ゆるく飯を食らうだけの楽しすぎる部活動

もももも

第1話 プロローグ

その日は、双子の姉が陸上部の朝練習に行っていた。

 さらに言うと、俺はいつも姉に朝起こしてもらっていた。

 さらにさらに言うと、セットしていたはずの目覚まし時計は、俺の巨体によって、見事な程にぺしゃんこになっていた。

 スマホの画面が表す時刻は8:30。

うん。つまりこれは


「遅刻だ」


 そこからの俺の動きは、体型からは想像も出来ないほどスムーズだった。


 起き上がり、服に着替えながら一階のキッチンに向かい、食パンの袋を乱暴につかんだ。

 冷蔵庫からマーガリンとあんこをとりだす。

 姉の作ってくれたらしいお弁当を乱暴に鞄にいれ、玄関にスライディング。ここで着替えは完全に終了。

 靴を履いて、勢いよく道路へとびだした。その拍子に地響きがしたのは気のせいだ。

 起きた時間は8時30分。準備、その他もろもろの時間は恐らく5分。

 全速力で走れば、希望が無くも無い。チャイムが鳴る前は無理だとしても先生が出席を呼び終える前にはたどり着ける可能性がある!


 あ!この状況は王道のアレを言っておいた方がいいのかもしれない。


 いっけなーい!遅刻遅刻!!俺の名前は片貫 東!

身長178センチ体重は0.1トン!!走る時のオノマトペはドスンドスンだ!

今の俺は姉が起こしてくれなかったせいで遅刻寸前!これでも全力疾走しているんだ!


 …なにをやっているんだろう俺、こんなモノローグをしたところで特に運命の出会いなどは起こらない。

なんせデブだから。ガハハ。


 この状況でやたら余裕な事を考えていると、学校の予鈴が聞こえてきた。

 慌てて食パンを食べながら走るスピードをあげた。カロリーを取りながら走らないとすぐエンジン切れになってしまうので咀嚼するスピードもさらにあげた。

 こうして、パンに意識を映し角を曲がった瞬間だった。


ぼよよん


ギャグ漫画みたいな効果音が聞こえるぐらい、思い切り人とぶつかった。


 自慢じゃないが、俺の腹の弾力はかなりのものであるため、ぶつかってきた何かは見事に地面から足が離れて、綺麗にふっとんでいきそうになった。

 咄嗟に俺は手をのばす。

 危機一髪。

 片手をつかむことに成功し、もう片方の手で背中を抑えて、なんとか大事故を防ぐことができた。


 しかし往来で社交ダンスの決めポーズみたいな格好をしているので、視線だけはやたら集まった。

 まあ、怪我はなさそうだ。一安心一安心。

 俺は恐る恐る往来社交ダンスのパートナーに「大丈夫、ですか?」と問いかけた。


 反応がない。

目も堅く閉ざされている。

自分の血の気がサァっと消えたその時。


「あう…揺らさないでぇ」

少女はゆったりとした動きをしながら微かに言葉を発した

「あ、よかった…体の調子は…」

 少し安心したのも束の間。


 少女は再び目を閉じた。

 すーすー

 規則正しい息、傷一つどころか汚れ一つ無い服と肌。正常に動いている心臓。何よりやたら気持ちよさそうな顔。


「も、もしや眠っていらっしゃる!?」


 いや、そんなわけない。仮にも衝突事故にあった後、こんなにぐーすか眠れるわけがない!ほらよだれとか垂らしてるし!

 俺が慌てふためいていると、100メートルまっすぐ走ればつく距離にある校舎から、ホームルームの始まりを知らせるチャイムが鳴り響いた。


「やべっ!おい!お前!大丈夫かよ!?寝てんの!?」

「うぅ、うるさい…朝ぐらいゆっくり寝かせてよ」

「寝ぼけてる!?路上だぞ!?」

「ろじょー…?」

「そう!路上!道路!on road!」

「んん…今いい感じのまくらに出会ったの。実に運命的な出会いだった…」

「もしかして俺の腹のこと言ってる?」

「まくらの方から私に会いに来るなんて、ここで寝てもいいですよって事だよねぇ」

「なんて過大解釈!ほら、遅刻するぞ!?」

「運んでってぇ…すーすーすー」

「嘘だろ!?」


 どのみち、遅刻は免れられない。だったらこの小柄で細い女子一人運ぶぐらいで大した痛手にならないだろう。食パンに気をとられ、前に意識が行っていなかった俺に非はある。

 いや、明らかに半分寝ていたあっちにも非はあるが。

 俺は気持ちよさそうに寝息を立てている少女を米俵のように担ぎあげ、腹の脂肪を揺らしながら学校へ走っていった。

 少女は本当に臓器が揃っているのか心配になる程に軽く、米俵を担ぐよりもずっと楽な運動だった。


 これが俺と早乙女緩羽の運命の出会いである。


ベタベタッにやりつくされた出会いではあるが、この出会いをする奴は決まって運命の相手であることは覆しようのない事実らしい。


 あ、間違いのないように言っておくが、運命というのは将来の結婚相手だとか生涯の相棒だとかそんな大層なものではない。


 俺と緩羽から、この楽しすぎる部活動ははじまったのだ。


 たったそれだけの運命の出会いだった。

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