塩信仰のライダー少女
「霊感が強い人ほど霊を鮮明に捉えられるように、霊もまた霊感が強い人ほど認識し易いです」
「蕗世は霊感あんまり強くないし、琉依は強い上に美人だから、きっとそっちに目がいくんだろうね……ぷっ」
「笑うな! 何にも安心できねーよ!」
それでも蕗世は怖いらしく、机の下から出ようとしない。どうやら彼女には目だけ鮮明な、白いモヤモヤとしたヒト型に見えているようだ。それはそれで怖い。
いっそのことオッサンに見えていた方が……いや、うら若き花の女子大生に、鼻息を荒げて窓に貼り付くオッサンの姿はショッキングだろう。
しかも彼が熱心に見ているのは男。絵面は最悪だ。一刻も早くオッサンを排除せねば……
ーードゥルン。ドゥルン。
バイクのエンジン音が近づいてくる。それはスピードを緩めることなく、こちらに向かって来ていた。
バイクに乗ったライダーの姿を視界に捉える。それは、一瞬の出来事だった。そして男三人ーー正確には織也と琉依だーーは、決定的瞬間を目撃する。
宙に舞う、哀れなオッサンの姿を……
「あらごめんなさい。何か轢いたかしら」
青い中型バイクに乗ってやって来たのは、憑きサーメンバーの姫守椎音(ひめもりしいね)だ。
見た目は清楚なお嬢様だが、厳ついバイクを乗りこなす姿がカッコいいと、密かに話題になっている新入生である。
彼女は何事もなかったように、澄ました顔で室内に入ってきた。織也が血相を変えて椎音に詰め寄る。
「椎音! バイクで人を轢いてはいけません!」
「大丈夫ですよ織也さん。轢いたところで死にはしません。だって、もう死んでますから」
「そうですけど危ないです! 一応悪い霊っぽい雰囲気でしたし、あなたの身に何かあっては一大事です!」
「ご心配には及びません。塩を撒いておけば、どうにかなりますので」
そう言って彼女が取り出したのは塩の瓶。「バイクにも常備しているので大丈夫です」と、椎音は眉一つ動かさずに言い放った。恐ろしいほどの塩信仰である。
椎音は霊感が強く、また幽霊に憑かれ易い。
幼少期から霊に怯える生活を送っていたが、次第に霊に対する怒りの方が強くなっていき、努力の末、自身である程度は祓える程度にまで逞しく成長した。塩信仰なのは実家が仕出し屋で、質の良い塩を得る機会に恵まれているからである。
「とは言っても心配です。琉依くんと違ってあなたは守る術がありませんから……」
そう言ったのは織也だ。
彼女は過去にとんでもない悪霊に目をつけられたことがあり、困っていた時に歩く除霊機の織也に出会ったことで難を逃れた経験があった。死ぬかもしれない危機的な状況だったようで、それ以降織也は椎音に過保護である。
「ま、とりあえず変態は消えたようだし次行く心霊スポットでも話し合おうよ! 蕗世、おいで。もう大丈夫だよ」
陽瑠が子犬に話し掛けるようにして、机の下の蕗世を救い出す。優しく手を引く姿はまるで王子様のようで、蕗世の顔が赤くなった。こう見えて陽瑠は結構イケメンだったりするので、不幸体質であっても女性にモテる。
甘いマスクで多くの女性を誑かした色欲魔王。何が不幸だイケメンは滅べばいいとは、よく言ったものである。
「さて、次は何をしようか?」
気がつけば窓から差し込む光は赤くなってきていた。そろそろ逢魔が時に差し掛かる。
楽しい時間が、始まろうとしていた。
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