第1章・近所付き合いは面倒

家を飛び出した僕は原付にまたがり 我が家がある住宅街をスイスイカクカクと離れていく。

少し怒りも落ち着き、我にかえると目的地もなく原付を運転している。


意識しなくとも向かう先はやはり地元のメインストリート、ケヤキ通りだった。


しかし、大通りにあと少しの所まできたが、僕は住宅街の街路灯下で 強くブレーキをかけキュッと原付を止める。


今だに腹の虫が治まらずにいたし、目的もないまま飛び出したせいで大通りを右折するのか左折するのか今後どうするのか判断が出来なかったからだ。


しかも家出は…初めてだしな…。


【…よし!そうだ…】


とりあえずポケットに手を突っ込んで、いつものアレを探した時、大切な事に気が付きガックリと頭を抱えた。


【ふ…ザケ。…携帯充電したままだった…】


小さく舌打ちした後に溜息を吐くとエンジンを切り 腕を組んで今後を考えてみる。


【どうすっかな…】


というか…そう、どうするかだよな!


家出をした事は一切後悔してないけど!今後の動き次第では野宿もありえるし…。


僕は左手の袖を少し捲るとデジタル表示の腕時計を確認する。


7:41分か…。こりゃ、最悪は野宿か…。


…野宿?…野宿か…。


まず季節が夏で良かったけど…。


でも携帯忘れるとか致命的だしな…。


こんな時は友達の家に泊めてもらう! とかって思いつくけど、携帯番号まで一々覚えてないからな…。


いや!でもやっぱり……友達しかない。家の場所は知っているわけだしな!


えっと…今から会える奴で、今から泊まらさせてくれる家だろ…。


僕は一人一人期待度の高い友達を頭の中で思い出しては、期待できない友達を脳裏から消していく。


先ずは、当然!サッカーの友達でしょ!…うわぁ!今日に限って田中旅行中だし…他は…えっ!?…いないし…。


ならば、学校の友達は…タケシ、近藤、大塚、篠崎…ダメだ!…おしいけどなぁ…ダメだ、いない。


苦肉の策だが、元彼女は……

ダメダメ!っ僕は何を考えているんだ!…真波には既に彼氏がいるし…。


無理を承知で、バイトの友達…あいつらか…こちらから辞退する。


うわ〜誰かいないかな…あ!塾の先生…いやいやそれは絶対無い…。


チクタクチクタクと体内時計の秒針は焦り回る。


住宅街をとりまく静寂の中、空を見続ける僕は、記憶という書物を読みあさり続けた…


その場で5分近く腕を組んで夜空を見上げて考えていた勝(まさる)は一つの答えが出て愕然とする。


【…いないし!】


そう!いないのであった。以上!!


おいおい以上じゃないよ。


思わず一人ツッコミをしてしまうくらい悲しい事だが 事実、高校二年の今時の僕らには突然お邪魔出来るほど親しい友は、いや家族関係は無かった。


ったく何の為の友達なんだよ!


僕はガックリと原付のハンドルに項垂れた。


【あー…今日という日が一年先だったらなぁ…】


もしも今日という日が高校卒業後だとしたら一人暮らしの友達もいたかもしれないと思うと残念でならなかった。


そんな、どうにもならない事を嘆いているとリリ〜ンと戸建ての曲がり角から鈴の音が聞こえてきた。


音の方角を見てみると僕は一瞬ドキッとする。


何やら黄緑色の発光色眩しいジャンバーを着た6人ほどの軍団が赤い誘導棒を光らせながらこちらに近づいてくる。


その集団の中で一際目立つ誘導棒に見覚えがあり僕は咄嗟に顔を背けた。なぜならばその目立つ誘導棒とは高速道路用誘導棒で とても長く けしてオーバーな話ではないがライトセイバーによく似ているのだ。


勿論、防犯見守り隊が通常ならば振り回す代物では絶対にない。


しかもソレは間違い無く警備職の父が、近所の防犯見守り隊のリーダーに貸したものだと僕には すぐに分かった。


父と防犯見守り隊リーダーの長さんは、歳は離れているのに脳内年齢は近いからなのか? とても仲が良い。


たしか…先週の日曜も、長さんは我が家に来ていて…父と酒を飲み…その誘導棒の話でもりあがっていたし、長さんは酔いながら時代劇さながらに誘導棒を振り回していたからな。


我が家の玄関に立て掛けてある父の見慣れた誘導棒には、白い油性ペンで山田弘和(やまだひろかず)と大きくフルネームが書いてあり、その肢には銀色の鈴が目印として結ばれている。


つまり、さっきの鈴の音が父の誘導棒と証明しているのだ。


アレ…絶対に長さんだろ…。


つまり長さん率いる防犯見守り隊の皆さんとは、家の近所に住む身近な人々なのだ。


小さい頃の僕は、近所の皆さんに可愛がられていて僕もそれなりに楽しかったのだが思春期となった今は、マー君マー坊と友達の前で呼ばれたくなくて距離を置く様になっていった。


正直言って現在家出真っ最中の今は絶対に会いたくない人々なのだ。


と…思っていたやさき、最初は女の嗄れた声で次は男の嗄れた声が僕の名前を呼んできた。


女の声【あら?…ほら!坊ちゃんじゃないの!ねぇ!私ぃ目が良いでしょ!】

男の声【ありゃこりゃまた!マー君こんな場所で何してるんだぁ?】


…いや、坊ちゃんて…我が家、山田家は金持ちでもないし…


ハスキー声の主達は街路灯に照らされる所まで歩いて来た。


やはり予想通りの皆さんだ。


僕は少し戸惑ったがヘルメットを脱ぎ、笑顔を作り挨拶をした。


【あ。こんばんは、長さん川門さん…あの皆さんも…。あ。あの…自分は今からコンビニ行くところです】


長さんは右手に誘導棒ライトセイバー、左手に持つ何かを飲みながら僕を見据えて話し出す。


【コンビニだぁ!?マー君不良になっちゃ駄目だよ〜。昔はよ、コンビニにワリーのが沢山いてよっ。そりゃ大変だったんだよ〜】


オェ!…長さん、酒臭い!!見守り隊が酒飲んでどうすんだよ…


いやいや…やっぱり本当に面倒くさい人達だな…。今時、原付でコンビニ行くからといって不良扱いは無いだろうし、当時だってそんな事言われないだろうよ…。むしろ貴方達のほうがコンビニとかでワンカップとかっていうお酒飲んでたむろしてるだろ…。


あー本当にめんどくさい事になってきた。なんかこの場を逸早く逃げられる気の利いた言い訳ないのかな…。


僕の脳裏でピコンと電球が光る!


お年寄りが好きな→真面目、素直、良い子、僕は勉強道具を買いに行く→好青年の笑顔→皆さんバイバイまたね!


…よし!この図で行ける!…


【あはは…長さん違いますよ…アレですよ。勉強で使うボールペンを無くしたのでコンビニでね…】


我れながら気の利いた言い訳を思いつき、キマッタ!と思っていた。がっ、その時だった…川門さんが長さんを押しのけて僕に近づいてきた。


川門さんは僕の頭を無断で撫でながら話し出す。


【本当に偉いわね〜坊ちゃんはぁ。おばちゃん感動しちゃうわぁ〜ちょっと前まで小さかったのに立派になってぇ。おばちゃんね!そのボールペン買ってあげるわ!これ持って行きなさい!】


川門さんは斜めに垂らした毛糸のバックに手を入れて紫色の派手なエナメル財布を取り出すと千円札を素早く抜き出し僕に押しあててきた。

一瞬、お金は欲しいと思ったが、それよりこの人達に借りを作りたくないと思った僕は断固として受け取ろうとしなかった。


【川門さん!お気持ちは嬉しいんですけどボールペンは千円もしないですし!お金も持ってきてるので お気持ちだけで大丈夫です】


川門さんは僕の返事を聞いた途端、片眉をピクリとつりあげたまま 紫色のパーマヘアーをフワフワと揺らし僕の服に触れるほど近づいてきた。


ん?…花の香り…川門さんからするぞ…


ん?花の香りなのか?…香水か!?ジュワーと広がる香り…。


って!?何だこれ…オェ!マジ臭い…近寄るな…腐った薔薇の香りにしか思えないぞ!


僕は臭いに耐えきれず鼻呼吸から口呼吸に切り替え九死に一生を得る。


そして、気持ちだから!気持ちだから!!ネッネッネ!…と言って 一歩も引かない川門さんをなだめながらお札を持つ手を押し返す。


川門さんもなんだか意地になってしまいネッネッネと言うたびに近寄ってくる。

が、しかし…僕も受け取らないと決めた以上は受けっ!?モゴモゴ…。


川門さん【はぁ〜い!どうぞ!!!】


今、たった今、信じられない事が起きた…一応脳内で、つまり頭の中でストレスを発散しておいた方が良いだろう…。


.…このクソババア!!!


親切丁寧にお断りしている僕の口が開いた瞬間に四つ折りの千円札を、僕の口に突っ込んできたのだ!

川門さんマジで常識はずれだろ!しかも、僕の唾液がついてしまった千円札なんて返せないし…。危うく二度目のブチ切れをしてしまいそうだった…。


もういっその事切れてしまい、その紫色のパーマヘアーを鷲掴みしたいとさえ…。


僕は溜息は出さず鼻からユックリと息を抜いて怒りというエネルギーをゆっくりと地球に放出した。


【あの…それじゃあ、川門さんありがとうございます。大切に使いますね…】


その後、なんとか…皆さんとは笑顔で話す事が出来た。

長さんは父の誘導棒を返しておいてくれと言って僕に渡すと陽気に帰っていった。


辺りは静寂に戻り街路灯に照らされた僕と原付だけがポツリとそこにいる。


なんだか寂しくなった僕は、本当にコンビニに向かう事にした。

ケヤキ通りのセブンイレブンだ。


店内に入ると暗がりに長くいたせいか蛍光灯が眩しく感じる。


とりあえずトイレを借りてから、立ち読みをした。ジャンプを読んで、ファッション雑誌を見て、バイクの雑誌をペラペラめくっている時、大型バイクのツーリング特集に僕は目が止まる。


そこには、黒部ダムや湖の写真が載っていた。

その写真を見た瞬間に自分の頭の中で何かがフラッシュの様に光った気がした!


【そうだ…湖か!!】


一人小さく叫ぶと。お爺ちゃんとの楽しい思い出が蘇ってくる。


僕は無性に湖に行きたいと思った。

あの時みたいに…

三脚はないけれど…大切なカメラはある。


時刻は8:36か…。


あの思い出の湖…黒部ダムや琵琶湖みたいなスーパースターじゃないけど…あそこには今でもアレがいるはず。


ここから30分で着く地元の秘境、芝川第一貯水池だ。


奴は夜しか会えない幻の鳥!!お爺ちゃんのカメラだけに写ったんだよな…。


僕はミネラルウォーターをコンビニで買うと原付のシートを開けてカメラ袋を取り出した。


最新型の一眼レフカメラのバッテリー残量を確認する。充電はMaxだ。

そしてもう一つの古いカメラ袋を触ってみたが…袋の口は開かなかった。理由は簡単だった。そのカメラは壊れていてシャッターを切れないからだ。お爺ちゃんにもらった時から壊れていた銀細工のカメラは、勝にとって一種の御守りみたいな存在になっていたのだ。


【…よし!行くか!】


僕は、ケヤキ通りを左折して国道122号も突っ切りエンジン全開で思い出の湖に走り出した!

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