ブラック









疲れた日に飲む苦いコーヒーが好きだった。



繰り返される毎日に未だ慣れない疲労感は、君に渡されるブラック缶コーヒーが癒してくれた気がしていた。


職場で残業続きだった俺は、同じく残業仲間の君に差し出されるブラック缶コーヒーを苦手だと悟られないように飲んでいた。


「お疲れ、また明日ね」


そう添えられた言葉のおかげか、普段は苦さしか感じられなかったそれが、甘く感じられるようになっていた。



いつも俺に渡してくれたコーヒーは、ある日を境に君と一緒に姿を消す。


綺麗で鮮やかな花束を受け取って、幸せそうな笑顔を向けた君は、世界で一番美しくて、綺麗で、切なくなる気持ちを押し殺した。







君のいなくなった夜の11時。


自分で買ったブラックコーヒーを口に入れる。


あの日から、俺はまだコーヒーが苦手なままだ。








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