絶対にばれたくなければパラレルワールドへ行け!!!

ちびまるフォイ

キレイな火に引き寄せられる蛾

「あんた、今日も残業?」


「ああ、忙しいからな。飯はいらないから」


「帰ってこなくていいわよ」


夫婦の関係はすっかり冷え込んでいた。

いまではもうどうして結婚しようと思ったのかも思い出せない。


きっと、なにか魔が差したのだろう。


通勤中に読むニュースでは芸能人の不倫が報道されていた。


「なんだか……気持ちわかっちゃうなぁ……」


毎日、同じ風景ばかり見てしまえばどんな絶景も飽きがくる。

わずかな火遊びでも日常に変化を与えたいと思えてくる。


「ふふ、あなた浮気したいんですか?」


「えっ、ま、まさか……」


いきなり隣の人に話しかけられて焦った。

ひとり言を聞かれてしまったようだ。


「突然話しかけてすみません。私、パラレル浮気というものをやっています」


「なんですかそのSFチックな名前」


「最近は浮気だの不倫だので、ものすごく叩かれるでしょう?

 それを避けつつ、ちょっとした浮気体験で日常を潤っていただくサービスです」


「……まるでわからない」


「じゃ、ちょっと体験してみましょうか。初回無料ですよ」


「え!? いや、ちょっと待っ――」


目を開けると、さっきまでの場所から一転して自分の家の前に来ていた。


「ここはあなたのもといた世界とは別のパラレルワールド。

 でも、運命てのは実はそうコロコロ変わるもんじゃなくて

 あなたはどのパラレルワールドでも同じ人と結婚してるんです」


「結局、歩む末路は同じってわけですか……」


「まあ、家に入ってみてくださいよ」


男に言われるがまま家に入ってみると、知らない女がいた。


「ちょっ……誰だよ!? 俺の家に!?」


「誰とは失礼ね! あなた、自分の妻の顔も忘れたの!?」


「……へっ?」


顔も髪型も服装もまるで違う。どう頑張っても別人だ。


「どうです? 驚いたでしょう。

 あなたはどのパラレルワールドでも同じ人を奥さんにしますが、

 奥さんの歩んできた人生は全く別なんです」


「それでここまで変わるものなのか……!?」


「まぎれもなく、戸籍上もあなたの奥さんですよ。

 だからこれは浮気でもなんでもない、ただの愛妻行動です」


「なるほど!! これがパラレル浮気か!!」


自分の世界線の本妻と別れるつもりなんてなかった。

ただ、日常に変化をつけたかっただけにはちょうどいい。


「なによ、ニヤニヤしちゃって」


「いや別に? ただ、キレイだなって思って」


パラレルワールドで浮気した後に元の世界に戻った。

なんだか前より本妻が愛おしくなった気がした。


「どうです? 気に入っていただけましたか、パラレル浮気」


「ええ、たまに違う妻を挟むことで、この世界の妻も愛せる気がします」


「またのご利用をお待ちしています」


それからも何度もパラレル浮気をするようになった。

元ヤンの妻、箱入り娘の妻、キャリアウーマンの妻、などなど。

とくに気に入っているのは水商売の妻だった。


職業も顔つきも体型も性格も一致しない妻は別人も同然。

共通点があるといえば、ひとしく夫である俺を好いているというところだ。


「それじゃあ、行ってくるよ」


「あなた、行ってらっしゃい。今日も待っているわ」


「ああ、君のために早く帰ってくるよ」


パラレル浮気をして本妻の大切さを知り、なお大事にすることで

新婚時代にさかのぼるほど夫婦関係は良くなった。


なにより、妻は女性としてますますきれいになっていく。


自分自身も本妻とパラレル妻にもよく思われたくなって、

カップル時代のように見てくれには意識を使うようになった。


「ふふ、まさにWIN-WINの関係だな」


仕事帰り、本妻へのおみやげを買っていると思わず笑みがこぼれた。

今日は予定より早く終わったので、すぐに家に帰ることにした。


「……ん?」


その帰り道、妻が知らない男と歩いているのが見えた。

見間違えかと何度確かめたが、確かに本妻だった。


「あれは……誰だ!? まさか浮気!?」


妻がきれいになっていったのは俺の影響じゃなかった。

あろうことか妻は自分以外の人間と浮気していた。


「俺というものがいながら……許せない!!

 この世界線の妻は最悪だ!! もういい!!」


パラレル浮気相談所へとかけこんだ。


「おや、そんなに急いでどうしたんですか?」


「俺自身をパラレル世界にずっと定住させることはできますか!?」


「ええ、もちろんできますよ。お手伝いします」


「お願いです!! 水商売の聞き上手で、キレイな妻の世界へ!!

 あの華のように美しい妻のいる世界に連れて行ってください!!」


「かしこまりました」


パラレル世界へと転送される。

キャバクラにいるパラレル妻のもとへと到着した。


こちらの世界の妻は夫を立ててくれるし、話は聞いてくれるし最高だ。

どうして今まであの本妻という劣化妻の世界にいたのだろう。


「あなた、どうしたの? ひどく落ち込んでいるみたいね」


「信じていた人に裏切られたんだ。まったく信じられない。

 女が見ているのはいつだって近くの男じゃなくて、

 遠くにいる別の男なんだって思い知ったよ」


「まるで浮気現場でも見てきたみたいね」


「……浮気なんて本当に許せない。俺が愛しているのは君だけだ」


「私もよ、あなた」


あぁ、やっぱりこの世界の妻が一番いい。

1回も浮気するような妻のいる世界に戻るものか。


そうしているうちに眠ってしまった。







「やぁ、ごぶさたしています」


パラレル浮気業者が妻に挨拶をした。


「ああやっぱり。この男も別の世界の夫なんですね」


妻はこなれたように状況を察した。


「ええ、実は元の世界の妻の浮気現場を1度見てしまったようですよ。

 それで一番気のあるあなたの世界に駆け込んだのです」


「ふふ、男って本当にバカね。結局、見た目と胸の大きさで選ぶんだから。

 相手が何を考えているかなんて、至りもしない」


妻はちらと横に目を向けると、酔いつぶれた別の男が寝ていた。

顔つきも、体も、着ている服も、性格も異なる完全な他人。


「しかし、あなたはどの世界線の夫からもモテますね。

 これでパラレル夫は20人目でしょう? しぼってみてはいかがです?」



「そんなこと絶対しないわ。

 夫なんて多ければ多いほど、裕福な暮らしができるもの」


妻はパラレル夫たちから結婚記念日の宝石を愛おしげに眺めていた。

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