第40話 冒険の仕度

 

「で、そのクエストの内容はなんなのイチガヤ?」

「あぁ、ちょっと待ってくれ」


 中央通りは相変わらず人の行き交いが活発で、あちこちに並ぶ出店が客を呼ぶため声を張っている。

 そんな活気で出来たトンネルのような道を、わたしたちは3人で歩いていた。


 イチガヤがパーティーを組むと言いだした時は冗談かと思ったけど、本人は至って本気らしい。


「あった! これだ」


 フィオーレが受け取ったそれは行商人からの採取依頼書で、真ん中には石のような絵が描かれ、下に『高純度マナクリスタル』と書かれていた。


「マナクリスタルって魔道具の源になってる? ってか高純度ってどういう意味?」

「さあな、魔法杖にでも使うんだろ。でも俺たちの本命は別だ」


 白い歯を見せたイチガヤが、紙に書かれた目的地を指差す。


「どれどれ......って、【古城ルナゲート】!?」


 フィオーレが声を荒らげる。


「そうだ、ギルドからも上級ダンジョンに指定されてる【古城ルナゲート】。そこに伝説の勇者の秘宝があるって噂を聞いた!」

「勇者ってあの?」

「ああ、魔王を討伐したっていう伝説のパーティーとやらだ。興味あるだろ?」


 少し間を置いた後、フィオーレも「まぁ......」と返す。

 魔王を倒した伝説の勇者か、一体どんなアイテムがあるのだろう。

 でも、それより前にわたしは言い知れぬ感情からか思わず肩を震わせていた。


「ふふっ......、アハハッ」

「どっ、どうしたのティナ?」


 驚いたらしいフィオーレが振り向く。


「いえ、今すごく嬉しいんです。こうして改めてダンジョンに挑めるかと思うと......嬉しいんです」


 雨の降る1年前、ダンジョンへ挑めなかったわたしは王国軍へと転職した。

 もう無理だと諦めていた、冒険者を辞めた身では挑めないと言い聞かせていた。


 だけど、こうしてまたギルドでパーティーを組んで、クエストに出掛けられる。

 久しく味わう感情に胸が高鳴り、心底からワクワクした。


「なら決まりだな! 深部調査も込みで勇者のアイテムを手に入れんぞ!!」

「「オォ――――――――ッ」」


 3人で拳を上げる。

 始まるんだ、ここからわたしの冒険が――――


 っとここで、わたしは脳内から大事な点が欠けていることに気付いた。それは騎士であれ冒険者であれ、戦いに最も必要な物。


「そうだ武器! 普段使ってる装備は官給品だったこと忘れてた! 任務以外じゃ持ち出せないんだけど!」


 王国軍は官品管理が徹底しており、武器1個でも厳重に保管されていて任務時にしか使用出来ないのだ。

 つまり今回、制服以外の軍装備は一切使えなかった。


「あーくそッ、仕方ねえ、とりあえず武器買いに行くぞ。それとポーションだ!」


 冒険に必要な物一式を揃えるべく、わたしたちは駆け足でまず武具屋へと向かった。


 ◇◇


 お世辞にも大きいとは言えない武具屋。その店内でところ狭しと並べられた武具に囲まれて、とりあえず自分の手に馴染みそうな武器をわたしは片端から探していた。


「なあティナ、これなんてどうよ?」


 イチガヤが見せて来たのは、背丈の2倍以上はありそうな槍。

 完全に立てれば天井を削るだろう長さに、「真面目に選んで」と即却下する。


 初めて来る武具屋はとても新鮮で、より取り見取り、多種多様な装備で溢れ返っていた。

 だからこそ、命を預けるに相応しい武器をしっかりと選ばなくてはならないのだ。


「ティナ、こっちのはどう? この弓、材質は木だけど軽くて結構ちゃんとした作りになってるわ。これにナイフを組み合わせれば結構良いと思うんだけど」


 さすが上級冒険者のフィオーレといった、実に堅実な選択。


「良いわねそれ! ナイフはサバイバルにおいて一番頼もしい道具よ」


 教導隊時代、わたしは座学で教官から「もし山に一つ持っていける物があるなら迷わずナイフを選べ」と教えられた。

 それ一本で自衛から調理、道具製作と幅広い使用ができ、生存率は大幅に上昇するからだ。


 後は同様にショートソードを選んでから会計へ行き購入。先に出た2人の冒険者の元へ戻った。


「選び終わったか? って......えらく買いこんだな。小さいのにそんな重い装備で大丈夫か?」

「大丈夫、これぐらい問題無いわ。騎士がこれぐらいでへばってちゃ話にならないじゃない」


 イチガヤが心配するのも無理ないか、正直体型に見合わず、わたしは決して軽くない装備を身に纏っていたからだ。


 《ショートソード》を腰に下げ、同時に《ショートボウ》も装備。矢弾は20本備え、更にはナイフまで1本買った。


「でもさすがにお金が掛かったわ......、食費に換算したらいくらになるか」


 思わぬ出費にため息が出るも、命よりはずっと安いと折り合いをつけるしかない。


「騎士って、給料は安定してるんだろ? ちょっと節約すりゃ大丈夫大丈夫」

「まあそうだけど......」


 王国軍の騎士は国防省の職員と数えられるので、事実上、国家公務員扱いだ。

 命の危険と引き換えに給料は安定しており、月収は現在クロエが18万円、騎士長だったわたしで23万くらい貰っている(昇進したしもう少し増えたら良いなぁ)。


「もうポーションは買っておいたから、あとは各自荷物を整えるだけね。それじゃあ明日の朝5時にギルド前で集合しましょう!」


「05:00(マルゴーマルマル)ね、了解したわ」


 冒険者と騎士。2つの相いれなかった者同士は、今共に小さな冒険へと旅立とうとしていた。

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