第4章・彼女はシェミハザ

…。


……。


…。


女は結局何もそれから答えず次元の狭間を物凄い速さで飛んでいく。


煌めく光が接近すれば旋回し、大きな丸い岩があれば急上昇する。


そんな繰り返しの飛行をされ続けた結果、僕は彼女の飛行に慣れてしまい怖いとは思わなくなっていた。


腕時計を確認すると もう何時間も抱えられていた。


そして僕は一つの事に気がつく…彼女が息切れしいるという事に…


ハアハアと…まるで何かから逃げるかのように…それでも、休む事なくひたすらに彼女は羽ばたき続けている。


…彼女から僕へ伝わる体温が湿っぽく伝わってくるのだ…


…あれだけの大きな翼を六枚も羽ばたかせながら何時間も飛び続けるのは、人間には分からない苦労があるのだろうな…。


…そう思った僕は何だか申し訳なくなり…腹部に回された手を優しく握った…


女【…】


僕も結局はアレから何も言えなくなり抱き抱えられた人形として静かにカチっと固まっているだけだしな…


もしもココが僕の世界ならば…自販機でスポーツ飲料でもおごってあげたいくらいな気分だ…


もちろん…彼女は僕を連れて何をするのか…何が目的なのかサッパリ分からないけど…


…それでも…彼女は…何というか…必死に頑張ってる気がするのだ…。


僕はこの次元の狭間を見渡す…やっぱり宇宙みたいだよな…。酸素のある宇宙…。そんな感じだ。


今聞こえるのは風の音と翼を羽ばたかせる力強い音だけだ…。


僕は水平線をボーッと眺めるように…一点を見つめながら あの時、つまり湖でのことを思い出していた。


…あの…芝川第一貯水池で彼女の写真を撮って…僕は気を失った。


そして今に至るわけだが…。


あの時は左目が火傷したかのような痛みがあって…レンズを覗いていないのにレンズの視線が僕の左目の視線とシンクロして…何とも言えない感覚だった…あれは…本当に魔法みたいだった。


そして…壊れたカメラでシャッターを切ったんだ…。


…でも何で撮影できたのだろうか…


…よく思い出せない…


とにかく…


僕は…何だか物凄く彼女の姿に興奮していて、彼女の全てをこの…カメラに収めたくなったんだよな…。


そうしたら何だか力が湧いてきて…このカメラ!?


ン!?あれ?カメラ…?


僕はフと体を弄りカメラを探す。


そして青ざめて叫ぶ!


【…ない!!】


その叫びに即答する彼女。


女【ある!】


はてなマークを頭上に浮かした僕が話す。


【ある?】


ため息混じりの呆れ声で彼女は返答する。


女【…これであろう?…お前の私物は全て持ってきた】


黒いバックを見て笑顔に戻った僕が話す。


【あ。その…よかった…ありがとう…】


間髪入れず彼女が返答する。


女【…地獄だ…】


意味わからん!と思った僕が話す。


【…ん?…】


少しイラっとした口調の彼女が返答する。


女【…ん?ってお前の質問に答えたのだ…】


まさか!?と思った僕は彼女の思考を言い当てる。


【もしかして…行き先の事?…】


当然でしょ!?と言わんばかりの口調で彼女は返答した。


女【そうだ】


…てか、オソッ!!…っと内心思ったが 何だかそんな彼女が僕には可愛いと思えツッコミを我慢した。


って!その前になんか変な事言ってたな…。


えーと…うーむ…ハッ!そうだ…地獄ってなんだよ!?


僕は、これは聞くべき事だ!と思い 少し焦りながら大きな声で質問した。


【…あの!地獄って…えっと?本当ですか!?だってあの閻魔大王とかがいる地獄の事ですよね?…その地獄ッ!…】


アワアワと話す僕の口をまた塞いで彼女は話す。


【お前が言う その地獄で間違いないが、お前の想像する東の地獄ではない、西の西洋の地獄に今は向かっている。今から私の兄に会い…お前の今後を決めたいと思っている…】


僕には、やはり意味がわからなかったが、口が塞がれまた息苦しかったので、彼女の手をタップしながら何度もウンウンと頷く。


すると彼女は僕の口から手を外し呆れた声で話し出す。


【ハァ…追っ手だ…思ったより早いな…】


そう言うと彼女は突然急降下してゴツゴツした40メートル程の岩に飛び乗り僕を離す。


彼女は僕を見つめて一つの岩を指差した。


女【…お前はその、岩陰に隠れていろ…すぐに終わる…】


彼女から離された僕は解放されて一瞬自由であったが彼女の鋭い眼光に負けて…ゴツゴツの一部である岩陰に渋々と身を隠す事にした。


僕は隠れ終わると彼女を見つめる。


いや…眺めるか…。


しかし…


…大きな翼だな…かっこよくて…美しい…


…確かに…あの翼…写真の翼で間違いない。


片側三枚、両方で六枚…一枚の翼は三メートルくらいで向かって左上から黒白黒、右上から白黒白の翼…


あれは…紛れもなくお爺ちゃんの撮った幻の翼だ。


僕は初めてしっかりと彼女を見れたのでその姿をガン見した。


あの華奢な子が…僕を抱えて飛んでいたのか…。


…白銀色の長い髪、髪型はツインテール、瞳は淡く光る紫色、身長は僕より少し小さいくらいか…そしてグレー色のスエードパーカー姿をしていてパーカー帽を被っている。パーカーの下に少しだけ見えている赤と緑のチェック柄ミニスカートに黒色の薄手のストッキングを履いていて靴も黒色のローハーか…


…てかまてよ!この子…スゲ〜可愛い〜!!…


!ッハ!いけない…落ち着け!落ち着いた!今はそんな事考えてる場合じゃなかった…。


僕と彼女との距離は10メートルってところだ。


【この岩に隠れろって事か…】


岩陰にはちょうど座れそうな小さな石があり僕はそこに腰をかけた。


【…スゲー可愛い…】


彼女は僕が隠れた事を確認すると僕の黒いバックから何かを取り出した。


それを見た僕は、えっ!?と驚いて あんぐりと口を開く…。


…あれは…


…リンリーン…バックからソレが出た瞬間に鈴の音が次元の狭間に美しく鳴り響いた。


彼女が取り出したのは、アノ折りたたみ式のライトセイバーに似た誘導棒だ。


その誘導棒を勢いよく伸ばす。


しばらく、彼女は誘導棒を眺めてからこちらを向いて一言だけ叫ぶ。


【…これ…借りる…】


どうしたらいいのか分からなかった僕だが…もう雰囲気で答えるしかないと思い右手で合図をした。


その合図とほぼ同じタイミングだったと思う。


何かの衝突音がドンドンと二度鳴り 気がつけば彼女の前に二人の…そう二人の…いや…二匹のかな…なんと表せば良いのか困ってしまうが黒い鱗の怖いトカゲの顔をした人型の者が立っていたのだ。


僕は少し怖くなり岩陰に完全に隠れて座り込んだ。


あんな非現実的な奴ら…映画やアニメにしか出てこないだろ…。

隠れる前に一瞬見えたが、左奥の奴は鶏冠みたいなものが頭についていて右の奴は何もなかった。


とにかく…そのトカゲ野郎は二人とも金属製の鎧を着て三つまたの槍をもっている。


そして鶏冠頭のトカゲ野郎は槍を振り回したのち彼女に切っ先を向けた。


…これってヤバくないか…


しかし…ソレを見た彼女は微動だせずに、逆に冷たい視線をトカゲ野郎に向けている。


…なんだか勝手にトカゲ野郎とかネーミングしてるけど…彼奴らはいったい何者なんだ!?…


僕はこの現実離れした世界に疲れ溜息をつくと、自然と右手で頬をつねっている…


…やっぱり夢じゃ無い…


その時、彼女がトカゲの形をした者にボソっと言葉を発した。


女【…トカゲ野郎…】


その彼女の大胆で端的な言葉を聞いた僕は笑いのツボを押されてしまう。


…ぶ…


思わず吹き出してしまった…。


…えっ?…トカゲ野郎なんだ…めっちゃ見たまんまじゃん。


すごい分かりやすいし…その気持ちスゲー分かる!


僕は両手で口を押さえ声が出ないように我慢した。


その時だ!かん高い男の怒鳴り声が次元の狭間に響き渡り、僕は岩から顔を出し様子を見た。


トカゲ野郎【キサマ!俺たち兄弟を侮辱した事を後悔させてやるぞ!】


女【そう…でも話は別にいい…そもそもトカゲ野郎の話に興味はない…死ぬ準備は万全なのか?…キモ…トカゲ野郎…】


彼女はそういうと誘導棒を身構えスイッチを入れた。


トカゲ野郎の二人は赤く点滅する誘導棒を見るなり後ろに飛び跳ね距離を取り彼女に叫ぶ。


トカゲ野郎【…その光る剣は!?貴様何者だ!!】


女【この剣は…人間界の誘導棒という物だ…】


ってか!トカゲ野郎…あいつら阿保だな…あれ…プラスチックだぞ!しかも…その前に武器じゃないしな…。


女【…別に私が誰なのか知る必要はない…お前達が私の姿を見た時点でお前達の未来は既に冥界にある…】


トカゲ野郎のトサカ頭【…ガハハハ!人間界だ?お前は御伽の国の…羽の生えた お子さん天使さんかよ!!人間界なんてあるわけ無いだろ馬鹿か!!】


トカゲ野郎禿頭【キシシシ〜!!兄貴!こりゃ傑作だぜ!こいつ、頭イかれてる!キシシシ〜!!】


しかし、彼女はトカゲ野郎の言葉を…全く!いや完全に!ある意味 見事に無視していた。


…彼女は無視の天才だとこの時僕は思った…


だって彼女は…奴らが話終わる、かなり前には誘導棒を見つめて話し出していたからな…。


女【…誘導棒…こんなにも魔力の伝達速度が速いなんてな…やはり人間は素晴らしく恐ろしい生き物だな…】


そう言うと彼女は六枚の翼をバサリと広げ誘導棒を天高く振り上げた。


女【…汝…ヨベル書第六の冥妃…。。。セーフェル・イェツィラー!!!】


彼女の雄大な翼が黒くそして白く光り輝き、稲妻みたいな閃光がビシン!ビシン!と辺りに飛び散り出す。そしてその稲妻は誘導棒に集まりだし…十字の剣と姿を変えた!


それを見ていた…僕を含む…トカゲ野郎共は腰を抜かしよろめいて尻もちをついた。


トカゲ野郎禿頭【あ!兄貴!!ここコイツ俺知ってるかも!!】


鶏冠頭のトカゲ野郎【…あぁ!!おお俺もだ…】


トカゲ野郎二人仲良く名を叫ぶ


【コイツは!!レッドセブンズ!!…エグレーゴロイの堕天使…シェミハザにちげーねー!!…】


鶏冠頭のトカゲ野郎【なななんだってこんな所にレッドセブンズが!!?】


禿頭のトカゲ野郎【…命だけは!!その…あっしら…何にも知らなかったんでさ!!】


彼女はクスクスと意味深に笑うとスッと力を抜いたように剣を下ろす。

翼の光は消え、剣も普通の誘導棒に姿を戻した。


そしてたった一言。


女【…いいよ…】


その一言を聞いて安堵する3人がそこにはいたのだった。


僕は立ち上がるとハーフパンツのお尻をパンパンと叩き岩陰からゆっくりと出る。


そして初見のイメージから明らかにザコキャラに堕ちたトカゲ野郎共を一度見ると彼女のもとに歩いていき声をかけた。


【…あの…大丈夫?…怪我してない?…】


彼女は誘導棒をパタパタと縮めながら僕を見つめてから少しの間黙った。


そして僕の目をジッと見つめながら返事をする。


女【…心配ない…お前は善吉に似た事を言うのだな…】


僕は少し驚いたが、返事をせずに後頭部を右手でポリポリとかいて笑顔を作った。


その時、鶏冠頭のトカゲ野郎が僕をジロジロ見ながら

近づいてきた。


鶏冠頭のトカゲ野郎【…こッこいつ…もしかして…いや…そんなわけあるか!?…】


禿頭のトカゲ野郎も自分の頭をさすりながら僕の周りを歩き回り鶏冠頭に話しかける。


禿頭のトカゲ野郎【…あ!ん〜…ん!?いや…。ん〜?!エルフでもないしなぁ…多分…天使、堕天使でもない…となると…ドワーフか?…いやそれも違う…勿論…俺達…ドラゴン族とも違うしな!…兄貴!…こいつぁ〜なんなんでしょうねー…キシシシ〜】


どうやらこの世界で人間は本当に珍しいらしいな…というか…逆に人間が伝説上の生き物になってないかとさえ思える。僕らが…この天使やトカゲ野郎を信じられないように…。彼等も僕らを信じられないんだ。


僕は彼女を一度見た。すると彼女はクスクスと笑顔になって頷く。


そして僕は彼らに真実を伝えた。


【僕は…人間です…きっと…信じてもらえないかもしれませんが…本当に、人間なんです!】


トカゲ野郎達は目配せした後に頷く。


鶏冠頭のトカゲ野郎【お。オレは…信じるぞ!!】

禿頭のトカゲ野郎【キシシシ〜兄貴が信じるなら俺も信じるぜ…】


彼女がトカゲ野郎の話を聞くなり話す。


【そうか…信じるのだな…アノ次元の狭間の警察隊が…それは…この人間がこの世界に存在するという情報が天、冥、地に明るみになるという事と等しい…】


彼女はトカゲ野郎達を見つめているが…なんというか…その目、眼力が…めちゃくちゃ怖い…。


トカゲ野郎達は目配せをしてから彼女を向くと、顔と手をお互いブルブル横に振り返答した。


鶏冠頭のトカゲ野郎【…イエイエ!!やめて下さいよ!シェミハザ様…俺らこれでもドラゴン族!死んでも今日の事は誰にも言いませんよ!!】


禿頭のトカゲ野郎【そ。そうですぜ!あっしら…例えルシフェル様に…】


禿頭がルシフェルと言った途端パチンと空気を震わす電撃音が鳴る。僕が彼女を見た時…彼女の黒白の翼が…一瞬光り輝いていた…。その表情は…怒りに満ち溢れたものだ…。


鶏冠頭のトカゲ野郎【オイ!!ジオル!その名を口にするな!!シェミハザ様!…弟の無礼をお許しください!!】


そう言うと鶏冠頭のトカゲ野郎は地面に頭を擦り付ける程の土下座をした。


…ルシフェル…確かどこかで聞いたことがある…なんかのゲームキャラだ…堕天使ルシファー…別名…冥界の王堕天使ルシフェル!!…てか、そんなのまで存在するのか…


僕はため息をついて頭を抱えた。










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