第14話 アンソニー編⑨ 初めての夜

 二人を乗せたフェリーは、アルカトラズ島を目指し出港する。


 デッキからの心地よい風に吹かれながら、サンフランシスコの街並みをカメラに収める。撮影することについ夢中になりすぎて、フェリーの揺れによろけそうになると、アンソニーが優しく抱き寄せてくれる。


「今日は波のせいでフェリーが揺れるから、こうしておさえてあげるよ。アルカトラズ島近郊のこの辺りの海は、海流が渦巻いていて、サメも泳いでいるから落ちたら大変なことになるからね」


「ありがとう、アンソニー」


 アルカトラズ島に上陸し、たくさんの写真をカメラに収めていく。

おどけたアンソニーが、監獄の囚人になりきって鉄格子の中に入り込み、レンズ越しに笑顔を見せてくれる。


 凄くいい写真が撮れたな。笑わないと世間で噂されているアンソニーがこんなにニコニコと笑ってくれた。カメラのシャッターを夢中で押し続ける。監獄の冷たく閉ざされた空間とは裏腹に心に暖かさが溢れてくる。




 すっかり日も暮れ、二人は最終のフェリーに乗り込みサンフランシスコへと帰港する。陽気な太陽も、西に傾いて空をあかね色に染めだした。


「カレン。寒くないかい?」


 アンソニーは着ていたジャケットを脱ぎ、カレンのドレスの肩にそっと羽織らせ抱き寄せる。綺麗な夕日を眺めていると、まるで恋人同士のようだ。




= グゥ〜・・=


 うそっでしょ。こんな時に、お腹がなるなんて……。


 私のお腹は、ロマンチックな雰囲気などお構いなしに、大きな声で夕食はまだ? と催促している。


……恥ずかしすぎる!

ムードもへったくれもない私のお腹……。最悪だ!




あははは……。

「そういえば、僕も腹ペコだ。カレン、夕食は、何が食べたい?」


「あのっ。今日1日おつきあいして頂いたお礼に、私が夕食をご馳走します。日本食は好きですか? 居酒屋といって、高級なお店ではないですけど、美味しいお店を知ってます。いろいろな種類の食べ物があるんですよ。もちろん、美味しいお酒もあるので、私のお気に入りのお店なんです」


「日本食は大好きだよ。カレンお薦めのお店に連れて行ってくれるの? 」


「はい」


 二人は日本人が経営する居酒屋「はち」へ向かい、お寿司や冷奴・てんぷらなど色々なものを注文する。


「カレン。ここのお店は美味しいね。気取ってなくて親しみやすいのもいいな。お酒も美味しいし……」


 日本酒の久保田を飲みながら、アンソニーは上機嫌で微笑んでいる。

私はあまり酔わないようにと、ここでは梅酒を注文する。


「アンソニーは日本酒も好きなんですね。日本酒は、お水みたいで飲みやすいですけど、アルコール度数は結構高いんですよ。すでに徳利とっくり3本飲んじゃってるので、車の運転はしないでくださいね」



「心配しないで。車を停めたホテルの最上階に3ベットルームのペントハウスを所有してるんだ。今日はそこに泊まっていこう」


 世界一不動産価格が高いと言われている、このサンフランシスコにペントハウス所有?! さらりとそんなこと言っちゃうなんて……やっぱり庶民の私とは住む世界が違いすぎる。わかってはいたけど、その距離感になぜか急に寂しさを感じる。


「カレン。どうしたの?」


「えっ?! なんでもないですよ。……お言葉に甘えて私も泊まらせて下さいね」


 酸味の効いた梅酒をクーっと飲んで、得体えたいのしれないむなしい感情を吹き飛ばす。


 そろそろお腹も一杯になり、酔いも回ってきたところで店員を呼びお会計をお願いする。



「カレン。美味しいお店に連れて来てくれてありがとう。ここは僕が支払うよ」


「いいえ……お世話になったお礼ですから、ここは私が支払いますよ」


「カレン。僕はデートの時に女の子にお金を払わせたりはしないよ。君とは仕事ではなく、プライベートで来たんだから」


 お店で揉めるわけにもいかず「ごちそうさまでした」と苦笑いしながらお財布を引っ込める。


 アンソニーは支払いを済ませると、所有しているペントハウスへと案内してくれた。




◇ ◆ ◇


 ホテルの最上階にあるアンソニー所有のペントハウスは広々としていて、サンフランシスコの夜景が一望できる大きなテラスまである。ここでなら、大人数でバーベキューも出来そうだ。


 3部屋それぞれの部屋にキングサイズのベッドが置かれており、大きなバスルームも備えつけられている。ホテルと同じようにパジャマや歯磨きセット、ドライヤーなど必要と思われる全てのものが揃えられており、完璧に整えられている。


「うぁーっ。すごく素敵なお部屋ですね」


「カレン。君はこっちの一番広い部屋を使って。僕はあっちの部屋で寝るから。でも眠る前にもう一杯飲まない?」


「そうですね」


「ワインでいい?」


 アンソニーは、自家製カベルネ・ソーヴィニヨンのコルクを開け、ルビー色に輝くワインをボトルからデキャンタに注いだ。デキャンタに移されたワインからは、甘いチョコレートのようなビターな香りが漂ってくる。



「このワインは、2007年産で初めてオークションで競売にかけた年のものなんだ。この年のものは数が少なくて僕にとっては、特別な思い入れのあるワインだよ」


 二つのワイングラスに熟成された芳醇な佇まいのワインが注がれる。


「美味しい!」


  グラスに注がれたワインは、濃厚なオークとチェリー味だった。ワインを飲みながら、静かにサンフランシスコの夜景を眺める。



「綺麗ですね。こんな素敵な景色を見ながらアンソニーの特別なワインを飲めるなんて、ちょっと感動です」


「そうだね。カレンと一緒に夜景を見ながらワインを飲めて僕も嬉しいよ」



 優しい眼差しで、微笑んでいる。



 黙ったまま見つめ合うと……。


 すぐそこにある紺碧こんぺきの瞳に胸がドクン、ドクンと強く鼓動し、瞬きすることすら忘れてしまいそうになる。




「カレン・・好きだよ」


 熱い口先が遊びにでも誘うように、甘いささやきを奏でる。



 アンソニーの手が優しく頬に触れた瞬間、全身にしびれが走る。身体の動かし方すら忘れてしまったかのように、硬直してしまう。


包み込むように、アンソニーのくちびるがそっと私のくちびるに重ねられる。


 ちょっぴりワインの味がする。


 優しさ溢れるアンソニーのくちづけは、私を体の芯からとろけさせていく。最初は優しく重なりあうだけのくちびるも、次第に熱を帯び、深く舌をくすぐってくる。



  ♫ 僕は愛を見つけたよ♫


   飛び込んでおいで 僕についておいで


  見つけたんだ 美しくて優しい女の子 ♩


   知らなかったな 僕を待ってたのが君だったなんて



---------Ed Sheeran - Perfect がBGMで流れている。




 くちびるをもてあそんでいる隙に、手は頬から首筋へと滑っていく。


「カレン、君が欲しい」


 

 アンソニーは私を抱きかかえ、部屋へと連れていく。


 ベッドに横たえると、甘い愛撫がくちびる、耳たぶ、そして首筋へと滑り落ち、アンソニーの体が覆いかぶさってくる。



「……怖くはない?」


緊張している私に優しく呟く。



「……大丈夫です」


 そっと目を閉じた私の頭を優しく撫でるアンソニー。


 弾けたドレスの裾から、心をほぐすような熱いくちづけがいくつも落とされ、体の芯までくすぐられる。ハートのパンティまでも脱がされた私はメロメロに溶かされていく。


「……アンソニー」




 とろける情熱の中……。


 あふれる思いをお互いの体で感じあう。


 この夜、二人は結ばれた。




 サンフランシスコのビルの灯りがキラキラと窓の外で輝いている。

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