新たな来訪者の巻
さて、課題はもう一つある。部室を使えないことだ。
つまり仮入部をさせようとも勧誘しようとも部室に入れることができないのだ。
俺たち料理部の魅力の一つである、喧噪から隔離された部室。
一日だけでも使えたらいいのだが、現在部室として使っているのは奇術部だ。有亜が入部して料理部が復活したら、奇術部は俺たちの部室を使えなくなってしまう。奇術部にはデメリットしかないのだ。
「とりあえず奇術部に交渉しに行ってみるか」
これは平和主義者かつ無難な俺の意見
「せっかくかわいい女の子が二人とかわいく女装した俺がいるんだから色仕掛けしてみようぜ!」
これは女装がまんざらでもなくなってしまったかわいそうなバカの意見
「とりあえずカチコミね。ここにスタンガンとバッドとパールのようなものがあるわ。」
これは過激派どころかただの野蛮人である犯罪者予備軍の意見。
「ねむい」
これは最早考えることを放棄した宇宙人の意見。
「…お前らまじめに考えてる?」
「まーくんのためだもの!真面目に決まってるじゃない!!」
「真面目に考えてるならそれはそれで心配だけど…」
「でも実際問題東の意見はちょっと難しくないか?」
「お前らの意見に比べたら難しくないと思うぞ」
「私も小夜ちんに賛成。やっぱ交渉はちょっと難しくなーい?顧問が春野宮先生でしょー」
「そうよねぇ。春野宮先生って日本語通じるのかしら?」
「い、一応現国の先生だぞ?」
そうだ。あの部活の顧問は春野宮先生だ。奇人変人、もはや本当に人間かを疑う技術をお持ちのあの先生だ。一体どうやって話しかけたらいいのかわからないし、またどこにワープさせられるかわからない。
「しかし、せっかくだから偉大なる春野宮先生のマジックをもう一度見てみたいものだ。どうせなら、今からマジックショーをやってもらおう。いっそ奇術部にいれてもらおう!」
「…誰だよ意味不明なアフレコしてるのは。」
「「うわあああああ!!」」
「うわあ」
三人は甲高い声をあげて(緩羽は微妙だが)思い切り後ずさった。
小夜彦と愛澄が震える指で刺した方向を向くと、春野宮先生が体操選手の着地みたいなポーズで立っていた
「うわあああああ!!!」
思わず俺も後ずさって、机に背中を勢いよくぶつけた。
「呼ばれて飛び出てパンパカパーン!です!」
「ど、どこから入って…!」
「ふふふふ。わからないなら、この不可解を崇めなさい!称賛しなさい!あこがれなさい!これが奇術の醍醐味デスから!」
突然始まったマジックショーと春野宮先生の大声に圧倒されていると、春野宮先生が俺の横を通り過ぎて窓側へと歩き始めた。思わず全員が身構えると、その反応を見て嬉しそうに笑った。調子に乗ってる笑顔だ。
「おやおや!そんなかわいらしいお顔にそんな物騒なものは似合いませんよ!」
そう言いなが、通り過ぎざまに、愛澄の武器をすべて花に変えた。
「ほらほら!美少女はお花の方が似合いマス!!」
最早不可解とか、奇術とかでなく魔法だろう。
「ちょっと!何してくれてんの!?元に戻るんでしょうね!?」
元に戻すな。
「おやおやお気に召さないデスか?」
「私程の美少女になると、花なんて背景が勝手にしょってくれてるの。間に合ってる。」
なんだその字面では全く伝わらない謎のスキル。17年間子宮時代から一緒にいたはずだが初耳だぞ。
「ではでは。次はこちら!」
今度はポケットから何かを取り出した
「これが何かわかりマスか!?」
「50円玉…?」
催眠術でもはじめるのか?
「まさか!」
しかし、そう言って自分の財布を確認し始めたのは小夜彦だった。
「やっぱり!俺の50円玉がない!!」
なんで特定してるんだよ
「大丈夫?それ元からじゃない?」
「間違いない!俺財布の中身いつも暗記してるし!平成3年の50円玉!」
「ふふふふふ大当たり!正真正銘綺羅林君の50円玉デス!それを~」
パチン。指パッチンとともに50円玉が消え去った。
「ほらほら!どこにも何にもありません!」
そう言って手のひらを広げた。
確かに影も形もない。しかし、さっきの花のマジックに比べたら人外度は低いな。
そう思いながら俺は先ほどから舐めていた飴を飲み込んだ、
・・・ん?なんか硬いし鉄くさい?
ふと横をみると、50円玉の持ち主―小夜彦が静かに涙をながしていた。
「心配ご無用!!誰かこの中に口のなかに違和感があるものはいますよネ!!」
「「「…」」」
「あれ?おかしいですねえ…」
急に素っぽい口調に戻った。あれ、まさか
「今飲み込んだのって…」
「「「…」」」
「吐き出しなさい!まーくん!えっと頸動脈をちょっぷ!?」
「あずみん落ち着いて、たぶんちがう」
「俺の50円!!」
一瞬にして阿鼻叫喚となった教室。
っていうか首痛いから、何回チョップしてんだよ。やめてよ。
「もー何しに来たのよアンタ!!」
「かえれかえれー」
「俺の50円返せー!」
「口直しになんかよこせー!」
「いやあいやあー嫌われたものデスねー!!綺羅林君にはあとで先生の50円玉あげますからネ!」
春野宮先生は生徒たちの大ブーイングにあっても、やたら堂々とした態度でいる。メンタル強いなこの先生
先生は俺の言葉を無視して、教室中を無意味に飛び回っていた鳩をシルクハットに戻した。
「実は実は!向上院さんからみなさんが頑張って部活を復活させようとしていると聞いて物で!いてもたってもいられず見に来てしまいましタ!」
耳を大きくしながら言った。どんだけ体に手品仕込んできているんだ。
「見世物じゃないぞ」
「いえいえ決して冷やかしできたわけではありまセン!むしろ頑張っているかわいい生徒に手を貸したいと思いマシて!」
そう言ってポケットからグシャグシャに丸めてある紙をとりだした。四次元ポケットか。
心の中でそんなツッコミをしていると、その紙のかたまりを手渡された。
「な、なんすかこれ」
「わからないなら、この不可解を崇めなさい!称賛しなさい!あこがれなさい!これが奇術の醍醐味デスから!」
そう高らかに話しながらぎゅっと俺の手を握った。
「私のまーくんに何してんのよ淫行教師!!」
「落ち着け落ち着け」
「淫行のジャッジ厳しすぎだよ」
近くでみると、この先生。滅茶苦茶整った顔してるな。眼帯や星形のタトゥーでごまかされているのがもったいない。っていうか教師的にアリなのかあれ?あとおっぱいがでかい。
ぐるぐると顔の感想が頭の中を回っていると、パッと手が離された。俺の手の中にあったのは、全く折れた痕跡のない書類があった。
「顧問申請書?」
「あなたたち。顧問の先生に困っているでショウ!」
踊るようにして俺から紙を取り上げ、どこからともなく印鑑をとりだして押した。
そこまでパフォーマンスにしてしまうなんて先生よりエンターテイナーの方が向いているのではないだろうか。あとおっぱいがでかい。
「これで私はあなたたちの顧問デス!!!」
喜びの表現かなんなのかわからないが先生の背後から鳩が飛び立った。
「って、何勝手な事言ってんの!?」
唖然としてもはや一言もしゃべれなくなっていた俺たち。その中で愛澄が最も早く復活し、ツッコミどころの多すぎる春野宮先生の行動に突っ込んだ。
「っていうかせんせー奇術部じゃないの?」
「顧問はいくつでも掛け持ちOKなのデスよ!あまり顔を出すことはできないと思いマスが、名前だけ借りるつもりでいてください!きっとあなた達はそちらの方が都合がよいでショウ!!」
確かに他の先生がこんな部活の顧問をやってくれるとは到底思えない。ある意味有亜を仲間にいれるよりハードルの高い壁だっただろう。
しかし、お隣の奇術部の顧問だなんて日々の料理部の活動内容を把握しているはず。把握していて顧問の先生になってくれるなんてありがたい。ありがたすぎる。ありがたすぎるのだが…
「正直なんで…?」
「何か企んでるとしか思えないわ」
「こんなてきとーな部活の顧問やるなんてねー」
「こっそり乗っ取る気だったりしない?」
「あらあらとっても疑われていマスねぇ!」
あははと軽快に笑いながら、ステッキをペン回しのように回した。
「単純です!わたし面白い事が大好きなんデス!」
そう言ってステッキを俺に向けた。また何か手品をやられると思い身構える。はかいこうせんとかでてきたらどうしよう。
「テンプレートかと思うほど熱血部活動が並んだこの学校で一つ二つそんな部活があった方が面白いと思うんデス!」
特に手品もはかいこうせんも発動されなかった。
その代わり、先生の言葉がズンっと胸の奥に響いてきた。
「部活動は栄誉だけじゃない。しかし、この学校はどの部活も栄誉だけを求めている!部員も教師陣も!ああ!なんとさみしいことでしょう!!この学校には楽しむための部活ではなく勝つための部活しかないのデス!私はもっと、おもしろおかしく学校を盛り上げたい!そのための奇術部でもあるんです!もっと力を抜いて!気楽に!楽しく!」
歌うように言葉が並べられていく。生徒会長とはまた違った力のある話し方だ。
「この学校を盛り上げるのに奇術部だけでは心もとないので、ぜひ、料理部も復活させてくださいね!東君!」
先生の言葉に強くうなずいた。うなずいてしまっていた。手品のように、やる気に満ちてきたのだ。
「いい返事です!あっという復活劇を見せてください!」
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