第3話 心機一転

「まったく、想像以上にひどい顔してるわね」

康代が言い放った言葉がズキンと心に突き刺さる。


「そんなにひどいですか?」


「まぁね。でも辛い時にちゃんと苦しまないと後に引きずるから、それでいいんじゃない」


 康代の言うとおりかもしれない。泣きわめいてボロボロになったけど、意外と心はカラッとしている。琢磨との決別を受け入れ、悔しさをバネに前に進める気もする。


 康代は、飲んでいたコーヒーをテーブルに置くと、軽いため息を吐き、話を続ける。


「突然なんだけど、私……今の会社を辞めることにしたわ。来月で私が担当している女性誌が廃刊になるのよ。今更、他の編集部の補佐とか考えられないし、これを機会に新会社の設立をするわ。インターネットで女性向けのコンテンツを配信する会社よ」


 突然の報告に驚きを隠せないだけでなく、なんと言葉をかけたら良いのか見当がつかない。おめでとうございますって言ったら良いのだろうか……栄転ではなさそうだし、そうなんだって言うのも軽すぎるし。


 そもそも、康代にとって、この新会社の設立は望んでいたことなのだろうか。言葉を探して戸惑いを隠せない私に、康代は低い落ち着いた声で話を続ける。


加恋カレン。私と一緒に会社をやらない?」


「うへっ?」


 かける言葉を探している私の口から出た言葉は、日本語とは思えない変な言葉だった。


「びっくりしたのはわかるけど、うへっはないでしょ。いきなりのことだし、驚かしちゃったのは間違いないけど、ライターらしからぬ日本語ね」


「うふふっ……」


 久しぶりに見る康代の笑顔だ。


 どこか、吹っ切れた表情の康代は、新会社立ち上げの覚悟がすでに出来ているのだろう。


「もう、最近は予想外のことばかりなんで。琢磨とのこともいきなりでまだ心の整理がついていないのに、まさか康代さんから独立の話を聞くとは思っても見なかったです。驚きで、挙動不審きょどうふしんにもなりますよ。でも、康代さんなら業界にも顔が効くし、仕事もできるし……独立しても成功すると思います」


「そうね。絶対に成功させるわ。私が独立するって聞いて新会社に参加したいって言ってくれる協力者もすでにいるの。でもね、私はあなたをどうしても誘いたかったのよ」


 康代の言葉は嬉しいけれど、突然すぎて頭の中で整理ができていない。


「私が、パソコン得意じゃないの知ってますよね。ソフトやシステムとかもよくわからないですし。ライターとして記事は書いてますが、編集の経験もないので、正直、私では役に立たないと思います」


「何言ってるの。ライターと添乗員という二つの仕事を誠実にやりこなしてるじゃない。頑張り屋で正直者だし、何より情熱を持って新しいことにチャレンジするのが好きでしょう。わからないことは勉強しながら覚えていけばいいのよ。私、あなたが信頼できる人間だってことは長い付き合いで知ってるつもりよ。システムとかはその道に詳しい協力者がいるから心配ないし、何より独立の後ろ盾はネットの寵児ちょうじと呼ばれている田中信二だから、私たちは良い記事を入稿することだけを考えればいいのよ」



「田中信二ってアプリゲームで成功した人ですよね。すごい有名人じゃないですか」


田中信二は誰もが知ってるネット界では、名の知れた存在だった。


「そうね。私のボーイフレンドの一人よ。お互い結婚する気はないけど一緒にいて楽だし、体の相性もいいから、付き合いは長いのよ。以前から独立を勧められてたんだけど、なかなか踏ん切りがつかなくてね。今回は彼の全面協力のもとでの新会社設立よ」


「そうなんですね」


 田中信二が全面協力の新会社か……なんかすごいな。


「加恋、あなた……私にヘッドハンティングされてるのよ。今は混乱してるかもしれないけど、添乗員の仕事は大変だって言ってたじゃない。すぐに返事は無理だと思うけど、できるだけ早く返事をくれると嬉しいわ。それと勤務条件なんだけど、給与は今の倍くらいは払えると思うわ」


 うっひゃー。なんか今が私の転機なのかな。


 人生の転機を掴むには変化を恐れずに行動することって、自己啓発の本に書いてあったな。その本を読んで行動したことからライターになったんだよな。今、行動しなかったら人生絶対に後悔する!!答えは決まっている。


「わたし、やります!! 」


 考えてることがそのまま口に出ていた。





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