あの後~001

 めっさ久しぶりの再会で、アホみたいにはしゃぐ俺達。修行中の人(?)に睨まれて、しゅんと項垂れる。

 正座である。互いに向かい合ったまま。かたっ苦しいな、ここは。

「…国枝君も死んだのか。現世は結構な時間が過ぎたんだなあ…」

「そうだよ。緒方君は享年17歳だっけ?僕は80まで生きたからね。結構な時間だよ」

 大往生か。つか、享年80歳でもあの頃の姿とはこれ如何に?尤も人生で一番輝いている時の姿とか、楽しかった時の姿とか、苦労した時の姿とかになるらしいけども。

「話したい事がいっぱいあるんだ」

 俺も聞きたい事が山ほどある。親父やお袋が訪ねてきた時は、終始泣いていて話が出来なかったから。

「うん。聞かせてくれよ。具体的にはあの後の事を」

「ははは。うん。そのつもりだよ」

 こうして俺は、あの後の話を聞く事ができた。

 そしてめっさ後悔し、自己嫌悪に陥るのである。実際項垂れて、顔も上げられない程恥ずかしかった。

「緒方君、そんなに自分を責めなくてもいいよ。僕達も似たような感じだったじゃないか」

 慰めてくれる国枝君。そういやそうだったか。

 あの修学旅行前夜…楠木さんの交通事故…

 結果は本当にただの事故で、槙原さんが突き倒したとかじゃ無かった。楠木さんの弁では笑っていたらしいが、実際は号泣して救急車の手配も忘れる程テンパったらしい。

 楠木さんはこの状況を利用して槙原さんを陥れようとしたのだ。結果俺は陥れられそうになった。死んだからそれも全く無しになったけどな。

「いや、実際僕達もそう思っちゃったからね…春日さんでさえも騙された、と言うか、槙原さんの普段の素行がね…」

 うん。そう思われても仕方ない事ばっかやっていたしな…他ならぬ槙原さんもそう言っていたか。

 んじゃその後の楠木さんはと言うと?

「緒方君の葬式の後に、学校を辞めちゃって、地元から姿を消したよ」

 そうでしたか…まあ…うん…

「でも、誰も行方を捜そうとはしなかったよ。喪失感の方が勝っちゃってね」

「それは有り難い…のか解らないけど、まあ良かったよ…」

 もう色々メンドイ。関わりたくないだろうしな。

「で、須藤さんだけど、あの後実家の方が大変になってね。須藤さんを構っている暇が無くなって、放置されて半年後に死んじゃったんだ」

「実家が大変って、そりゃそうだろ。あの親父偉い人だから、時の人になっただろうし」

「うん。連日マスコミに追われてね。そうじゃ無くても裏の顔がアレだし。叩けば誇りがわんさか出て来るし。当然警察に捕まったよ」

 それで娘を放置で、その娘が死んじゃったってか?まあ、それも運命なんだろうなあ…

「春日さんなんか、警察病院に入院中の須藤さんを殺そうとしたしね。見つけられなくて悲しんでいたよ。勝手に死んじゃって悔しい、って」

 やっぱ春日さんあぶねえな。それだけ俺を想ってくれていたんだろうけど。

「槙原さんは後追い自殺しそうになるし、大沢君は表情無くするし、木村君は荒れちゃうしでさ。結構大変だったんだ」

 槙原さんそんなキャラなのか?つか、疑っていた俺の後を追うのか?ヒロも木村もなんか申し訳ないなあ…

「ま、まあまあそれで国枝君は?此処に来られたって事は、それなりな事をした訳だけど…」

 俺は無間地獄ってヤツに捕らわれていたから、ある種のキャリアがあるって事で、此処に来られた訳だが。

「実は高校卒業後にとある霊能関係の総本山で修行してね。川岸さんとちょっとあって…」

 言葉を濁す国枝君。言いたくないのか?

「だけど、あ~…うん。川岸さんね…うん…」

 此処に来て初めて解ったが、川岸さんはそんなに才能があった訳じゃない。逆に結構ヤバい所に居た。

 独学の除霊法に頼って調子に乗って…なんつーか、「困っている人を助ける私凄い」になっちゃっていたから、あのままなら下手をすれば命まで危かった。

 言い方がアレだが、麻美の真意を知れて、命だけは助かった。

 結果オーライ…にならねーかな。なるな。うん。大丈夫だ。麻美、ナイスジョブだぞ。

 まあまあ、しかし驚いたな。国枝君が霊能者になったなんて。

「しかし、高校卒業後に修行とか…国枝君、大学に行くものとばかり思っていたからな…後悔はないのか?」

「もっと勉強したかったと言えばそうだけど、それよりもやりたい事が見つかったからね。川岸さんみたいなふざけた人が、『この世界』の事を口に出す事自体が許せなかったってのもあるし」

 相当な何かが国枝君と川岸さんの間であったようだな…表情が修羅っているぞ。国枝君のそんな顔は珍しい。

 そんな表情の国枝君はあんまり見たくなかったので、強引に話題を変える。

「国枝君、あれから彼女できたの?」

 全く関係ない話しに振れば、その修羅の表情が消えるだろうと思っての質問だった。

 やはりそれは効果的で、国枝君は柔らかく笑って頷き、ちょっと申し訳なさそうに小声で言う。

「緒方君には面白くない話だろうけど…卒業と同時に春日さんと付き合う事になって…」

 そうか。国枝君と春日さんがなあ…

「えええええええええええええええええ!!!?マジで!??」

 俺はマジビックリして仰け反った。大声も出して。当然修行中の人達に睨まれた。本日二度目のシュンである。

 でも、そうか。お似合いだよな。春日さんと国枝君、美男美女のカップルだ。

「で、どっちから告白したの?」

 もう興味津々である。これを聞かなきゃ、俺は絶対に後悔する。死んじゃった時よりも後悔する。

「え、えーっと…うん。僕から…」

 照れ照れの国枝君。いや~。マジ羨ましい。春日さん、超可愛いからな。

「春日さんがOKしてくれると思わなかったけどね。まあ、玉砕覚悟さ。緒方君が亡くなってからも、春日さんは沢山の男子から告白されていたから。学校内でも学校外でも」

 因みに、と、より一層照れ照れしながら付け加える。

「春日さんはその数年後に国枝響子になったよ」

 驚きより喜びの方が大きかった。

 国枝君は春日さんの過去も、性格も知りながらも告白し、奥さんにまでしたんだ。本気で好きじゃ無きゃそこまで行かない。それ程春日さんの過去と性格はディープなのだ。

「因みにだけど、大沢君と波崎さんは三年の時に別れちゃったよ。大沢君の浮気が原因で」

 ……何やってんだあのアホは?浮気できる甲斐性があるとでも思ってやがったのか?自惚れもいいとこだ。

「木村君と黒木さんは同じ大学に進んで同棲。でも、その後直ぐに別れた。木村君曰く、束縛がキツ過ぎるからって」

 ああ…まあ黒木さんはな…俺が生きていた時もアレだったし…

 そこまで言って、一転して真剣な顔になる。照れ照れの顔も、懐かしい顔も消して。

「……そして槙原さんだけど、当然大学には合格したけど、恋人は作らずにそのまま卒業、卒業後は会社を興して仕事に没頭。結局独身を貫いて三十年前に他界したよ。肝臓を患ってね。お酒が原因みたいだったね」

 三十年前に他界…って事は50歳で死んだのか?誰とも結婚せずに、恋人も作らずに…

「彼女曰く、生涯処女を貫く、だって。私に触れられる男は一人しかいないって…」

 そう言い続けて寂しく死んだよ。と…

 俺は俯きながら、そうか、としか言えなかった。そうなった原因が解ったから。

 俺マジアホだな。そこまで想ってくれていた人を疑って、くたばって…

 死は天命だから仕方がないって言っても、理は外せないと言われても、俺がアホだって事実は変わらない…

 国枝君は真剣な顔を崩さずに続ける。

「僕は修行して霊能者になった。だから解る。視える。他界した後の槙原さんが」

 知らず知らずに唾を飲む。怖いくらいに真剣な国枝君に。

「彼女…堕ちた後も、必死に緒方君を捜しているよ。暗くて何もないところを、永遠に歩いて君を捜している。君の名前を呼びながら」

「堕ちた!?つー事は地獄!?」

 頷く国枝君。

「槙原さんは世間にはバレていないけど、人を殺しちゃったからね。槙原さんの手口は君も知っているだろう?それじゃなく、物理的に」

 雷に撃たれたような衝撃が走った!!槙原さんが殺人…!!

「……殺した相手は楠木さん。君が亡くなり、楠木さんが行方をくらませた後、彼女はずっと捜していた。自分を陥れようとした楠木さんを。漸く見付けた時、それは彼女が結婚して一人の子供を産んだ時だった」

「…子供から親を取り上げたのかよ…」

 もうやるせない気持ちでいっぱいだった。陥れようとした事は確かに許せないかもしれないが、俺は結局死んじゃったんだから、いいじゃないか…

「…いや、陥れたのは構わない。と言ったかな?陥れて、手に入れたに限りなく近い所にいた楠木さんが、君の死後、行方をくらませた事に怒った。んだったか」

「そ、そりゃ、なんつーか、居た堪れなくなったからじゃないのか?そのくらい普通の感情のような…」

「勝者が商品を捨てるのなら、初めから参戦するな。ってさ」

 槙原理論は何となく理解できるが…それにしても、俺にそこまでの価値なんかないだろうに…

「その事を知ったのは槙原さんの死後。僕が対話で得た情報さ」

「え?生前に聞いたんじゃなく?」

「彼女は中々会ってくれなくてね。僕としては話をしたかったんだけど…」

 普通に友人として、か。国枝君は面倒見がいいからな。浮いていた俺に話し掛けてくれたし。麻美の事が理由だったけど。

 それに、楠木さん殺しは確かに現世では重罪だが、あの世ではちょっと違う。槙原さんは繰り返した時、二年の春に、楠木さんに刺されて殺された。殺されたから殺した。いわば仕返し。究極に言えば因果。

 因果関係を晴らすのは別に悪い事じゃないのだ。

 例えば俺が国枝君を殺したとしよう。だが、前世では国枝君が俺を殺した。前世の仇を今世で討った事になるのだが、それ自体はいいのだ。あの世の理では。

「……ちょっと脱線したね。つまり彼女は苦しんでいる。君を失った時から。死後も苦しんでいる」

「それは…でも…地獄に行った訳だから…受刑最中なんじゃ?」

 刑期が終われば転生のチャンスがある。その時俺が高等霊になっていれば、守護霊にもなれる。

 そうなったら今度は苦しませない。槙原さんに群がる厄は、全部俺がぶち砕いてやる。

 俺の思考を読んだのか(俺は素直だから顔に出やすいらしい)国枝君は首を横に振る。

「緒方君の因縁が須藤さんにあるように、槙原さんの因縁が緒方君にある。いや、緒方君から始まったと言った方がいいか」

「それはそうだけど、だからこそ俺が…」

「僕が此処に来た理由は天命を全うして高等霊になる修行をする為。だけど、だけじゃない」

 俺は『?』な表情で国枝君を見た。小首を傾げる事も忘れずに。

 そうしたら、いきなり国枝君が土下座した。俺マジ仰天!!慌てて顔を上げるよう言う。

「いや、これは緒方君の積み上げた物を、全部無かった事にするお願いに来た僕の、今できる精一杯の誠意。だからこのままで聞いてくれ」

 お願いに来た?積み上げた物をオシャカにする?

 よく解らないが、国枝君のお願いだ。聞けと言われれば聞かない訳にはいかない。

「緒方君…もう一度地獄に堕ちてくれないか?」

 頭を地面に付く勢いで下げながらの無茶振り!流石に吃驚して仰け反った!

「ち、ちょっと待ってよ!!俺は一応高等霊になる為に修行しているんだぞ!?その俺に地獄に堕ちろと言うのか!?」

 成程、積み上げた物をオシャカにするわそれ。高等霊候補が地獄行きとか、堕天もいいとこだ。

「解っている。無茶を言っているのは。だけど緒方君にしか頼めない。緒方君だけしか助けられない」

 助けられないのくだりで俺に耳がピクリと動いた。高等霊を目指していた俺は『救う』事が仕事の一つ。

「…誰を助けろと言うんだ?」

 国枝君は頭を上げずにそのままの姿勢で言う。自分がどれだけ無茶な事を言っているのか、自覚があるように。俺に申し訳ない気持ちで顔を上げられないのだ。

「槙原さんをだよ。槙原さんを『無間地獄』から助けてやってくれ」

 …さっきの歩き続けるは、やはり無間地獄か…俺は生きながらにそれを体験したが、槙原さんは死んで体験している。いつ禊が終わるか全く見当がつかない。無間地獄はそう言う場所だ。

 だけどまあ…槙原さんを助ける、か…だったら俺が断る訳が無い。

「いいよ」

 あっさり了承した俺にビビったのか、国枝君がつい顔を上げて俺を直視した。目玉が零れ落ちんばかりに見開いていた。驚きすぎだと苦笑してしまった。

「緒方君ならきっとそう言うと思ったけど…」

 軽すぎるってか?まあいいだろ。だって俺が一番後悔しているんだから。

 槙原さんを疑った事を、槙原さんを選ばなかった事を後悔しているんだから。

 今思えば、あの修旅の前日の楠木さんの話。あれは朋美がネットで噂を流した状況に類似している。と言うかあれを模したんだろう。

 以前から考えていたのか、咄嗟の事だったのかは解らないが、俺…いや、俺達はまんまと引っかかった。改善されたとは言え嘘、偽りは楠木さんのキャラだった。そこも失念していたんだよな。

 そして楠木さんは俺が死んだ後に姿をくらました。繰り返しの時に中庭で昼飯を食っていた時、俺が頭痛で倒れた時も逃げた。それは別に咎める事じゃない。高校生なら当然の事かもしれないし。

 だけど槙原さんは、いつだって俺を助けてくれた。俺が疑っていた時も助ける事をやめなかった。ちゃんと自分の汚い部分も白状したじゃないか。

「これで漸く借りを返せるんだ。恋人ならイーブンが望ましいからな」

 そう笑って国枝君を見る。一瞬首を捻ったが、得心がいったと頷く。

「じゃあ、僕が緒方君に何を頼もうとしているのか、解ったんだね?」

 解ったよ、勿論。高等霊になる為の修行をしてきたんだ。それくらいはね。

「もう一度戻ってやり直すよ。その条件が見つかったんだろ?」

 理は覆さない。それは高等霊を目指している俺にもよく解る事。

 ならば今度の件は、理は曲げないと言う事だ。要するに見つかったんだ。『俺の別の道の世界』が。

「国枝君が送ってくれるのかな?」

 覚悟が決まったなんてもんじゃない、覚悟すらしていない様子の俺に、多少面喰いながらも頷く。

「僕が送る…と言うか、別の世界の緒方君の身体に君を降ろす。これは同じ魂だからできる事なんだけど…」

 本当の俺、と言うか別次元の俺にも当然魂はある訳で。その魂と同化させると言う事は…

「人ひとり殺すようなもんか」

 国枝君の表情が曇った。その通りだからだ。だけど同じ魂、強引ながら言い訳ができる。と言うか、無理やり正当化が可能。

 性格に難有り。ともすれば簡単に人を殺す様な精神状態に、幾分マシな精神を持つ魂を降ろして、中和すると言う、超強引な正当化が可能だ。

 そうなると、別次元の緒方君は相当な性格だと言う事になるが、だけど別次元の緒方君も俺と同じだ。ならば俺がやる事も許してくれるだろう。多分。

「…戻るのは高校入学初日の朝。ホントはもっと前に戻したかったんだけど…」

 あそこが運命の分岐点って所か。繰り返していた時もあそこが最初だからな。

「今回戻すところは今までとは微妙に違う。例を挙げると、ボクシングを始めた切っ掛けが上級生から虐めを受けたから。つまり日向さんは死んでいない」

 麻美が生きている!?心が弾んだが、直ぐに鎮める。俺は槙原さんを助けに行くのだ。麻美に会いに行く訳じゃない。

「そして上級生に逆に恐れられる程に強くなるのは変わらないんだけど、先輩達は意外と簡単に根負けして、須藤さんの事を喋っちゃう。それで結構大きな騒ぎになっちゃうんだ。週刊誌にも乗ったかな?須藤さんのお父さんの仕事の関係で、スキャンダルにまで発展するよ」

 そうなると…どうなる?

 …いや、俺はやっぱ残念頭だから。難しい事はね…だから国枝君、そんなに悲しそうってか、哀れむような顔しないで!!

 国枝君は苦笑いし(それでも作り笑いだった。本心はどう思った事だろう?)答えを言う。

「引っ越したよ、京都にね。最後の時、須藤さんは京都に居たじゃないか?京都に本家があるみたいなんだ」

 朋美の本家が京都になあ…じゃあやっぱ修旅は警戒した方がいいのか??

「つまり麻美が生きていて朋美が居ないんだな?ヒロは?」

「大沢君は相変わらず緒方君の親友だよ。中学時代二人で不良達を慈悲なく倒して回って有名になっているのも変わらない」

 そこはちょっと変わって欲しかった!!また修羅の道とか冗談じゃねーぞ!!俺高等霊目指していたのに、修羅道とか!!

「そして緒方君の大嫌いな先輩達は地元の高校に進学している。白浜にはいないけどね」

 その弁だと、俺は白浜に通うんだな?良かった西高とかじゃなくて!!

「楠木さん、春日さんも白浜だ。だけど先は解らない。薬に依存して木村君を雇う事になるのか、性的虐待は…悲しい事だけど、あのファミレスでバイトするのか解らない。要するに、未来は真っ新だ」

 中学の時までの過去はあんま変わらないって事か…俺が早めにボクシングをしたくらいか?

「参考までに、木村君はやっぱり西高。川岸さんは北商。波崎さんは南女。黒木さんと里中さんは白浜だよ」

 木村とかは兎も角…川岸さんとまた絡むの!?今回麻美は幽霊じゃ無いから絡みないんじゃねーの!?

「僕も白浜だよ。緒方君、今度こそバイクの免許を取ってツーリングに行こうよ?」

 いや、行きたいけど!!国枝君のお願いは聞きたいけども!!

 困っている俺を見て、国枝君はふっと笑う。

「緒方君、今回も僕の友達になってくれよ?これが僕の本当のお願いかもしれないけど」

「そりゃ勿論だよ。槙原さんを彼女に、国枝君を親友にが目標だよ!!」

 国枝君は笑みを崩さないで大きく頷いた。きっとそう言うだろうと呟いて。

「前回は僕が君に話し掛けるのが先だったけど、今回は緒方君の方から話し掛けて欲しい。そしてこの事を僕に教えて欲しいんだ」

 それは俺のサポートをするから、って事か?でも、今回の国枝君が信用してくれるか?

 悩んでいる俺に国枝君が問題無いと首を振った。

「僕は緒方君の話を信じるよ。多分君が『普通の人』じゃない事を知るだろうから」

 前回もそうだったな。俺の繰り返しを、年齢を重ねているように視えると言ったんだった。

「解った。あと何か注意点は?」

「そうだな…川岸さんには特に気を付けて。向こうの川岸さんが、僕達が知っている川岸さんと同じだとは限らないから、あまり悪く言いたくないけれど…」

 本気で嫌悪感丸出しで言う。何があったんだ川岸さん!?

「細かいところは実は解っていないから、後は緒方君の行動次第になる。僕も精一杯サポートする殻頑張って!!」

 頷く。力強く。国枝君が最初から味方なのは心強い。

「じゃあ送ってくれ。今度はお互い、天命を全うしてから此処で会おう」

「その前に向こうで会うんだけどね…」

 苦笑である。そりゃそうだった。ほら、俺末期だから……

「送る途中、懐かしい顔が君に会いに来るだろう。あまり時間は取れないけど、少しは励みになる筈だ」

 解ったという前に景色が歪む。そして俺の身体が落ちて行く感覚に陥る。

 さっきまでは真っ白な景色、と言うか空間。落ちている最中は、それに灰色を混ぜた渦巻く空間…

 何度か瞬きしていると、国枝君の言った通り、懐かしい顔が俺の前に現れる。落ちている最中なのにスクリーンで映し出されたように鮮明に。

「……春日さん…」

 それは春日さんだった。俺が死ぬまで見た姿。眼鏡を外して前髪を上げた、超可愛い春日さんだった。

 春日さんはその超可愛い素顔で、あの春日スマイルを俺に向けた。

「……緒方君…みんなを助けてあげて?私も、美咲ちゃんも、遥香ちゃんも…」

 俺は力強く頷く。また助けるさ。俺達友達だからな。

「……そして優柔不断は駄目だからね?遥香ちゃんだけだからね?」

 グサッと来るなあ…そう言えば、春日さんに呆れられたんだよな。

「……呆れてないよ。前回は日向さんに勝てる気がしなったから…そして今回は遥香ちゃんに勝てそうもないし…なにより私…旦那様が好きだし…」

 頬を染める春日さん。なんだ、国枝君ラブラブだったんじゃねーか。向こうで絶対に冷かしてやる。

「……緒方君なら絶対にできるから…みんな助けてあげて…遥香ちゃんを愛してあげて………」

 霞のように掻き消えて行く春日さん。の代わりに今度は楠木さんが現れた。

「いや~、隆君ごめんね。怖くなって逃げちゃってさ」

 メンゴメンゴと軽い謝罪。拝むような仕種だった。

「そりゃ、たかが高校生だからね。仕方ない部分もあるよ。それより…槙原さんを恨んでないのか?殺されたんだろ?子供が産まれて間もなくに」

「恨んじゃいないと言ったら嘘になるけどさ、仕方ないかな、って思う方が大きいな。遥香の気持ち、解るしね」

 それは、恨みは確かにない、寧ろ懺悔のようにも見えた表情だった。

 そして一転、真剣な表情になり、言う。

「隆君、多分私はまた隆君にアタックすると思う。用心棒にしようと。だけど絶対受けないで。遥香をしっかり捕まえて」

 んじゃアタックするなよと苦笑する。

「仕方ないよ。隆君かっこいいもん。そしてひょっとすると…うん、まだどうなるか解らないのに、これ以上情報を与えるのもね。でも、東工をちょっとだけ心の片隅に置いてね。ひょっとすると、ひょっとするかもだから」

 いや、言ってくれよ。そのひょっとするのが怖いんだし。

 しかし、苦情を言う前に楠木さんが消えていき、今度はヒロが現れる。

「よう。懐かしいなウニ頭」

「うるせえ。勝手にくたばりやがって。おかげで優に振られちまっただろうが!!」

 めっさ強引な逆ギレ。自業自得だろうに。

「だからうるせえって!!お前が死んだから、俺のオイタを止める奴が居なくなったんだ!!だからお前の責任だ!!」

 もう全力で怒っていらっしゃる。ホント馬鹿だなこいつ。

 だけどまあ、そうだな。俺が悪い。死んだ俺が全面的に悪い。だから…

「今度はぶち砕いても止めてやるよ。ついでに息の根も止めてやる」

「なに!?それ俺が死ぬんじゃね!?そう言う事じゃ無くてなって、おい!!」

 ぐだぐだうっせーヒロが消え、今度はまさかの木村の姿が!!

「おい緒方、お前勝手にくたばりやがって。負けた借り、まだ返してなかったっつうのによ…」

 仕方ねーだろ、俺の天命だしな。だけどお前の恨み言も解かるよ。

「んじゃ、また勝負しに行ってやるから、今度こそ俺に勝ってみろよ」

「あ?負けるか俺が。地べたに顔面擦り付けさせてやる。鼻も折った方がいいか?」

 口調はバリバリやる気だが、表情は柔らかだ。笑ってすらいる。

「また会いに行ってやるさ。黒木さんを連れて」

「綾子はなぁ…あ、そうだ。これお前から言っとけ。男は束縛ウゼェと、繋ぎ止められねえもんだってよ」

 げんなりしているが、連れてくんなとは言わねーんだな。と苦笑する。

「そして単車の免許を取れ。ツーリング行こうぜ。国枝も誘ってよ」

 それは国枝君からも言われたなぁ…大きく頷いて答える。

「そうか。楽しみにしているぜ。早く来いよ」

 笑いながら消えていく木村。そして次に現れたのは…おかっぱの目がでっかい中学生…

 麻美だった…

 その顔をもう一度見る事ができるなんて…

 俺は麻美に手を伸ばすが、物凄いおっかない顔をされて、手を引っ込めた。

「何しようとしてんのよ隆!!アンタ、今から誰に会いに行くの!?」

 そうだな…お前の言う通り。お前との縁は終わったんだ。俺は槙原さんに会いに…助けに…いや…

 俺が会いたいから会いに行くんだ。今からブレてどうするよ?そんな様じゃ、二年の秋と全く同じだ。

「麻美」

「なによ!?」

 ぷりぷり怒っている。俺の優柔不断とヘタレでイライラしていただろう麻美。今更と言うか何と言うかだった。だけどもっと怒らせる事になりそうだ。

「お前とは来世だ。今世は槙原さんに譲れ」

 呆けた麻美、お怒りのお顔を崩さずに。だけどそれも一瞬。直ぐに砕けて大笑い。

「ぷっ!ははははははははははははは!!何よその上からの物言い!!しかも自惚れ過ぎ!!ぎゃははははははははははははは!!」

 もう抱腹絶倒である。可愛い顔が台無しだよー。もっと上品に笑おうよー。

 もっと怒る事は無かったが、なかなか笑いが止まんねー。

「おう麻美。そんな訳だから、来世に向けて精進しとけ。俺ばっか修行していたんじゃ、お前を捜し難い」

「ははっははははははははは!!うん!!解ったよ!!どう精進すればいいのか解らないけど、解ったよ!!」

 零れた涙を指で掬って頷いた。そんなに面白かったのか。それとも嬉しかったのか。

 まあいいさ。詮索は野暮ってもんだ。んじゃ、積もる話はいっぱいあるが…

「来世で沢山話そうぜ麻美。俺は今忙しいからさ」

「うん。待ってる…じゃない、私も捜すから」

 そう。それでいい。俺達程度じゃ同年代に転生出来ない、記憶も残らないと麻美も言っていたが、高等霊になるために学んだ俺もそう思うが、抗う事くらいは良いだろ。

「つーか、運命に抗う事は、俺達の得意分野だぜ!!」

 何度高校生をやり直したと思ってんだ。運命に抗う為だ。俺達はそこは変わらない。そうだろ麻美?

「うん!!じゃあ来世でね!!隆!!」

 最後に俺の大好きな笑顔で送ってくれるか。流石麻美、解っているな。そしてやっぱ愛し合ってんな、俺達。

 麻美が薄れて背景に溶け込んでいく。俺の大好きな笑顔の儘で。そして俺の意識も沈んでいく………


――隆君…


 最後に俺を呼ぶ槙原さんの声…そして目蓋越しに光が差し込んだ――

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