春の大三角形
そんなふざけたイベントが開催される中、織也たちは張り込み調査を行っていた。
「ダブルデートを装いましょう」
公園に着くや否やそう言ったのは寡黙な美少女、椎音である。
彼女は当然のように織也の隣に陣取ると、コンビニで買った饅頭を分けて食べ合った。織也も普通に応対しており、ごくごく自然に二人はカップルに見えた。
しかし、そこで困ったのは填武と蕗世である。
ここは男同士と女同士で分かれた方が良かったのではと激しく思ったが、今更文句が言えないほど妙に時間が経過していた。
「いい、天気デスネ……」
「もう日が暮れてるわよ?」
空を見れば墨を混ぜたような紫色。いい天気、というにはおかしな時間である。
填武は緊張していた。何せ彼の隣、足の大きさ二つ分ほど離れた位置に大学のマドンナ、鶴木蕗世が居るのだ。
中学高校と部活に明け暮れる毎日で、彼女なんていなかった。大学に入っても硬派キャラが定着して「神代くんは真面目だもんね」と、周囲が気を使って色恋には疎かった。なし崩しに学部のイケメン代表になったが、自己アピールでは一言二言話してバク宙を披露して終わり。余計に硬派真面目、おまけにクールキャラが浸透してしまった。
確かに真面目だし堅物だとは自覚している。だが、填武もそれなりに興味はあるのだ。ないわけではない。
そんなことを悶々と考えているうちに、時間は刻一刻と過ぎていった。
初夏に差し掛かっているとは言え、夜は少し肌寒い。織也と椎音を見れば、仲良く一冊の本を読んでいる。やたらと分厚い本だが、聖書だろうか。互いに身を寄せて読む様子は、とても仲睦まじく見える。
よく見れば椎音の肩には織也の上着が掛かっていた。冷えてはよくないと、織也が椎音に渡したのだろう。大きなカーディガンに細い体をすっぽりと収める姿は、なかなかクるものがあった。
「女の子、いないわね」
「そうですね……」
どれほど時間が経っただろう。填武がふと上空を見上げれば、星が転々と瞬いていた。
一番輝いている星は、確かスピカだっただろうか。おぼろ気な記憶を頼って大空に三角形を描く。出来上がったのはーー
「春の大三角形!」
はしゃぐ声は蕗世のものだ。彼女は填武と同じように星を見ていた。普段の凛とした女神のような美しさとは違って、彼女は幼い少女のような無邪気な笑顔を浮かべる。
可愛いと思った。頭がぼーっとしてくる。もしかして、これは……
見惚れていると、蕗世の肩が微かに震えていることに気がつく。寒いのだろう、填武の脳裏に織也と椎音の姿が過る。
「寒いならーー」
「みんなお疲れさま! もう遅いし、今日は一旦帰って明日また話し合おう」
蕗世の肩にジャケットが被せられる。それは填武のものではなく、聞き込み調査を終わらせた陽瑠のものだった。
手渡そうと上着を脱ぎかけた手が、手持ち無沙汰に宙を舞う。そんな填武を見透かすように、陽瑠が意地悪な顔で笑っていた。
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