正義の味方とか興味ないけどとりあえず時給1万円でヒーロー業やってます
桜水城
第1話
「来たかレンジャーローズ。しかし、貴様の妨害に負けるような我々ではない!」
「うるせえよブラック企業の犬め。今日こそお前らの野望を阻止してやる!」
「黙れ! 福利厚生がしっかりしている私の会社はブラック企業ではない!」
「労基法のこと言ってねえよ! やってることがブラックだろ!!」
都会のど真ん中によくもまあ都合良くもこんな空き地があるものだと思うが、今オレはこの目の前の敵に集中しなければならない。
オレが対峙しているのは、戦隊ものの敵によくありがちな怪人……ではなく、スーツ姿のサラリーマンといった風貌の男で、倒すと考えるとさすがになんだか気が咎めるが、敵は敵だ。
ヤツが所属している組織……というか会社は、「エヌ・ジー・ティー・ビー・エイチ(株)」と登記されているらしいが、その内訳はこうだ。「NIPPON GOING TO BAD HEALTH」。ヤツらは、「日本を不健康にする会」と名乗っている。その英語が正しいのかどうかは、英語の成績が10段階で2だったオレには知る由もないが、なんともセンスのない名前だとあきれる。オレだったらいくら福利厚生がしっかりしてるとか言われたって、絶対こんな会社に就職したくない。
「日本を不健康にする会」……オレはそれを「ブラック」と呼んでいるが、ヤツらの目的は文字通り、日本国民を不健康にして、国家転覆させることだ。そのやり方は様々で、よくもまあ次から次へとひどい策を考えるものだと思う。
現在、オレの目の前にいるのは、スーツ姿というだけで何者なのかまだわからない。先週オレが倒したのは科学者A。Aは新型の病原ウィルスを開発し、日本中にばらまこうとした。それはオレがヤツを倒して阻止したのだが、もしかして、また新たな病原ウィルスでも開発したのだろうか?
オレは訳あって、正義の味方をやっている。……と言えば聞こえは良いが、実質はただのバイトだ。その日暮らしな生活を送っていたオレの前に、突然現れた謎の男。彼の紹介してくれたのが、このバイトだ。脇汗がにじむ水色のワイシャツ、くたびれたズボン。小太りのその男はいかにも怪しげで、オレは不信感マックスで話を聞いたのだが、時給1万円というのでついうっかり乗ってしまった。以来、オレは日雇いのバイトがないときにちょくちょく「ブラック」を相手に戦っている。
水色ワイシャツがくれたオレの正式な制服は、元々は真っ白なヒーロースーツだった。しかし、白だなんて気に入らなかったオレは、そのヒーロースーツを自分の好きな色に染めた。紫がかった赤。赤薔薇の色だ。そして、オレは「ブラック」相手には「レンジャーローズ」と名乗った。ちょっとキザっぽい気がするがそれはそれとして。本名? 本名なんてとてもじゃないが恥ずかしくて名乗れない。レンジャーローズという名前だってめちゃくちゃ恥ずかしいけれど、本名を晒すより百億倍ましだ。
だだっ広い空き地のど真ん中で、オレとスーツ男は向き合っていた。なんとも個性のない顔立ちのスーツ男だが、オレも「声だけはイケボだよね!」とフォローされるだけのただのフツメンなので、他人のことを言えたような立場ではなかった。ヤツの着ているスーツは暗い灰色で、地味で平凡なデザインだった。一見するとどこにでもいそうなサラリーマン風だが、オレはヤツの正体を知っている。
「しかし貴様が来たとしてもう遅い! 既に我々の計画は順調に進んでいる! 見よ!」
そう言ってヤツは自慢げにタブレット型端末の画面を見せた。
……が。画面は真っ暗で何も映していない。
「真っ黒だけど?」
「う、うるさい、謎の再起動だ!」
再起動って……起動してないじゃん、とは優しいオレはつっこまない。
そしてヤツがタブレットと格闘すること2、3分。ようやく立ち上がった画面をヤツはオレにばーんと見せつけてきた。
そこに映し出されていたのは、某有名ソーシャルネットワーキングサービスゲーム……っぽいけど?
「このゲームの管理サーバーに侵入成功した! 今からこいつを使って日本中を不健康にするのだ!」
「なんだと……!?」
そのゲームの中毒性はニュースサイトでも取り上げられるほどの極悪レベルで、イベント初日の朝にはそのゲームユーザーが会社や学校を休むために満員電車がすかすかになると言われている。(もちろん皮肉であり、実際には満員電車は満員電車のままだが)
「ひゃーっはっは! 当日限定イベント専用スタミナアイテムを一人100個ずつ配ってやる!」
「やめろ! どう考えたって使い切れないだろ!」
「廃課金者はアイテム100個セットくらいは毎日買ってるぞ?」
「廃課金者基準にしてんじゃねえよ! 普通のプレイヤーはせいぜい一日5個くらい消化する程度だろ!」
オレは必殺技かかと落としでヤツのタブレットを叩き割ってやった。
「あああああああああ!! 8万円もしたのにぃぃぃぃぃぃ!!」
ちなみにオレの着ているヒーロースーツに特別な効果など一ミリたりともないし、かかとは涙が出るほど痛い。
それでもオレはやるしかなかった。タブレットなんかでサーバーに侵入できるのかはともかくとして。
「べーんしょー!! べーんしょー!!」
涙目ではやし立てるヤツに背を向け、オレはその場をあとにする。
「また……つまらぬものを蹴ってしまった……」
痛む右のかかとを引きずりながらオレの本日の任務終了。
「今日もまた一人、悪者を退治したレンジャーローズ。後ろ姿は寂しいが、君のおかげで明日がある。頑張れ、レンジャーローズ! 負けるなレンジャーローズ! 明日も戦えレン……」
「うるせえ誰だお前」
いつの間にかそこにいたストーカーじみた熱狂的(頭のおかしい)ファンに目つぶしを食らわせてオレは家路につく。
「家って……ネットカフェじゃん?」
「黙れ」
目つぶしだけでは足りなかったようなので顔面キックを食らわせて今度こそオレはその場を去った。
(……つづく?)
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