憑いてないけど、ついている
ーー俺にはこの空間が耐えられない!
それが填武の率直な感想だった。
彼は硬派過ぎるゆえ、女性に免疫がない。はっきり言うと童貞だ。硬派とか言われてどうにか切り抜けているが、本当は女性と話すと緊張するので態度がぎこちないだけなのだ。
しかし今、彼の周りには大学でも指折りの美女、美女、美女ーー
普段填武に言い寄る女子学生と違う、放っておいても男が寄ってくるので男性にアピールなどしない、言わば一握りの美女がここに集まっていた。
「神代くんだっけ? 顔色が悪いけど大丈夫?」
声を掛けられて俯いていた顔を上げれば、目の前には大学のマドンナ、鶴木蕗世の顔があった。
大きな猫目に長い睫毛。本人はコンプレックスだと語るストレートロングの茶色い地毛も、豊満過ぎる胸も、その何もかもが魅力的に見えた。女神はいる。それも、目の前に。
「蕗世、席変わって」
咳払いが聞こえると、填武の前から女神が去っていく。名残惜しげに視線で追えば、今度は目の前に魔王が座った。
「観賞代五千円って言ったよね?」
「違う! 違う違う! そういう目的じゃない!」
噂の魔王を目の前にして、填武の体に今度は別の緊張が走る。陽瑠の目は、射抜くように鋭かった。
背中に嫌な汗が流れていくのを感じながら、填武は自分の身に起こる異変を話し始める。真面目な相談内容に、陽瑠の禍々しい雰囲気は和らいでいった。
「いきなり二重人格デビューか……。なんか憑いてそう?」
「いや、変なもんは見えねーぞ?」
「悪寒などはしないですね」
興味深そうに椎音が填武に近寄る。填武の体が強張ったのを察知した織也が、やんわりと椎音と填武の間に割って入った。
何も憑いていないと言われ、落胆した填武が窓の外に視線をやる。すっかり日が暮れており、帰宅する者やサークル活動に励む者、窓辺には熱心にこちらを見つめるオッサンの姿が目に入った。
「……!? 窓! 窓に不審者がいるぞ!」
「ああ、あちらは張本さんですよ。時折遊びにくるんです」
「構内にあんなオッサンが居るなんて、パニックになるぞ!?」
「それなら心配ないですよ。彼、幽霊ですから」
ーー幽霊ですから。
織也の何気ない一言に、填武の心が傷付いた。
生まれて一度も幽霊なんてものには縁がなく、これから先も関係なく生きていくと思っていた。しかし今この瞬間、その幻想は崩れ落ちる。
確かにあんなに堂々と貼り付いているのにも関わらず、周囲の生徒が気がつく様子はない。信じたくないが本当に幽霊なのだろう。
「その様子だと、今まで幽霊は見えてなかった?」
「みたいだぞ」
琉依と恵理の指摘に、填武はゆっくりと首を縦に振る。
「ちょっと待ってみようか。もう一人の君が出てくるまでさ」
にっこりと笑顔で言い放つ陽瑠だったが、拒否権は認めない威圧感があった。蛇に睨まれた蛙のように、填武は体を強ばらせる。
拒否権はない。今日は帰りが遅くなりそうだ。
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