窓に貼り付くオッサン

「恵理ちゃんは今日、雑誌の撮影なんだってさ。あーあ、恵理ちゃんに会いたいぜー!」


「あなた、鬼越さんが入学してから彼女の話しかしてませんよね。ああでも安心しましたよ。以前は遊んでばかりで生活が乱れきっていたので、心配していたんです」


「母親かよ……。そういう織也さんは浮いた話の一つや二つ、ねーの?」


 琉依の質問に織也は「新しい出会いはないですね」と、笑って答えた。たんぽぽの花が咲きそうなくらいの朗らかな声に、琉依の肩の力が抜けていく。


「織也くんにそういう話は意味ないよ。高校の頃からそうだもの」


「あなたは遊び呆けてましたけどね。陽瑠くん?」


「素行は良かったでしょう?」


「先生の前では、ですけどね。影で魔王ってあだ名がついていたの、ご存知でしたか?」


「マジ?」


「まじです」


 陽瑠と織也は年齢も高校も一緒の同級生だ。現在は法学部と医学部とで別れてしまっているが、サークルで顔を会わすとこうして和気あいあいと会話に興じる。


 ちなみに魔王というあだ名が現在でも健在なのは内緒の話だ。


 多くの男子学生から敵意を向けられても、陽瑠が何事もなくケロッとしているのは、精神が図太いのも勿論だが、怒らせると怖いので誰も何も言わないから、というのも理由である。


 あだ名が魔王よろしく、陽瑠は怒らせると怖い。具体的に言うと、社会的に殺されるという意味で怖い。


 祖父が組長という噂もあるし、実際に彼の実家は大きく、厳つい男共がひっきりなしに往来している。誰がどう見てもヤのつく自由業だった。


「きゃあッ!」


 突如蕗世の悲鳴が室内に響き渡る。


 何事かと振り返れば、彼女は体を縮こめて窓の外を指差していた。


 そこには顔を貼り付けてこちらをじっと見つめる、オッサンの姿が……


「なあ、あれって幽霊なのか? それとも変質者?」


「陽瑠くん、見えてます?」


「見えてないから幽霊っぽいね」


 霊感が強いゆえ、織也と琉依は時折生者と死者の見分けがつかない。外見が血みどろだったり、なんか有り得ない歪み方の顔であればわかるのだが、今回窓に貼り付いているオッサン幽霊は、どこにでも居るオッサンだった。


 オッサンの鼻息で窓が白くなる。実に嫌な霊障だ。


 幽霊も怖ければ変質者も気持ち悪い蕗世には、見るに耐えられない光景だろう。彼女は御神刀を胸に抱いて、机の下で丸くなってしまった。


 オッサン幽霊は相変わらずこちらを見ている。


「鶴木さん安心してください。どうやら彼は琉依くんを見ているようですから!」


「ふぁ!?」


 織也の爆弾発言に琉依の表情が固まり、そして陽瑠が大爆笑した。


 真偽を確かめようと琉依が部屋の隅から隅へと移動してみる。すると、オッサンの黒目が琉依のことを追っているのが確認できた。

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