第10話 森林突破戦

 

 ――――森の入り口付近。


 待機中だった魔導戦車は再びエンジンを唸らせ、いよいよ無理無茶無謀の行動に出ようとしていた。


「操縦は?」

「問題ありません、どんな悪路でも突破できますよ」


 念入りに、戦車のコンディションを乗組員に確認していく。

 ルクレール2曹が戦車長にあって、欠かすことのできない作業だ。


「弾は?」

「対戦車榴弾をいつでも発射可能ッス!」


 答えは通常にして最高のそれ、各員の報告を受け、ルクレール戦車長は速やかに判断を下した。


「よし、これより我々は孤立した友軍の救援へ向かう! 火事の恐れから許可あるまで主砲の使用は禁止。オーガを射程に据えるまでは《魔導機関砲》を撃ちまくれ!」


 森林地帯の突破、オーガに76ミリ砲をブチ当ててやるため、この血税の塊を動かすのだ。


「戦車前進ッ!!」


 履帯が湿原をひっくり返し、怪物のような轟音が響いた。

 眼前に広がる森林へ突っ込み、小川を頼りに北の海岸を目指す。

 最初こそ順調だったものの、障害はすぐに現れた――――


「前方! フードプラント・エルフ多数! 行く手が阻まれています!」

「報告にあった触手野郎か、戦車の前に立ちふさがるとは良い度胸だ! その心意気に答えるぞ!!」


 ルクレール戦車長が上部の魔導機関砲、セリカが砲塔同軸のそれを動かし、前方の触手群へ向けた。


「撃てッ!!」


 青色の弾幕が張られ、触手はノコギリを振り回されたかのように引き裂かれていく。


 上級魔道士にすら匹敵する火力に加え、超重の車体が地面ごと踏みつぶしていくのだ。

 その光景はさながら"伐採"と"整地"、小川を砕き下りる様は、オーガ顔負けと言って良い。


「こんな川下りもなかなかねえぞ! 今日の風呂はさぞ染みるだろうなあ!!」

「染みるってアザじゃないですかそれぇ! 下手に喋ったら舌を噛みそうッス!」

「優秀な操縦手とヘルメットに感謝しろよ! 飛ばせとばせ!!」


 激しい振動に揺られ、魔法弾をばら撒きながら戦車は突き進む。

 途中、何度もフードプラント・エルフに阻まれるが、そのことごとくが引き裂かれるか踏み潰され、土へと還される。


 潮の香りが鼻を触った辺りで、ルクレール戦車長は通信を行う


「こちら戦車! 海岸へ接近した、信号弾で場所を教えられよ、送れ」


 しばしの交信の後、上空高くに赤色の信号弾が打ち上げられた。

 方角は北北東、もうすぐそこだ。


「操縦手! オーガを補足したら一瞬でいいから停止。合図は俺が肩を蹴ったらだ」

「了解」

「聞いたなセリカ? 戦車が一瞬停まったその隙に撃て! 一発で仕留めろよ」

「難しいッスね〜、でもまっ――――当ててご覧にいれますよ」


 戦車というのは動きながら撃っても当たらないのだ。

 チャンスは少ない、僅かな停車の瞬間が許された攻撃時間だった。


 ◇◇


 咆哮を上げながら追撃してくるオーガを背に、わたしたちは無我夢中で走っていた。

 必死に、とにかく距離を詰められないように小川を蹴る。


「支援はまだなのですか!? このペースではもうすぐ追いつかれてしまいます!」


 汗を浮かべるナーシャさんが、並走しながら聞いてくる。


「既にこちらへ向かっています! 我々はこのまま海岸の方へ――――ッ!?」


 こちらの進路を塞ぐように、フードプラント・エルフが壁を作る。

 魔王がいないのに魔物がここまで連携するなんて、聞いたことがない。

 けどそれは後、詠唱を開始したナーシャさんが前へ出た。


「任せてください! 『ファイアボール』!!」


 火炎に包まれる植物群、でも水辺のせいか全てを燃やし切れず目標は健在。

 粘液まみれの触手が槍のように突っ込んできた。


「クロエっ!!」

「了解ティナ!!」


 闇ギルドとの実戦でレベルが一気に上がったこともあり、触手の動きがとても遅く見える。

 大量の触手の壁をさばき、開いた道にクロエが勢いよく突撃。


「開け――――――――ろぉッ!!!」


 クロエ渾身の右ストレートが炸裂し、触手の本体を殴り飛ばした。

 これでもレンジャー騎士と格闘徽章持ち、壁を崩すくらいなら十分だ。


 《こちら戦車! 海岸へ接近した、信号弾で場所を教えられよ、送れ》


 やっと来た! 間に合いそうな希望に、わたしは喜々として通信を取る。


「これより信号弾を発射し、直進します! 正直もうギリギリです!」

 《了解、位置を確認して全速で駆けつけよう!!》


 ナーシャさんから貰った信号弾を真上へ掲げ、引き金を引く。

 真っ赤な信号弾が輝き、わたしたちの位置をさらけ出した。


「ゴアアアアアアアアァァァァッッ!!!!!」


 咆哮が背中を叩く。

 わたしたちは小さな滝を飛び降り、とうとう森を抜けた。

 僅かに直進した先に待っていたのは、しかし想像よりも厳しい現実。


「嘘でしょ......」


 そこは大洋に面した断崖絶壁、わたしたちは完全に追いつめられた。

......いや! それでもまだ可能性はある。


「クロエ、合図で飛び降りるから泳ぐ準備して。ナーシャさんもです」

「えっ、マジ!? ここから飛び降りるの!?」


 真っ先に嫌がったのはクロエ。

 確かに高いし怖い、けれどもう選択肢なんて残ってない。


「大丈夫よ、今は夏に近いからまだ温かいはず」

「いや、でも......わたし浅いプールくらいでしか泳げないんだよ!? もし溺れたら――――」


 陸軍では泳げない者が多い。

 承知の事実だ、それでも悲劇的な最後を待つよりはマシだ。

 わたしはクロエの震える手を握りしめ、叫んだ。


「わたしが必ず助ける!! ペアとして、友達として! クロエがわたしを守ってくれるように―――――――わたしもクロエを必ず助けるから!!!」


 潮風が強く吹き、お互いの髪をなびかせた。

 説得している間にも、オーガは森を抜けてこちらへ迫ってくる、もう時間が無い!


「クロエさん! ティナさんを信じてあげてください! 同じ騎士として、ティナさんの想いを!!」


 途端、わたしの手は温かい手に思いっ切り握り返された。

 黒髪を揺らしたクロエが、覚悟を決めたのだ。


「いくわよ! ――――3ッ!」


 一斉に踏み出す。


「2ッ! ――――――――1(ヒト)!!」


 蒼天に、おそろいの認識票ドッグタグを下げ、手を繋ぎながら一緒に飛び降りる。


「今ッ!!!」


 オーガの拳が絶壁を叩き壊した。

 ほぼ同じタイミングで森から飛び出した魔導戦車が、砲塔をオーガへ向ける。


『撃てッ!!!』


 オーガの右側面に走り出た戦車が、突き出た76ミリ砲から対戦車榴弾を轟音と共に撃ち出した。

 オーガの魔法すら弾く巨体が、上半身ごと一発で消し飛んだ。


 戦闘の終了を見届けた直後、わたしの体は吸い込まれるように海中へと沈んだ。


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