こんばんは悪霊

「おい何だよこの女!」


 陽瑠の撮った写真に写っていた女を指して、琉依が絶叫する。すると陽瑠が呑気な声で「あー、ツーショットだね」と返してきて、琉依の苛立ちは加速した。


 写真なら幽霊見えんのかよ気づいてるなら言えよこの野郎と、心の中でひとしきり罵倒して琉依は後ろを振り返る。


 普通の人は怖くて振り返りたくない所だが、あいにく琉依は異常な人の為、躊躇いなく振り返った。すると写真に写っていた女が、呪いのビデオで一躍日本を震撼させた某女性幽霊よろしく、ゆらりゆらりとこちらに歩いて来ている。


「ほしい、ほしい」とぶつぶつ呟きながら向かってくる様ははっきり言って怖い。


「陽瑠さん、女性の扱い慣れてんだろ? ちょっとエスコートしてくれよ」


「したいのは山々なんだけどさ、素敵なレディは軒並み僕の前じゃ恥ずかしがって出て来てくれないんだよね」


 案の定見えていない陽瑠に、琉依は本日二度目の罵倒を心の中でお見舞いする。


 女の方も陽瑠に興味はないのか、琉依に向かって歩いて来ているようだ。見かねた恵理が叫ぶ。


「琉依の何がほしいって? 体とか言ったらぶちのめすわよ発情女! 飢えてるならあっちにホテルあるから、そこで疑似セックスでもしてきなさいよ!」


 可愛い顔でとんでもない内容を叫んだ恵理に、陽瑠と琉依は苦笑いを浮かべる。中指を立てて威嚇すれば、気圧されたのか女はスッと消えていった。


「おお、さすが恵理ちゃん……って、足元! 恵理ちゃん足元!」


「え?」


 ほっとしたのも束の間、恵理の足元には下半身の無い男が這ってきていた。いきなり現れた男に驚いて、恵理が強烈な蹴りを炸裂させる。


「変態!」


 蹴られた男はそのまま消えていった。


「……いくら俺が幽霊ホイホイだからって、立て続け過ぎるな」


「しかも二人共かなりヤバい部類だったわよ? 死ぬ直前の苦しい姿で現れてるもの。心霊スポットでもないしおかしいわよ」


 いわゆる悪霊というものは、死ぬ直前の肉体が損傷した状態であったり、歪んだ想いが反映して奇形で現れたりする場合が多い。


 普通に看取られて死んだお爺さんが、わざわざそんなおぞましい姿で現れたりはしない。お盆にそんな姿で出られた日には、家から出禁になること必至である。


「やっぱりひとりかくれんぼが歪んだ幽霊集めてるのかしら?」


「可能性は否定出来ないな」


「蕗世は大丈夫なのかい?」


 心配した陽瑠が琉依に問い質す。


「それは平気だと思うぞ」


 琉依の説明では、幽霊から蕗世はなんかモヤモヤしたヒト型が、切れ味抜群の日本刀を構えている状態に見えているのだそうだ。得体の知れないものが凶器を振り回しているので、近寄りたくないらしい。


 その上近くに幽霊を引き寄せる琉依が居るものだから、全てこちらに流れて来ているのだとも。


「それでも蕗世の方に現れる奴は相当ヤベェ輩だろうな」


 ヒュウッと、風が吹いた。五月だというのにひんやりとした、底冷えするような風だった。


 胸騒ぎを感じ取った陽瑠がプレハブ小屋へと駆け出す。だがしかし忘れてはいけない。陽瑠は不幸な男なのだ。


「あ」


 砂利で滑ってしまい、陽瑠は盛大に転倒。その際、隣に立っていた琉依の袖を慌てて掴んでしまい、琉依もろとも二人で転んでしまった。


「うわぁぁぁ!」


 琉依の悲鳴が構内に響き渡る。真夜中の絶叫に、被害を免れた恵理が「うるさい」と呟いた。

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