第三章・銀星双写士


…息苦しいほどの強い風とジェットコースターの様な激しい遠心力が身体を振り回す。


…それはまるで…空を飛んでいるみたいな感覚だった。


そんな猛烈な風圧と、風が衣服を叩き鳴らす音を感じて、僕はフと意識を取り戻す。


目を開くと 自分が誰かに抱えられている事に気がつく。


僕の腹部は細くも力強い腕に抱かれ、背中側には暖かく柔らかな女性の温もりを感じる…


そして、自分の足に視線を走らせて理解した。


…というか…これって…空を飛んでいるよ〜!!…


…足…足が!!浮いてる〜!!…


僕はぶらんと空に投げ出された足を見て恐怖で足を縮くませた。


すると、僕の背後から女の声がする。


【…人間よ…お目覚めか?…】


僕は声の主を見たくて顔を左右、上下に動かすが言葉の主の顔は今の体制的に見れないようだ。


僕は誰か分からない相手に返事をする。


【…はっ!はい!!…目覚めました!!】


言われるがままの返事を咄嗟にしたが、声は裏返ってしまう。


どうしても顔が見たい僕は何度も頭を動かすが、やはり顔は見えない。後頭部に柔らかな感覚があるのと、時折、白銀色の長い髪が頬をなでるだけ。


その時、背後の女が僕の上着を小さく白い手でキュッと握った。


【…ッヤメテ!あまり顔は動かすでない!…飛行に集中出来ないわ!】


…ん?…飛行にって!?…そうだよな!てか何でそもそも…空を飛んで…?


…いや!違う!何か違う…ここは…空じゃない!


真っ暗闇のとても大きな空間、まるで宇宙みたいだ…。煌めく光が流星の様に通り過ぎていくし…。


いや…。


でも…きっと宇宙でもない!この息苦しいほどの風…宇宙なんかじゃない。


…ここは…どこだ…


…夢?…


僕はフと我に戻り現実離れしたこの世界で頬を右手でつねってみる


…痛い!…


【…夢じゃ…ない…コレ夢じゃないよ!!…】


僕は突然怖くなり旋回する度にワーワーと叫び出す。


すると女が僕の口を小さな手で塞ぎながら話す。


【…山田善之助(やまだぜんのすけ)、お前の叔父は私の…何というか…友達みたいな存在だった。…あの日…月の道がお前の住む世界に通じた日、私は堕天使となり…私の住む世界を去ったのだ…そしてココ、次元の狭間を抜け人間界に落ちた…。お前は知っているはずだ…善之助の撮った一枚の写真を!…それは…その写真に写る翼は…私の堕天使の翼だったのだ…。】


僕は彼女の言葉を比較的大人しく聞いていた。


そして思い出していた。


お爺ちゃんが撮った一枚の写真を…。


満月の夜、芝川の湖、黒白6枚の翼を広げ飛び立つ大きな鳥の写真を…。


僕は息苦しくなり女の小さな手を優しく握った。

すると女はゆっくりと手を外す。


【…お爺ちゃんの事…話してください…】


僕の言葉を聞いて少し沈黙した後、女は話を続けだした。


【お前の持つ銀のカメラと三脚は…そもそも神さえ知らぬ者が作ったらしく、その力ゆえに天界オーディン、冥界…ル…ハデス、地獄の王サタン達はソレを探し続けた…。それが…まさか…人間界にあるとは誰も思わなかった…。いえ…思えなかった。しかし、善之助はそのカメラを持っていた。何故かは私にも分からない…。それを聞く前に…彼は死んでしまったからな…。最後は…勝…お前の為に魂さえも…放ってしまった…】


【…ちょっと待ってよ!オーディンとかハデスとかサタンとか…どれも神話の世界の話しだし…空想の話でしょ!?】


女は、僕の体を半回転させると言う。


【…ならば、自分の目で知るが良い!!…今の現実を…】


僕は両肩を掴まれながら彼女の瞳と目を合わし驚いた。


淡く光る紫色の瞳、僕と同い年くらいの顔立、外国人でもありえない白銀の綺麗な髪、真っ白で透き通る様な美しく張りのある肌


…そしてなにより…大きく雄大に広がる…片側三枚、両方で六枚の白と黒の翼…


…それともう一つ驚いたのは…


【…スエードパーカーを着た…天使だ…】


僕がそう言うと彼女は僕の体を半回転させ元に戻す。


【…私達からすれば…人間が本当にいたほうが驚きだ…。そして…何故、我らの存在が人間に伝わったのかさえな…】


【私は、善之助の友となり人間界に住む間、人間の女子高生として過ごした…。まぁ…その話は別にいいが…とにかく私の服の話はするな…これでも気に入ってるのだ…】


僕は彼女が勘違いをしていると思い話返す。


【…そのパーカー姿、とても似合ってるよ!…】


そう言うと彼女は嬉しそうに答える。


【…あ。ありがとう…ネットオークションで落札したのだが…似合っているなら…嬉しい…】


…天使が…ネットオークションをするのか!?…と内心思いその姿を想像して面白かったが 乙女心を感じた僕は黙って頷いた。


【冥界ではお前の様な写真家を こう呼ぶ…銀星双写士(ぎんせいそうしゃし)…そのカメラを使う者の名前だ…覚えておくといい…】


このカメラを使う者は銀星双写士か…。


と!、そんな事はさて置いてだ!


この女の人は僕を…いったい何処に連れて行くのだろうか…。


聞くべきだろうか…イヤ!聞くべきだよな!

天界とか冥界とか地獄とか…なんだっけ…そうだ!次元の狭間とか訳の分からない この状況だが…これが夢や幻ではないのなら…


…絶対に質問するべきだ!…


僕は、唾を飲み込むと質問する。


【あの…すみませんが…】


女【…なんだ?…】


【…いや〜何処に向かってるのかな〜って…ちょっと思いまして〜…】


女【…不安か?…】


不安だろ!普通不安だよ!いやいやいや…そこで不安か?とか返答しないだろ…


【…不安です…】


女【…そうか…】


………


……



……


………


……………………


…。おい!オイ!!おーい!?もしもーし!!


え?何コレ…終わり?!


ソウカ…。って!!それだけかーい!






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