の村は、決して広いとは言えないものの、住民の生活は内側だけで完結していた。

 衣食住は勿論、娯楽品に至るまで小さな村の中で十分満ち足りている為、村の外に出る必要がないというのが主な理由である。


 其れとは別にもう1つ。


 わざわざ口に出して確認する者さえ居ない程住民の中で当たり前になっている理由がある。

 むしろ其れこそ重要な理由であり、の村が生まれた理由でもある。

 彼等は自分達以外の人種に、外の人間に会う事を忌み嫌っている。最初は迫害からの自衛の為、今や先祖の恨みが暴走した結果の差別意識から。


 人里離れた、日の光も満足に届かぬような場所でひっそりと在る小さな村。


 其処の住人は全て、同じ様な見た目をしていた。

 もっとも、双子の様に顔立ちが似通っているという様なものではない。それぞれの顔立ちや背格好は異なっている。

 ただ彼等は共通して、以下の物を生まれながらに持っていた。其れ故に先祖は糾弾され、彼等だけの平穏を手に入れた現在ではかつて自身を糾弾した者を蔑んでいるのだが。


 1つ。透き通るかの様に白い肌。

 1つ。色素が全て抜けきったかの様な白髪。或いは銀髪。

 そして、白色の中に映える、血を湛えた様に見えなくも無い、真っ赤な双眸そうぼう


 此の村はアルビノだけが暮らす村。

 かつて周囲から悪魔だ、鬼だと糾弾された彼等は安全圏を手に入れた。そして、長い年月が経過した今、かつて自身を迫害した者達、自分達アルビノであれば当然持っているだろう外見的要素を1つでも欠いた者達を“不浄の鬼”と呼んでは酷く蔑み、忌み嫌っていた。

 幸いなのは此の村が先述の通り人里離れている、という事。村人以外が簡単に迷い込んでしまえる様な場所ではない。

 また住人達は積極的に“不浄の鬼”を討伐しようという志を抱いてはいない。そもそも不浄の存在に近寄りたくも無いというのが本心だろうが、わざわざ村の外に出て鬼退治をしようとする者は短くない村の歴史の中1人としておらず、結果多種族への酷いさげすみは残しつつも彼等の平穏は保たれていた。




 其処に歪みが生じたのは、1人の異端児の誕生が切っ掛けだった。




風木かざき。最近、何か変わった事はない?」

「……真湖まこは本当に変わり者ねぇ。誰もワタシに好き好んで話し掛けないっていうのに。それとも次期巫女様のお勤めかしら?」


 村外れの大岩に片膝を立てた格好で座る2つか3つ年上だろう少年、風木のつれない反応に真湖は思わず苦笑を浮べる。まあ何時も通りだと言えば何時も通りなのだが。

 風木がこういった態度になってしまうのも不自然な事ではないと真湖は思う。もっとも自身の想像力程度では風木の境遇及び心境のほんの1握りでさえ推測する事は叶わないだろうから、本人を前に口に出したりはしないが。


「巫女の務めなんて関係ないさ。第一私に巫女様の務めが果たせるかも分からない。ただ私が風木の事を気にしているだけよ」

「ふふ、それが変わってるっていうのよ」


 風木が微笑みを浮べてくれた事に安堵し、真湖も彼に微笑み返す。

 風木は生まれながらに異端児と呼ばれ、乳飲み子の時分、殺す事さえ視野に入れられたという。

 実際彼の髪は闇を呑み込んだ様な漆黒で、双眸も夜を湛えているかの様に黒い。肌の色は対照的に白いものの、村の住民達と比べてしまえば忌まわしい太陽に焼かれた様な黒と言ってしまって問題はない。

 今迄アルビノだけで過ごし、アルビノ以外が生まれる事のなかった村に、風木の誕生は混乱を齎した。風木の両親や村の重役1部の人間は、まだ名も持たぬ風木を殺害してしまおうと提案したらしい。しかし幼い子供を死の淵から救ったのは村長の鶴の一声であった。

 曰く、過去の文献を辿れば以前にも数度“不浄の鬼”と同じ外見を持つ子供が生まれた事はあったらしい。しかし外見こそ不浄の物ながら纏う気は巫女の目を持ってしても正常な物としか言えず、また6つや7つ、遅くとも10を迎える前迄には外見についても村の住人達と同じ白髪赤目になっていた、と。

 事実幼い風木から邪悪な気は感じられない。そうして風木は命を広い、時に親から怖がられつつ、時に蔑みの目を向けられつつも、10迄は普通に育てられた様だ。

 10を迎えても11になっても変わらぬ外見に、ついに両親は普通の親子関係を放棄、住人達も目に見えて差別しだしたという次第であるが、真湖だけは住人達と同じ様に風木を嫌う気にはなれなかった。


 風木が言った様に村人から次期巫女だと期待を寄せられる真湖には、巫女が持つとされている力がある。だから彼の外見こそ不浄のそれであっても、彼が纏う気、彼の心根は他の住民と何ら遜色そんしょくない、それどころか他の住民より美しい物だというのが見えている、というのもあるかもしれない。

 しかしそうした特別な力がなくとも、真湖は風木に近付き、何とか彼と接しようとしただろう。

 理由は単純だ。

 真湖には此の村の人間が今では当たり前の様に持っている、物心ついたと同時に口にする様な、アルビノ以外に対する差別意識が全く持って存在していなかった。

 もっとも、ソレをあからさまに口にすれば周囲の人間は真湖の気が狂ったと勘違いし、異端児の風木が何かを吹き込んだのではとあらぬ疑いを風木に掛けて、これ幸いと彼を処刑してしまいかねない為、大々的に訴える事はないが。


 本来であれば持つべき差別意識を持っていない真湖にとって風木は、歳の近い友人だ。

 それも風木は他の人間と違って真湖を無闇矢鱈と持ち上げず、真湖に対して大袈裟な賛辞も口にしなければ気が早い求婚をする事もない。

 真湖を歴代で最も美しい少女だなんて言って好意を寄せてくる男に辟易としていた真湖にとって、そうした事を一切せず、寧ろ男らしさも感じられない中性的な風木の傍は、幼い頃から安息さえ得られる場であった。

 そうしてそろそろ“次期巫女”という自分の身分から“次期”の文字が取れるだろう頃合になっても、真湖は風木の傍に安息を求め、風木が自棄を起こしていないか、不必要な迫害を受けていないか心配になって、毎日の様に彼が好む場所に顔を出しては、とりとめのない話に花を咲かせるのだ。


「だけど真湖。アンタ、そろそろ巫女の戴冠式たいかんしきでしょう?あまりワタシみたいなのと付き合って白い目を向けられても知らないわよ?まあ、稀代の聖女様にそんな事をする人間は此処にはいないでしょうけど」

「風木と話す事を非難される筋合いはないね。もし風木と話すのは巫女として相応しくないと糾弾するなら、私は巫女になんてならないさ。そもそもそうした事を抜きにしても、巫女に相応しい人間なんて私以外にも沢山居る」

「真湖。流石に其れはないわ。アンタが此の村の歴史上1番の力と美貌を兼ね揃えた人間だっていうのは、そういう話に興味もなければ先代の巫女と比べる手段もないワタシの目にさえ明らかだもの。あまり自分を卑下していたら周りから嫉妬を買うわよ?」

「……意味が分からない」


 白い頬を僅かに赤くしつつも、真湖は頬を膨らませる。

 真湖が生まれた時、村中が大騒ぎだったというのは今でも語られる話だ。歴代のどの巫女よりも美しく、どの巫女よりも力を持った稀代の聖女が生まれたとお祭り騒ぎだったらしい。

 其のお陰で村の人達は真湖を可愛がり、両親は良い生活を送れているらしいが、其の所為で真湖は無闇に持ち上げられ、幼い頃から求婚される始末である。贅沢な悩みである自覚はあるし、口が滑っても風木の前で漏らしてはいけないと理解しているが、時折息苦しささえ感じる。

 そうした感情を胸の内に秘めたまま、しかし態度には幼子が拗ねた様に頬を膨らませるという形でだけ示した真湖の様子に、風木は堪えきれないとばかりにぷっと吹き出し、それを皮切りにけらけらと笑った。

 大袈裟にばたつかせた足が軽く彼の座っている岩を蹴る。

 とは言えそれは、少しお転婆な少女がするような可愛らしいもので、男子であるにも関わらず時折やんちゃが過ぎる真湖よりも余程お淑やかに、巫女様らしくさえ見えた。


「まったく。アンタは何時迄いつまで経っても子供ね。それにまた求婚を断ったらしいじゃないの。ずっと子供の気分ではいられないのよ?終いには貰い手がいなくなったって焦っても、ワタシは貰ってあげないからね?」

「私は別に一生独り身でも困らないわ」

「……まあソレで困るのは村の連中だから、アンタが焦る事はなさそうねぇ」


 歳の近い兄と言うよりは姉に近いかもしれない。

 真湖にとって風木はそういった存在で、自分を持ち上げるでも敬うでもなく接してくれる風木が心の拠り所であったのは確かだ。




 ただもしも真湖が他の住民達と同じ様に、人並みの差別意識を持っていれば。

 アルビノの要素を1つでも満たさない者に対する嫌悪や蔑みを、僅かながらでも持っていれば。




「此処が噂に聞くアルビノ村ってヤツか。……本当一見したトコロ、アルビノしかいないっすねぇ」


 声が唐突に聞こえたから、真湖の体は驚きで反射的に跳ねる。声のした方に目を向ければ、村の出口に、普段住民の誰もが決して訪れない其処に、1人の少年が立っていた。

 しかしながら彼の外見は住民のソレと似ても似つかない。

 風にさらりと揺れる、手入れの行き届いていそうな髪は眩しい程の金髪。

 鋭い双眸は髪と同じ色ながら、何処かぞっとする冷たさを潜めた無感情。

 肌の色は一般的に白いと言えるだろうが、アルビノしか知らない真湖の目には白いと表して良いのか迷う。

 もっとも彼の言葉からして、此の村の住民でない事は明らかだ。完全に部外者。風木や過去に数人いたらしい異端の姿をした子供とはまるで比にならない、完全なる“不浄の鬼”。


 真湖がアルビノの誰しもが持つ差別意識を持っていれば。

 此の侵入者を速やかに排除していただろう。

 しかし真湖の差別意識は正しく死滅していると言える程彼女の中に僅かも宿っておらず、彼女は人の気を見る事に長けていた。

 アルビノと其れ以外と言っても同じ人間である。種族の中では“不浄の鬼”と呼ばれる村外の人間が相手であっても同じ事。だから真湖は此の少年に悪意が一切無い事を明確に悟った。

 だから真湖は。


「こっち!そんなトコで突っ立っていたら、殺してくださいって言ってるに等しいよ」


 咄嗟に少年の手を取って、自分の秘密の場所へと歩いていた。無論、少年に隠行の力を使うのは忘れずに。

 きょとんとする少年には構わず、彼の困惑混じりの不満も今は聞き流して真湖は歩く。

 彼女はやさしいから。本当に不浄の気を負っていれば兎も角、そうでない相手がただ自分達と少し違うというだけの理由で処刑されるのが耐えられない。

 彼女には疑問と些細な好奇心があったから。如何して此の村だけで閉鎖的に暮らすのだろう。外に居る人間はどんな人なのだろうと。村から出るだけの気持ちにはならなかったものの、此の村を訪問した外の人がいるのなら話を聞きたい。外の世界の輪郭だけでも触れてみたい。


 だから彼女に。


 彼女のやさしさや好奇心があっても尚、そんな考えを打ち消す材料になる村の住民に根付いた差別意識。其の欠片でもあれば。



 あんな事件は起こらなかったかもしれないのだ。

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