逢間陽瑠には運がない

 代表者ーー現在は法学部の逢間陽瑠(おうまはる)という青年が務めているのだが、この青年は少しばかり不思議な青年であった。


 まず、陽瑠は講義の始まる二時間前には自宅を出発する。自宅から大学まではおよそ三十分の距離であるから異様に早い出発だ。


 しかし彼が大学に到着するのは、いつも講義が始まるか始まらないかのギリギリの時間である。


 自宅から大学までの間、どこかに用事でもあるのかーー大概の人はそう思うに違いない。だが、それは否だ。


 彼は寄り道をしない。真っ直ぐに大学に向かっている。では、なぜーー


 ここで注目したいのは彼の服装だ。


「……逢間くん、だいじょうぶ?」


 そうぎこちなく訪ねる女生徒の顔は引きつっていた。彼女は講義を受ける為に、既に席に着いてノートとシャープペンを広げている。流行りのメイクをした、どこにでもいる女子大生だ。


「うん、平気だよ。"いつものこと"だからね」


 いつものことだと澄まし顔で答える陽瑠だったが、服には所々埃が着いており、手には掠り傷ができていた。鮮血が小さな玉となって、ぷっくりと浮かんでいる。


 陽瑠はそれを乱暴に拭うと、何食わぬ顔で席に着く。講師はまだやって来てはいない。


 講義がまだ始まらないと踏んだ陽瑠は、背負っていたリュックから絆創膏を取り出すと、擦りむいた傷口にそれを貼った。リュックの中には絆創膏の他に、包帯や湿布が垣間見える。学用品以上に救急セットの方が充実しているようだった。


 五分遅れで講師が入ってくる。講義が始まると、陽瑠はゆっくりと溜め息を吐いた。


 逢間陽瑠には"運がない"。


 大学の行き帰りでは必ずトラブルに見舞われるし、二年に一度は死にかける。


 はっきり言って異常だった。


 どうやら彼の父方の血筋が呪われているらしく、陽瑠は殊更その影響が色濃く出てしまっているのだとか。何人もの霊媒師や神社仏閣、その他諸々に掛かりお祓いを受けたが、そのどれもが空振り三振。手の施しようがないと匙を投げられる始末で、いつ死んでもおかしくないと言われて今日に至っている。


「今日は急ぎのサラリーマンに突き飛ばされて、階段から落ちてしまったんだ。一番上から落ちてたら死んでたかもね」


 そう語る陽瑠の顔は笑顔だった。


 幼少期こそ怯えて気弱だったが、十代の半ばにもなってくると肝が据わってきて、むしろ逆に楽しむようになってしまったのだ。


 そんな彼が憑きサーに惹かれるのは、もはや必然だったと断言しよう。

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