西高~007
家に着いた。麻美の家に行くのにはちょっと遅い時間だ。
仕方がない、明日にでも行ってみるか…その前にメールか電話でアポでも取るか。
そう思い、スマホを取ったと同時に着信が入る。
ビックリして落としそうになったが、どうにか大丈夫だった。わちゃわちゃしちゃったけど。
「こんな時間に誰だ?」
発信者を見てビックリ。麻美だった。
「お、おう麻美、何か用か?」
咄嗟に出た言葉がこれだ。俺も用事があったから丁度いいけど、もっと気の利いた事を言えば良かったかも。
『用事って程じゃないけどさ。暇で』
暇って…
がっくり肩を落とす。そういやこいつはそう言う奴だよなあ…
「まあいいや。俺も用事があったから」
『そうなの?じゃあ家においでよ』
「いや、お前時間見て言えよ。女子のお家にお邪魔するにはちょっと遅い時間だろ?」
『まだ10時じゃん。それとも長い話になるの?』
……長い話になるのか?解らんけど、だけどなぁ…
『大体家来れば12時前に帰るってのが定番じゃんか』
まあそうだけど。だけど年頃だろお前?そんなお前の家に夜遅く行くってどうなのよ俺?
しかも彼女持ちだよ?彼女さんが知っちゃったらなんて思うかだよ?
「いやいやいや。やっぱやめとく。遥香が怖い」
『あー…そうか。そうだよね。遥香ちゃんに悪いか…』
電話向こうの麻美には解らないだろうが、頷いて応える。ある意味マジおっかねえから。
俺はソロ~っと玄関を開けて、足音を立てずに部屋に入った。
その一連の動作を見切ったように麻美が訊ねる。
『もしかして今帰り?』
「あ、うん。ジムに行って、遥香ん家に行って…」
一連の流れを話した。別に話さなくてもいいのだろうが、何となくそうした。
『大沢がねえ…解り易いなあ…』
「だろ?そんでこんな話が出たんだよ。俺の世界から記憶を持ってこれる人に、お前も入っていないかって」
『……なんかちょっと聞いた事があるような…あんまり興味ないから覚えていないけど』
興味ないとか酷いなお前は!!
『三人だっけ?持って来れるとか何とかの?』
「おう…」
力が抜けた俺だが、何とか応える事は成功した。思い切り小っちゃい声になったけど。
『私が該当すると言われちゃそうかもだけどさ。今現在で言うと、そんな事全く無くて』
隠す必要は…無いんだろうけど…
「デジャヴとかも無い?」
『う~ん…こんなのあったかも、って事でしょ?気にした事が無いからなあ…』
そうかもな。普通の人でも、以前こんなのあったかもって事は結構あるしな。殆どが気のせいなんだろうけど。
『もしもその記憶が戻ったら?甦ったら?えーっと、出てきたら?なんて言ったらいいのコレ?』
困惑の麻美さん。持って来られたらでいいんじゃね?
『まあいいや。そうなったら教えるよ』
「イマイチ軽いが、そうしてくれるとありがたい」
軽いなんてもんじゃねーような気がするけども。どうでもいいみたいな感じなんだけども。
『そもそも戻ったらどうなるの?』
「解らないけど…」
それが一番解らない。戻ったらどうなるのか。
『真剣に捜しているようだけどさ、理由も解らないで捜しているってのが残念過ぎるんだけど。そもそも、記憶が持って来れるってのも、隆達が勝手に決め付けているだけでしょ?』
「言うな。自覚しているんだから」
自覚しているだけマシと言えよう。自己擁護でしかないような気もするが、気にしてはいけない。
それに、何度も言うか、記憶持ちは絶対に居る、三人。根拠が全く無いが、これだけは断言できる。
昨晩は麻美と話して結構遅くなったが、俺は基本的に早起き。なので苦も無く…ってのは嘘だが、起きて日課のトレーニングに励んだ。
本日は休日。GWの中盤。親父とお袋はずっと休みで恨めしいが、俺は学生故の飛び日連休。まあ良い。
さて、今日は何しようかな?たまには図書館に行って勉学に励むのもいいが。
外は曇り。雨はどうだろ?大人しく家にいた方がいいかな?
まぁ、午前中は家で予習復習でもしようか。晴れたら午後にでも出掛けりゃいいんだし。
そんな訳で一人黙々と勉強開始。喉が渇いたところで一休み。
「つーか、もう直ぐで昼飯かよ…」
随分集中してやっていたんだな。我ながら吃驚だ。
外を見ると雨が降っている。小雨だけど。じゃあ今日は出歩かない方がいいな。
昼飯食ってマッタリ過ごしていると、いつの間にか夜になっていた。自堕落すぎるなあ、俺。
「だけど、用事無い日ってのはいいねえ」
勉強、練習、そして喧嘩と明け暮れていた繰り返し時代。こんなにマッタリする事は無かった。
朋美の影を常に気にして、三人からの猛烈なアプローチをどうにか躱してやり過ごす。それが殆ど日課だったからな。
そんな状況でクラス中間の成績まで昇ったのは僥倖だよな。俺って意外とできる子なんだろう。自画自賛だけど。
そんな日が二日続いた。そして本日連休最終日…
いつもの日課を終えて、部屋でマッタリしている俺のスマホが鳴った。
発信者は…ヒロか。暇だから遊びに行こうって誘いか?
何はともあれ電話に出た。
「もしも」
『おう、今日西高近くの建設現場で、三年が木村を呼び出したらしいぞ』
……いや、いいじゃねーか。呼び出しに応じなきゃいい話だし。
『三年の他に、二年も結構紛れているってよ』
「いや、いいじゃねーか?つーかなんでお前がそれを知っている?」
その手の情報なら、神尾から流れて来るだろうに、何の情報網?
『あー、なんつったっけ?水原、だっけ?デブで赤い髪のリーゼント。朝飯食いにファミレスに来たら、偶然出くわしてさ』
こいつ朝飯食いに、いや、波崎さんに会いに、わざわざ電車に乗って、あのファミレスに行ったのかよ?
なんつーか、泣けるな。色々と…
『そいつ仲間5人くらい連れて、殺気立っていたからさ。聞いたんだよ。そしたら教えてくれてさ』
「よく素直に教えたな…お前は赤デブとその仲間に顔知られていない筈だが…」
あの時は廊下で検問相手に何かやっていた筈だから。
『適度にぶん殴って口割らせた』
「お前らしいな。うん」
とても安心した。訊ねたら上等こいて来たからぶち砕いたんだろうけども。
俺と違って一応話するからな。俺なら顔見たらぶち砕くから。
『んで、どうする?加勢に行くか?』
えーっと、いや、何で加勢?
木村から頼まれたのなら行くけど、そうじゃないならお節介じゃない?
『木村には早いとこ頭になって貰わなきゃいけねえからな。ここで加勢して一気に叩けば、今日にでも木村がトップだろ』
あー。そっちか。波崎さんを安全に、ってか。やっぱ泣けるな。色々と。
「でも、木村か」
『赤デブの話じゃ、えっと、カマキリも来るらしい。あと中学の時病院送りにした奴多数』
俺の言葉を遮って話すとか…だけど結構な人数が来るって事か…木村側はどのくらいなんだろうな…
「ん?いや、そうなるとちょっと話が違って来るな?俺に関わったら最低病院送りにするって約束した奴等だろ?」
『関わったらっつうか、顔見せたらだったような…』
いや、同じなんだよ内容は。麻美に顔見せても病院送りにするって意味なんだから。
まあいいや、つまりこう言う事だ。
俺に顔見せたら病院送り=俺に関わったら病院送り=俺の友達に関わったら病院送り=木村に関わったから病院送り…
「かなり強引じゃね?」
『あん?何が?』
「い、いや、何でも無い…」
自分の強引なロジックに自分で突っ込むとか、俺もやっぱり色々だなあ…
「解った。行こうか」
ヒロの言い分も理解できるし、共感できる。
木村がトップに立てば、麻美も煩わしい事にならなくて済むし。
『そうこなくちゃな。じゃあ駅で待っているぞ。いいなお前等?』
ん?ヒロの他に誰かいるのか?
「ヒロ、他に誰かいるのか?」
『水原とその仲間達だよ。俺その工事現場知らねえし、案内させようかなと』
赤デブをとっ捕まえた儘連絡して来たのかよ!!
だけど確実に現場に行けるからな…一応ナイスジョブと言っておこうか。
「じゃあ俺が着くまで待ってろ」
『おう』
電話を終えて、速攻着替えて例の駅に向かう俺。
こういうのも初めてだが(助っ人みたいな)全く緊張しない。気を付ける事は、木村の仲間をぶん殴らないようにする程度か?
つーか、やっぱ現世じゃ修羅道だな。本当は大人しく過ごしたいのに。
とか言いながら嘆くことも無く、いつも通りの自分にやや戸惑っている状態だった。
例の駅に着いた。ヒロを捜そうとしたがやめた。ベンチに座っているヒロが簡単に見つかったからだ。
その理由も実に簡単だ。ヒロの前で正座している赤デブとその仲間達が居たからだ。朝っぱらから目立つ事すんなよ。
「ヒロ、来たぞ」
「お。結構早かったな」
腰を上げるヒロに対して、俯いたままの赤デブとその仲間達。
「なんでこいつ等震えてんの?」
赤デブに指を差してヒロに訊ねる。
「お前が顔見たら病院送りにするっつったからだろ」
ああ。そうだったそうだった。んじゃ約束通りに病院送りにしてやるか。
「つっても今は駄目だぞ。案内がいなくなっちまう」
そりゃそうだなと振り上げた拳を降ろす。
ホッとしながらも文句を言う赤デブ。
「案内させようとして無理やり待たせたのに、ぶん殴ろうとすんのかよ…」
言われたのでぶん殴った。赤デブはぐあっとか言いながらよろけた。
「お前等、隆に舐めた口利かない方がいいぞ。こいつ、お前等みたいな奴等をぶん殴る口実を常に窺っているからな」
「酷い言われようだな。その通りだけど」
つーかお前、止めろよ。お前に留められたんだろうに。赤デブが可哀想だろ。
心は全く痛まないけど、一応そう思ってやる。やっぱりこういう輩は大っ嫌いだし、顔見たらぶち砕くだろ、普通。
赤デブの髪を引っ剥って俺に向かせる。
「お前等は何人くらい集まるんだ?」
目を伏せて黙ったので、左フックでぶっ飛ばす。
「があっ!!」
「があ、じゃねーよ。言わないのなら仕方ない。暫く喋れなくしてやるよ」
振り翳す拳。狙いは赤デブの口周辺。
「ま、待って!!言う!!言うから!!」
涙目でわちゃわちゃと、実に煩い。
「お前、あの時も言った筈だけどな?木村に感謝しろってよ?もしかして意味が解らなかったのか?思考は脂肪に吸い取られたか?」
俺が木村の顔を立てたのは解っただろうに。決して自主的に退いたんじゃねーのにな。
「だ、だから、言うから…」
「解っていないようだからもういいや。病院のベッドで後悔しとけ赤デブ」
だんまりとか、舐めすぎだろ。感謝の意味も解っていないようだし、やっぱこういう人種に話しは無駄だ。
「待て隆、今病院送りにしたら、喧嘩の場所が解んねえ」
それもそうだな。別に残っている連中に聞けば済む話だが。
「ヒロの言う通りだ。じゃあもう一度チャンスをやるから、質問には全部答えろ」
何度も頷く赤デブ。最初から素直に言う事を聞けばいいものを。痛い思いをしないで良かったのに。
「……俺達の人数は解らないけど…確実なのは派閥の頭が七人…」
「ふん。お前も糞手下五人連れているからな。他も同じくらいだとしても35人か」
言いながら糞手下を蹴っ飛ばした。ぎゃっとか言ったので蹴り上げてやった。
「ち、ちょっと待てよ…質問には全部答えるって言っただろ……?」
「あ?お前の糞仲間をぶち砕かないって約束したかよ?」
生意気にも俺を止めるとか。こいつ本気で命がいらんらしいな。
「やめとけ隆。今は他の質問だ」
そうだな。その通りだ。つかこいつ、中学時代もさり気なくこうやって俺を止めてくれていたんだよな。
ホント感謝だ。お前と親友で良かったよ。
「呼び出した木村側の人数は?」
「それは解らない…木村を呼び出したのはそうだけど、仲間連れてくんなとは言わなかったし…」
「何時にどこだ?」
「10時に駅裏の工事現場…」
「その工事現場、知らないんだよ。お前案内してくれるよな?」
「………」
黙ったからムカついて糞仲間を蹴っ飛ばそうとしたが、呻き声がしてやめた。ヒロが蹴っ飛ばしたのだ。
「おい」
「お前はやり過ぎるから、代わりに俺がやってんだろ。それで我慢しろ」
こうやって俺のやり過ぎを止めてくれる事もしばしばだったな。やっぱりお前には頭が上がらないよ。
ヒロが俺を止めてくれている間にケリを着けよう。
再び赤デブに向く。赤デブはびくっと身を竦めた。
「……案内するだろ?」
赤デブはやや迷っていた風ではあったが、逃げられないと察したか、弱々しく頭を垂れて言った。
「………解った……元々お前のダチに案内しろって事で、捕まっていた訳だからな……」
じゃあ善は急げだ。この行動のどこに善があるのかと問われれば、口を噤むしか無いけども。
「案内しろ」
「……ああ……」
力無く立ち上がっって、俺に向かって頼んだ赤デブ。
「…こいつ等は解放してやってくれ。案内は一人いればいいだろ?」
「へえ?お前みたいな糞でも、一応は仲間を慮れんのか?」
素直に感心した。こいつ等、自分さえ良ければ他はどうでもいい人種だろうと。それともただカッコつけているだけなのか?
「まあいいや。確かに案内は一人いればいいしな。そうしてやろうぜヒロ」
「そうだな。じゃあお前等早急に失せろ。付いて来たら間違いなく病院送りになるぞ。こいつはそう言う奴だぞ」
俺を指差して警告を発しやがった。まあ、その通りなんだけど。
赤デブを中心に、俺とヒロが挟んで、件の現場に向かう。
これは赤デブを逃がさない為にした結果なのだが、そうなると必然的に赤デブと話す事になる。俺は話す事が無いから話さないけど。
「おい。俺と隆が木村とダチになったのは知っている筈だよな?」
「あ、ああ…その噂で持ちきりになったからな…あの緒方と木村が…って」
ヒロがムッとする。自分の名前が出なかったからだろうが、本当はそっちの方がいいんだぞ。
「それなのに、なんで木村を叩こうとした?」
「そ、それは、お前等が手を組んだら、間違いなくやられるからだよ…」
そう思って焦った結果、こうなりましたとさ。素直に木村に付いていた方がマシだったのに。少なくとも、こうはならなかったのに。
「でも隆の話だと、隆と木村とは互角くらいって言っていたぞ。じゃあ木村にもやられるだろ?」
「木村は強いけど、常識が通じるって言うか…緒方は…ほら…」
物凄く言い難そうだな。本人が横に居るからだろうけど。
要するに、木村にも報復されるかもしれないが、そんなに酷くはならないと。対して俺は、最低でも病院送りを目指しているから、大事になっちゃうと。
「ああ。あいつ頭おかしいからな。でも木村もやる時はやるぜ。隆の方が狂っているのは認めるが」
「お前そろそろ俺の心を抉るのをやめろ」
木村に加勢する前に心が挫かれるだろ。そもそも加勢はお前が持ってきた話だろーが。
でも10時に呼び出したんだろ?今は…とスマホで時間を見る。
「ヒロ、もう10時過ぎちゃったんだけど」
「別にいいだろ。木村がお前の言う通りの奴なら、簡単にやられねえだろうし」
それもそうだな。俺達の助けが無くても簡単…って訳じゃないと思うが、勝つだろう。
と、赤デブの足が止まった。そこは工事現場。でっかい何かの建物が建つ予定なのだろう。
「地下駐車場もあるのか」
「駐車場も結構、つか、かなり広いな」
五割くらい出来ているその建物は、今日は作業していないのか(GWだし)、人の気配がしない。
「おい、人の気配しないけど?」
言いながら赤デブを小突く。騙しやがったらぶち砕くつもりで。
「ち、地下に居る筈だ。そこに呼び出したんだから」
まあ、俺達はまだ入口も入口。ちゃんと探した訳でもないし。
「じゃあ早く行け」
「……此処までじゃ駄目なのか?」
何言ってんだこいつ?駄目に決まってんだろ。
騙した可能性がまだあるんだからな?騙して別の所に連れて来たと解ったら、そこでぶち砕くんだし。
その旨を言うと、諦めたように息を吐く。
「解ったよ…お前に関わった時点で終わっていたんだよな…」
その言い方じゃ、俺が疫病神みたいじゃねーか。お前が糞くだらない事をしなきゃ良かっただけだろうが?
責任転嫁にムカついてぶち砕こうとしたが、やめた。ヒロがぶん殴ったからだ。
赤デブは派手にぶっ倒れる。そんな赤デブを見下ろしてヒロが言う。
「お前が俺の女にふざけた真似をしたからだろうが?この場で動けなくしてやってもいいんだぞコラぁ?」
「いやいやいや、ちょっと待て、こいつを動けなくするのは俺だ」
止めに入ったんじゃない。ナチュラルに参加した。俺は元よりそのつもりだし。ヒロが案内にと止めただけだし。
「だ、だから悪かった…ぎゃっ!!」
言い訳の途中だが、今度は俺が蹴っ飛ばした。パンチじゃないからそんなにダメージ無いだろ。鼻血が出ちゃったようだけど。
「悪かったって台詞は今初めて聞いたんだけどな?だからってなんだ?」
「い、いや……」
項垂れる赤デブ。つーか、言い訳が正当でも、あのファミレスでふざけた真似した時点で終わっているんだが。
まあいいや。とっとと用事を済ませた方がいい。その後ムカついていたら改めてぶち砕こうか。
俺は赤デブの腕を取って立ち上がらせて、顎をしゃくって案内を促した、
赤デブはしょぼくれながらも力無く歩き出す。俺達が虐めたみたいでムカつくが、そこは堪えよう。波崎さんに迷惑掛けた借りは、ヒロが返して然るべきだと思うし。
地下駐車場…剥き出しのコンクリートのみの空間。そこにアホの西高生が沢山いた。
転がっているのはざっと見て4人。俺は赤デブに訊ねた。
「こいつ等はお前等の仲間か?」
「あ、ああ…」
と言う事は木村がやったのか。もしくは木村の仲間か?
「!?誰か来た!!」
「木村の仲間か!?」
俺達登場でざわめく糞共。丁度いいと赤デブを前に押し出す。
「水原!?遅かったじゃねえか……ぎゃっ!!」
発したと同時にヒロが跳び蹴りをかました。それとほぼ同時に乱闘をやめて俺達の方を見る。
「……緒方?お前何しに来たんだ?」
結構な傷を負っている(包帯塗れだった。神尾情報じゃ、派閥が一斉に襲ってきたんだよな)木村が吃驚しながら言う。
同時に一際大きくなったざわめき。構わずに木村の近くに歩く俺とヒロ。と、ついでに引き摺られながらの赤デブ。
そして木村の真正面に立ち、笑いながら言った。
「意外とボロボロだな?結構貧弱なんだなお前」
面食らいながらも軽口と判断したのか、笑いながら返す。
「そう思うんならちょっと加勢しろよ。俺の連れは二人しかいねえんだからよ」
こいつ三人でこの人数を相手してんのか。俺に負けず劣らず狂っているぞ、それは。
このやり取りを聞いた糞が悲鳴宜しく絶叫した。
「おおおおおおお緒方が来た!!やっぱやめときゃよかったんだ!!安保の誘いなんかに乗らなきゃよかった!!」
取り乱す様なその様。つーか見た事があるな。
「おいお前、俺を知っているようだが、誰だ?」
ヒロが呆れたように口を挟んだ。
「今井ってカマキリだろ。お前にやられただろうが」
そうだったそうだった。カマキリだアレ。包帯で顔を巻いているから解んなかったぜ。
「そうだったな。忘れて悪かった。だけど約束は覚えているから安心しろ。顔見たら病院送り、だったよな?」
「自分で勝手に来たのにそれかよ」
木村ですら呆れたように言いやがった。だけど約束は約束だろ。
じり、と一歩進むと、カマキリがいきなり正座する。
「ちょっと待ってくれって!!!俺はお前と事を構える気は無い!!!」
涙目での懇願。実に気持ち悪い顔だ。まあいいや。以前も言ったように、今回は執拗に追い込まない。アレで?と言われちゃ返す言葉も無いけども。
「んじゃお前、俺の代わりにそいつ等ぶち砕いとけ。赤デブ、お前もな」
真っ青になる赤デブとカマキリ。まさか同士討ちしろと言われるとは思っていなかっただろう。
それは木村も同じようで、俺を悪鬼を見るが如くの目で見ていた。隣の木村の仲間も。
つーか福岡じゃねーか。もう一人は福岡との喧嘩の時にナンバースリーと思った奴じゃねーか。
この時からの木村シンパだったのか。一応安心する。木村の見る目が正しかった事に。
このやり取りの中、動いた西高生は一人しかいなかった。他は俺にドン引きしたんだろう。
そいつは例えるならヘビー級の体格で、プロレスラーみたいな奴だった。
恐らく剃って作ったスキンヘッドが光って、俺は笑いを堪えるのがやっとだったが。
「隆、こいつが安保だよ。何回か病院送りにしただろ?」
「知らね。この手の類の奴は、みんな同じに見えるからな」
俺の言葉に怒ったようで、強面のツラを俺に近付けて凄む。
「緒方ぁ…あんときは世話になったなあ……!!」
「お前、病院が好きなのか?だったら礼はいらねーぞ。お前の入院費は俺の金じゃねーからな」
挑発って訳じゃ無かったが、簡単に乗って大きく振り被って殴ってきた。
大振りのパンチなんか隙しか生まないのに、素人かこいつは。その恵まれた体型に胡坐をかいて、碌に練習しなかったんだろ。
する筈ねーか。喧嘩の練習なんか。そんなモンするのは俺くらいか。
馬鹿みたいな右パンチ。それに楽勝にカウンターを合わせる。
「ぷぐあ!!!!」
俺の右拳に砕けた感触。鼻を折ったな。
証拠に、白目を剥いて鼻血を撒き散らしながら倒れて行くし。デカいから受け身取らないと、ダウンのダメージもデカいだろ。
「!!安保を一発で!?」
驚きの西高生。デカい身体だからタフなんだろう。容易に想像できるわ。
ぶっ倒れたデカい奴を見下ろして、俺は言う。
「おいカマキリ。バケツに水汲んで来い。そんくらいできるだろ?」
いきなり振られたカマキリは、それでも脅えながらも反論する。
「で、でもどこにバケツと水があるか…」
「此処は工事現場だろ?探せばどこかにあるだろうが?」
言いながらヒロが近くにいた糞を蹴っ飛ばす。
「ねめえなにえうぃお!?」
仲間の糞が意味不明な事を言った。多分だが、てめえなにを、と言いたかったんだろう。噛み噛みで凄みもなんにも無い。
「隆ばっかずりぃだろ。俺にもやらせろ」
「いや、お前が赤デブぶん殴って始まったんだろ。寧ろお前やれよ。おい、どうでもいいから水」
及び腰で立ち上がる。行こうとする前に忠告を発する。
「このまま逃げたら付け狙う。嫌だったらちゃんと水汲んで来い」
「わ、解った…」
超重い足取りながらも地下駐車場から出て行った。さて、水が来る前に…
「やっちまうかヒロ。木村」
「おう」
「え?あ、お、おう」
自分の喧嘩なのに観戦に回っている感の木村。いきなり振られて思い出したように動いた。
た。
ヒロが突っ込んで行く。糞共がパニックになったように逃げ惑う。
目に入った糞を片っ端からワンパンで潰していくヒロ。そんなヒロを頼もしそうに見ながら、他の糞をぶっ叩いて行く木村。
「やっぱ木村は強いな。あいつと張れるのは、この辺りじゃ俺とヒロくらいだな」
呑気に観戦している俺。そんな俺に木村の仲間が寄ってくる。
「アンタはやらねえのかよ!?」
ビックリしたように。いや、やるけども。その前にだ…
「お前は木村の仲間なんだろ?名前は?」
問われてちょっと身を引かせたが、名乗った。
「あ、ああ…俺は水戸って言うんだ…あっちのロン毛は福岡…」
福岡は知っているからいいんだが、こっちの俺は知らないからいいのか。
「ふうん…水戸な。いや、やるけど福岡?って奴ボコボコにされてんだけど、助けに行かないのか?」
4、5人に囲まれてフルボッコを喰らっている最中の福岡。それでも倒れないとは流石と言うべきか。
「福岡は心配ない…って訳じゃないけど、俺達は負け戦をしに来たんだから仕方ない。木村君一人で行かせる訳にも行かねえし」
ふうん。最初は木村一人で行こうとしていたのか。それを知ったこいつ等が付いて来た、と。
負け戦になる事も覚悟済みか。最後に勝てばそれでいいからな。俺もそうしていたし。
だけど俺は自信を持って言い切る。
「この喧嘩、俺達の勝ちだから心配ない。今日から西高の頭は木村だ」
「……なんで言い切れるんだ?」
まあまあ、ネタばらしは後回しにして、ちょっと聞いてみようか。
「俺やヒロは木村と互角くらいなんだけど、木村には報復してきて、なんで俺達に報復して来ないと思う?」
学校で派閥全部相手取ったんだろ?と追加して。
「……そりゃ……」
解らないのか、首を捻る。
「俺の追い込みがキツイからだよ」
「……噂には聞いているけど…木村君だってきっちり追い込むぞ?」
そうだろうけどそうじゃない。俺はヒロと麻美がいなければ、殺していた程の追い込み。
「……丁度いいから見せてやる」
顎をしゃくった先を向く水戸。
そこにはバケツに水を汲んできたのはいいが、乱闘になっていた為に躊躇してあわあわしているカマキリが居た。
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