西高~006
とにかく買ったのでもう用事は無い。お隣の遥香の家まで徒歩一分だ。
「此処が槙原の家か…波崎の家の近くだな…」
「ああ。送って行った時あるから、家は解るもんな」
遥香の家から更に奥の方向だった。歩いて15分くらいか?
「あはは~。波崎の家には入れないから、今日は私の家で我慢してね~」
「べ、別に期待してねえし」
いやいや、お前期待しまくりだろ?前も家の近くまで送ったのはいいけど、此処でいいとか言われてヘコんでいたしな。
ともあれ俺達は仲良く家に入った。二度目だから遥香の部屋にも迷わずに行ける。
「…此処が槙原の部屋か…」
「パンツ探そうとすんなよ」
「するか!!お前の女のパンツなんか!!」
じゃあ波崎さんのパンツなら探すんだな?気持ちは解る、痛い程。
「遥香がお茶を煎れている間、準備しようか?」
準備も何も、買った弁当広げるだけのような気もするが。
まあ、従おう。何すりゃいいのか解らないし。
準備は呆気なく終わった。そりゃそうだ。買ったものを広げるだけのお仕事。簡単すぎて欠伸が出る。
手持ちぶたさと言うか暇なんで、波崎さんに話題を振る。
「波崎さんは一人っ子なの?」
「ううん。お姉ちゃんがいるよ。二つ上」
その情報は繰り返し前に既に知っている。と言うか、波崎さんの情報は、俺にはあんまり必要ない。ヒロの為に話題を広げているのだ。
後の好感度アップの為にな。出来た親友だろ、俺って。尤もヒロが情報を有効に活用できるのか解らんが。
「二つ上って事は高校三年生か。どこ?」
「大洋高校だよ」
「大洋?頭いいんだな?それにしても、遠い学校選んだんだなぁ」
大洋高校とは、西高方向の隣町だ。的場の街と逆方向。それに、ここいらでは一番の都会でもある。
偏差値も海浜より高い事から、いい大学に行きたい生徒が、結構遠い所からも入学している。波崎さんのお姉さんも頭がいいって事だ。
「通いは大変だけど、寮も無いしね。毎朝早く起きて登校しているよ」
そうだろうな。俺も毎朝早いけど。
尤もお姉さんは登校の為。俺より早起きして準備している事だろう。大変だよな。ヒロが夜遅くお邪魔して、お姉さんの邪魔をしないように心掛けなくちゃ。
あくまでも使命感であって、意地悪で言っているんじゃない。断じて。
しかし大洋高校か…あっちって確か、春日さんの実家の方だったような…
一年の冬の時に、遥香が春日さんを脅したのは、波崎さんから情報を得たような事を言っていたな。
お姉さんが何かしら知って、妹に話して、遥香に教えて、遥香が更に情報収集して…ってところだろう。
お姉さんはそんな事に首を突っ込む程暇じゃないと思うし。単純に勉強が忙しくて。
「波崎の姉ちゃんは大洋か。じゃあやっぱり俺も免許取るかな」
「なんで?」
「いや、波崎の姉ちゃんを迎えに行けるじゃねえか。大洋は遠いから大変だろ?」
なんか俺って気が利くだろう的な顔をしているが…
「お前誕生日12月じゃねーか」
12月に取れたとして、冬の雪道にバイクの後ろに乗るか。普通に危ねえだろ。
「それにお姉ちゃん、三年生だから、次の年まで待ったら、卒業していないし」
「それに妹の彼氏に迎えを頼むか普通?」
謎のドヤ顔がみるみる消え失せて行く。
終いには項垂れて顔も見られなくなっちゃった。馬鹿丸出し発言で恥ずかしいんだろう。俺だったら恥ずかしい。
「おまたせー。食べよう食べよう。って大沢君、なんで顔色が土色になっているの?」
聞いてやるな。聞かない事も優しさなんだ。
ヒロのカップめんにお湯を注いで、頂きますして箸を割る。
「遥香、タケノコご飯食うだろ?」
「ありがとー。ドライカレーもどうぞ」
交換している俺達を見たヒロが早速動いた。
「波崎、チキンライス…」
「うん。私と同じだね」
「…………だよな……」
ヤバい。本気で悪いと思うが、腹筋が鍛えられそうだ。遥香も頑張って耐えているし!!
「ヒ、ヒロ…波崎さん、タケノコご飯食べる?」
「う……うん…ありがとう緒方君……くっ…」
波崎さんも笑いを堪えている。場を和ませたって事で、ナイスジョブだぞヒロ!!
「ヒロ、チキンライスちょっとくれよ」
「………おう……」
すんごく元気ない状態でチキンライスを滑らせてきた。
いいじゃねーかよ。みんな咎めていないしよ。お前の馬鹿さ加減に癒されているんだから、そんなに落ち込むなよ。
さて、おかずを戴こうか。その前に…
「好きな物取っていいから」
遥香が取り易い位置におかずを置く優しい俺。
「ありがと。グラタン半分食べてー」
それは約束だったな。有り難く戴こう。
その様子を見ていたヒロがやはり動いた。
「波崎、好きなモン取っていいからな」
俺と全く同じように、波崎さんの取り易い位置におかずを置いた。
「え?うーん…全部お肉とか揚げ物じゃない?夜はちょっとね……」
案の定断られた。本当に可哀想な程、項垂れている!!
仕方ない、助け船を出そうか…
「おいヒロ、ブタショーと里芋交換しよう」
「…いい。俺里芋好きじゃないし…」
項垂れながらの拒否。お前が好きか嫌いかなんてどうでもいいんだよ!!波崎さんにあげればいいだろ!!
「あ、じゃあ野菜炒めあげるから、里芋の煮つけ頂戴」
目をまん丸にして俺を見るヒロ。だからこれをやれっつう意味なんだよ!!
女子と、しかも彼女と、おかずの交換憧れていたんだろ!?チャンスは物にしろよ馬鹿!!
「…隆と交換するのか…いや…いいんだ…それは別に…」
飯食いながらクズってんじゃねーよ!!ホント面倒臭いなお前!!
「それはどうでもいいけど、カップめん伸びるんじゃない?」
波崎さんからどうでもいいと言われましたー!!傷心マックスに一歩手前状態だー!!!
「そ、そうだぞヒロ。カップめんは伸びたら旨くないし」
「………おう……」
物凄い元気なくなっちゃった!!だけどカップめんは食うんだな。ズルズルうるせーし。
「……なぁ、波崎さん、ブタショーと野菜炒め、交換してやってよ?」
ヒロに聞こえないくらい小さな声で頼んだ。
「えー?いいけど…ねえ大沢君。その生姜焼きちょっと貰える?代わりに野菜炒め…」
「おう!!遠慮すんな!!沢山持って行け!!」
一気に元気になってブタショーを波崎さんの入れ物にドカドカと。
「ちょっと!!そんなにいらない!!少しって言ったでしょ!!」
盛ったブタショーを戻されたー!!何やってんだよお前!?
可哀想を通り越しってイラッとしたよ!!ちょっとは配慮してやれよ!!
もう構うのも庇うのも面倒だ。自分の食事をしよう。
「遥香、から揚げ貰っていいか?」
「うん、いいよ。って言うか遠慮しないで持って行ってよ?」
から揚げを箸でつまんであーん、と。
俺もあーんで迎え撃つ。結果美味しいから揚げをモグモグする事が出来た。
「波崎、その、えーっと、ハムエッグ貰っていいか?」
また俺を見て動いたヒロだが、そのチョイスは…
「え?ハムエッグ取られたらおかず無くなっちゃうんだけど?」
波崎さんはハムエッグをメインにして、野菜炒めとポテトサラダ。
そして主食がチキンライスだから、おかずが不要だと思っているのだろうか?
「………だよな……」
ホント馬鹿だなこいつは!!ポテトサラダ貰えばいいだろ!!
あーんは無理だとしても、くれるよポテトサラダなら!!
「いや~…大沢君も頑張っているのは解るんだけどね…」
遥香が心底気の毒そうに呟く。
頑張っているっつーか、のパクリを悉く失敗しているだけだろ。
告白も俺のパクリだったなそう言えば。あれも失敗した部類に入るのかなぁ…一応借りとは言え彼氏彼女になったから、半分成功って事でいいんだろうけど。
飯が終わって、遥香の淹れてくれたコーヒーで食後の一服。
ヒロは床に寝そべっているけど。腹を押さえながら。
「ご飯もおかずもドカ盛りだったしね。カップめんも食べたから…」
波崎さんが、可哀想な子を見るような眼差しをヒロに向けながら言った。
「だがまあ、男子の胃袋舐めんなってのは本当だ。暫くすりゃ動けるようにはなる」
二年の夏休みのバーベキューはこの比じゃ無かったしな。俺もヒロも。
「ふーん…じゃあ心配いらないかな」
いらない。する必要も無い。この場合、完璧に自業自得なんだから。
その時、俺のスマホに着信が入った。見てみると、神尾だった。
「なんだあいつ?何の用事だ?」
電話に出ると、神尾が遠慮がちに言って来る。
『俺から連絡するのはどうかと思ったけど…お前、木村とダチになったのか?』
ああ、木村から通達が出たのか。俺とヒロからこんな話が出たから、自重しろと。
「ああ。お前も聞いたと思うけど、南女とファミレスに迷惑かけなきゃ何でもいいからな。つっても俺のいる所でおかしな真似は極力すんなよ」
木村との約束があってもぶち砕く事になっちゃうからな。
『ああ。うん。それは承知しているよ。お前から話が出た時に、親しい連れにも言っといたから。まあ、それは兎も角、お前と大沢が絡んだって事を知った三年がな、一気に木村を潰しに掛かって来たんだよ。焦ったんだろうな。やられる前にやるみたいな』
そういや遥香もなんか言っていたな。俺達と絡んだおかげで、西高制覇は早まるか遅くなるか、どっちかだと。
しかし、わざわざ連絡して来るって事は、木村が負けたのか?まさかな。あいつは簡単にやられない。
『お前と木村がダチになったのはマジビックリしたけど、そのおかげっつうか、向かって行った三年の派閥が全滅してな。制覇まであと少しの状態だ』
心配はしていなかったが、やっぱり安心した。木村が負ける筈が無いけども、心配くらいは当然する。
『木村も結構なダメージを負ったけど、警戒する派閥は5つ』
「じゃあ制覇は本当に目の前なんだな?」
『おう、言ってもしょうがないと思うけど、一応話しとく。御子柴、今井、菊池、安保、喜多川。厄介なのはこれくらいだ』
今井?そいつって確か…
「今井ってのはカマキリみたいな奴か?シンナーやっている?」
『ああ』
「そいつ、さっきぶち砕いたぞ。俺とヒロに絡んできたから」
暫しの静寂の後『はああああああああ!?』と電話向こうで驚きの声。
「そんな訳だから、今井ってのは除いてもいいだろ。木村に言っとけ」
「ちょっと待て隆、安保ってのはガタイがいいスキンヘッドの奴か?」
聞き耳を立てていたヒロが聞いてくるので、神尾に確認を取った。
『あ、ああ…佐伯もガタイが良かったが、それよりも更にデカい奴だ…』
「そいつ中学時代、隆に病院送りにされた奴じゃねえか。報復して来たけど返り討ちにしただろ?その後も6回くらい追い込みかけたか」
そうなの?こっちの緒方君の事は解らないからな。病院送りに返り討ち、そして追い込み6回か。実に俺らしい。
まあいいやとヒロ情報を神尾に教える。
『もうやってたのかよ!?だったら安保も除いていいな…』
まあそうだろ。俺はしつこいからな。そいつも俺が木村と友達になったと聞いたら向かって行かないだろ。それだけのトラウマを植え付けた筈だ。
あいつ等アホだから、またリベンジとか言い出しそうだけども。
「喜多川って人だけど、背の小さい運動神経いい人?
聞き耳を立てていた遥香が聞いてくるので、神尾に確認を取った。
『ああ。確かナントカ拳法を習っていたとか何とか…』
「その人隆君と大沢君が中学時代に半殺しにした筈だよ?やられた手下の仕返しとか何とか言って、大人数で掛かって来たから返り討ちにした筈だって。病院送りにもしたし」
「なんでお前が知ってんだよ!?」
「いやいや、たまたま拾った情報ですよ」
調べたんだな!!まあいいけど。調べられて困る事はしていないし。多分。
まあいいやと遥香情報を神尾に教える。
『……そういや俺が一年の時に、喜多川一派が酷い怪我負っていた時があったな…入院した奴もいたとか…』
じゃあ間違いない、俺達だ。俺達以外にそこまでやる奴は少ないだろ。
「そんな訳みたいだから木村に言っといてくれ。面倒な手間が若干省けたみたいだって」
『若干じゃねえような気もするが、解った…』
元気がなくなって電話を切った神尾。その被害者に自分がならなくて良かったと安堵もしているようだった。
つーかこっちの緒方君も俺同様だなあ…同じ魂だからそうなんだろうけども。
「木村君、頑張っているねえ…天下の西高の頂点を目指しているだけはあるなあ」
感心する遥香だが、あんな学校の頭を目指す事自体、頭悪いんだけど。
木村は頭がいい筈だけどな。少なくとも黒木さんよりは。
と言う事は、ヒロよりも頭がいいって事だ。俺よりちょっと上くらいか?
「大沢君、西高生と友達になったの!?」
波崎さんが目を剥いて驚く。俺じゃ無くヒロに聞いたのも、聞き易いからだろう。
「おう。木村に西高任せとけば、波崎にも被害が出ないからな。苦肉の策だ」
なんだ苦肉の策って?その謎のドヤ顔と一緒に説明して貰おうか?
「なんで!?西高生云々よりも、なんか不自然…と言うか、決まっていたみたいな感じなんだけど?あのお店に来た西高生との流れでそうなったんじゃなく、そういうようにした感じなんだけど?その人と友達になる事が!!」
まあ、決まっていた。少なくとも俺はな。
だけどヒロは口を閉ざした。俺の繰り返しの事を黙ってくれているのだ。
つか、流石波崎さんだ。勘が鋭いなんてもんじゃねーな。結構な霊感があるんだろう。
「ヒロ、話していいよ。波崎さんも不思議、と言うより、不審に思っているみたいだからな」
目を剥いたヒロ、そして遥香。波崎さんにはいつか話すつもりなのは知っていただろうに、驚き過ぎ、と苦笑する。
「……緒方君から?緒方君が何かしたの?」
不信感バリバリで俺を見る。流石に遥香が咎めた。
「私のダーリンをそんな目で見ない。ちゃんと話すから。波崎が信じるかどうかは別の話だけどね」
「遥香もなにか知っているの?いや…アンタならそうか…」
苦笑いする遥香。そして淡々と語った。俺の繰り返しと出戻りの話を。
俺も感情を込め無いように話しているけど、遥香の方が上手かった。語り部交代してもいいんじゃねーかって思うくらい。
一通り話終えた後、残っているコーヒーを一気に飲み干す。喉が渇いたんだろう。こんな話をしたんだから当然だ。
「……成程…信じられない話だけど…」
頷きながらも納得する。波崎さんは前回麻美が憑いていた事を知っていた。俺がちょっとおかしい事も勘付いていた。
「だけどあんまり動揺はしていないね?」
「そりゃあ、遥香が信じたんだもん。この子が信じた情報なら本物だよ」
別ベクトルの信頼感だった。まあ、それも遥香らしいっちゃらしいけど。
「それに私って少し霊感あるしね。麻美さんがちょっと変だな、ってのも納得だし」
麻美?なんで麻美が出て来る?確かに前回、と言うか繰り返しは麻美の仕業だったが、今回は関係ないだろ?
怪訝な顔をしていたんだろう。波崎さんが逆に訊ねて来た。
「緒方君の世界の記憶を持ってこれる人、三人いるんだよね?」
頷いて肯定。それは間違いなくそうだろう。俺の魂がそう言っている。国枝君もそう思うと言った。
今回の繰り返しの仕掛け人と、当事者の俺の見解が一致したのだから、多分間違いない。
「その一人って麻美さんじゃないの?」
真っ青になったのは遥香とヒロ。俺は意外と冷静だった。だから逆に聞き返す事も出来る。
「…なんでそう思う?」
「なんでって言われてもなぁ…ただの勘、としか答えようがない…」
困ったように返答する。勘か…そんな曖昧な物に頼る事ができるか…?
「……波崎さんは前回、俺に麻美が憑いているのを見切った人なんだ」
「そうなの?ちょっと霊感あるだけなんだけどな…」
「だからその勘の根拠を教えてくれないか?勘に繋がる何かでもいいから」
「だから…何となく変だな、って思っただけだよ。例えるなら二重人格みたいな感じ?」
二重人格…こっちの麻美に向こうの麻美が乗り移った?
それならそうと言う筈だけど…麻美ならそうだろう。
「……俺はこっちの俺に魂を降ろして貰った俺だ。俺から二重人格的な何かを感じるか?」
「え?う~ん…………感じるかと言われればそうかな?程度かな…」
自信無さ気だ。と言う事は、二重人格は向こうの麻美がこっちの麻美に降りたからじゃない?本当にただの二重人格?そんな話、聞いた事も無いが…
考えれば考えるほど解らなくなって来る…
「じ、じゃあ私は?私が一番記憶を持って来る事が出来る可能性があるんだよ。その私からは感じる?」
波崎さんにぐいぐい接近する遥香。なんか必死過ぎるが…
波崎さんも身体退かせてたじろいでいるじゃねーか。ちょっと落ち着け。
「は、遥香からも感じない…て言うかアンタも知っているでしょ?私はちょっと霊感がある程度だって」
言われて身を引っ込める。そしてペタンと座った。
「そう…だったね…ちょっと勘が鋭い程度だったね…」
「しかし日向か…成程なあ…」
ヒロが納得したように頷く。
「なんで納得できる?」
麻美と同じく、こっちの俺を助けてくれていただろうヒロ、そんなヒロだからこそ何か感じる物が…
「波崎が言ったんだからそうなんだろ」
俺だけじゃない、遥香もがくんと肩を落とした。単なる惚気じゃねーか!!
「……本人から聞いた方が早いか…」
「麻美さんから直接聞くの!?」
なんでそんなに驚くのかは知らないが、頷く。
「聞けば答えるだろ。麻美なら」
「そ、そうかもしれないけど、そうじゃ無いかもしれないでしょ?」
必死だな?何でか解らんが、俺から言える事はただ一つだけだ。
「俺が好きなのはお前だけだ。お前はどんと構えてりゃ、それでいい」
遥香は一瞬硬直したが、直ぐに砕けた。凄い可愛い笑顔を俺に見せて。
泊まって行けと3回くらい誘われたが、丁重にお断りして駅に向かう。
「しかし槙原って、本当にお前が好きなんだなあ…」
後ろ頭で腕を組んで、空を見上げて言うヒロ。星を見ながらってキャラじゃねーだろうに。
「俺も好きだからいいんだよ」
「そうか?何か言い聞かせているような感じがすんだけどよ」
言い聞かせているんじゃねーよ。ホントに好気なんだよ。俺が戻ってきた理由を全否定するんじゃねーよ。
「まあ槙原は結構可愛いし、あの胸だし、勝ち組っちゃー勝ち組だしな」
「おう。俺は勝ち組だ。お前もそうじゃねーの?」
仮とは言え彼氏なんだし。
「俺は泊まれは愚か、家に来いとも言われた事が無いからな…」
どんどん落ち込んでいくヒロ。面倒臭い事になる前に話題チェンジしよう。
「麻美が記憶持ちって可能性あると思うか?」
「う~ん…つうか可能性云々じゃ、俺も木村も楠木もそうじゃねえの?」
「なんでそう思う?」
「出戻ってくる時に出てきた奴等が俺達だから、だろ」
成程、言われてみればそうかもしれない。あの時は俺に縁がある人だからだと漠然と思っていたけど、そうかもしれない。
「だけど記憶持っててなんかあんのか?」
それは本当に解らない。弊害があるのか、何もないのか。
「えっと、北商の何とかって女も記憶持ちの可能性はあるのか?面倒な事になるかもなら、そいつが絡んだ時じゃねえの?」
そうなったら逆に出しゃばって来ないんじゃねーか?連絡先削除した後、全く交流無かったし。
その旨を言うと納得したように頷く。
「ああ、そうかもしれねえな。日向に脅されたんだっけ?」
「脅したんじゃねーよ。俺の為にいろいろ考えた結果がそうなだけだ」
一応あの話は麻美にも言ったけど、ふーんの一言で終わった。その気の無い返事は何だと聞いたところ、返ってきた返事が、そうする可能性はあるかもね、だった。
あっちの麻美もこっちの麻美も思考自体は変わらないと言う事だ。遥香もそうだし、性格は誰もこっちも向こうもそんなに変わらないのかもしれない。
「お前も向こうのお前と性格があんまり変わらねーから、マジ浮気はすんなよ?捨てられるぞ?」
「しねえよ。お前がいるんだから、お前が止めてくれんだろうし。だけど性格が変わらねえって言うのなら、記憶持ちの容疑者はもう一人増えるよな」
容疑者ってお前、マジで勉強した方がいいぞ。いや、そんな事より、もっと気になる事を言いやがったな。
もう一人増える。ヒロの考える記憶持ちが…
「誰だそいつは?」
ヒロは一瞬だが口を噤む仕草を見せる。
「気になるな?言えよ?」
「いや、単なる俺の意見つうか、感想だからな。無責任に言ってもいいもんなのかどうか…」
そんな事言われても、気になっちゃんたんだから言えよ。
「いいから言えよ。今はなんでも聞いときたい」
やっぱりしばらく悩んだヒロは、漸く腹を決めたのか、口を開いた。
「須藤だよ。あの狂人馬鹿女だ」
朋美か……!!
成程、近くにいないから、すっかり失念していたが、その可能性はあるな…!!
「……随分おっかねえ顔してんな」
「……朋美の名前が出たらそうなる…こればっかりはどうしようもない。気に障ったら謝る」
本当に申し訳ない。いくら高等霊を目指した身としても、あいつの名前が出たら、俺は平常心ではいられない。
あいつ相手なら簡単に出て来るだろうな。明確な殺意って奴が…
「まあ、仕方ねえよな。須藤相手なら」
気にしていないように、頭を下げている俺の肩を叩いて起こさせるヒロ。
「実際、あいつが裏でごちゃごちゃやっていたのを知った時は、俺も殺したくなったしな。日向なんかあからさまだったし」
「……麻美がどうしたんだ?」
「ぶっ殺そうと考えた様だぞ?流石に実行はしなかったけど」
そりゃそうだろう。いくら狂人だとは言え、殺したら麻美は此処に居ない。施設かどこかに行って居る筈だ。
「だけど、それを拡散させたのは日向だ。仲が良かった友達とかSNSとか使ってな。だけどあいつ、面の皮が厚すぎだろ?殆どダメージを受けなかったけどな」
「それを何かで見た遥香が家を巻き込んで色々リークしたり広げたりしたのか…」
勿論学校でハブにされたり、近所の噂話のネタになったりしただろうが、平然と過ごしていたんだろう。
遥香の追い込みで漸く家そのものが動いたのか。
「だけど須藤が記憶持とうが何の問題も無いだろうけどな。あいつ家ごと京都に行ったし」
「まあそうだな。因みに警察沙汰になった時に、俺とかお前、麻美に何かあったか?」
「あー。引っ越すから示談にしてくれって頼まれたな」
金で解決かよ。人を殺しても金で解決していたからな。解り易すぎるわ。
「当然お前も俺も日向も、その金は受け取らなくて。代わりに条件を出したんだよ」
「条件?どんな?」
「この街に来るな。別の場所で万が一であっても無視しろ。永遠に関わるなってな」
その条件良いな。俺が考えたんじゃ無く、麻美が考えたんだろうけど。
「それを破ったら警察に言うと。ストーカーナントカ法になるらしいから効果はあるらしい。俺はよく解んねえけど。それに京都に行ったんだ。距離があるから何もできない。須藤は兎も角、親父はその条件を飲んだよ」
そうなんだよな。距離が離れ過ぎているからどうしようもない筈だ。地元に現れても、誰かが警察に通報して身動きが取れなくなる筈だ。あれだけの事をしたんだからマークもされているだろう。
「だから須藤に記憶が戻っても?戻るのは違うのか?まあいいや。兎も角何も出来やしないし、しようがない」
そう言ってヒロは再び後ろ頭に腕を組んで歩く。
遠い朋美を見据えるような厳しい目つきを拵えて。
「……なぁヒロ、朋美が京都に行ってからの俺ってどうだった?」
「荒れたよ。須藤はお前の数少ない味方だと思っていたからな。裏切られた感が半端無かったからだろうな」
じゃあ糞先輩が根負けするまでは朋美を信じていたのか?
「つってもお前は微妙に避けていたけどな。日向なんかハナっから信用しちゃいなかったし。俺だけだな、信じ切っていたのは」
その厳しい目つきは自分への怒りか。まんまと騙された自分の不甲斐なさに怒っているのか。
朋美は外ヅラはいいからな。騙されるのは仕方がない。俺は多分朋美の裏を知っていたから、自分から距離を置いたんだろう。
「俺をボクシングに誘ったのはお前からか?」
俺の世界じゃ、朋美がヒロに頼んでボクシングに引き込んだが、こっちじゃどうなんだ?
「須藤に頼まれてさ。お前が弱すぎて虐められているから何とか鍛えてくれって。それを頼まれた時、お前に惚れてんだなあ、って思ったよ」
こっちも同じか。だけど…
「俺を好きなんじゃねーよ。自分の所有物だと思っていたんだろ」
「おう。惚れているとはちょっと違ったな。それも日向に言われるまでは気付かなかったけど」
「お前朋美を信用していたんだろ?よく麻美と敵対しなかったなあ?」
朋美を信じるのなら麻美は邪魔だ。だから排除してくれとか頼まれなかったのか?
「日向は何時もお前と一緒にいたからな。お前を庇っていたのも日向一人だったし。だから須藤の方は片思いなんだろうって認識だった」
頼まれる以前の問題だったか。麻美の方に隙が無かったと言うべきか。
なんにせよ麻美の存在はデカかったって事だ。麻美が生きていたから糞先輩も簡単に口を割ったんだろう。朋美の思い通りには絶対にならないと諦めたんだろうな。
「そうなると、やっぱ記憶持ちは日向だと思うんだよな…それも割と昔から」
「昔って、いつからだよ?」
「お前が虐められた辺りから、か?なにか先手先手で動いていたような気がするんだよな…それもそんな感じレベルだから、根拠には全くならないけどな」
麻美がこっちに来た(?)のは中学一年の時から?だから麻美は死ななかった?
やっぱり麻美に聞いてみなきゃな。解らない事は聞くに限る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます