ゴリラと対話を試みる男

「というか、宮比くんは聖さんにお世話になったようだし、その態度は失礼じゃない?」


 蕗世の指摘に琉依の眉間のシワがより深くなる。綺麗な顔が台無しだ。


 酷く居心地の悪い空気が室内に蔓延していた。すると、その様子に耐えかねたのか織也が口を開く。


「鶴木さん、僕は気にしてませんよ。困っている人を助けるのは当然のことです」


 織也の顔は実に満たされた表情だった。


 この聖織也という青年、生粋のクリスチャンである。父親は牧師で家は教会、見た目も中身もキラキラの人物だ。


 母親がイギリス系アメリカ人の日本国籍持ちという、なんだかバラエティに富んだ女性であり、織也自身は日本人の父親との間に生まれたハーフだ。


 そんなちょっとばかり日本では特殊な家庭環境の織也であるが、特殊なのは何も家庭環境に限った話ではないようで、彼自身もちょっと特殊な人間である。


 彼は、神に愛された人間だった。


 西洋ではメジャーな聖人様やら大天使様やらの強力な加護があるらしく、ちょっとしたものーー幽霊的なアレソレだーーなら触れただけで浄化するスーパー除霊機である。


 幸運に恵まれており、歩く御利益と言われているが、歩く災難こと逢間陽瑠と一緒の際は相殺してしまっているのが現状だ。


 密林で暴れゴリラに襲われても、応戦せずに対話を試みるようなお人好しと評される織也なので、幸運が相殺してしまっていることについては「陽瑠くんの怪我が減るのでそれで満足ですよ」とのこと。聖織也の聖人説を強く推していきたい所存である。


「さすが織也くん」


「さすが聖さん」


 口を揃えてそう言ったのは陽瑠と蕗世だ。


「いいなー。僕も織也くんや琉依みたいに幽霊が見える体質に生まれたかったよ」


 超不幸体質という存在がオカルトの陽瑠であったが、彼自身は霊感というものがない。微塵も、これっぽっちも、ない。


 サークルの特性上心霊スポットに赴くことや、そのような怪現象に遭遇する確率は高いのだが、これまで一度たりとも彼が幽霊を見ることはなかった。


 曰わく、陽瑠にはとてつもない化け物が取り憑いており、そいつが不幸を呼び寄せているとのこと。ちなみに、霊に関しては化け物が怖すぎて陽瑠に近寄れないらしい。


 ただしここには幽霊ホイホイの琉依が居るので、トラブルと幽霊が同時に引き寄せられるという恐ろしい状況に陥っていた。地場が歪んでいるらしく、霊感がない者ですら影響を受けて見えてしまうのだから困りものである。


 そんなサークルであるがゆえ、本当に肝が据わっているか、慣れている者以外は続かない。参加を辞退する学生が多い理由は、他ならぬサークル代表者の逢間陽瑠に一因があったのだった。

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