第41話 蒼天の下で
「うおおおおおおッッ!! おいそこ! 見てないで加勢しやがっ......うおああっ!?」
晴れやかな青空の下、水滴や水溜まりが光を反射して輝く湿原で、冒険者イチガヤは大量のリザードマンに追い回されていた。
「助けてって......イチガヤあんた、自分から群れに突っ込んだんじゃない」
王国危険指定ランク【C】に位置するこのリザードマンというモンスターは、狂暴な上に装甲板も貫く爪や牙を使ってくる。
集団で動き、個体能力も高いことから行商人にも恐れられているとか。
「いくら俺でもこの数を1人は
王都を出発してもう4~5時間だろうか、高純度マナクリスタルがあるという【古城ルナゲート】へ続く湿原を歩いていたわたしたちは、道中リザードマンの群れと遭遇したのだ。
遮蔽物も無いので進みあぐねていた時、「あの数なら突破できるだろ」とイチガヤが果敢に攻め掛かったものの、10倍以上の数にどうしようもなくなったというのが現状である。
「結構隠れてたのね......、
さすがに見殺しという残虐な行為は出来ないので、少し離れた場所でわたしは買ったばかりの弓を構えて射撃体勢に入った。
イチガヤの安全を最優先に考え、慎重に狙いを定める。
教導隊では短期間だが弓矢の扱いも学んでおり、成績はこれでも中の上辺りをキープしていた。
横でレイピアを抜いたフィオーレに合わせて、矢を引き絞る。
「目標、前方左翼のリザードマン! 翼付き安定......発射ッ!」
木板を思い切り叩いたような音が湿原に響き、リザードマンは空気を切り裂きながら飛翔した1本の矢に、赤く大きな体を貫かれた。
「グギャッッギッ!?」
よし、命中ッ!
残りの敵もようやく離れたこちらを敵として認識したようだけど、注意が逸れた時点でもう手遅れだ。
「『
流星と見紛う加速で突っ込んだフィオーレが、恐ろしい猛撃をリザードマンの群れへ浴びせた。
「ナイス掩護ッ! これでいけるッ――――!」
魔力を込める時間を手に入れたイチガヤが刃を魔光で輝かせると、彼の髪と同じ漆黒の剣が瞬いた。
「『イージス・ブレイク』!!」
両手剣が
鎧と同等の防御力を誇る鱗は剥がれ、そのいかつい体駆は一瞬で引き裂かれ地に伏したのだ。
「一丁上がりだな! やっぱ俺が前衛で引きつけたおかげで――――」
「そんなわけないでしょ、ティナの掩護射撃が無かったら危なかったわよ。なんであんな数相手に1人で突っ込んだりしたの?」
フィオーレが呆れながら言った。
正直弓矢を少し放っただけなんだけど、一応役に立てたのかな......。
彼女は剣を
「女に全部任せてられるかっての、男の俺が先陣切らなくてどうすんだよ」
「フーン、心遣いありがと。でも本当は試してたんでしょ? 騎士であるティナが、窮地に陥った仲間をしっかり助けてくれるか――――」
軽く舌打ちしたイチガヤが背を向ける。
「最初からわかってるなら言うんじゃねえよ......、リザードマンも倒したし、早く行こうぜ」
一瞬複雑そうな顔をした後、また元の軽い表情に戻ったイチガヤが歩き出す。
「気にしないで、あいつがティナを試してるのもちょっと訳があってさ。不器用だけど、イチガヤなりに近付こうとしてるだけなのよ」
訳......か、昨日の決闘といいどうしてわたしを試そうとしてるんだろう。
聞きたい気持ちはあるが、人の秘密を詮索するのも好かないので、とりあえず胸中で保留するのだった。
◇◇
道中予定外の敵に遭遇したものの、わたしたちはなんとか目的地の近くまでやって来た。今歩いている小高い丘を超えれば【古城ルナゲート】が視界に入るはずだ。
「後一息よ! 今日中には入り口近くに着きましょ」
青空を背に生き生きとしたフィオーレが先導する。
その疲れを微塵も感じさせない様子に引っ張られ、不思議とわたしも怠い足をスイスイ前へ運んでいた。
「フィオーレ凄いわね、あなたまだ疲れないの?」
行軍訓練等で鍛えていたわたしでさえ息を切らす中、はつらつとした歩きを見せるフィオーレの体力は凄まじかった。
「確かにしんどいけど、なんだか今すごく楽しくない?」
「何言ってんだよ、歩いてるだけだぞ。おまけにクソ暑いしよー」
汗だくのイチガヤはもちろん、続くわたしへフィオーレは明るく言い放った。
「皆で準備して、行ったことの無い場所を目指す。障害に当たっても協力して乗り越えながらくじけず進んで、今こうして一緒に蒼天の下を歩いてる! これこそ冒険なんじゃないかしら」
空みたいに明るい笑顔を見せるフィオーレの言葉は、心に訴えるものがあった。
冒険とは人生そのものなのだ、くじければ見たい景色は見れず、得たいものも得られない。しかし、諦めなければいつかはそこへ辿り着ける、欲したものも手に入れられる。
それは、紛れも無い冒険者の姿。
冒険とは、自分で決めた道を諦めずに進むことなのだ。
「さあ行きましょ、旅はまだまだ続くんだから!」
再び振り返ったフィオーレが、満面の笑顔を振り撒く。
ここまで楽しそうな人間を見たのは初めてだ。
「――――こりゃフィオに負けてらんねえな! 丘には俺が一番乗りしてやるぜ!」
つられてイチガヤが駆け出し、坂を蹴った。
こういうノリは嫌いじゃない、わたしの中で対抗心がメラメラと燃え上がる。
「乗ったわ! 冒険者には負けないんだから!」
真に楽な道など存在しない。だが道が険しいからこそ人としていかに楽しみ、目標へ向かって進み続けられるかが重要だろう。
少なくとも今、わたしたちは決して楽ではない道を、誰より楽しく充実しながら突き進んでいた。
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