第13話 アンソニー編⑧ドキドキのデート

トン・トン・・・


 マリアが部屋をノックする音で目が覚めた。


「おはよう……カレン。……起きてる? デビットから届け物があるわよ」


 マリアは、まだ寝ているカレンを気にする様子もなく、ドアを開け部屋の中へ荷物を手に、つかつかと入って来る。


「あっ……マリアさん、おはようございます。すみません……またご迷惑をおかけしたみたいで……。」


 慌ててベットから飛び起きると、マリアが洋服一式とサンダルをカレンに手渡してくれる。


「デビットから今朝一番で荷物が届いたわよ。今日の外出時には必ずこの服を着て行くようにって伝言つきでね」


 可愛い小さな花柄のドレスとサンダル。


 それと…… ♩ビクトリ・アンアン・シークレット♫ Sexyハート♡模様のブラとパンティ。添えられた小さなメモにはデビットからの伝言が書かれている。


「アンソニーと一緒に行動する女が、超ダサい服を着てるなんて……考えただけでゾッとするわ!! 仕方がないから……この服をあげる。私からのプレゼントよ。一流スタイリストの私が選んだ服だから貧弱なカレンでも、それなりに見栄えはするはず。服に合わせて♩ビクトリ・アンアン・シークレット♫のバストUPブラと可愛いパンティも選んでおいてあげたわよ。……せいぜい楽しむといいわ!!」



「なんですか……この伝言?!」


マリアが大声で笑い出す。

「ハハハ……デビットらしいわね。あなた、デビットにも気に入られたのね。さっ、急いで起きて。コーヒーの他にスムージーとマフィンを持って来たから、これを口に入れたら急いで支度した方がいいわ。アンソニーがお待ちかねよ」



 急いでシャワーを浴び、デビットの選んだ洋服を身につける。

さすがデビット!! 平らな胸もバストUPブラでカバーされ、ドレスやサンダルも今回は、サイズもぴったり。清楚で上品さが感じられる爽やかなコーディネイトだ。

 




◇ ◆ ◇



「おはようございます。お待たせしてすみませんでした」



 二人乗りスポーツカーが玄関に停められており、アンソニーがかたわらに立っていた。


「おはよう、カレン。昨日のイブニングドレスも可愛かったけど、今日のドレスも可愛いね。さぁ、乗って」


 助手席のドアを開けてカレンを車へとエスコートする。


「今日は、ダンさんが運転するリムジンじゃないんですね」


「この車はアストンマーティン・ヴァンキッシュ・ザガートという世界に99台しかない限定車でプライベートでしか乗らない車だよ。一番のお気に入りでこの車に女性を乗せるのは初めてなんだ」


「えっ!? ……そうなんですか。私が乗ってもいいんでしょうか?」

なんか舌を噛みそうな長い車の名前だ。


「心配しないで! 今日はプライベートでカレンのトラベルライターとしての仕事に付き合うんだから……」


「あれっ……アンソニーさんのお仕事はどうなったんですか?」


「仕事なら、もうFacetimeで終わらせたよ。そんなに重要な仕事じゃなかったからね。さぁ、それより、早く車に乗って……」


 かされるように車に乗ると、Ed Sheeran - Thinking Out Loudの曲が聴こえてくる。



♫ 人が恋に落ちるときは、いつだって不思議なんだよ。


手が触れた瞬間に好きになっちゃうこともあるんだからね♫


♩僕は……毎日恋に落ちてるんだ。そう、僕は君にぞっこんなんだ ♫



 Edの甘い恋の歌をBGMに、アンソニーの運転する車はサンフランシスコへと走りだす。




「あの……アンソニーさん……」

今日の予定を聞こうと、話しかけた時……。


「カレン。アンソニーと呼んでくれないか。今日は、どこへ行きたいかリクエストはある?」


 うわっ……。私が聞きたいことを、反対に聞かれてしまった。



 よく考えてみると、サンフランシスコには仕事で何度も来ているが、ゆっくり観光したことなど一度もなかった。せっかくだし、好意に甘えて今日1日、私の仕事に付き合ってもらっちゃおうかな……。それと……

  

 「アンソニー」って呼び捨てにしないで、わざと堅苦しく呼んでいたのは、親しくならないように自分の心をセーブする防衛策でもあったんだけど……。二度も言われたら……


 

「じゃ……アンソニー。今日はよろしくお願いします。何度もサンフランシスコに仕事で来ていますが、アルカトラズ島にだけは行ったことがないんです。近くに埠頭ピアもあるので、そのあたりを写真に撮りたいと思うのですが……」


「わかったよ、カレン。今日は天気も良いし、フェリーに乗るのは、気持ちがよさそうだね」





♩満点の星空で二人キスをして……君が僕の胸に耳をあてるのさ♫


♬僕たちは愛を見つけたんだ🎶



 緊張している私は、心地よいBGMの歌詞にドキドキしてしまう。

助手席からそっと彼の顔を横目で盗み見すると、サングラスをした彼は、嬉しそうに顔を輝かせ歌に合わせて口ずさんでいる。

 

 素敵だな〜! ……ドキドキしちゃう。


 いけない、いけない。

……心の中で「仕事だ!仕事だ!!」と呪文のように唱えてみる。




◇ ◆ ◇



 サンフランシスコの埠頭、通称ピア39での写真撮影を無事に終え、アルカトラズ島行きのフェリー船に乗るまでの少しの時間、ピア33にあるレストラン&バーで休憩することになった。二人が案内された席は、レストランの一番奥、窓越しに海が見渡せるソファー席。まわりを見ると、ここだけカップルがゆったりと過ごせる作りになっており、まるで特等席のようだ。


「何を飲みますか?」

店員が笑顔で訪ねてくる。


「私……お酒は、ちょっと……」


「カレン。気にしないで飲みなよ。カクテルもたくさんあるよ」


「ううっ……じゃ、一杯だけ。モヒートを飲みます」


アンソニーは、笑顔でモヒートとマティーニを店員に注文する。


 二人掛け用ラブシートソファは、私をひどく緊張させる。笑顔で横に座るアンソニーとの距離が近く、恥ずかしさで目を見て話すことができない。黙って静かに海をながめていると、ようやく店員がカクテルを運んできた。ミントとライムが爽やかなモヒートを照れ隠しのように口に運ぶ。


「美味しい!」

ミントの効いたモヒートが、緊張をほぐしてくれる。


「カレン、君にはステディな彼氏はいるの?」


「はっ?」

いきなりの質問に驚きながらも正直に答える。


「……先日、4年付き合った彼と別れました」


「今でも、元彼のことが気になる?」


「そうですね。気にならないと言ったら嘘になりますが、もうふっきれました」


「そうだったんだ」


 ニッコリと微笑みながら頷くアンソニーに私からも質問を投げかける。


「アンソニーは、デビットとお付き合いしていますよね?いつからのお付き合いですか?」


「デビットとは、もう7年になるかな。専属スタイリストとしての付き合いは……」


「……そうですか」


 なぜか、ちょっぴり寂しさを感じる。


 わっははは……突然大声で笑い出すアンソニー。


「デビットとは、君が考えてるような関係じゃないよ。大切な友人として付き合ってる。君が勝手に恋人だと思い込んでいただけで、アリーとも付き合ってなどいないよ。僕は人を信用していないからね。特に女性はね。僕が成功してから近寄ってくる女性は、僕に惹かれているのではなく、お金と名声に惹かれて近寄ってくるだけなのさ。週刊誌にわざと写真を撮らせ、有名になるための手段として利用されたこともあるよ。そんな女性たちと付き合ったとしても、中身なんてない、うわべだけの見せかけの関係さ。アリーだって本命の彼氏がいるよ。彼女は気づかなかったみたいだけど、レストランで仲良くデートしてディープキスしている姿を偶然にも目撃してるからね」


「そうなんですか……ハハハ。私の勘違いだったんですね。ごめんなさい」


「取材を受けるのが嫌いなのも、取材に来る女性が色気で迫ってきたり、有る事無い事、私生活を面白おかしく記事に書かれた経験があるからなんだ」


「色々と大変なことがあったんですね」


「カレン。君は取材初日から酔って、まるで僕など眼中にないという感じだった。気取ったりすることもなく、色気もない」


「えっ?」


 確かに、食い気だけは凄くて、色気など全くありませんよ〜。


「おっと……これは失礼。でも、君は僕に対して下心が一つもなかった。それどころか、勝手にデビットと恋人だと思い込み、アリーと二股を掛けていると勘違いした。挙句に酔って説教もね……ハハハ。僕は、そんな君を信用できる人だと思ったからデートに誘ったんだよ」


「・・・・・・」


 言葉にならず赤面!! どう反応したらいいんだろう。


「さっ。もう直ぐアルカトラズ島行きフェリーの時間だ。行くよ」


 

 立ち上がるアンソニーの後を真っ赤な顔で追いかける。

 ピア33には、アルカトラズ島行きのフェリーが待っていた。


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