第2話不思議ちゃんとデブ部長メロンパンを食らうの巻
「何そわそわしてるんだよー!」
親友の 綺羅林 小夜彦がからかうようにそう言った。
俺と二人きりで何が楽しいのか、爽やかなイケメンスマイルを惜しみなく振りまいている。
こんなイケメン様が何故こんなデブと楽し気に喋っているかというと、まぁ単純に十年来の付き合いがあるためだ。よく気にかけてくれている。
今回もクラスのいわゆる一軍グループからの「放課後遊ぼう」攻撃を避けて俺の掃除の手伝いをしてくれているのだ。ありがたい。
「これから部活?食べ物が逃げてくわけでもないし焦んなってー部員はお前ひとりだろ?」
「…いや逃げてくんだよ」
「は?」
「逃げていくんだよ…」
「大丈夫?空腹すぎておかしくなったの?」
小夜彦はそう言いながら、普通の人より二周りほどぽっこりとしている俺の腹をぽんぽんとたたいた。気やすすぎるだろう。
「腹は減っているが頭は平常だ。こら。いつまで腹を叩くんだ!」
「ごめんごめん、いい音がするからつい…ところで食いもんが逃げるってどういう事?俺の家の金が気づいたら逃げてくのと同じような感じ?」
「え、お前の家、気づいたら金逃げてくの?」
「使った記憶がないのに勝手になくなってくんだよなぁ。たぶん犯人はお父さんだろうけど」
その時、俺たちの会話を遮るように部活開始のチャイムが鳴り響いた。
色々な教室から「うおおおおおお」と雄叫びをあげながら部活に向かう青春ガチ勢が飛び出していく声が聞こえてくる。この時間のこの場所だといつでも観測可能な珍獣なので、俺たちは気にしない。
「あ、やべ、俺もバイトいかなきゃ。」
「お、おお手伝ってくれてありがとう…」
「うん、20分だから200円ね!じゃーね!」
ちゃっかり金を請求していったが、冗談だろう。まぁ元気そうだしご機嫌だしいいか…
さっさと俺も部活に行こう。
俺は明日の欄に書いても昨日の欄に書いても差し支え無いコメントを書いた学級日誌を教卓に置き、部室に向かった。
野球部の野太い声、サッカー部の監督の怒号、体育館の床をキュッキュッという音、女子テニス部のかわいさをすてた掛け声に、吹奏楽部の金管楽器、ピアノの音は合唱部だろうか。
この学校は部活動に力を入れている。いや、力を入れているなんてレベルじゃないな。部活動に入るのは義務で、進路も音大や体育大学、または専門学校へ入学するものがほとんである。
そんな青春男女の声を聴きながら、優雅にお茶をすすれる場所がただひとつある。
あんまり活動してない部活群の真ん中に位置する部活――料理部。
そう、そこは聖地。各部活割り振られる部費を自由に使うことができ、食料を備蓄することができ、冷蔵庫、電子レンジ、トースター、コンロ、料理器具ならなんでも使える。
つまり、学校で自由に食事が楽しめる。ここは学校内の唯一の楽園。天国。桃源郷。
そんな部室を自由に使える人物はたった一人。
健康診断では毎年肥満と診断され、一日三食では満足できないわがままボディの持ち主―それが俺。料理部部長、片貫東だ。
「あ、まーくんいらっしゃ~い」
部室を空けると、そこにはすでに先客がいた。
早乙女 緩羽だ。
色白でかなり細身。腰の辺りまで伸びた髪に昆虫の触覚のようなアホ毛。
明らかにサイズのあっていない袖をあまらせたカーディガン。
桜にさらわれてしまったり、水につけたら透けてそのまま溶けてしまったりしそうな儚い感じの少女だった。
なおこの評価はビジュアル面の話だけをしたので、これからコイツがどんな発言をしようとどんな行動をしようと、動揺しないでいただきたい。
とりあえずコレだけは突っ込んでおこう。
「…いらっしゃーいじゃねぇよ。何当たり前みたいな顔してくつろいでるんだよ」
コイツこそが料理部に出現する悪魔。
食材が勝手に減っていく元凶中の元凶である。
ご丁寧に毛布までかぶって、寝っころがりメロンパンを食べる。という完璧すぎるくつろぎスタイルだ。まるでこの部屋に住んでいるかのようなくつろぎ具合なのがさらに苛立つ。
無論、この女はこの部屋に住んでいるわけでもないし、むしろ部員ですらない。完全なる部外者である。
「私は天使だからね」
また、はじまった。俺は思わず眉をひそめた。
「下界にいると天界の生き物である天使は体力がゴリゴリに削られちゃうの。ここは唯一の回復スポット」
「またよくわからない言い訳しやがって…」
ふざけて言っているのか本気で中二病なのかは全く分からないが確実に言えるのただ一つ。常人には理解しがたい思考であるという事だけだ。
「しかもそのメロンパン俺の金で買ったやつだろ」
「そうなの?そこの机においてあったー」
「俺の机に置いてあるんだから俺のものだよ!!部員じゃないくせに部室の食べ物を食べるな!」
「だってまーくん入部させてくれないじゃーん」
「料理部は食を愛するものしか入れないの。お前はサボリ場所の確保が目的だろうが」
緩羽は微妙にむすっとした顔で「サボリじゃなくて回復場所」と言ってごろりと寝返りを打った。あくまでも、部室から出るつもりはないらしい。
いや、そんなことより、なによりも許されない事をこの女はしていた。
「大体なんだその食べ方は!メロンパンはな!一度レンジでチンをしてからが本番なんだよ!」
そう、この女はメロンパンを!常温で!何もつけずに!売られている状態そのままで!食しているのだ!一体どういう了見だ!!
「貸せ!」
俺は緩羽からメロンパンを取り上げて、テーブルにおいてある残りのメロンパンをレンジにいれた。
「メロンパンはレンジで20秒チンしてから食べる!常識だろ!?」
「ほーなるほどなるほどー」
緩羽は気の抜けた返事でレンジの中のメロンパンを見つめた。
明らかにこの展開を期待していた顔だな。レンジで暖め終わったメロンパンを渡すのがなんだか癪だ。
そう思いながらも、温まったメロンパンを差し出した。
「ん。おいひーおいひ」
緩羽は動物園で餌やりしてもらう動物のように俺が差し出したメロンパンを口で受け取りもぐもぐとほおばった
「もうひと段階おいしい食べ方があるぞ」
俺は棚から包丁をとりだし、メロンパン横から切り込みをいれた。
「お、さてはサンドイッチ」
緩羽が顔だけを机にのせて言ってきた。犬かお前は。
「正解だ。ここにアイスを挟めば、かの有名な世界で二番目においしいと自負する某店のようになるのだが、俺のやり方はこうだ。」
冷蔵庫から生クリームを取り出して、真ん中にちょびっと、それから外側に沿ってホイップした。空いた場所にバナナやら缶詰のみかんなどを適当にいれてサンドする。
完璧だ。
「どうだ。メロンパンケーキサンドだ。」
「おお、おいしそー!」
いつも眠そうで表情の変化が少ない緩羽は、こういう時だけかすかに顔に生気がみなぎる
俺も温まったことで風味が増し、ふわふわもちもちになったメロンパンサンドを、ふかりっとほおばる。温かいパンと冷たい生クリームやフルーツとの相性がおもしろい程に合う。最高だ。
緩羽がダメなのは勝手に食材を食うことだけでなく、あんな普通で勿体無い食べ方をするからだ。どうせならひと手間加えておいしく食べたいじゃないか。
「まーくんは食に関しては物知りだなぁ」
「ふふふそうだろうそうだろう」
「料理部部長とは思えないこの手の抜き具合最高って感じ」
「ふふふそうだろうそうだろう、ってほめてないだろ」
「私はまーくんが作る料理を総称してゆるめしと呼んでいる」
「勝手に名づけるな!」
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