第11話 繋がりの形

 

 ―――アラル村・旅人用の宿。


 オーガ討伐と同時に海へ飛び込んだわたしたちは、自警団の人たちに岸まで引っ張ってもらい、なんとか無事に村まで戻った。

 王国軍の衛生班も到着した頃になると、ナーシャさんから「温泉宿がありますので、そちらで冷えた体を温めてください」と言われたので、ご厚意に甘えさせてもらっていた。


「ふう......」


 海で冷え切ってしまった体が奥から温まる。

 露天風呂から夜空をあまねく星を見ながら、わたしは湯船で大きく息を吐き出した。


「いやっほーう! って熱い熱い熱いッ!? なにこれめっちゃ熱いじゃん」


 体を洗い終わったクロエが、元気に飛び込んで自滅している。

 本来ならマナー違反だけど、わたしを含め叱る者はいない。なぜなら――――


「貸し切り風呂なんて初めてで興奮しますよね~、はッ! 今なら湯船で泳いでも怒られないかもッス!」


 茶髪のショートヘアに上からお湯をかぶせたセリカが、クロエに続いてダイブ。

 そこそこ広い湯船を、2人が縦横無尽に泳ぎ回る。


「ああ! この背徳感がたまらないッス〜」

「わかるー、わたしのお母さんも入浴マナー超厳しくってさ、こんなの見られたら絶対ひっぱたかれるよ〜」


 元気っ娘2人は意気投合したのか、激しい戦闘の後にも関わらず談義に花を咲かせていた。

 特に、クロエのテンションは海へ飛び込む前と今じゃまるで雲泥うんでい


 断崖でクロエに勇気づけるつもりで言った「必ずあなたを助ける」という台詞が、急に恥ずかしくなる。

 なんとなく居心地が悪くなったわたしは、おもむろに湯船から上がった。


「あれ、ティナもう出るの?」

「熱いからのぼせちゃった、先に出て待ってるわね」

「了解ッス!」


 崖を飛び降りる前に見せたクロエの顔が頭を離れない。

 今とは真逆、恐怖に包まれそうになっていた彼女をほっといたら、きっと裏切られたと思うんじゃないか。


 アレはそんな言い知れない恐怖もあって出た言葉だった、でもわたしに言う資格はあったんだろうか。

 もし今度助けられなかったら......、またわたしは失望されて裏切られるんじゃ――――


「よおティナ・クロムウェル騎士長、ウチのセリカが迷惑掛けなかったか?」


 着替えを終えて満月の見える通路に出ると、ルクレール軍曹が牛乳を飲んでいた。

 さすがにガッシリとした体格で、その肩幅も大きい。


「大丈夫ですよ軍曹、誰にも迷惑は掛かってません」


 節度を聞かれてたら反対の答えだったけど、他に客もいないので迷惑自体は掛かっていないと見るべきだろう。


「どうした? せっかくの可愛らしい顔を沈めて。思い詰めでもしてんのか?」

「おわかりですか?」

「そりゃ風呂上がりにそんな浮かない表情してたらな、そもそも、1人だけで上がってきたのもそれが原因なんだろ?」


 こういう胸中を覗けるような人には、なにを隠したって無駄だとフォルティシア中佐で知っている。

 なら、いっそ目の前のベテラン騎士に話してみるのも選択肢か......。


「......軍曹は、人を信じていますか?」


 柵にもたれるルクレール軍曹は、牛乳を飲み干すとゆっくり言った。


「俺たちは戦車乗りだ、乗組員同士に絶対的な信頼関係がねえと戦闘に支障が出るからな。俺は自分の部下だけは信じるようにしている」


 部下......か、確かに森を突破するなんて荒技、よっぽどお互いを深く信頼してなきゃできない芸当だ。


「まっ、その分キツく接する時もあるけどな。でもそれがお互いのためだって理解している。君はクロエ・フィアレスとペアだったな?」


 コクリと頷く。


「なにか......自分を預けられない理由でもあるのか?」


 ドキリと胸が締め付けられた。

 あの大それた言葉も、根底の理由はきっとそれだから。


「わたしは以前......、仲間だと思っていた人たちに裏切られました」


 脳裏に刻まれたトラウマが、せっかく出会えた友達を繋ぎ止めようとしているのかもしれない。


「わたしはもう......、裏切られたくないんです。いつまでも弱くて幼いままじゃ――――いつかまたクロエにも切り捨てられるんじゃないかって」


 クロエを、ペアである彼女を助けられる実力だと示し続けなきゃ、また大事な仲間が離れそうな気がして怖い。

 うつむくわたしに、ルクレール軍曹はゆっくり言った。


「お前の言う人と人との繋がりは、体術や剣の鋭さで決まるものなのか?」


 思わず顔を上げる。

 完全に意識の外だった答えに、思考が止まった。


「今すぐ理解しろ......っというのは難しいかもしらんが、俺が言いたいのは、人間の繋がりというのは自分が思ってる以上に複雑だということだ。良い意味でもな」


 軍曹が強面を緩ませた。


「友達や信頼ってのは、クラスレベルの高い低いで決まるもんじゃない。もしホントに彼女が大切なら"また"助けてやれ、今はそれで良い」


 ルクレール軍曹はきびすを返して歩いて行ってしまった。


「おまたせティナー! 牛乳飲もうぜー」

「あれ? ルクレール軍曹さっきまでいたんッスか?」


 ホッカホカになったクロエとセリカが、お風呂から上がってきた。

 そんな2人を見ると、さっきまで抱えていた不安が一気に消し飛ぶような気がした。


「ルクレール軍曹なら、先に戻ったわよ。それで、牛乳飲むの?」

「うん! あとせっかくだからさ、どっちが早く飲めるか競争しない?」

「望むところよ、牛乳一気飲みなら自信あるから!」


 一仕事を終え、わたしたちは互いを労いつつ、ささやかなご褒美で乾杯した。



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