第48話 身代わりは誰?

 ロデオ大会の日がやって来た。ロデオ会場には朝から大勢の人が詰めかけている。


 ロデオ大会では、いろいろな種類の競技が行われるが、1番人気があるのは、ブル・ライディングと呼ばれる、暴れている牡牛に乗る競技だ。この競技は危険を伴うもので、命を落とす選手もいる程……危ないものだ。




「トリスタンとヘンリー。大丈夫かな? 」


 私は、このブル・ライディングが楽しみというよりは、心配でどうしてもそわそわしてしまう。


「カレン。心配しなくても、大丈夫だよ! あの二人は毎年参加している町の英雄だからね」


 アルフレッドとエレナが教えてくれる。




◇ ◆ ◇


 トリスタンと私は、ロデオ当日の早朝、いつものように、馬を世話するため、厩舎きゅうしゃにいた。早朝の厩舎で馬のカレンにブラシをかけていると、トリスタンが急に私を後ろから抱きしめてきた。やっぱり、今日のロデオは命がけの競技で、出場する選手は誰もが緊張するのだろう。


「カレン。お前と出会えて楽しかったよ」


「やだ、トリスタン。どこか遠くへ行ってしまうみたいな言い方しないでよ」


「わかってる。でも、きちんと言っておきたかったんだ。お前は、馬のカレンよりじゃじゃ馬な女だけど、最高の女だ」


「後ろから抱きついて耳元で囁くのは、反則だよ」


「あの夜、お前とは何もなかったんだ。お前、酔って寝ちゃったからな」


「そうだったの? 」


「ああ、だから……アンソニーの元に帰れ。俺は、女に不自由していないからな! お前みたいなじゃじゃ馬より、もう少し可愛げのある、おとなしい女の方が俺には似合ってる」


「トリスタン……」


「今日、アンソニーがお袋と一緒にロデオを見に来ることになってる。あんな母親でも俺にとっては、唯一の母親なんだ。そして、あんな弟だけど、あいつも俺にとっては大切なやつだ。アンソニーは、お前を心から愛してる。お前も、そうなんだろう。身代わりは……ごめんだからな。俺は、お前の兄貴役で我慢してやるよ」


「そんなこと言われたら……涙が溢れて来ちゃうよ。トリスタン……私、アンソニーの身代わりとしてあなたを見ていたわけじゃない。今なら、はっきりとわかるの。私……あなたに恋してた」


「もう泣くな。もし、次に生まれ変わったら、アンソニーより先にお前を見つけ出してお前を奪うから……。覚悟しておけよ」


「……トリスタン。私……。   ……ありがとう」




◇ ◆ ◇


 ロデオ会場には、アンソニーと女優・サマンサがトリスタンを見守っていた。会場はファンの熱気と異常な興奮の中、競技が進められて行く。


 私はアンソニーの横に座り、トリスタンの順番を待っていた。アンソニーは、まるで……すべてを理解しているかのようにそっと私の手を握り、不安な気持ちを落ち着かさせてくれる。


「カレン、大丈夫だよ。トリスタンはすごく強いんだ。今年もきっと一位になって町のヒーローになるさ。たくさんのカウガールたちがトリスタンのガールフレンドになりたくて誘って来る。僕の兄さんだからね」


 トリスタンの順番になり、ドキドキしながら無事を祈る。期待通り、トリスタンは素晴らしいライディングを見せる。会場中の女の子たちがトリスタンに見とれている。誰よりもうっとりと見とれて喜んでいたのは母のサマンサだった。


「カレン。トリスタンは、いつも母さんの心の中にいたんだ。母さんはトリスタンによく似ている僕を見るたびに、トリスタンだと思って僕をみてきたんだ。母さんにとって僕はトリスタンの身代わりだったんだよ」


「そんな……」


「僕たち兄弟はとても似ているからね。トリスタンは、僕に似ているから、僕の身代わりとしてカレンがトリスタンに恋したと考えてたみたいだけど、僕は生まれた時から、トリスタンの身代わりとして、母さんに愛されてきたんだ」


「アンソニー。それは違う。……私……トリスタンに本気で恋してたの。アンソニーの身代わりとしてではなく、トリスタン自身に……。だから、お母さんも、トリスタンの身代わりとしてアンソニーの事を愛してたんじゃなくて、アンソニーを……アンソニー自身を愛してたんだと思うよ」



「いや……僕たち兄弟は、お互い身代わりとして愛されていたと思った方が幸せなのかもしれない。だって、真実を知ったら悲しいこともあるだろう。カレンが僕以外の人に恋してたなんて……兄さんだとしても、やっぱり悲しいからね。トリスタンも君が本気で恋してたって知ったら思いを断ち切るのが辛いだろう」



「……ごめんなさい」


「いや、悪いのは僕だよ。ジーナにもっと気をつけるべきだったんだ。悲しい思いをさせてしまってごめんよ。すべては僕が君を傷つけてしまったことから始まったんだ」


「アンソニー、人の心ってこんなにも、あやふやなものなんだね。まるで風に飛んでいる綿毛のように、ふわふわと飛んでいっちゃいそうになる」


「そうだね。でもこれからは、お互いに飛んで行ってしまわないように、しっかり繋がっていようね。僕はカレンの手を絶対に離さないよ」


「……アンソニー」


 強く握られた左手に指を絡ませながら力を入れるアンソニー。


「カレンが、日本に帰る時、僕もいっしょに行くよ。信二と康代にも逢いたいし、次の取材までは、一日足りとも離れていたくないからね」




 ロデオ会場では、ちょうど表彰式が行われている最中だった。


 一位になったトリスタンのまわりには、カウボーイブーツとカウボーイハットを被った華やかな女の子たちが取り囲んでいる。トリスタンは、彼女たちの肩に手をまわし、受け取ったトロフィーを天に掲げて私たちに手を振り続けている。


 まっすぐに見つめている、その瞳の先に向けて……

 大きく手を振りながら……さよならを告げている。


 思わず立ち上がり、大きく、大きく右手で手を振る。

 トリスタンと私にしかわからない……お別れのサイン。


 それは……二人にしか通じない最後のアイコンタクトだった。

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