決着は面
蕗世の送ったラインに既読がついたのは、かくれんぼ開始から一時間が経過しようとしていたときだった。
『写真の彼女は丁重にお帰りしてもらったから大丈夫さ。怖い写真を送りつけてごめんね。あとーー』
陽瑠から送られてきたラインには、悪い影響が出始めているので、早急にかくれんぼを終了させて欲しいとのことが書かれていた。
『追伸。幽霊は琉依が全部集めているので、蕗世の前には出ないと思うよ。安心して終わらせに行ってね。暗いから足元注意! 扉の前に居るから、何かあったらすぐに飛び込むよ』
隠れ場所から出易い雰囲気にしようという陽瑠からの気遣いに、蕗世は少し安心した。
ーー早く終わらせよう。
蕗世は塩水を口に含むと、塩水ジョッキを左手に、御神刀を右手に持ってゆっくりと段ボールから出る。段ボールから出た瞬間、背中にずっしりとのし掛かるような重さに襲われ、なかなか足が進まない。
しかし一度出た以上は早くこのかくれんぼを終わらせたい。彼女は震える足で人形の元に向かう。意を決してトイレのドアを開ければ、そこにはバケツの中に沈む哀れな人形があった。
人形が同じ場所にあったことにほっとして、彼女は急いでかくれんぼを終わらせる。
「私の勝ち私の勝ち私の勝ち!」
そう宣言し終えると、肩がスッと楽になった気がした。しかし彼女はここでようやく人形の異変に気がつく。
「ない……」
眉間に深々と刺したフルーツナイフが消えていた。蕗世はトイレの中を探し回るが、ナイフは見つからない。
ガチャ。
出口の方からドアノブを回す音が聞こえる。陽瑠たちだろうかと振り返ったところで、彼女は息を呑んだ。
いるのだ、室内に。鍵のかかったドアノブを回し続ける、異様な女が。
腰が老婆のように曲がった女だった。そいつは開かないドアノブを何度も回し続けていた。片手には、人形に刺さっていたナイフを持っている。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……
蕗世はパニックだった。内臓が息を忘れたように冷え切っている。女は蕗世に見向きもせず、ドアノブを回し続けていた。
「蕗世! 大丈夫か!」
ガチャガチャと鳴り続けるドアノブの音を聞きつけて、陽瑠が外から声を掛けてきた。
このままでは、陽瑠たちが女とーー
「待って!」
蕗世は精一杯の声を張り、危険を知らせる。すると、ドアノブを回していた女が、蕗世の方を振り返った。女の顔は、鼻が削ぎ落とされて穴という穴から体液が流れ出ていた。強烈な異臭が蕗世の嗅覚に突き刺さる。
女と対峙した瞬間、蕗世は木刀を構えて走り出していた。
「めぇぇぇんんんんんん!」
渾身の一撃を女に叩き込む。すると女は、水を切るようにスルスルと体が裂け、その場から消えてしまった。
カランとナイフが落ちる。
「蕗世、無事かい!?」
合い鍵を使って陽瑠たちが室内にやって来たのはその直後だった。室内に入った時、彼女は木刀を構えて放心していた。
酷く興奮している状態だったので、陽瑠は蕗世の顔を見ながら宥めると、怪現象に強い恵理に蕗世を託す。
「……なあ陽瑠さん、やっぱ人形に"あんたの体の一部"を入れたのまずかったんじゃね?」
「あれ? バレてた?」
「わかるっての」
陽瑠は人形を縛る時に蕗世の爪を抜き、自分の髪の毛を入れていた。自分の呪う儀式だと言われているので、蕗世に呪いをかけるわけにはいかなかったのだ。
「僕は十分呪われてるしね、今更呪いが増えてもどうってことないよ」
人形を回収する。水を含んだジュリエットだったが、塩を掛けてアルコールを含ませた古紙と一緒に燃やせば、どうにか燃やすことに成功した。
「僕の勝ちだね」
炭になっていく人形に、陽瑠はあざわらうように宣言した。ジュリエットの青い目が、恨めしそうに陽瑠を睨み付けて、焼けていく。
周囲は明るくなってきていた。もうそろそろで、朝日がやってくる。
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