第2話
「起きろ、おい起きろ」
「んあ……? んんん……にゅぜ……」
「おい、起きろと言っている」
「んあ……うぜぇよ……寝かせろ」
「起きろレンジャーローズ!」
「ここでその名を呼ぶなー!!」
オレは慌てて起き上がってヤツの口を抑えたが時すでに遅し。きっと周囲に聞かれてしまっていただろう。くっ……オレにプライベートはないのか。
ヤツは自宅で寝ていたはずのオレを背中を蹴って起こしてきたのだ。迷惑なこと甚だしい。大体なんで自宅にヤツが自由に入り込めるんだ? オレのプライベートはいったいどこへ……。
「自宅じゃねえだろ、ネットカフェの個室じゃねえか」
ヤツはオレの思考を読んだかのようにそう言った。そう、ここはオレがねぐらにしているネットカフェの一室。パック料金で12時間2000円弱で個室が借りられる。12時間で一旦精算しなければならないが、その手間さえクリアすれば同じ部屋に何日でも居続けられる。便利。オレの城。
「だからって鍵がかかってただろ!? なんでお前入ってきてんだよ!?」
「このネットカフェの経営者は俺だからな。マスターキーで開けた」
「くっ……オレにプライベートはないのか……!?」
「プライベートが欲しきゃアパートでも借りろ」
「保証人」
「俺はならん。他で探せ」
「無理」
親もいない、親戚は知らん、友達もいない。そんなオレがどうやってアパートを借りられるというのだ。不動産屋に行けばアパート契約の際に保証人を求められる。この日本という国は住所のない人間にこんなにも冷たい。厳しい。許せん。日本死ね。
相変わらず小太りの水色ワイシャツは脇汗をにじませながらオレを見下ろしている。相変わらず気持ちの悪い顔だ。
ちなみにワイシャツというのは正式には「ホワイトシャツ」の略なので水色のワイシャツというのは文法的におかしいのだがこのタイプのシャツの呼び方を他に知らないのでオレは今日も水色ワイシャツと呼ぶ。
「昼の2時だぞ? 何まだ寝てるんだ」
「うるせえ。昨日は夜勤だったんだよ」
「夜勤って朝まで仕事ってことか? ご苦労なことだな」
「いや、18時から21時までの工事現場の仕事」
「夜勤って言わねえよそれ!!」
夜間の仕事だから夜勤と言ったのだが違うのだろうか。
ちなみに昨日は仕事のあとコインランドリーに寄って洗濯をして帰ってきたので寝たのは24時を回っている。明け方頃まで部屋のパソコンでネットゲームをやっていたのはきっと夢の中の話だろう。
「ともかく、仕事だレンジャーローズ。3時までにこの地図のここへ行け」
「仕事?」
さすがに起きたばかりでまだ眠い。朝飯も食べていないわけでなんとなく仕事をする気分にはなれなかった。
「めんどくせえ、寝る」
「あ、良いのか? 給料出さんぞ?」
「いーよ、昨日バイトして稼いだばっかりだし……」
と、ふと気になってオレは荷物から財布を取り出して中身を確かめた。残金123円。……アレ?
「本当に良いのか? ここの精算はしたのか?」
やっべえ……。オレの背筋にさああっと冷たいものが走る。
昨日バイトして取っ払いでもらった給料は、コインランドリーとちょっと立ち寄った居酒屋での豪遊でそのほとんどが消えていた。
今午後2時ということは、とっくに12時間の精算期限は切れている。お得意様(?)なので多少は融通してもらえるだろうが、速やかに払わねば今日の寝床が確保できなくなってしまう。
「……ま、前借りってできますか?」
「ふむ。まあ基本的に許さないんだが今日は特別だ。その代わりGPSつけさせてもらうからな」
あとからよく考えればここのオーナーは水色ワイシャツなのだから、いくらでも融通は利くだろうし、第一、利用料金としてオレから徴収するのであれば水色ワイシャツにとっては資金回収ということになるわけなのだが、このときのオレにはプライドがなかった。
「オネーッシャス! なんでもしますんで前借りさせてください!」
オレはその場に土下座した。
(……つづく?)
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