度いいから見せてやる」

 顎をしゃくった先を向く水戸。

 そこにはバケツに水を汲んできたのはいいが、乱闘になっていた為に躊躇してあわあわしているカマキリが居た。

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