第28話 ジャン=クラウド編⑪ さよならの日

 翌朝は、私の体調が戻ったこともあり、ジャンと一緒にいつものようにランニングをした。ランニングを終えてストレッチをしていると……一緒にランニングを始めた日、ストレッチの仕方がわからず、ラジオ体操をして、ジャンに大笑いされたのを思い出した。


「フフッ……」


「何を笑ってるの?」


「あっ、最初の日にストレッチの仕方がわからなくて、ジャンに笑われちゃったのを思い出してたんです」


「ハハハ……。そんなこともあったね。カレンといると笑ってばかりだ」


 明日、私はここを離れることになっている。そう考えると、何故か寂しさがこみ上げてくる。きっと……それだけ一緒に過ごした時間が楽しかったからなんだろうな。ジャンはいつでも私に対して紳士的に接してくれてたもんな。


「カレン、午後からの練習は休みだから、二人でどこかへ出かけてデートしないかい? ディズニーランドとか……」


「えっ? でも……いいんですか? ディズニーランドに行って、ジャンだとわかっちゃったら大変じゃないですか?」


「実は、ディズニーには、一度も行ったことがないんだ。そういう所はなんとなく苦手な感じがしてたからね。それに、自分のイメージに合わないと思って行けなかったんだ。でも、デートといえば、やっぱりディズニーだよね。カレンとなら楽しいかなと思って……」


「わかりました。私もプライベートでディズニーに行くのは、初めてなので、いっぱい遊んじゃいましょう!」


 ジャンは、深いキャプ帽とサングラスをし、私もジャンの真似をしてつばの広い帽子とサングラスでディズニーランドへと出かけることにした。



◇ ◆ ◇


 ディズニーランドに入った私たちは、まずホーンテッドマンションに入った。999体のゴーストが住む白亜の邸宅は、驚きの連続で恐怖のあまり、隣にいるジャンの腕にしがみついてしまう。


「カレンは、お化けが嫌いなんだね」


 そう言って、しがみついた私の腕をとり、しっかりと手を繋いでくれる。ジャンの手は、大きくて少しゴツゴツしているけど、温かくて安心感がある。


 ホーンテッド・マンションの次は、ビックサンダーマウンテンに乗ることにした。列に並んでいると、ジャンは私に、なぞなぞを問いかけてきた。


「カレン、ビックサンダーマウンテンは、ウォルトディズニーが、実在する山をモデルに造ったアトラクションなんだけど、モデルになった山がどこにあるか知ってるかい? 」


「えーーっ!? モデルになった山が実際にあるんですか? どこだろう……。う〜ん。ザイオン国立公園とかかな……?」


「残念! セドナって聞いたことあるかな。アリゾナ州にあるネイティブアメリカン・インディアンたちの聖地と言われている場所にあるんだよ。ウォルトディズニーはセドナに別荘を持っていたんだ。その別荘から見えるサンダーマウンテンという山がモデルなんだよ」


「そうだったんですか!? きっとディズニーは、その実物のサンダーマウンテンがとても好きだったんでしょうね。いつか、そのモデルになった山を見てみたいです」


「そうだね。セドナはスピリチュアルの町とも呼ばれているんだよ。実は、その町に僕の別荘もあるんだ。別荘からは、サンダーマウンテンも見える。そうだ!! 今度、セドナの町をカレンに案内してあげるよ」


「えっ、そうなんですか?! それじゃ、いつかセドナを案内してくださいね」


 ビックサンダーマウンテンに乗ると、このまま……ジャンの別荘があるセドナのサンダーマウンテンまで飛んで行ってしまいたいと……ふと、考えてはならないことを考えてしまった。


 ジェットコースターが、ビックサンダーマウンテンから降りて来た時、二人は顔を見合わせて同時に同じことを考えていた。





== ピカッ・パシャーッ ==


 一瞬何が起こったのかわからなかった。こんな所でフラッシュが光り、写真を撮られるなどとは、つゆほども考えていなかった二人は、帽子のつばを深くかぶり直した。


 ジェットコースターを降りると、乗車記念用に写された写真の販売がされていた。ジャンは迷わず写真を二枚購入し、こんな押し売りのようなサービスがあるんだねと苦笑いしている。


 次は、インディ・ジョーンズ・アドベンチャーに足を運ぶ。ライバルでもあるこの映画に苦笑いしながらもジャンは楽しんでいる。乗り込んだジープの揺れの激しさに私の体が投げ出されそうになると、ジャンは優しく肩に手を回してしっかりと寄り添ってくれる。


「ありがとう、ジャン」


「ハハハ……。インディジョーンズにはなれないけど、僕も一応ヒーロー役を演じてるからね。大切なヒロインをしっかり守らないとね」


 ディズニーランドでのデートは、仕事ということを忘れてしまうくらい楽しい時間だった。


 次のアトラクションへ移動する途中、甘いドーナツのような匂いがして来た。見ると出来立てのチュロが販売されている。美味しそう!!


「私、チュロ食べます!」


 チュロを一つ購入し、食べながら歩いていると、口の周りについた砂糖をジャンが優しく紙ナプキンで拭き取ってくれる。


「カレンは、食いしん坊だからな。砂糖がついてるよ」


「うわっ……恥ずかしい。でも、このチュロ、私の大好物なんです」

 

 ジャンは、私の食べかけのチュロを取り上げるとパクっと一口食べて味見をする。


「甘いのは苦手なんだけど、これは美味しいや」


 美味しそうに頬張るジャンにちょっと意地悪したくなった。


「ジャンの口の周りにも砂糖がいっぱ〜い、ついてますよ」


 慌てて、口の周りを気にしているジャン。


「私が取ってあげますから動かないでくださいね!! はい。取れました。安心してください。砂糖はもう、ついていませんよ」


「ハハハハ……。カレンといるとヒーロー台無しだな」


「ヒーローじゃなくていいんです。私は、映画の中のジャンより、口の周りに砂糖をつけて笑ってるジャンの方が好きですから……」



 ディズニーのアトラクションやパレードを見ながら、園内にいる二人は、夢の国の住人になりきって笑っていた。楽しい時間は、あっという間に過ぎて行き、いつしかパレードも終わりを告げ、夢の国はそっと幕を閉じていく。





 ホテルに戻り、明日の旅立ちのための荷物を整理するカレンにジャンが話しかける。


「カレン、楽しい時間をありがとう。僕は君からたくさんのことを気付かされたよ」

 

 二人で乗ったビックサンダーマウンテンの写真を差し出しながらジャンが笑っている。


「ありがとうございました。私もすごく楽しい時間でした。それに、ジャンは私の命の恩人です。感謝してもしたりないです」


「カレン、明日の朝早く、アンソニーがホテルのロビーに迎えに来ることになっている。僕はいつものようにランニングに出かけるから、君はその時に、ここを離れてくれないかい。君の顔を見ると別れが辛いからね」


「ジャン……」


 そんなこと言われると、私も辛くなってきて……知らないうちに涙が溢れて来てしまう。


 私……もしかしたら……ジャンのことも好きになってるのかも……。


 ジャンは、優しく涙を拭き取ってくれる。


「カレン。……あいつはイイやつだから心配ないと思うけど、もし……あいつが君のことを大切にしなかったら、僕が君を奪いに行くよ」


 えっ、うそっ。そんなこと言われたら、もっと涙が止まんなくなっちゃうよ。


 ジャンの胸に顔をつけて、子供のように泣きじゃくる。ジャンは優しく私の髪を撫でながら抱きしめてくれる。


「僕は、君のヒーローになりたい。だから、いつだって何かあったらすぐに駆けつけるからね。カレン……忘れないで!! さぁ、泣くのをやめて、荷物の整理を続けて! これ以上、君を抱きしめていると僕の理性が言うことを聞かなくなってしまう。君を襲いたくなっちゃうからね」


「ジャンったら……。そんなことしたらヒーローじゃなくて悪役になっちゃうよ」

 泣きながら……ジャンの目を見て答える。


「そうだね。本当だ!! でも、カレン……」



ジャンは、私の顔を両手で掴むと……


抑えきれなくなった感情に苦しみながら……


少しためらいぎみに、くちびるを重ねた。



 突然のことに驚きつつも、囚われた心がジャンのくちづけを受け入れてしまう。そっと目を閉じると、舌がくちびるを優しくついばんでくる。深く、長いくちづけは、別れのキスだ。ようやく、くちびるに自由が戻って来た時……


「カレンは、ディズニーでチュロを食べた時、ヒーローじゃない僕が好きって言ってたよね。僕はカレンの前ではヒーローを演じるのをやめて、ありのままの自分でいるよ」


 そういうと、ジャンは振り向きもせずにリビングへ消えて行った。


「ジャン……」



From:カレン

【編集長・・ジャンのプライベート写真たくさん撮りました。色々な話も聞けました。明日の早朝ここを離れます。理由はわかりませんが……寂しくて涙が出て来ます】


From:康代

【カレンも少しは大人の女になったわね。イイ男は、女を成長させるのよ。ジャンはイイ男だったようね】


From:カレン

【そうなんですね。ジャンは確かにいい人です】


From:康代

【明日から一週間、アンソニーの別荘に行くんでしょ。アンソニーと一緒に過ごしてみて、ジャンのことが、どうしても気になるなら、ジャンの元に戻ってもいいわよ】


メールを見ていた信二は、康代の返信に苦笑いしている。


「おいおい……。これじゃ、男達が可哀想だな」


「そんなことないわよ。結婚する相手を選ぶのに、自分の心がはっきりしてなかったら相手にも失礼でしょう。だから、自分の心にしっかり向き合うには、これくらいでいいのよ」



 


◇ ◆ ◇


 翌朝、目を覚ますと、ジャンはすでにランニングに出かけた後だった。最後の挨拶をしたいと思い、しばらく待っていたが、ジャンが戻って来ることはなかった。私は、挨拶をあきらめ、ロビーで待っていたアンソニーの車に乗り込み、ホテルを後にした。


 



 

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