始まりの日~001

 ……

 ………

 目蓋を開けると、そこは俺の部屋…

 懐かしくもあり、毎日見ているようでもあり…なんつーか、おかしな感情だ。とても一言では表せない程に。

 時間は…午前5時。日課のロードワークの時間には少し早いが…

 起きてのそのそと着替える。走りたい。逸っているんだ。この身体は毎日走り込んでいる…俺、と言うか、別の世界の緒方君の身体だが、俺自身は久し振りだから。

 着替えが終わり、よっしゃやるかと気合を入れた所、静かに部屋のドアが開く。

 なんだなんだと其方を向くと、やや遠慮がちながらも女子が入って来た。

 マジビックリして固まった。何でこんな早朝から女子が俺の部屋を訪ねて来る!?槙原さんか?いやいや、まだ知り合ってもいないがな!!

 女子はでっかい目をぱちくりさせ、逆に驚いた様子で俺に言う。

「早いね隆。ビックリさせてやろうとして、いつもの時間よりも早く来たってのにさ」

 いやいや、充分吃驚したわ。つか制服?この制服は南女の物だが、生憎と南女に知り合いは居ない。波崎さんと出会うのはまだ先だし。

 なので恐る恐る訊ねた。

「あ、あの…どちら様?」

 女子は大袈裟に仰け反った。万歳もした。小柄な身体がそれによって少し大きく見える程に。

「はあ?寝ぼけてんの?制服だから解んないとか言っちゃうつもり?」

 小声でぷりぷりと怒る。早朝だから大声を控えたって感じだ。

 つか、その怒り方…

 俺は震える指で女子を差した。

「あ、麻美………か?」

「他に誰が居るってんのよ?隆の部屋に朝っぱらから訪ねて来る女子は?」

 俺が知っている麻美は、おかっぱに近いショート…しかももっと小っちゃかった。

 目の前にいる麻美は、髪が背中まで伸び、背も伸びている。言っても小柄だけど…目は相変わらずでっかいけど。成長した…のか?

「折角南女の制服姿を一番最初に見せてあげようとして、朝っぱらから来てあげたってのに…わっ!!?」

 麻美が驚いて声を上げる。そりゃそうだ。俺は麻美を抱きしめたのだから。

「麻美…マジ麻美なんだな!!良かった!!本当に生きていた!!」

「ちょ!ちょっと!!マジやめて!!いきなりなんなのよ!?」

 バタバタ暴れる麻美。そこで俺も我に返り、素早く麻美を離した。

 つか…麻美を抱きしめてしまった…うわ、気まずい!!

 もう恥ずかしくて目も合わせられないが、俺の身体は麻美を視線から外す事を拒否する。要するに凝視していたって事だ。

「まったく、おニューの制服がシワになったらどうすんの…」

 ブツブツ言いながらそのシワを伸ばすように制服を直す。ちょっとした着衣の乱れだ…見ようによってはヤバい。俺が社会的に。

「んでどう?可愛い?南女は制服が可愛いからねー。この制服着る為に南女に入ったようなもんだから」

 くるんと回転する麻美。スカートがファッと靡いて、実によい目の保養だ。じゃねえよ俺。

「つ、つか怒んないの?」

 いきなり抱き付いたんだ。怒られて当然だけど…

「はあ?まさか隆の分際で意識しているってーの?弟分の分際で?ヘタレの代名詞のようなチキンな隆が、これ以上女子に何かできるってーの?」

 弟分!?い、いや、生前は確かになにかと世話を焼いてくれて、周りから姉弟みたいとか言われていたけど…

 まさかそのまま成長したってーの!?俺ボクシングやって強くなったんだよね!?糞共ぶち砕いて来たんだよね!?立派に怖がられた存在へと成長したんだよね!?

「ま、朋美を追い込んだのは隆だから、少しはマシになったのかもしんないけどさ。ヘタレでチキンなのには変わらないよね」

「俺が朋美を追い込んだあ!?」

 この世界の俺は一体何をしたんだ!?色々と理解が追い付かない!!

 俺の驚きに、逆に訝しげになる麻美。

「…マジでどうしたの?記憶喪失か何か…?練習でパンチ貰い過ぎたとか…?」

「い、いや、そんな事より、朋美を追い込んだのが俺って意味が知りたい!!」

 怒涛の接近である。麻美さんの顔が目の前だった。見ようによってはキスをせがんでいるようにも見える。

「え、いや…だから佐伯達をぶちのめして口割らせて、その足で朋美の家に乗り込んで…」

 俺が暴力団の家に乗り込んだ!?そんな度胸が俺にあったのか!?い、いや、朋美の家ならガキの頃に結構遊びに行ったから、行き易かったのかもしれないが…

「でも、朋美のお父さんも面食らっていたけど、流石に追い出されて。私と大沢が、相手が悪いから直談判しただけでもいい、って諦めさせて…」

 麻美とヒロが俺を止めた?だけど、そうなると朋美と絶交になるだけなんじゃ?

「んで、その後直ぐにネットに朋美の事書き込まれて。それが呼び水になったのか、お父さんの方にも結構なスキャンダルまで発覚して、一家全員他県の方に引越ししちゃったって訳…マジで覚えていない?」

 頷いて応える。だけどその弁じゃ…

「追い込んだのは俺じゃなく、ネットの書き込みじゃねーか」

「そうだけど、書き込んだ人が隆に痴漢から助けて貰ったから恩返しだって…だから隆が追い込んだようなもんでしょ?」

 痴漢から助けた…のは、勘違いだろうな。糞を見かけたからぶち砕いただけだろ。俺の事だから。

「…ちょっとマズいんじゃない?今日は練習休んで病院に行った方が…」

 練習と聞いて思い出す。

「うわやべえ!!ロードワークの時間がやばい!!」

 ダッシュして部屋から出たいが…麻美ともうちょっと話したい。俺が知らない俺の事とか。つか、普通に麻美と話ししたい気持ちの方がでっかいけど。

 だが、これは俺の日課。磨いてきた武器を錆らせる訳にはいかん。

「麻美、学校終わったら、なんか用事あるか?」

「え?昨日約束したじゃん?入学祝いで私の家で晩ご飯食べるって」

 つー事は、夜に麻美ん家にお邪魔するって事か。話はその時でいいか。

「解った!じゃあ夜にな!俺走ってくるから!!」

「う、うん…」

 戸惑い気味の麻美を置いて、俺は駆ける。

 こっちの緒方君も頑張ってこの武器を手に入れたんだ。俺が台無しにする訳にはいかない。

 そして少し気になっていた方向を目指した。朋美の家の方向に。今はどうなっているのか?京都に引っ越したのだから、無人になっているのか?それとも誰かが須藤組を継いでいるのか?

 朋美の家に直ぐに到着した。いや、元朋美の家か…

 そして俺は放心して佇んだ。

 あのデカい屋敷は解体され、広い庭ももうない。あるのは区画された空き地。そこに新築の家が一件建っている。

「…本当に朋美は居なくなったんだ…」

 しかし、マジでかい屋敷だったんだな。分譲されている土地が16区画とは…

 まあ兎も角ロードワークだ。そう言えば、ヒロは塾に通っているのだろうか?

 それも登校したら解る事か。あのウニ頭も久し振りに見るな。なんか嬉しいな。もう二度と会えないと思っていたからな。

 気持ち逸り気味に走る。身体が思ったよりも軽いのも手伝ったのだ。

 こっちの緒方君は俺よりもボクシングを早く始めたのだから、スペックが俺よりも上なのだろう。

 試しにジャブを放ってみると、俺よりも若干速い。ここまで鍛えるのに大変だったんだろうなあ…身体を奪った形になって本当に申し訳ない。

 感謝と申し訳なさで一杯だが、黙々とメニューをこなす。

 こっちの緒方君の為にも、俺がスペックダウンをさせる訳にはいかないからだ。

 そして、いい汗を掻いて、帰宅してシャワーを浴びて、飯食いに行った所…

「何でまだ居るんだ麻美!?」

 麻美が呑気に朝飯を食っていて仰天した。

 つか、お前もこんなキャラだったのか!?槙原さんだけかと思っていたよ!!

「あ、お帰り隆」

 俺の突っ込みなんか聞いちゃいねーようで、たっぷりジャムを塗ったトーストを咀嚼する。

「お前南女だろ!?電車間に合わねーだろ!!」

 白浜の俺なら余裕で間に合うが、南女なら今からじゃ電車がヤバい!!

「おじさんに送って貰うから大丈夫」

 ぐびぐびとホットミルクを飲みながらのVサイン。つか親父い!!

 そしてその親父は、新聞から目を逸らして俺を見る。

「帰ったか隆。突っ込んでいないで、お前も早く食べなさい」

 きりっとして威厳を演出しようとしてやがる!!帰ったかとかいつもは言わねーだろうが!!

「つか、ちょっと頼みがあるんだけど」

「た、頼み?」

 頷いてスマホを出す。そして俺に腕をからめて超接近してカシャリ。と!

「な、なんなの!?なんで写メ!?」

 動揺しまくる俺。あの超接近は恋人の…

「あ、これ馬鹿避け。男避けとも言うかな?」

 あー、成程。緒方隆と知り合いなら、絡まれても容易に脱出可能な訳か…恋人云々じゃないのか…いや、それはそれでマズイけど。

「うん、良く撮れてる。あ、でも隆が彼女作ったら嫉妬されちゃうかな?つか、隆みたいなヘタレに彼女出来る訳ないか」

 ケラケラと小馬鹿にしたような笑い。ハッキリ言ってムカつくが…

「最短で明後日には出来るから、何とでも言え」

 槙原さんに出合い頭で告るつもりだからな。糞先輩をぶち砕いた後直ぐに。

「それは早いね。期待してるよ」

 棒読みである。全く期待していないのが丸解りな程、感情が入っていなかった。

「御馳走様!!おばさん朝ごはんありがと!!おじさん南女までお願いしまーっす!!」

 お袋はいいのよ~と笑い、親父はでは行くかと鼻の下を伸ばしながらのアッシー。麻美は俺ん家でどんなポジションなんだ?

「んじゃ隆もご飯食べて早く登校するんだよ~」

 手をフリフリしながらの、笑顔での退場。俺もそれを笑顔で以て送り出した。

 さて、登校だ。以前も何回も繰り返した高校初登校。

 繰り返しに気付く前は単なる日常。気付いてからは運命を変える第一歩。

 今回も運命を変える第一歩だ。つか、朋美の暗躍が無くなった訳だから、同じ中学からも白浜に来ている奴がいるんだろうな。

 そんな事を考えながら掲示板の前に立つ。俺のクラスは、とAクラスから探す。

 Aには知人…と言うか、現時点では一方的に知っている人は里中さんが居た。当然朋美の名前は無い。

 以前は朋美の友達で、朋美プロデュースの猿芝居で知り合ったが、今回はどうなるのだろうか?

 Bクラスには春日さん。そして二年で同じクラスになる花村さんと大和田君の名前。春日さんと国枝君の邪魔をしないように気を付けないとな。あと、二年の文化祭も気を付けないと。

 Cクラスは楠木さんか…今回も売人をやるんだろうか?辞めさせなきゃな。そうなると、武蔵野とはどうなるんだ?的場とはどうなるんだ?

 Dクラス………

 あれ?槙原さんの名前が無い?今回は別クラスなのか?そう思い、再びAクラスから名前を探す。

「…無いな…ひょっとして…」

 Eクラス。俺の名前はあった。ヒロの名前も。国枝君も同じクラスだ。赤坂君も、蟹江君、吉田君もだ。

 女子は黒木さんの名前…そして…

「今回は同じクラスからスタートか!!」

 嬉しく思い、つい口に出した。槙原遥香の名前が、そこにあったのだから…

 テンション上がりまくりで教室に向かう。

 向かう途中で気付いたが、やはり誰も俺と目を合わせようとはしない。こっちの緒方君も、凶悪狂犬のイメージが付いているのが確定した。

 まあいいや。その辺りは追々払拭させていこう。

 教室に着いた。さてヒロは…まだ来ていないか。と、教室を見渡していた所、窓際の真ん中に国枝君の姿を発見!!

 テンション上がる!!座席は自由だった筈なので、迷わず国枝君の後ろにカバンを置き、話し掛けた。

「此処誰か取ってる?」

 いきなり話し掛けられて驚いた国枝君。だけどちゃんと返してくれた。

「う、うん。誰も取っていないよ」

 良かった良かったとその席に座り、更に話し掛けた。

「俺、緒方。緒方隆。よろしくね」

「あ、僕は国枝宗近。此方こそよろしく」

 若干緊張気味なれど、国枝君もちゃんと名乗ってくれた。これは親友フラグですか!?やっぱテンション上がる!!

「オース隆。はえーな」

 欠伸を噛み殺して後ろに座ったのはヒロ。俺は国枝君にこいつの事も紹介した。

「国枝君。このウニ頭、大沢博仁って言うんだ。中学からの俺の親友だよ」

 めっさ目を剥いたヒロ。信じられんと言った感じだ。対して国枝君はニコニコしながら自己紹介。

「国枝宗近です。宜しく大沢君」

「お、おう…よ、宜しく…」

 キョドりながらも挨拶するヒロ。俺が初対面の男子にフレンドリーに接したなんて、信じられないんだろうな。こっちの緒方君が俺と同じなのなら納得だ。

 そして何となくお互い無言に。なんつーか、照れくさいって言うか。ヒロと国枝君はまた違うんだろうけど。

 その時、隣の人に話し掛けられる。

「ここ、誰も取っていないよね?」

 その声に反応し、其方を向く…

 槙原さん…その姿を一瞬だけしか見ていないが、俺は脊髄反射のように椅子から降りて、槙原さんの前に立った。

「え!?」

 槙原さんが驚きの声を上げる。と言うか、クラス中が俺を見た。

 俺は槙原さんに向かって土下座をしたのだから。

「お、おい隆…」

「お、緒方君、いきなりどうしたんだい?」

 ヒロと国枝君も困惑のようだ。ようだ、と言うのは、俺は顔を伏せているから見えないからだ。

「ち、ちょっと…?」

 土下座されている本人の槙原さんも困惑の様子。そりゃそうだろう。向こうからすれば初対面。いきなり土下座される謂れが全く無い。

 だけど俺にはあるんだよ。選んだら土下座して迎えに行くって約束しただろ?

 だから俺は約束を守る。あの時疑った謝罪の意味も込めて。

 そして俺は。ほぼ揃ったクラスメイトが見ているど真ん中のこの状況で、はっきりと告げた。

「俺と付き合って下さいっっっっ!!!」

 静寂に包まれるEクラス。いきなりの事でいろいろ理解が追い付かないんだろう。俺だって他の人がこんな事してるの見たら、絶句する自信はある。

 つか、早まったか?そりゃそうだろうな。初対面で土下座の告白。これを受けるのは余程胆が太くないといけない。つか…振られても仕方ないんじゃねーか!?

 え!?振られる!?そりゃ困る!!い、困らんけど、あー、無間地獄の槙原さんは困るのか?え?こっちの槙原さんは困らないからどうなるんだ?

 超動揺している俺の肩が叩かれた。顔を上げると、槙原さんが真顔で見下ろしていた。

 真顔って所がミソだ。こりゃ…やらかしたな俺!!

 脂汗ダラダラの俺。やっぱり真顔の槙原さんと見つめ合っている状況だ。これを見つめ合っているのかと言われたら微妙すぎるが。

「えーっと…君、緒方君…だよね?」

 槙原さんが俺の名前を知っているのは驚きだ。いや、俺は中学の時から悪目立ち過ぎるから、知っていてもおかしくはないが。

「なんでいきなり告白?」

「え?えーっと…ひ、一目惚れ?」

 前から知っているとは言えず、無難(?)に答える。

「一目惚れって言っても、一瞬しか見ていなかったような?」

 その通りだった。せめてじっくり凝視すべきだった!!

「えー、えーっと、俺は動体視力が異常に良いから」

 無茶苦茶な言い訳なれど、動体視力がいいのは本当だからセーフだろ。多分。

「ふーん?ほお?へーっ?」

 対して舐めるように見る槙原さん。その見定めの顔は変わらないな、と苦笑する。

「あ。笑った」

「そりゃ俺は機械の身体じゃねーんだから、笑う時は笑うよ」

「銀河鉄道999か」

 突っ込まれた。つか、槙原さんがスリーナインを知っているとは意外だな。

 って!?

 驚き、慌てた。つか、クラス中がざわめいた。

 槙原さんが床に正座し、俺と同じ目線に移動したのだから!!

 そして三つ指を付いて深々とお辞儀をする。

「喜んでお受けいたします」

 槙原さんの返事。受けるとか…そんな馬鹿な?

「…………今、受ける、とか言わなかった?」

「言ったよ?聞いていなかったの?」

 フルフルと首を振る。何でこの告白を受けるのか解らん。その疑問の首振りも含んで。

 だが、槙原さんは破顔して俺に手を差し伸べてくる。俺は『?』ってな感じで首を捻る。

「これからよろしくね彼氏」

 そろーっとその手を取り、ゆるく握ると、槙原さんがギュッと手を握って来た。そしてぶんぶんと振った。

「何呆けてるのよダーリン?クラスの人達に祝福して貰お?E組最初のカップルだよ私達?」

「ダーリン!?」

 そう言えば、槙原さんは俺の事を、たまにダーリンって呼んでいたな。二年の秋に麻美がダーリンって呼んでいたのも、槙原さんを意識させる為だったか?

「そんな訳でー!!はい!E組全員拍手ー!!」

 槙原さん自ら促す。俺の手を取って立ち上がらせながら。

 パチパチパチ…と遠慮がちな拍手がする。槙原さんが俺の腕に自分の腕をからめてくる。

 同時にクラス中から「「「おおおおおおおおおおおおお!!!おめでとー!!!」」」と歓声が挙がった!!勿論拍手も割れんばかりになった。

「いや~、照れるねダーリン。なんならキスしちゃおうか?」

「いや、人前は無理だ」

「じゃあ人前じゃ無ければしちゃう、と?」

「取り敢えず落ち着け。ほんの数分前に告白して、今さっき受けたばっかなんだから」

 このやり取り、懐かしい。心地よいし。

 なんかノリの祝福ムードの中、ヒロが真っ青になって話し掛けて来た。

「た、隆…お前…こんなに大胆な…」

 国枝君も驚いたように話し掛けて来る。

「緒方君って怖いイメージがあったけど…違うようだね…」

 丁度いい、彼女たる槙原さんに、俺の親友たちも紹介しよう。

「このウニみたいな頭の奴、俺の中学からの親友の、大沢博仁って言うんだ」

「まあまあ、中学から。ウチのダーリンがお世話になっています」

 深々と頭を下げる槙原さん。ヒロはただ何となく頷いて「ああ…」とか言った。

「で、こっちの人が、さっき友達になった国枝宗近君」

「まあまあ、さっき友達に…ダーリン共々、よろしくお願いします」

 またまた深々と頭を下げる。国枝君は反射のみで「宜しく…」と返した。

 で、と槙原さんが俺の方を向く。

「友達は紹介して貰ったけど、まだ君から名前聞いてないんだけど。あと、私の名前も言ってないし」

 そうだったか?そうだったな。いきなりの土下座の告白だったし。え?さっき俺の苗字言ってなかったっけ?まあいいや。ライトに行こうぜ!!

「緒方隆」

「知ってる。超有名人だし」

 だったら改めて聞くなよ。いや、自己紹介は礼儀だからいいのか。つか、知っていたのを知っていたからいいけども。

「私は槙原遥香。Eカップです」

「カップはどうでもいい」

「胸で選んだんじゃないんだ…そうだよね。私を全然見ていなかったしね」

「だから、俺は動体視力が非常に良いんだよ」

 この言い訳は苦しいが、これで押し通すしかない。

「E!?槙原、お前中学の頃からそんな胸…」

 ヒロが食い付いたー!!仕方ないか。槙原さんの胸は兵器だから。思春期の高校生なんか簡単にやられちまう。

「しかし凄いよね…土下座で告白した緒方君に、三つ指で受けた槙原さん…白浜の伝説になるんじゃない?」

「ははは~。いや、私も結構告白とかされるんだけどさ、土下座は初めてだよ。三つ指で返したのも初めてだし。と言うか、告白を受けた事自体初めてだしね」

 結構告られていたのか。そりゃそうだ。槙原さんは可愛いし、胸もデカいし、頭もいいからな。何処の完璧超人だって話だ。

「ん!!んん!!んん!!」

 なんか咳払いが聞えたので其方を向くと、女子が一人、気まずそうに立っていた。

「あ、あの、その席空いているかな?」

 国枝君の隣を差す。国枝君は無言で頷く。

「良かった!!もう結構埋まっていたから!!空いているの、最前列しかないし」

 そう言って座る。そして苦笑いしながら言って来た。

「あの空気の中、席の事聞ける状況じゃ無かったから、ちょっと困ってたんだ」

「いや、あの、申し訳ない…」

 その空気を作ったのは紛れもなく俺だ。なので素直に謝罪した。

「いやいや!!凄いの見せて貰ったよ!!あんなの見る機会、多分一生無い!!」

 だろうな。何処の世界に公開で土下座告白する馬鹿がいるんだ。

「いや~。ほら、ダーリンは私の事、愛しちゃっているから。暴走は仕方ないよね~」

「いやほんと。マジ羨ましいよ。あの緒方君でしょ。槙原さんだっけ?勝ち組だよ!!」

 興奮する女子だが…中学の頃の緒方君も派手にやっていたようだな…

「いや、名前教えてよ。折角近くの席になったんだし」

「あ、そうだね。市村葵。宜しくね」

 そうだったそうだった。見た事あるなあ、と思ったら、一年の時の文化祭に、国枝君の霊感占いを押した人だった。

 取り敢えず宜しくと互いに挨拶を交わし、それぞれの席に着く。

 そして始業式も終わり、少しまったりする。

 この後LHRをやって終わり、だったような。一応ヒロに聞いてみるか。

「ヒロ。LHRってなにやるんだ?」

「お前本当に馬鹿だな?俺が知る訳ねぇだろ」

 そうだな、俺は馬鹿だ。お前に普通に聞いた事を心から悔やむよ。本当に愚かだな、俺は。

 ならば国枝君に聞いてみよう。

「国枝君、LHRって何をやるんだ?」

「そうだね。自己紹介と各委員会の紹介かな?部活の方は明日先輩達が勧誘する筈だから、今日は無いかな?」

 部活っつっても、この学校同好会と研究会ばっかじゃねーか。サッカー部とかバレー部とか水泳部はあったか?

「んで、ダーリンはなんかの委員会に入っちゃったりするの?」

 ナチュラルに会話に参加して来る槙原さん。この溶け込み方、相変わらず見事だ。

「俺は特に…槙原さんは?」

 はあ?と顔を歪める槙原さん。何かおかしな事を言ったか?いや、その前に。

「なんでそんな顔をするんだ?可愛い顔が台無しじゃないか?」

 ぶぶー!!と後ろの席から何かを噴くような音。ヒロが噴いたんだな。何も飲んでいないから被害は全く無いからいいけど。

「可愛い顔ってそんな…ダーリンもカッコいいわよ?じゃなくって!!」

 ずずいと顔を接近させて来る。歪めた顔を元通りにして。ほら、普通にした方が全然可愛いじゃねーか。 

「何で槙原さん?何で苗字呼び?私達E組最初のカップルだよ?伝説になるんだよ?」

 まあ、伝説にはなるだろうな。土下座告白と三つ指返し。伝説の木の下なんか目じゃねえぜ。

 ともあれ不満は解った。つか、俺の方は知っているからいいとして、初対面の槙原さんがこんなになるとは思わなかった。

「よし解った。じゃあ何て呼べばいい?フルネームか?」

「何が悲しくて彼氏にフルネーム呼びされなきゃなんないの?」

 そりゃそうだな。他人行儀以上に嫌がらせだろ。

「君達ほんのさっき付き合ったばかりなのに、何でそんなに仲がいいんだい…」

 珍しい国枝君の突込み。それ程疑問なんだろう。

「あはは~。そりゃ恋人さんだから。仲悪かったら恋人さんにはなれないでしょ?」

「だから順序がおかしいと言うか…まあいいけど、さっきの緒方君の質問だけど、ダーリンと呼ばれているのなら、ハニーと呼べばいいんじゃないかな?」

 またまたぶぶー!!と噴き出す音が後ろから。お前もいちいち聞き耳を立てるな。

「ハニーは嫌だ。槙原さんがいい」

「もう破局のフラグが!?」

 苗字呼びだけで破局になるのか…それは勘弁だな、折角さっき付き合ったばっかなんだし。

 しゃーねえ。恥ずかしいが、彼女の御希望だ。

「んじゃ遥香。これでどうだ?」

 言い終えたと同時に破顔する。やっぱかわええ。

「うん、それでいいよ。隆君もやればできるじゃん」

 頭なでなで。どんな状況だコレ?

「隆…お前マジでどうしたんだ?」

 ヒロが心底心配そうに顔を覗き込んでくる。

「いや、どうしたもこうしたも。折角高校に入ったんだから彼女欲しいだろ?お前は違うのか?」

「欲しいに決まってんだろが。じゃなくて、お前がこんなに積極的になるのがおかしいっつってんだよ」

「あ、大沢君彼女欲しいの?私の友達紹介しよっか?」

「ぜひお願いします!!!」

 土下座だった。俺の土下座と若干意味合いが違うが、ヒロの土下座の方が素晴らしかった。心が洗われるってこの事なんだなあ…

「良かったじゃないか大沢君」

「国枝君は?私の友達、どう?」

 国枝君は首を横に振る。

「僕はこの前別れたばかりだからね。少しの間は一人になりたいかな?」

 そう言えば、国枝君は中学の時に三人と付き合った経験があると言っていたな。国枝君はモテそうだからな。

 それよりも国枝君は春日さんと結婚しなきゃならない訳だから、春日さんと恋仲になって貰わないと困る。

 こっちの国枝君は困らないのか?こっちの春日さんはどうなんだろ?後で調べてみなくちゃな。

「へえ?国枝君は恋人が居たんだ?同じ中学の人?」

「そうだね」

「この学校に来たの?」

「いや、南女に行ったよ」

 南女か…麻美と同じ学校だな。別に詮索する気は無いけど。

 じゃあ丁度いいから黒木さんを紹介して貰おうか。彼女とは一年の体育祭で二人三脚をしてから仲良くなって、後に木村と恋仲になるから。

 木村にも束縛が過ぎると男は逃げると言っておけ、と伝言も預かったし。

「俺の中学の同級生はこのクラスには居ないけど、国枝君の同級生は居るの?」

「うん。女子だけどね」

 そう言って視線を前列に向ける。俺達も当然視線を追った。

 今までこっちを見ていたであろう黒木さんが高速で目を逸らす。

「今まで見られていたような?」

「別にあの女子だけじゃねえだろ。お前達を見ているのは」

 言われて気が付く。視線がアチコチから向けられている事に。

「何だ一体?何かおかしな事したか?」

「しただろうが?土下座で告白を」

 納得だった。あれを見たんだから興味津々なのは当然だ。俺だって他の人がやったらガン見する自信がある。

「あはは~。クラス公認だしね。当然だよ」

 当然か。そうだな。んじゃ国枝君の同級生だから、仲良くなるのも当然だろ。

 そんな事を考えていると、黒木さんが気になるのか、再び俺達に目を向けた。

 逸らそうとする前に、俺は手招きで黒木さんを呼んだ。

「お、おい隆、見られた事に対して不機嫌になるのは仕方ねえけど、わざわざ呼ぶのは…」

「アホか。同じクラスで国枝君の同級生だぞ。友達になりたいと思うのは当然だろ」

 俺の発言に面食らった様子のヒロ。陸に上がった魚のように、口をパクパクさせている。

 黒木さんはちょっと脅えた表情で悩んでいたが、好奇心が勝ったのか、俺達の方に歩いてきた。

「いや、ごめんね?気になって見ちゃって…」

 しおらしく頭を掻いて謝罪する黒木さんに、俺は首を振って応える。

「気にする必要は無いよ。国枝君から同じ中学だって聞いて、友達になってくんないかな、って思っただけだから」

 流石の黒木さんも面食らった顔を拵える。国枝君は苦笑い。

「そそ。私も友達欲しいからさ。黒木さんがなってくれたら嬉しいな、って」

 便乗する遥香。阿吽の呼吸とはこの事だ。付き合ったらナイスカップルになると、ずっと思っていたしな。

「え?えー?私なんて平凡だし…緒方君って、あの緒方君でしょ?そしてその彼女でしょ?いいのかな…」

 照れ照れで頭を掻く。つか、俺も充分平凡なんだが。ただ何回も繰り返して結局死んで、また戻ってきただけの高校生なんだから。

「あ、そう言えば私、ダーリンのメアドとかケー番聞いていなかったよ。丁度いいからみんなで交換しよう。そうしようそうしよう」

 そう言ってスマホを出す。俺も当然倣う。ヒロも躊躇しながらスマホを出し、国枝君も同じようにスマホを出した。

「黒木さんは?いいでしょメアドとケー番」

 国枝君に促されてスマホを出した黒木さん。これで全員無事に連絡先を交換できた。

 それを見ていた、遥香の前の席の市村さん。躇しながらも会話に混ざる。

「あの、私もいいかな?クラスにおなじ中学の人少なくて…」

「いいも悪いもねえよ。なぁ隆?」

 なんか勝手に仕切って来るが、断る理由なんかある筈も無い。

「いいよー。これから仲良くしよ、市村さん」

 いち早く反応したのが黒木さん。さっき自分は躊躇していたのに。

 まあいいや、と俺も交換する。

「やった!!土下座王子と三つ指姫の連絡先ゲットした!!」

 マジでガッツポーズを作って喜んだ市村さんだが…

「土下座王子と三つ指姫?」

 しくじったという顔になり、あ。と漏らした。しかし覚悟を決めたのか、口を開く。

「あの公開告白見た人の誰かから出たあだ名だよ。裏でこんなふうに呼ばれているなんて、気分悪いよね…」

 遠慮がちに問うてくる。俺は別に、って感じだが、遥香は…

「王子と姫とか、凄いじゃん私達!!運命を感じるなあ…ねえ隆君?」

 王子と姫に喰い付いたのか。嬉しいのか笑っているし。なので俺も普通に頷いて応えた。

「王子…」

 ヒロが笑いを堪えている様に震えている。俺もそう思うが、その前に土下座が付いているじゃねーか。

「でも羨ましいな。土下座はちょっとアレだけど、公開告白はカッコイイと思うし」

 黒木さんが腕を頭に回して仰け反る。一年の秋に、春日さんに公開告白した時も好反応だったな、そう言えば。

「でもよ、槙原が受けたから良かったようなもんだろ?振られたら普通にカッコ悪いじゃねえか?」

「カッコがどうとかじゃねーよ。俺が言いたかったから言っただけだ」

 そう発言したら場が静まった?え?なんで?

 と、思ったら、遥香が抱き付いて来たー!!

 おっぱいバリバリ当たって気持ちいいが、周りの目を意識して欲しい!!

「やっぱりダーリンカッコイイ!!」

 何か解らんが、とても喜んでいらっしゃる。

「緒方君ってアレなのかい?」

「ああ…天然ってヤツだ…」

 ヒロと国枝君が納得しながらも慄いた。つか、誰が天然だ。計算でもないけど。素直って言えよ。

「おお~…槙原さん、本当に羨ましいな…」

「ねえ…あの緒方君ってだけでも凄いのに…」

 黒木さんと市村さんも褒めて下さっているが、俺には何の事やらさっぱりだ。

「ちょ。おっぱい当たって気持ちいいけど、周りの目があるから、名残惜しいけど離れろ」

「うわ素直!!」

 そう言って離れる遥香。そうなんだよ。俺は素直なだけだ。

「そうか…その爆乳、隆の物か…」

「そうだよ。だから大沢君は眺めるだけね。おっぱいぷにょは諦めて」

「だ、誰が!普通に羨ましいとは思うけど!!」

 笑いに包まれる場。奇しくも、ヒロも充分素直だって事が証明された。

 先生が来て楽しい話は終わり。みんなそれぞれの席に着く。

 そして委員会の説明をする。黒板に各委員会が記されたので、それを追いながらの説明だった。

 風紀委員、美化委員、図書委員、放送委員、保健委員、そして生徒会。イベントごとに体育祭実行委員と文化祭実行委員がある。当然クラス委員もある。

 今のこの時間はLHRの時間で、この委員も決めちゃおうって事だった。

 生徒会とイベント委員を抜かした委員を立候補で決める。各クラス一名。被ったらじゃんけんで決めるとの事。遥香は無事保健委員に収まった。

 当然ながら俺は無所属。ヒロも国枝君も、黒木さんもそうだった。

 で、この日はこれで終わり。後は国枝君をとっ捕まえて、繰り返しと出戻りの事を言わなきゃ。

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