第66話 VSイグニス・ハルバード中佐

 

「近衛.....連隊?」

「あぁ、試合内容によるが近衛は君を欲っしている。アルマの遊撃連隊を超える出世コースだぞ」


 王国軍でも選ばれた騎士しか入ることが許されない近衛、そこ入れるのはとても名誉なことだ。

 でも――――――


「......ありがたいお話ですが、わたしには荷が重いのでは――――」


 それはペアであるクロエ、ひいては上官としてこの上ないフォルティシア中佐と別れるということを意味していた。


「人事もこれを認めている、王国内の危険が高まる中、人材は1人でも多く確保したいんだよ。もちろん、君が勝てば原隊から離れないで良い」


 ああ......つまりこれは、絶対に負けられないということだ。

 もし負けたらその場でヘッドハントされ、強制異動。

 命令されれば従うしかない騎士のわたしに、"勝てば"という選択肢があるだけマシだ。


 わたしと中佐は、正対する形で向き合った。


 ルールは武器の禁止。

 打撃や投げ技による勝負がメインで、魔法はアリ。どちらかが気絶か降参すれば決着。


 上着を脱ぎ、試合前にクロエが用意してくれた半袖にクォーターパンツという動きやすい試合用の格好になる。

 一方のハルバード中佐は、夏だというのに暑苦しそうなスーツを纏っていた。


 スピードで速攻を掛けれれば、勝負にはなるだろう。

 わたしは......この男に絶対――――――勝つッ!!。


「よーい――――――始めッ!!!」


 地面を蹴り、矢のような速度でわたしは第1撃を繰り出した。


「だあぁッッ!!!」


 戦いの火蓋が切って落とされると同時の攻撃。

 常人なら、恐らく骨が全て砕けてもおかしくないラッシュを畳み掛けた。


「なるほど、その速さこそ君の武器か」


 だが、一瞬どころか全く動じた様子なく、ハルバード中佐は猛撃を全てガードしていた。

 スキを与えたらダメだ......! けど、このまま当て続ければいずれ勝機も見える!


「うん、間断ない連撃だ。しかし見えてしまえば――――」


 攻撃の間をすり抜け、中佐は涼しい顔で肉薄してきた。


「対処できる」

「うぐっ......!!」


 タッ......クル!? しかも重い......! 


「ゲホッゲホッ! このっ!!」


 やっぱり強い、スピードだけじゃダメだ。ラッシュの中に本命の痛撃を混ぜての早期決着を狙う。

 回し蹴りを避けられるが想定内、飛び退いた中佐へ、わたしは追い打つように左ストレートを仕掛けた。


 クロエと、フォルティシア中佐と離れたくない! 

 これで決めないと――――――


「――――あがッ......、はッ!?」


 だが、突如爆発のような衝撃が脇腹を襲った。

 目をやれば、拳を振り上げてノーガードだった左脇腹へ、相手のパンチが突き刺さっていたのだ。


「ぅッ! あッ......!」


 呼吸......息が、できない......!

 重すぎる一撃に視界がグラリと歪み、必然ラッシュも止まる。

 そしてそれは、相手のターンが始まったことも同時に意味していた。


「スピードは良かった。だが戦闘中の余計な考え事はスキを作る」


 肉薄してきた中佐を迎え撃つ。

 わたしは突っ込んできた中佐の初撃を避けると、彼のスーツを掴んだ。


 この即席闘技場は四方を壁に囲まれており、さほど広くない。そこへ投げ飛ばしてスキを作れれば逆転も可能――――


「――――――えっ......!?」


 掴んだまでは良かった、でもそこからは城を投げようとするみたいにビクともしない。

 バカなと思いハルバード中佐を再び見れば、足首が埋まるほどの力で踏ん張っていた。


 嘘でしょ......! わたしだってクラスレベルは70を超えている。

 少しは歯が立つと思っていたのに、これじゃあ――――――


「はああッッ!!!」


 中佐は逆に服を掴み返すと投げ飛ばし、わたしは砲弾のように壁へ背中から激突した。


「あっ......!! がッッ!?」


 破片が飛び散り、崩落寸前の壁に全身をめり込ませる。


「ケホッ......」


 込み上げてきた熱いなにかを思わず吐き出すと、真っ赤な血が闘技場の地面に咲いた。

 ヒビの走った壁にもたれながら、わたしはかろうじて倒れることを防ぐ。


「アルマが手塩にかけた部下と聞いてたんだが、この分だとアクエリアスでの活躍もまぐれだったか?」


 ヤバい......意識が、ダメージで思考が混濁する......。

 まるで手も足も出ない......、こんなの。


「さて、アイリ王女の謁見まで辿り着けるかい? アクエリアスの英雄よ」


 勝てるわけない......。


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