第11話 番外編・真矢のプロポーズ大作戦
『話したいことがある』
今月の二十三日、駅前に待ち合わせで。
そう電話で告げてきたのは、眉目秀麗・頭脳明晰・運動神経抜群・お家柄も言うことなしの社長息子(次男)である恋人だった。
お互い面倒くさがりで、電話よりも自分のペースで応答できるチャットアプリの方を多用していて、そもそも電話をあまりしないという点は置いておいて。
(アレ?
家同士が特別離れているわけでもない。違う大学に通っているとはいえ、試験やら課題やらが忙しいとはいえ、学生業の合間に会えないわけがない。
けれど事実、
(いや、いやいやいやいや……⁈)
それもこれも、真矢の家業が他所よりも少し特殊で、更に上司であり同居人であり姉と慕う女性がかなり横暴で、そうしてここ数ヶ月彼女に休みもなく引きずり回されたせいである。
そう、数ヶ月。
真矢はここ数ヶ月、彼氏である時宗に会っていない。
(ふ、振られる……‼︎)
確信をもって、真矢は頭を抱え崩れ落ちた。
**✱***✱**
まぁ、つまりは。
(心当たりがありすぎる……)
イルミネーションが綺麗な街並みの、周りはカップルやら家族連れやら華やかな通りを、真矢は一人肩を落として歩いていた。
今日は約束の二十三日。
待ち合わせまで、あと二時間。
別に好意が薄れたわけではなかった。ただ純然に時間に追われていたのだ。連絡はチャットで毎日のように頻繁にとっていたし、そこで会話も途切れることもなく安心していたのも理由のひとつだ。実際思い返せば、時宗の優しさに胡座をかいていただけなのだろうけれど。
ここ数日考え通しで寝不足の重い瞼を持ちあげて、眩しすぎる街路樹の装飾を見上げた。赤や青の色とりどりの光源が煌めいて美しい。そして目に痛い。眩しい。眩しすぎる。「メリークリスマス☆」なんて決まり文句を垂れ流しながらティッシュを配るお姉さんにすら殺意を覚える。「俺たち、付き合い始めました♡」みたいな幸せいっぱい恋人繋ぎの男女の間に割り入ってひたすらに叫んでやりたいくらいだ。あぁ、本当、爆ぜればいいのに。
そんな、周りから見たら華やかなこの日に不相応な(逆にある意味お察しの)陰鬱とした表情をしている真矢の目に留まったのは、プロポーズのお供として有力な候補の一つである某有名ジュエリーショップだった。ショーウィンドウには白いリボンが施されたブルーボックスが並べられていて、その青色に会社の名前を冠されているのも納得の鮮やかさだ。あまり装飾に関心のない真矢でも、世の女性たちが惹かれるのも納得するところがある。
(プロポーズか……、されたかったな、されてみたかったな、時宗が良かったな、時宗にプロポーズされて……、うん、そうか、そうだ、)
ーープロポーズされないなら、すればいいんだ。
弁解するならば、真矢はこの時悩みに悩んで精神的に随分と参っていたし、同時にかなりの寝不足でもあった。思考力がこの上なく落ちてはいた。だからジーンズに履き慣れたスニーカーという些かカジュアルな格好で
「真矢……?」
「と、時宗……」
声を掛けられて我にかえる。
自分の右斜め前、従業員の女性からまさに青い袋を受け取らんとして固まっている男性が、まさに、その悩みに悩んだ渦中の恋人だった。なんでここに、と訝しげに首をかしげる彼に真矢は最早涙目だ。どうしたの、と再度諭すようにこちらへ寄る時宗に、混乱と焦りで真矢は後ろに後退する。
「だって、」
時宗の目は冷めていた。
そりゃあそうだ。
「振られるくらいなら、プロポーズしてやろうかと思って……」
一瞬我に返って、今度はそこから迫り上がった羞恥心で、もう今すぐ穴を掘って地球の裏側まで行って隠れたかった。何もかも台無しだ。どうせ振られることに変わらないのなら「真矢ってやっぱりカッコイイ!」くらいに思わせて、いい思い出のまま綺麗に終わったほうがずうっと良かった。そしてあわよくば復縁を狙った方がまだ可能性があった。
目に見えて顔は蒼白し、頭上には雨雲が見えるかのように陰鬱とした雰囲気を撒き散らす。そして遂にはしゃがみこんでしまった真矢に、時宗は大きくため息を吐くと膝をついて手を差し出した。ブラウンのロングコートが床につくのもお構いなしで、深い赤のニットがよく似合っている。あぁ、やっぱりイケメンだなぁ、なんて泣きながら手をとる真矢が密かに惚れ直していることは彼女しか知らない。
「真矢、話をしよう」
手をとり笑みを浮かべながら(多分苦笑いだ)、時宗と従業員の女性に案内されるまま店内の奥の小部屋に入る。指示された革張りのふかふかなソファに浅く座って、すん、と真矢はひとつ鼻を啜った。隣に座った時宗から渡されたハンカチはあまり使う気にはならず、真っ白で汚れひとつないその生地をぼんやりと見つめる。店の奥にまで連れ込んで、そりゃあ他の人にはこんな恋人見せたくあるまい。そうして遂には引導を渡されるのだ。ここで、全て、終いなのだ。
まるで抜け殻のような彼女を下から覗き込むようにして、時宗は「真矢、」と優しく声を掛けた。
「別れる、と思ったの?」
「…………うん」
「別れたい、と思った?」
「まさか、そんなわけない……!」
弾けるように顔をあげると、目の前には穏やかな表情をしていた時宗がいた。イケメンだ、なんて本日二度目にも思うが、彼は大学生になり親の手伝いを始めてから、以前にも増して雰囲気が大人っぽくなったように思う。
良かった、と時宗ははにかむように笑って、予定が台無しだよ、と少し拗ねたように言った。彼は自分の背後に置いていた包みを開けるとよどみない動作で真矢の目の前で手を開く。
きらり。と光ったのは大振りのダイヤモンドだ。
「真矢、結婚しよう」
「は……?」
「まぁ、まだ学生だから卒業するまで式は挙げないとして、しばらくは
受け取ってもらえますか。
世の女性たちを魅了する高級ジュエリーショップの店奥の個室で、眉目秀麗・頭脳明晰・運動神経抜群・お家柄も言うことなしの社長息子である恋人にプロポーズをされる。時宗は言ってからガラにもないと恥ずかしくなってきたようで、最初真正面を向いていた顔は、背けて耳まで赤くなっていた。そう、あまりこういうイベントに乗るタイプではないのだ。どちらかと言えば澄まして外野で応援する方で、けれど、きっと今日はひとえに真矢のためだけに、尽力してサプライズを組んでいたのだろう。
夢かな、と定番に真矢は頬をつねってみる。ちゃんと痛い。嬉しくて、もう片側の頬もつねる。うん、ちゃあんと痛い。
「うぅ……! よぼごんでぇー……」
ぐずぐずと涙やら鼻水やらを渡されたティッシュで拭いて(ハンカチはやっぱり申し訳なくて使えなかった)、出来得る限りの笑顔で応える。顔はぐしゃぐしゃだし、服装は動きやすさ重視のカジュアル仕様だし、みっともないところばかりだけれども。それでも目の前に座る誰もが羨むような恋人は、真矢の左手をとって薬指にプラチナのリングを嵌めてくれる。
「……ったく、相変わらずだな」
「ご、ごめん……」
「ディナーも予約してだっていうのに」
「申し訳ない……」
「デートだってのに服もなんかラフだし」
「いや……、逃げられたら追いかけられるようにと思って……」
「なんだそれ」
バカだなぁ、なんて笑って許してくれる。私はなんて幸せ者なのだろう。拭った涙が再度溢れて、ただひたすらにかぶりを振った。
その晩に案内された三ッ星レストランのコースデザートであるブラックカラントのジェラートは大変美味だったが、明後日に時宗の両親への顔合わせとして家に招かれていると知り、味わうのもままならず
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます